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人口減少率世界一の国ブルガリアはバラ色の夢を見るか?

 時は2016年2月。修士論文を提出・発表し終えた学生たちは、それぞれ思い思いに卒業旅行の計画を練っていた。そんな中で筆者は1つの謎に直面していた。

 その昔、と言っても今からほんの30年ほど前まで、世界は西と東に分断されていた。東側諸国、すなわち社会主義体制下に置かれていた国といえば、スターリンやアンドロポフといった名だたる指導者を擁するソ連を筆頭に、チャウシェスクのルーマニア、チトーのユーゴスラビア、ポル・ポトのカンボジア、金日成ファミリーの北朝鮮など、カリスマ的指導者によって統治されていたケースが一般的である。
 しかし、「ソ連の16番目の加盟国」と揶揄されるほどの強固な社会主義体制を敷いていたブルガリアは、上記のような有名な指導者は現れていない。カリスマ的指導者が消えた旧社会主義諸国は、現在は民主化に舵を切った新しいリーダーのもと、新しい歴史を刻み始めているが、果たしてブルガリアもまた然りなのか?今回はそんなブルガリアの「今」をレポートしたい。

 ブルガリアへは日本からの直行便が無い為、飛行機で訪れる場合はドバイやイスタンブール等でトランジットする必要がある。だが当時の筆者は沢木耕太郎著の深夜特急にかぶれており、陸路での移動にこだわっていた。その為、はるばるイスタンブールからエディルネ(トルコの田舎町)、ハスコヴォ(ブルガリアの田舎町)をバスで経由し、途中でバスがエンストして荒野に2時間放り出される事件にもめげず、やっとの思いでブルガリアの首都ソフィアへと降り立った。

 これが本当に首都かと聞き返したくなる灰色の街並み。そして歩行者がほとんどいない。不安で今にも泣きだしそうになる。だが泣いていても何も始まらないので、事前に予約しておいた宿へと向かった。

 ここが宿。左下の門が入り口。この写真を友人に見せると皆口を揃えて「えっ大丈夫!?」と心配してくるが、当時はカネもない、恐怖心もない、羞恥心もないの三連単だったので、住めば都ならぬ泊まれば都。レセプションにいた若い男女が全身タトゥーで怖かったけど、今となってはいい思い出だ。
 荷物を置いて、再び街の中心部へと向かう。写真奥に見える古典主義ファサードの建物は、旧共産党本部だ。その前面に伸びる大通りは、軍事パレードに用いられていたのだろうか。

 旧共産党本部の立派さに安心するのも束の間、すぐそばにあるソフィア最大のショッピングストリートとその周辺は、やはり灰色の街並みが広がっていた。そして人がほとんど歩いていない。目にするのは野犬ばかりである。

 ブルガリアは2007年にEUに加盟しヨーロッパ諸国への仲間入りを果たすも、その後長らくEU最貧という地位から脱却できずにいる。EUにより保証されたEU圏内の自由な人の行き来は、ブルガリアの若者たちをより高額な給料が得られるフランスやドイツといった先進国へと駆り立てた。その結果、ブルガリアの人口は2007年の757.3万人から2016年には715.4万人、そして最新データである2019年には700万人にまで減少しており、人口流出に歯止めがかからない。
 国連の調査によるとブルガリアの人口減少率は世界で最も高いそうで、2050年には540万人まで減少するという予想も立てられている。(出典:産経新聞

 ここまでブルガリアの悲惨な現状を紐解いてきたが、これ以上書くとブルガリア政府観光局に怒られそうなので、ブルガリアのいいところも紹介して終わりにしよう。
 まずはブルガリアの名を日本にて有名たらしめたヨーグルト。明治ブルガリアヨーグルトの発祥は、1970年に大阪で開催された大阪万博のブルガリア館で、明治の社員が本場のヨーグルトを食してそのまろやかな味わいに感動したことが契機と言われている。

 そしてもう一つ有名なのが、バラである。バラの谷と呼ばれる渓谷にはたくさんのバラが咲き乱れ、世界最大のローズオイル生産地となっており、様々な高級ブランドの香水の原料に用いられている。筆者がブルガリアを訪れたのは2月でバラのシーズンには早すぎた為、バラの谷には足を運ばなかったが、お土産に香水を購入した。バラの女王とも称されるブルガリア産ダマスクローズの高貴なる香りが、旅に疲れた身体と心を優しく癒してくれた。

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