料理長の美しい休日
白梅とヨンビス
遅い朝、配達人の呼び声に目をさまし起きあがったぼくは荷物を受け取る。いくつかに分かれた中身の品をそれぞれ所定の場所へ納める。
冷蔵品は冷蔵庫へ、きょうは冷凍品は一つだけ。この長い筒はなんだろう冷蔵庫には入らない、横にするなと書いてある。スマホを手に取る。湯を沸かす。
スマホのいつものアイコンをちょんちょんと、だいぶ慣れてきた、いまでもうまくいかないときもあるが。ok,これでいい。ヘッドセットにはめて、here we go.暗い画面が明るく色づいて来る。
なんか見覚えあるな、錦だな、きょうは水曜でちょっと人通りが少ないかな。京極からを抜けて、寺町商店街か、コーヒーの匂いがする。老舗の珈琲店や、飲んでいこう。
主人らしき人がずらっと並んだガラスのサイホンの一つを手にとってウンウン挽き終わったコーヒー豆の粉をその中に入れる。
カウンターの上の透明な瓶からサイホンの下の部分のガラスポットに中身の水をちょうど一杯分入れてコーヒーの入ったサイホンをセットしてアルコールランプに火をつける。
うん、ここの親父はジッポのライターを使うんだな。
美味しいコーヒーだな、浅煎りを濃く入れたやつ。これがいいね。美味いよね。
店を出たら高倉通りまでゆっくり歩こう。でも結構歩いたのかな、乾物屋の匂いがする。誰だろう、ふりかえると綺麗な女性、笑顔で僕の名前を呼ぶ。
あれ、ヨンビスじゃないか。いやわかるよ、時代劇の衣装じゃないけどわかるよ素敵だね。ピアノリサイタルの衣装だね、ショパンそれともクララ・シューマンやるのかな。
じゃあ一緒に買い物しよう。これはタコだね、明石の蛸、生きてるやつだな。ヨンビスが僕の肩に触れる。彼女の髪が匂う。白梅の香り。
ヨンビス、英語も上手いね。でもぼくには半分くらいしか分からない。でも十分さ、君はぼくに寄り添う。
あそこの花屋で梅の花の一枝を買おう。
これはニラだね、朝露がついてるね。そうかイカも買うのか、これは泉州で上がったイカだとお店のひとが言う。楽しみだな。何を作るのかな。
ヨンビスは笑いながら小さな店に入ってパスタを買う。チャンジャは君の故郷の食べ物だね。このオリーブオイルは無濾過のやつだな。それももらって強力の粉もかごに入れるんだね。
かごが一杯になってきた。じゃあね、ヨンビスさよなら、一緒に食事できたらいいのにね。
good bye now. またね、ありがとう。
余韻に浸りながらぼくはヘッドセットを外す。
冷蔵庫を開けて白い包みを開けたらタコ、イカ、こっちの包みはニラ、しょうが、チャンジャも入っている。パスタはリングイーニだ。錦で買ったやつがそのまま全部ここにある。
冷蔵庫に立てかけておいた長い筒の中はというと白梅の枝が一本。それを花瓶に挿してぼくは同封の手紙を読む。
本日の料理
明石の蛸とチャンジャのリングイーニ
朝取りニラと泉州のアオリイカのチジミ
以下、作り方、、、、、、、
ぼくは読むのをやめてテーブルに広がったイカやタコやパックに入ったそれぞれの塊をボールに入れて蛇口をひねって水道の水にさらす。解凍には1時間くらいかな。
調味料は小分けのパックが揃っていてレシピどうりに入れていけばいい。テーブルの上にあるコーヒーカップと老舗珈琲店のソリュブルコーヒーの瓶をかたずける。
ぼくは花瓶に入った白梅の枝を見る。そして顔を近ずけて、さっき別れたばかりのヨンビスのことを思う。