メディアと社会心理(1)
経緯について
課題内容
教科書の序章から第6章までをすべて読んだ後で、最も興味をいだいたテーマ(章)を1つ選び、論じなさい。その際、(1)教科書の内容を簡潔に要約し、(2)参考文献などから、関連する本・論文・新聞記事などを読み、引用し、 (3) それに対する自分の考え・意見・感想など、議論を発展させながら論じてください。
答案要約(忙しい人向け)
ネットでの意見発信は自由だが、実際には発信者が限られており、世論が偏りやすい。
エコーチェンバーの影響で、同じ意見に囲まれやすく、意見が極端化しやすい。
科学否定論者や陰謀論者は少数ながら大量のコメントで影響力を持ち、偽情報を広める。
ソーシャルメディアや検索エンジンの仕組みにより、自分に都合の良い情報だけを受け取りやすい。
ネット情報に依存せず、多角的な視点や常識を基に情報の信頼性を確認することが重要。
答案(評価 A)
(1)
ネットでは誰もが自由に意見を公開できるが、実際には政治や社会問題について意見を発信する人は限られている。ネットに上げられた意見には「偏り」があり、このことに気をつけておかないと、ネット世論を社会全体の世論と見誤ってしまうこともある。
特にネット上では、選択的接触やエコーチェンバーによって、人は自分の元々の考え(先有傾向)と同じような意見に取り囲まれた情報環境のなかに置かれやすい。そこでは、自分の考えを正しいと思わせてくれる情報や議論に接することが増え、逆に、自分の考えの問題点や欠点に気づかせてくれるような対立意見に触れる機会は少なくなる。そのことによって、自分の考えの正しさを一方的に信じ込み、より極端な意見をもつことも起こりうるのである。
(2)
以上のように、意見の極端化作用は世論や社会の分断を引き起こすことも懸念されている。特に世の中には、自分の考えの正しさから抜け出せず、科学的証拠を無視し、陰謀論を振りかざす「科学否定論者」と呼ばれる人々がいる。
リー・マッキンタイア [*1] によると、彼らの議論には 5 つの推論の誤りが共通しているとし、そのうちの 1 つに「証拠のチェリーピッキング」を挙げている。これは自説に有利な証拠を選択的にピックアップするというもので、典型的な認知的誤りの確証バイアスに相当するが、自分が信じたいことと一致する事実を探すよう私たちを動機づけ、そうでない事実はいとも簡単に無視してしまうよう仕向ける。とても科学的とは言えない理論なのに、そこに科学的な価値があると信じ込んでいる人にとって、この戦略は都合が良く魅力的に見えてしまう。
加えてリーは、スティーブン・ルワンドスキーとジョン・クックの『陰謀論ハンドブック』より、以下のデータを引用している。
「陰謀論者はまた、その数の少なさにもかかわらず、圧倒的な影響力をもっているとし、掲示板型サイトの陰謀論のカテゴリーに投稿された 200 万以上のコメントを分析したところ、陰謀論的な考えを示す投稿者は 5 %にすぎないのに、コメント数は全体の 64 %を占める。」[*2]
これにより、「偽情報のプールは浅い」ことを指摘し、それは大勢に広がっているように見えるが、心から信じている人は少ないと述べている [*1] 。
(3)
ネット上で独自のエコーチェンバーを形成してしまうと、上記のような確証バイアスも相まって、自分と異なる意見が入りにくい状況が生まれ、自分の考えの正しさを増幅し続けてしまう危険性がある。例えば、ソーシャルメディア上では、学校や職場といった現実世界と異なり、気に入らない相手は「ブロック」することが可能で、関わる相手を自由に「選択」することができる。検索エンジンの表示アルゴリズムもまた、ユーザーの閲覧履歴を基に画面に表示される内容がパーソナライズされている。このように、知らず知らずのうちに自分の考えと類似した情報に囲まれやすくなっていることを踏まえると、画面に映っている情報は、何らかのフィルタリングがかかっていることを理解した上で、発信元の信頼性を確認する努力を怠らないことが求められる。
付け加えると、自分が本当にほしい情報の全てがネット上にあるとは限らない、ということも覚えておきたい。特にソーシャルメディア上の情報は、断片的で体系的でないものも多く、それだけでは十分な理解を得られないこともある。安易に理解したつもりになるのではなく、同じテーマでも異なる著者の書籍を参照したり、現実の世界で身近な友人・知人の意見を直接会って聞くことも大いに参考になるだろう。特にネット上の比較的短い文章では、その考えに至った背景や根拠が不十分なまま無造作に情報が拡散されることもある。そこで無批判に受容してしまうと、それ以上、情報の真正性を吟味しなくなってしまうだろう。
ただ、疑う対象が多くなると、結局何を信じたら良いか分からなくなったり、自分の信じていることに不安になる時もある。その場合は「大切なのは、常識を思い出すことだ」とリーが述べているように [*1] 、目の前の情報を一般的な常識から捉えなおすことは有効である。これまでに学校、家庭、地域などで学んできたことや、実体験から得られた教訓があるはずである。それらと照らし合わせることで大きな誤りを避けることができるかもしれない。
参考文献
[*1] リー・マッキンタイア(西尾義人 訳)『エビデンスを嫌う人たち』 2024年 国書刊行会
[*2] Lewandowsky, S., & Cook, J. (2020). The Conspiracy Theory Handbook