急き立てられて本屋に走る

動画に触発され本屋に走る

伊東歌詞太郎という歌い手をご存じだろうか。
6年前にチルドレンレコードの歌ってみた動画で彼の歌声に出会った。
それからは動画を追ったり、小説「家庭教室」を読んだり、路上ライブを観に行った。だから、2020年夏にエッセイを発売したことも知っていた。
しかし、世の中は自粛ムード。第一志望校に受かったものの登校できない日々が続きすっかり読書をする気力を失い、手に取ることが出来なかった。

さて、時は流れて2020年秋に移る。この頃は、つかの間の感染者の減少で気力が少し戻っていた。久しぶりに歌詞太郎さんのYouTubeチャンネルを開く。エッセイ「僕たちに似合う世界」と連動して発表された同名の楽曲が目に留まる。みっくんの美しいサムネイルに惹きつけられるように再生ボタンを押す。

動画が始まり、すぐに他の動画との違いに気がつく。エッセイに書かれているのであろう本文が動画に差し込まれている。実際にライブに参加したことがあるからだろうか。その本文が歌詞太郎さんの声で曲に合わせて再生されるように感じる。サビに向かって盛り上がる曲に合わせて、心の奥の方からせり上がってくるものがあった。動画中でいじめられた経験に言及している部分が取り上げられている。素直に、その取り上げ方をかっこいいと思った。私も幼少期にいじめられた経験がある。それがきっかけで幾つかのトラウマを持ちながら生きることとなってしまった。まだ、わだかまりとして心のしこりが残る。だから、それを「振り返ってみると、いじめられた経験は今の僕を支えているような気がする。」(p29)と昇華しているまで相当色々あったのではないかと思いが巡る。

「私はこの人の言葉を取りこぼしたくない」

そう気持ちが急き立てられて本を購入することを決めた。そのまま動画を見進め、最後の最後で泣き崩れた。「2020年、世界中が自粛生活を経験し、衣食住以外は不要だと言われたけれど、(後略)」(p184)に始まる文言が動画に浮かぶ。親と上手くいかず家にも居たくない、大学に登校することも叶わない、なのに大学以外は学校に通っていると打ちひしがれていたときに背中を優しくさすられたような感じがした。
視界が涙に滲んで気が済むまで泣いた。

ひとしきり泣いた後に、「今から本屋に走ろう。見つからないなら売っているのを見つけるまで自転車を走らせよう」そう考えて家を飛び出した。

本屋に着いて3店舗目で「僕たちに似合う世界」を購入することが出来た。

読了しての感想

【言霊】

まず感じたのは、歌詞太郎さん自身が言及している言霊についてだ。

いじめを受けていたとき、いろんな言葉を浴びせられたからこそわかるが、言霊の力を侮ってはいけない。(p88)

歌詞太郎さんの紡ぐ言葉には人の背中をふっと押したり静かに寄り添ってくれるような優しく力強いものを常々感じていた。こうして言葉にされて意識されたものだったのだと改めて感じた。同時に、路上ライブのMCで歌詞太郎さんがいった言葉が思い出された。当時の興奮のままに綴ったメモをもとに以下に記すので多少の記憶違いは了承いただきたい。

誰も見てなくてもいい。歌えるだけで幸せなんだもん。こうやって誰かが見てくれたら死んでもいい。マイクなしでも感動させられたら最高じゃない?朝だから声が出ない?くそ食らえ!そんなのは関係ねえ!僕ねぇ1年くらい前に思ったよりバカだって気がついたんですよ。マイクなしでも感動させられたらマイク通したらもっと最高じゃない?僕はナンバーワンのシンガーになりたい。マイクなしでやるシンガーなんて誰も居ないでしょ?だから僕はナンバーワンのシンガーになる!(2018年9月17日 東松山ピアニウォーク路上ライブMCにて)

あの時力強く迷いなく言い放った歌詞太郎さんを支える一要素はこれだったのかとひとり噛み締める。

【顔色をうかがう】

「いじめの経験が社交性に繋がった」その記述を見て、私も振り返ってみた。完全にはいじめられた経験やその他抱えているものを乗り越える所までは行けていないものの、私の経験も社交性に繋がった部分はあると思う。
現在接客業でアルバイトをしている中で、ありがたいことに「視野が広いね」「気遣いが細かいね」「接客といえばあなただよね」と声をかけてもらうことがしばしばあった。身も蓋もない言い方をしてしまえば、「他人の顔色をうかがい、求められている役割を演じている」だけなのかもしれない。それでも苦しんで悩み抜いて得た私の誇れる力だ。それを全肯定してもらったような感覚になった。

【才能】

人から何を言われても、周りから全く評価されなくても、愛を持ち続けられる人は才能があるんだ。(p58)
天才とは、誰よりもそのことが好きで好きでたまらない人のことだと思う。(p59)

