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2021年度注目すべきテクノロジー10領域

Scientific American誌と世界経済フォーラムが「Top 10 Emerging Technologies 2021」を発表しました。通算10回目となる今年のレポートでは、複雑に絡み合う地球上の様々な課題に言及し、相互にリンクされた解決策(=interlinking)に注目しています。

本記事では、本レポートで注目された10領域における最新の取組みと今後の展望についてご紹介します。

1. 脱炭素に向けた取組み

近年、国や産業界は二酸化炭素排出量の削減に向けた取組みを次々と発表しています。脱炭素化技術を大規模運用するためには、既存技術を素早く成熟させることに加えて、持続的なイノベーションが必要です。

例えば、住宅や商業施設で使用する暖房や調理向けの燃料が炭素排出量の13%を占めるアメリカでは、炭素排出ゼロの暖房・換気・空調システムの普及が鍵を握っています。また化石燃料発電による地球への負担を軽減するためには、炭素を回収、再利用、隔離する技術の大規模導入が必須です。

農業分野においても脱炭素化が進められています。「インポッシブル・バーガー」や「ビヨンド・ミート」等のタンパク質代替食材が、家畜の飼育過程で発生する大量の炭素やメタンの削減に貢献することができます。またIoTで管理された農場は、肥料や水の使用、土地や作物の効率的な管理を可能にし、更なる炭素削減に寄与します。

さらに急速な脱炭素化を実現するためには、技術的課題に加えて、エネルギーの平等性を確保するための世界的なガバナンス体制および環境を監視するインフラを整備する必要があります。

2. 窒素肥料の代替作物

国連食糧農業機関(FAO)によると、世界の作物生産を維持するためには、年間約1億1,000万トンの窒素が必要であるものの、世界の二酸化炭素排出量の1~2%を占める窒素肥料の製造は、環境負荷が問題となっています

こうした課題に対して近年、自然界における窒素肥料にヒントを経た研究に注目が集まっています。例えば、大豆や豆などのマメ科植物は、土壌菌との共生により、自ら窒素を生産することができることから、マメ科植物とバクテリア間における分子コミュニケーションを模倣し、穀物の根が窒素固定菌(空気中の窒素を有機物の合成に利用できる細菌)と共生するための研究が進められています。また、窒素固定ができない土壌菌については、空気中の窒素を植物に適合するアンモニアへ変換させる酵素、ニトロゲナーゼの生産を誘導する実験も行われています。

近年、政府や民間財団が窒素固定化技術の研究開発を積極的に支援していることから、自然界の共生力を利用した作物がより持続可能な食糧生産の鍵となるかもしれません。

3. 呼気センサーによる診断

人間の息には800以上の化合物が含まれており、それらは様々な病気との強い相関関係が立証されています。例えば、アセトンの濃度が著しく高い呼気は糖尿病、アルデヒドの量が多い呼気は肺がんと密接な関係があります。

呼気センサーは、採血よりも早く診断結果を得るだけではなく、非侵襲的に健康データを収集できるため医療診断の効率化に寄与します。またスーパーやレストランなどに呼気センサーを設置することで、地域でウイルス拡散を抑制する可能性も秘めています。イスラエル工科大学のHossam Haickらは中国の武漢において呼気中のCOVID-19を検出する臨床試験を実施し、陽性者判別において95%の精度と100%の感度を達成しました。

こうした呼気センサー技術が普及するためには、まず患者数の多い病気、特に結核やがんの検出精度を向上させる必要があります。次にセンサーデータを分析するアルゴリズムの精度を高め、偽陽性の可能性を低減することも大きな焦点です。また呼気センサーの臨床試験を大規模に実施するためには、巨額の投資が必要となることから、産官学の連携が求められます。

4. 医薬品のオンデマンド製造

従来の医薬品は世界中に分散された多段階プロセスを経て大量生産されるため、一貫した品質と信頼の確保や、供給に数ヶ月かかることが課題とされてきました。こうした課題を解決する新しい製造技術が医薬品のオンデマンド製造です。この製造方法は連続フロー式で一度に全ての医薬品を製造し、必要な時に必要な場所で薬を製造することができます。つまり、薬剤の保管や輸送に必要な資源を削減できるほか、患者さんの病状に合わせた薬剤投与が可能になるのです。

