フィルモア通信 New York No20 solitary man
solitary man
独りで過ごす夜の長さがつらいときもあった。
レストランで仕事をしているときは自分の考えを必死にクルーに説明し、どうする事がベストの皿に料理できるか考えた。素材の事を考え他者の味覚の事を考えた。
深夜寝る前に頭に浮かんで来た茄子、どうしようこうしようと想像して朝になり起き上がって、そのまま夜通し空いているコリアングロサリーで茄子を買い、ヒューバーツのキッチンに誰か来るのを待ちかねて出掛けて行ったりもした。
ルームメイトやレストランの友人達はぼくをよく仲間のコンサートやパーティーに誘ってくれた。休みの日にはディナーを食べにおいでよとアパートに招いてくれたりもした。
ぼくがいつも独りでキッチンにばかり引きこもっているのを心配してくれているらしかった。
仕事以外にする事がなかった。休みには歩いていける美術館に彫刻や絵画をみに出掛けていった。そこで何時間も過ごした。一日に八軒の映画館を周り、ポルノやギャング映画を観て発熱し寝込んだ事もあった。
ぼくには恋人がいなかった。ぼくはまだ女性というものを知らなかった。いつでも誰かを好きだったし、デートというのはした事はあったが、女の体に触れたことはなかった。
誰かを好きになる胸の痛みというのは何度となく経験したが、そのだれかを経験する事はなかった。
自分は何かが変なのではないかと思った。周りを見回すとどんなひとにも恋人がいるように見え苦しかった。
冬のある夜、ぼくは女を抱きしめたいと思い、ミッドタウンに向けて歩き出した。
夜歩きの探索でおおよその見当がついていたコリアンのホアハウスの在る階下のグロサリーストアの横の階段を上がって行き、ドアのベルを押した。
なかから中年の女が顔を出し、入れと言った。おまえは日本人かと聞くのでそうだと答えるとおまえはリッチだなと言った。
すぐに若い女が出てきてこっちに来いと小さな部屋にぼくを案内した。色白のその人は良い匂いがした。女はぼくに金はいくら持っているのとたずね寝台に横になるように言った。
ぼくが持ち合わせの60ドルを彼女に見せると不満そうだった。ぼくはこれしかない、というとしょうがないわね、と言いながら自分も寝台に上がって来た。ぼくは60ドルを彼女に渡した。
おまえは今日は仕事は休みか、と聞くのでそうだと言うと彼女は、自分は休みの日は一日中寝ている、それだけが楽しみだと言った。緊張しながらぼくは彼女に手をまわし、白い肩と首に触れた。ちょっと力を入れるとそこはがちがちに凝っているのがわかった。こりゃひどい肩こりだと察しがついた。
ぼくはどきどきしながらゆっくりとさすり肩から首筋にかけて揉んでやると女はため息をついた。ぼくは彼女をうつ伏せに寝かし、裸の肩にタオルを掛けてマッサージを続けた。肩から背中へとさすったり揉んだりしているとやがて女は寝息を立て始めた。
ぼくはそのましばらく背中をさすってやっていた。さっきまでの自分のちょっと興奮したような気持ちはなくなっていた。
そのままぼくは靴を履いて部屋を出てグロサリーストアへの階段を下りた。
ストアの店先に積まれてあったカンタロープとハニーデューが甘く匂った。
寂しかったが辛くはなかった。おれはこれでいいのだ、とおもった。