フィルモア通信 New York No22 on the corner
路上にて
毎夜ヒューバーツの仕事が終わると帰る方向が同じペイストリーシェフのジョン・デューダックとグラマシーパークから南へイーストヴィレッジのほうへ歩いた。
サードアヴェニュー東14丁目で別れるとセントマークスプレイスを左に曲がりファーストアヴェニューまで突き抜けると東4丁目にある自分のアパートまではすぐだった。
そのファーストアヴェニューと東4丁目の西南のコーナーにコリアングロサリーがあり二十四時間営業で店の軒先にはメロンやオレンジ、パイナップルなどフルーツやたいていのスーパーマーケットにあるのと同じ品揃えで野菜が綺麗に並べてある。
その前をコリアンの若い男がメロンを並べ直したり、りんごやオレンジをタオルで磨いたり、時には野菜の前の舗道上に台を置いて包丁でグリーンオニオンの根っこを切って束にしたり、何もしないでぼーっと道行く人たちを眺めたりしていた。
ある冬の冷え込む遅い夜、ぼくはレストランからの帰り道東6丁目のコーナーに人だかりが出来ているのを見た。
コリアングロセリーの前の鋪道に黒人のホームレスが仰向けになって倒れていてその上にあの若いコリアンの男が馬乗りになり肩を震わせ何か言おうとしていた。彼は言葉を発するには興奮しすぎていて、また周りの人だかりに困惑し、何をどうすればいいか分からない。
しかし自分が下敷きにしている男には怒り続け、やっと片言で、「ユースティールメロン」と言う。男に押さえつけられ身動きできないそのホームレスの老人は「アイジャストチェックイット、ザッツオール、マン!」とかなんとか叫ぶ。
若いコリアンは周りの人だかりの、ストップイット!とか、放してやれ!とかの声の多さにますます困惑し馬乗りになったまま、ホームレスを抑え続ける。
周りの人々は、「オー、シット!」とかおきまりの四つ文字の罵声を馬乗りの男に浴びせるが若い男は動かない。
その時、ファーストアヴェニューを南から走ってきたイエローキャブが店の前のコーナーに止まり車の中からタクシードライバーの黒人の大男がジャッキーを手に降りてきてコリアンの若い男に向かって「レットヒムゴー、マン!」と叫ぶ。
タクシードライバーは「レットマイブラザーゴー、マン!!」と繰り返す。コリアンの若い男は何を言われているか分からず、「メロン、メロン!」と下にしたホームレスに叫ぶ。
黒人のタクシードライバーは「放してやれこの野郎!」とか言い続け、辺りは車道まで見物人が溢れ、みんな口々に馬乗りになっている若い男やホームレスやタクシードライバーに何やかやと言う。
その時東6丁目からニュージャジーナンバーの車が店の前に止まると、しばらくして、白人のボーイズ四人が降りてきて、そのひとりが馬乗りのコリアンの男の後ろから回り込み、コリアンの若い男の後頭部を足蹴りにした。
コリアンは前につんのめって鋪道に倒れこみ、ホームレスは弱々しく立ち上がる、タクシードライバーがホームレスに歩み寄って「アーユーオーケーブロウ?」と言う。
コリアンの若い男は立ち上がって振り返ると、身構えている自分を蹴ったらしいボーイズたちに「ワイ、ユー、キック、ミー」と声を出す。
ボーイズたちのひとりが、ビコーズ、ユーア ファッキンチンク!」と返し、車にもどってアヴェニューAの方へ走り去っていった。見物人たちは「オー、ノー!」とか「オー、ボーイ!」とか言って肩をすくめ店の前から散ってゆく。
ハグをしていたホームレスとドライバーの男たちは握手をしてそれぞれの方角へと去り、コリアンの若い男は店の人が彼の肩を抱きかかえていた。
そして、いつものように深夜のイーストヴィレッジの片隅に、コリアングロサリーの明かりが煌々と鋪道を照らしていた。