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【開催報告】第4回アジャイルガバンスラボ「外部環境の変化を捕まえるには?」

「外部環境の変化を捕まえるには?ー未来を能動的に作るためのFutures thinkingをベースとした政策デザインと組織設計ー」と題したアジャイルガバナンスラボ第4回は、シンガポールを事例に、Futures thinkingという観点から不確実性の高い世界の中でいかにしてForesighted(先見の明がある) ガバナンスを実現できるかについて学びを深めました。

アジャイルガバナンスラボの目的や概要については、下記を参照ください。

開催概要

アジャイルガバナンスラボ
第4回外部環境の変化を捕まえるには?ー未来を能動的に作るためのFutures thinkingをベースとした政策デザインと組織設計ー
2022年11月09日@オンライン

登壇者(敬称略)

<講師>
CHERYL CHUNG
(Head of Singapore for Kantar Public Trainer / Adjunct Lecturer, Lee Kuan Yew School of Public Policy)
海老原 史明 (経済産業省大臣官房業務改革課 政策企画委員 / JAPAN+Dプロジェクトチーム)

<モデレーター>
隅屋輝佳(世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター)

大きな文脈を理解し、未来を予測するためのアジャイルガバナンス

冒頭にCheryl氏は、Futures thinkingの「Futures」は「~s」がついている通り色々な未来の形があるという不確実性や不透明性を含んだ言葉であると紹介し、予想しづらい状況下で期待や想像を超える未来を作るためにはアジャイルなガバナンスモデルの導入を進めていかなければならないと課題意識を共有しました。

では、どのようにしたら予想しづらい未来を想定し、準備ができるのでしょうか。Futures Thinkingの実施にあたって具体的にアジャイルガバナンスが貢献できるポイントとして、下記の2点が提示されました。

①より大きな文脈を理解すること
②今後起きる異なる文脈を予測すること

Cheryl氏講義資料より
(経済産業省「GOVERNANCE INNOVATION ver.2」)

そしてこの2点を実行するには、下記4つの視点が必要となります。

1. 前提を疑う(Question assumptions)
2. 水平線を見渡す(Scan the horizon)
3. 異なる未来をイメージする(Imaging alternative futures)
4. 現在進行形の行動をとる(Take present action)

1. 前提を疑う(Question assumptions)

未来に進むほど不確実性が高まり広がりが出るなかで、過去のデータと未来の予測を照らし合わせた”The ‘Projected’ Future”という部分に焦点を絞り込んでいく”Futures Core”(下記図)を用いたプロセスが紹介されました。

「Futures Core」Cheryl氏講義資料より

計画が進めば進むほど多様な文脈が現れ、それに基づいた仮説が出てきますが、その中にはいろいろな「前提」が潜んでいます。その「前提」を把握することが未来の計画を立てる上で重要であることをCheryl氏は強調しました。

2. 水平線を見渡す(Scan the horizon)

組織やチーム、プロジェクトの外側にはコントロールできない環境が存在しているため「全体の文脈を理解する」ことが重要です。

Cheryl氏講義資料より

「水平線を見渡す(Scan the horizon)」は外部環境に目を向けるということで、これは例えば新技術を理解するときにも有効です。つまり、これまで目を向けてこなかったような、より広範囲のトレンドや事象に目を向け、視野を広く持つ力を養うことが重要となります。

3. 異なる未来をイメージする(Imaging alternative futures)

ForecastやPlanningというのは日本でも既に高いレベルで実行されているものの、今後の世界に向けて不十分だろうとCheryl氏は警鐘を鳴らします。つまり「もしそもそもの計画や前提が間違っていたらどうなるのか?」という問いを常に持つことが重要との指摘です。

Cheryl氏講義資料より

不確実性の高い未来に対しては、唯一の戦略を取るのではなく、シナリオを複数立てておくPlanningが必要になります。

4. 現在進行形の行動をとる(Take present action)

不透明な状況で意思決定をする場面が加速し、把握してから決定していてはすでに遅すぎることを念頭に置くと「テスト→評価→フィードバック」のループを回すための「設計」や「ステークホルダーとのエンゲージメント」を見直す必要性は明らかです。そんななかで「現在進行形の行動をとる(Take present action)」に関して重要な視点が2つ共有されました。

1つ目が「戦略的なインテリジェンス」です。
「主要なトレンドを理解し、将来に与える影響を理解する」、つまり不安定かつ不透明な世界の中でどこに着目すれば良いのかを明確にすることが戦略的なインテリジェンスになります。

2つ目は「ステークホルダーマネジメント」です。
「ガバナンスを理解した上で、意思決定者の意思決定プロセスを理解する」ことがステークホルダーマネージメントです。

この「戦略的なインテリジェンス」と「ステークホルダーマネジメント」が将来の戦略を支えるツールとなるとCheryl氏はいいます。

公共政策における将来

さらに公共政策における将来について、Cheryl氏は4つの問題を取り上げました。

1. 短期主義である(短期的な結果が求められる)こと
2. リアクティブ(受動的、対処療法)であること
3. 縦割りであること
4. 計画が重要であるというカルチャー

こうした問題に対する解決策として挙げられたのは下記2つです。

1つ目は「情報がないこと、情報自体が変化すること、情報源によって情報が異なること」を前提にアジャイルなガバナンスを実現することです。

2つ目は「実験を行う環境」を構築することです。特に、実験を行うことでアジリティを高めることが重要だとし、大きなリスクに対して、今の時点で何かアクションを取ることの方がコストが低いと考えることが重要となります。

