フィルモア通信 No19 バルベドス、アリア、ニューヨーク市警二十三分署 その続き
前稿の続き。
その事件があった週末の一番込み合う時間の金曜日のディナーに二人の刑事がヒューバーツレストランにやって来て、マサミという男がいたら今から署に連行すると告げられたカレンがキッチンに入ってきてそれをレンに告げると、レンはぼくを見て「ドン、ウォーリー」と言い刑事たちと話をしにダイニングルームへ行った。
刑事たちは帰り、ぼくは明日土曜日にひとりで二十三分署に出頭することになったことをレンから言われた。ぼくは泣きそうな気持ちでレンを見た。レンは「何も心配するな、わたしたちがちゃんとおまえを守ってやるよ」と言った。フレディは「ダイジョウブ!」と言い、その頃レストランに来たばかりのセイジは「うーん、念のため歯ブラシとか着替えとか持って行った方がいいんじゃない」と、冗談を言ったがぼくは笑えなかった。アメリカまで来て警察の世話になるとは思わなかった。いつもぼくを見守っているだろう父に恥じる気持ちだった。
ニューヨーク市警二十三分署はヒューバーツレストランの近くレキシントン街とグラマシー通りあたりにあった。土曜日の朝、署に着くと制服を着た警官に担当刑事の名を告げ粗末な椅子に腰掛けて待った。何人もの刑事らしき男たちがいた。ワイシャツの上から大きな拳銃を付けている人もいた。テレビドラマのコジャックに出ているギリシャ人のような風貌の刑事もいた。担当刑事がやって来て取調室のような部屋に案内され座るように言われた。
心臓がどきどきしていた。白人の刑事はおまえは空手をやるのか、と訊いたのでぼくは「ノー」と答えたら、じゃあ、あの夜おまえは彼をナイフで脅したか、と訊いたので「ノー」と言うと、「O.K」と刑事は言い、これで十分だと言ったので、ぼくはどうしてここに呼ばれたのですか、と聞くと、おまえの喧嘩の相手が警察に告発したからだと言った。
そして警察としてはそうなると捜査をしなけりゃならない、しかし、おまえんとこのレストランでレン・アリソン氏などから事情を聞いたので警察はこの件を問題にしない、と言った。「最後に」とぼくを見て刑事は「おまえの生まれ年は、」と尋ね、ぼくが答えると、刑事はノートに書き込みそれで終わりだった。
署を出ると夏の陽射しが週末の街を重たく押さえ付けていた。ホッとはしていたが辛かった。自分の何が間違っていたのかと、問うてみたがあれがこうだったからこれがこうなったのだと、つまりは良くわからなかった。早く仕事がしたいと思ったがレンに会うのも恥ずかしいような気がした。
その足で職場に戻るとレストランではいつものサタデーナイトらしく忙しい夜が始まった。みんなはぼくに「よかったね」と言った。シプリアンはぼくに「喧嘩しちゃだめだ」と言った。
それから何ヶ月かして、シプリアンもいなくなった。ぼくは彼がいなくなってからもディッシュウォッシャーに食事を作ったがシプリアンほど美味しそうに食べてくれた人はいなかった。
彼がいなくなる数週間前、ぼくは愛用の小さなカーヴィングナイフをキッチンのどこかで無くしてしまった。大事にしている道具なのでみんなもいっしょに探してくれたが見つからなかった。次の朝キッチンに来るとぼくのテーブルの上にその小さなナイフが置いてあった。
フレディが言うにはシプリアンがそのナイフを見つけるためにレストランから出たごみの袋の全部のなかを夜遅くまで探してとうとう見つけ出した、ということだった。ぼくがシプリアンに礼を言うと、シプリアンは、ぼくの方に向き、真っ白な歯を見せて笑った。