いろはにほへとちりぬるを 2011そして
この文章はだいぶ前にフィルモア通信を書くことが出来なくなった時に毎日の職場での心境を
綴りnoteの別のアカウントで投稿したものです。ええカッコしいの文章やねと恥じます、
しかしどれもこれも自分です。
読んで下さるなら幸せです。
高級歓楽街、クラブというところで飲む国産ウィスキI ー一杯の値段が五千円以上するのが当たり前で常連客はそれを掛け払いという付けで支払うのも常識という、水商売が扱うのはステータスというものらしい。その街の端っこで小さなレストランを開き十年くらい商売していて、店を閉めた。仕事探すことになった。
求人誌でみつけた市内中心部にあるホテルの募集に面接の予約を取りそのホテルに出かけた。地下鉄の駅を出るとアジア人の観光客がいっぱい歩いている。小さくはないビルのホテルのフロントに面接の約束を告げるとすぐに料理長が来て地下の厨房に案内してくれた。料理長は履歴書を見ながらあなたの得意な料理は何かと聞いてくる。いや、ちょっとわかりません。作るのが好きな料理はありますが作るのが得意となると、、。料理長はあれはできるか、これはできるかと質問して、はい多分できます、やったことあります、答える、汗が出てきた。
面接の途中から料理長は空いているポジションにあなたはぴったりだと思う、その経験を自分は買うと言ってくれて、具体的な仕事の内容とその段取りも説明してくれた。厨房の他のメンバーに引き合わせて早ければ来週の頭から仕事を始めて欲しいと言われた。料理長は、たぶんご希望の賃金も問題ないでしょう、とまた履歴書を見ながら言うと、人事に話して見ますがあなたの年齢を人事部がどう考えるかはわかりませんとわからないようなことを言う。よろしくお願いしますと挨拶をする。料理長はすぐに電話で結果はおしらせしますと言う。
料理長からの電話なく、こちらから電話すること数回、やっと出てきた料理長、人事部は経験より将来性に重きを置いたのであなたの採用はなしになったという。ふーん、働いて自分の能力で職場に貢献するというほかの将来性は何なんかね。年齢というのは将来性有る無しのことやったのか。
月日 ハローワーク行ってきた。ホテルで年齢のことで不採用になったことを言うと、まあねえ、ホテルではそうでっしゃろなあと言う。どうも常識らしい。高年齢ではホテルで採用されることはほとんどないらしい。
ハローワークで紹介されたフレンチレストランの会社に面接を受けに出掛けた。フレンチやイタリアンそして焼き鳥店舗など数店舗を運営する会社だった。ハローワークの担当者いわく、ホテルとか老舗高級レストラン以外ならあなたみたいに経験の深い調理師さんには仕事一杯ありまっせ、人手不足でみな困ったはります、年齢かてまだまだいけますやろ、だいぶ若う見えますやんか。問題は給料ですわ、要求高いとあかんとこ多いです。
その会社のフレンチレストランで働くことになった。給料は多くなかったが多分生活できる。仕事早くしたい気持ちを優先した。市内の有名デパートの8階の飲食店が並ぶ一角にその店はあり、客席数百くらいの、休日にはお客さんが三十分は待ち並ぶ店だった。料理はフレンチというよりは洋食でパスタやステーキにはイタリア語の表記がある。
日本のレストランでイタリアンとフレンチの違いは何やろう、たいてい日本人がやっていて、シェフは日本人で海外経験がフランスかイタリアのちがいか、メニュー表記のちがい、有名な伝統料理のちがい、その有る無し。いや、フレンチで行こか、イタリアンで行こか、その人が決めたらそれでええのんちゃうか、と誰かは言う。ここの店のシェフはホテル出身で洋食全般の知識と経験のある人だった。四十代独身のいい人だった。
有名デパートのフレンチレストランには一年いたが辞めた。社長と常務がいつも一緒に店に現れてはシェフに料理の不満を言い、使う食材の多さ、価格の高さを言い、人件費の多さを言い、メニューの平凡さを責めた。それはみんなの前で言い、頑張るようにと言い残して次の店へと行く。