こうした考え方を踏まえ、シンガポールにおける政策サイクルフレームが共有されました。

政策のサイクル

Cheryl氏講義資料より

政策の前段階である「プレポリシー(PLE-POLICY)」は、例えばR&Dの優先順位や新しいインサイトの獲得などが該当します。Cheryl氏は、日本の場合は特にプレポリシーに該当するForesightが強みだとの見立てを共有しました。

次の「ポリシーサポート(POLICY SUPPORT)」は「政策の進展が何に影響を受けるかを枠組みに落とし込む」作業になります。

最後の「ポストポリシー(POST-POLICY)」は「将来に対するビジョンをどのように市民等に向けてコミュニケーションしていくか」を検討するというステップです。

シンガポールのケース

では実際に、シンガポールではこの政策フレームを踏まえてFutures workがどのように取り組まれているのでしょうか。

Cheryl氏講義資料より

シンガポールで最初に「Futures thinking」というツールを使い始めたのは防衛省でした。その後1990年代中頃より「シナリオプランニング・オフィス」がシンガポール政府の公共サービスとして設立されたのちに、首相直下の組織として「Center for Strategic Futures」が立ち上がりました。この組織は今では徐々に進化を遂げ、より小さなチームが政府の各所に存在してネットワーク型のガバナンスモデルを持っているそうです。さらにこの組織には未来を見極めていくために5つのポイントがあります。

1. 首相官邸を中心にネットワークガバナンスモデルを持っていて、政府各所に小さなユニットが存在することでアジリティ(機動性)が担保できている
2. 成功事例に対して、リーダーシップからのサポートが得られる
3. いわゆる「官僚エリート」の中でスタッフィングしている
4. ロングタームかつナショナルレベルのプロジェクトを推進している
5. 選択的な対話を推奨している

最後にCheryl氏からは、最終的には何かしらのロードマップ(青写真)が必要になるものの、不透明かつ不確かな将来に対峙するためにはアジャイルガバナンスやFutures thinkingといった環境を追い越して将来を予測し評価する、すなわち、将来に向けた道を歩くことで道がつくられることを信じている、との力強いコメントが寄せられました。

Futures Thinkingを日本でも実施するために

経済産業省で業務改革に従事する海老原氏をお迎えして、Cheryl氏とのパネルディスカッションが行われました。

海老原氏からの「保守的になってしまいがちな官庁において、規制を持つ省庁がどのようにすれば起こり得る将来(Futures)を自ら考えることができるのか」という質問に対して、Cheryl氏は「日本に限らずあらゆる政府が将来のことを考えるのは簡単ではないことは認識しており、シンガポールでもこれはチャレンジ」と述べたうえで、運輸省でFuture teamを立ち上げ、日々の業務を行いながら中期的な予測をする議論の場を規制当局内に積極的に設置したことを共有し、例えば自動運転領域においてはまず国立大学キャンパス内にて実証実験を行い、徐々に範囲を拡張していく仕組みをとった事例が紹介されました。ここでは何よりも問題のフレーミングを刷新することがFuture teamの役割だったとし「恐ろしいものに挑んでいるわけではない、複雑で大きな問題に対峙しているわけではない」ということにフレームを変えることに重点が置かれたそうです。

次に海老原氏からは、Cheryl氏が取り上げた自動運転プロジェクトにおいて「政府と産業が一緒に学習した」ことが政府側のインセンティブだったという説明に対し、日本では人材の流動性が高くなく、規制官庁において産業側の経験値のある人が少ないことが日本での不安要素であるとの見方が共有されました。それに対してCheryl氏は、ステークホルダーのチャレンジはシンガポールでも直面した課題とした上で、自動運転のケースで車両環境を準備するにあたって大きなブランドの企業がファーストに来ることは想定されておらず、実際に自動車会社ではない小規模のスタートアップ企業が選ばれたことを明らかにし「ガバナンスのアジリティを考える上で、ステークホルダーのマッピングは重要」とのアドバイスがありました。そのうえで「伝統的な産業側を含めて、全く異なる組織・パートナーとも関わりを持ち、話すことを考えなければいけない」と議論の場を設定することの重要性が示唆されました。

不確実な未来をどのようにガバナンスしていくか

4月末に開催されたG7デジタル技術大臣会合で「アジャイルガバナンス5原則」が合意されるなど、デジタル時代のガバナンスに関する議論は新しい段階を迎えようとしています。原則を踏まえた実践事例にますます注目が集まるなか、今回取り上げられたシンガポールの「Futures Thinking」は、日本との共通点やシンガポールの独自性についてその実践例から多くの示唆を与えてくれました。

最後にCheryl氏の話から「変化に対して受け身ではなく、攻めの姿勢で戦略的に政策を作っていく」ことは、重要でありながらも、ルールメイカー領域のミッションやこれまでの培ってきたカルチャーを考えると一足飛びに実現することは難しいかもしれません。ただし、だからこそ「不確実性の高い未来に対する考え方」をアップデートし、それをマルチステークホルダーで実践していくことの必要性を学ぶことができました。

Cherylさん、海老原さん、貴重なお話をありがとうございました。引き続きアジャイルガバナンスラボでは、多様なバックグラウンドをもったラボメンバーと共に、複雑かつ変化の激しい時代に必要なガバナンスの在り方についてお互いに学び合い、アジャイルガバナンスの実装につなげていきたいと思います。

執筆者(敬称略)
Author:俵 陵輔甲谷 勇平(世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター)
Contributors:ティルグナー順子(世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター / 広報)


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