歌詞太郎さんの持論。この考え方に当てはめれば私の才能は何だろうか。
思い当たったのは以下3つ。
・ひたすらに本を読み文章を考えること
・思いついたままに小物を製作すること
・偏愛とも言われるほどに神話に思いを傾けること
この3つは、物心ついた時には行っていて、呼吸をするのに感覚は近い。常に行っているのかと言われると答えに窮するものの、完全にこれを無くして生きる自分を想像できない。
 本を読み文章を考えることは今まさにnoteを自発的に綴っていることそのものだろう。小物を製作するのも、浮かんだアイディアを放置すると泡がはじけるように消えてしまうので気がついたら身体が動いている。神話を偏愛することは言うまでも無い。神話のためだけに自分の進路を決めてしまった。もしかしたら、人が自分の中にもつ価値観の軸を才能と呼ぶのかもしれない。

【自信を持つこと=自分を好きになること】

時の巡り合わせというのは不思議なもので、丁度巴日和という1人のアイドルに出会い、自分を好きになりたいそう思い試行錯誤している時分だった。

段々とオシャレした自分を見て「センス良すぎない??」自分の書いた文章を見て「言葉選び最高......」と以前よりも自分自身に近い所を好きだと思って自信の着く瞬間が散見するようになる。それに褒められた時に素直に喜べるようになった。(「巴日和という生き方に憧れて」より)

こうして試行錯誤している中、実体験だけではなく尊敬している歌詞太郎さんが「自分を好きでいること=自分に自信を持っていること」そう定義付けている。この道をひた走っても、何かは得られるのだろうと思えて、また背中を押された。

【余白で世界の見え方は変わる】

そして逆説的だが、ネガティブな感覚があるからこそ、”世界は素晴らしい”といった鋭くポジティブな感情を受け取ることができるとも思っている。(p152)

この言葉はとても素敵だと思う。見方1つでマイナスな世界は綺麗に変わる。これをもっとも象徴している文が次のものだと思う。

「一つひとつは中途半端かもしれないけど、いろんなことに挑戦し続けているという点で中途半端じゃないぞ」(p169)

「この考え方は私にはなかった!!」と面白く思った。これも言葉の余白を視点を変えることで生まれる世界だと思う。この見える世界の幅を変えるのはそれこそ読書や勉強、経験から得るのだろうな、と感じた。

【先輩からもらった言葉に通ずる】

さて、この部分は読了直後ではなく、つい最近先輩からもらった言葉に通ずると思って取り上げた。まず一歩目を飛び込んで多くの失敗をした歌詞太郎さん。失敗も知らずのうちに自分の糧になる。プロセスを全力でやること=成功。この考え方に近いものを私はつい数日前就活を終えた先輩から貰った。
会話の流れで「今から就活のためにやっといた方がいいこととかってありますか?」と聞いた私に対して、「聞かれたのは結果ではなくてプロセスだったからなんでもいいから頑張った過程をつくってほしい」と先輩は答えた。ついつい結果主義になりがちだし、特にコロナ禍で満足に活動できない状況下で見落としてしまうことだと思う。心に留めておきたい言葉だと思っている。

【これから変わるために】

読んでいてとても耳が痛い言葉があった。

変わるためにまずやらなきゃいけないのは、自分の本質を見るということ。

134ページにあったこの言葉は必死に自分の嫌なところから目をそらし続けている私に突き刺さった。私は何ができて何ができないのか。できないことに目をむけるのは簡単ではない。許されるのであれば、何か別のものの所為にしてしまいたい。けれど、一足先にもがき続けて変われた先達がそう言うのであれば、少し勇気が出てくる。

いつの間にか道が開けて、今の自分を肯定できるようになる。(p135)

なんて聞いてしまえば私もその世界を見てみたいと思ってしまう。これからの道のりは長そうだけれど、私が私のすべてを受け入れられるようになるために精一杯もがいてみたいと思う。

【価値付け】

最後に、芸術は観る者がいて初めて価値が発生するということについて言及したいと思う。

音楽はリスナーに聴いてもらって価値をつけてもらい、その人のなかで魔法となるのだ。(p87)

なるほど、と思った。人は作品に出会うとき、出会った状況で思い入れが変わる。時には人を絶望の淵から救う文字通りの魔法になるだろう。音楽を聴いた後、この本を読み、もう一度「僕たちに似合う世界」を聴いた。もっと立体的に曲が聴こえた。読み込むごとにどこまで見える世界が、価値の種類が変わるのか楽しみである。 

自分の人生・生き方をふと客観的に見たときに自分が描いてきたものに対して私はどんな価値を付けられるだろうか。たまに立ち止まってみたときに、苦しくてもキラキラしたものだと自信を持って言えるものになっていると嬉しい。

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