その後で常務から電話が来て安い食材見つけたから送ります、使いなさい。送られてきた冷凍食材は賞味期限が切れていた。そのことを連絡すると常務は冷凍食材やから問題無いです。問題はデパートの飲食店管理部にみつからんようにするだけですと言う。
常務はこの店のすぐそばの京料理で有名な老舗料亭が出店している和食のお店の女将店長だった人をうちの社長が引き抜いてきた人。このデパートの飲食店管理部のことはよく知っているという。そして親密な社長のことや経営のことは今や誰よりも知っているという。ふむ、若いのに頼もしい。しかし、この感覚は何なのかなあ。ビジネスとかオペレーションとかタスクとかリスクとか、自信に満ちて繰り出される言葉はカタカナとっても多い。むかしは漢字で喋るおっさんようけ居ったがいまやアルファベットで喋る姐さん兄さんとっても多い。ついて行けへんなあ。
なんとか一年近くその店で働いたが、ある週末の閉店間際のレストランに来た親子連れ三人はちょっと疲れている様子やった。両親がそれぞれパスタを注文して七、八歳くらいに見える女の子のためにお子様セットを頼んだ。前菜と雑用皿洗いの自分はお子様セットを準備して揚げ物担当のお兄さんにお願いしますとネコちゃん型の器を廻した。
兄さんはエビフライ、ハンバーグその他の料理を二つある揚鍋の掃除したばっかりで綺麗なさらの揚油ではなく、数日使い果たしている真っ黒な油の二つ目の、掃除してない方の揚鍋にエビフライとクリームコロッケを入れた。兄さんはせっかく掃除が終わったところに揚げ物の注文が来たので機嫌が悪かった。
客席に運ばれたきたお子様ランチを見て女の子は歓声をあげ両手をあげて喜び両親は笑い母親は娘を抱きしめた。そのひとたちは疲れが吹っ飛んだようだった。泣きたい気持ちを抑え、揚場の兄さんをぶん殴りたい気持ちを抑え、親子に謝りたい気持ちを抑えた。シェフと兄さんは正社員で契約社員のおじさんは正社員の言うことに従うのが常識らしく、なんでもはいで応えて仕事をしてきた。
その数日前にはアメリカ人のグループがディナータイムにやって来てカタカナばっかりのメニューをサービススタッフが説明してもわからんと言うので呼び出されお客さんに何が食べたいか聞いた。話のついでにニューヨークのことや南カリフォルニアの料理との大雑把なちがいや特徴のことを言うと中西部から来たその人たちは興奮した様子で面白い、このレストランはそういう料理を出すのかとたずね、いやフレンチですとこたえると今日ここで食べる料理はお前に任すからなんでもいいから作ってくれ、値段はこのメニューにある価格の円なら問題無いから出してくれと言う。
キッチンに戻ってシェフに伝えるとイタリア名のついた和牛薄切りステーキだの何種類かのパスタだのシーザーサラダだのプロシュートだのの皿をお客に送る。一皿ごとにアメリカ人たちは歓声をあげキッチンに満足の合図を送ってくる。しかしそれは、叫び出したいような自分の気持ちを抑える時間だった。
お客さんの食べている料理のなにもかもは自分が目利きした野菜でもなく、作ったドレッシングでもなく手作りと言うラベルのついた業務用の工場製品だった。ステーキの和牛はインデビジュアルな包装のIQFのフレッシュカットとかいう肉だった。パスタのソースの半分はオーセンティックなフレッシュフローズンでコストパフォーマンスに優れているとかいうやつだった。それから店は立て込み始めてアメリカのお客さんの相手をする暇もなくなりホッとした。
英語ちょっと話せると職場の人に言ったことを後悔した。何も嘘はつかなかったと思いたかったがやっぱり自分と客を偽った気持ちが消えなかった。そうか、年齢を重ねる意味ということには、信頼を沈黙で語るということもあると思った。店は辞めた。またハローワークに行こう。