2016年、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者は、米国国防高等研究計画局(DARPA)と協力して、医薬品のオンデマンド製造を世界で初めて実証しました。冷蔵庫サイズの機械を用いて、4種類の一般医薬品を24時間以内に1,000回分ずつ連続的に製造することに成功したのです。現在、多くの製薬会社が、少なくとも製造工程の一部に連続製造技術を導入しています。

医薬品をオンデマンド製造するためのポータブル機器は、現在数百万ドルと高額です。また処方箋の個別化や製薬量の管理に対しては、新しい品質保証および管理方法が必要となります。コストが下がり、規制の枠組みが進化した暁には、オンデマンド製造が医薬品業界に革命をもたらす存在となることが期待されています。

5. 無線信号からのエネルギー

IoTの発展は電子機器やウェアラブルデバイスのほか、水や農薬の使用量を抑える農業や、橋やコンクリートの欠陥を検知する技術、災害を早期に察知するセンサーなどを実現しています。

2025年に約400億台のIoTデバイスが登場すると推測される中、安定的な電力供給は喫緊の課題です。既に実用化されている充電ソリューションはWi-Fiルーターやアクセスポイントから発信される無線信号を利用しています。5Gの無線信号は高度な情報速度と共により多くの放射エネルギーを送信可能です。将来、低消費電力の無線機器の多くは充電が不要になるかもしれません。

すでに多くの新興企業が、専用の無線送信機を使用したワイヤレス充電製品を提供しており、将来的にWi-Fiや5Gの信号も利用できるようになる可能性が高いと言われています。

6. 健康寿命を伸ばす分子工学

世界保健機関(WHO)によると、2015年から2050年の間、世界の60歳以上の高齢者の割合は12%から22%とほぼ倍増すると言われています。人類がより長く健康的な生活を送るために、加齢に対する分子メカニズムの解明が進められています。例えば、細胞内全てのタンパク質や代謝物濃度などを同時に定量化するオミックス解析の改良などが挙げられます。

こうした技術は、高齢者の病気や死亡リスクを予測する有力な手段となることが期待されています。また加齢メカニズム研究の進歩により、ターゲットを絞った治療法の開発が模索されています。最新の初期臨床研究では、ヒト成長ホルモンを含む医薬品カクテルを1年間投与することで、「生物学的時計」を1.5年戻せることが明らかになりました。また、若者の血液中に含まれるタンパク質を高齢のマウスに注入すると、加齢に伴う脳の機能低下マーカーが改善されることも確認されています。こうした結果は、加齢による認知機能低下を回復させる治療法の開発に役立つことが期待されています。

すでに100社以上の企業が、健康寿命を分析・設計するための医薬品や遺伝子工学のアプローチを積極的に開発し、前臨床段階もしくは初期の臨床試験段階にはいっています。こうした研究開発は、投資家の高い期待を背景に、より健康な高齢化社会の実現に寄与することでしょう。

7. グリーン・アンモニア

アンモニアは、世界食糧生産の50%を支える肥料に使用される重要な存在です。ただしアンモニアの合成には、窒素と水素を固定する触媒が必要であり、エネルギーを大量に消費するという課題があります。さらに水素の合成プロセスで発生する二酸化炭素は、世界全体における排出量の1~2%を占めると言われています。

こうした課題を解決するために、再生可能エネルギーによって水を分解して製造するグリーン水素に注目が集まっています。またデンマークのHaldor Topsoe社などが、再生可能な資源を使った新しい触媒の開発を発表しました。こうした環境に優しい触媒およびグリーン水素から作られたグリーン・アンモニアは、ヨーロッパを中心に拡大傾向にあります。

現在のグリーン水素製造技術のコストは高額です。普及そ促進するために、欧州のエネルギー企業30社は、水素の製造、貯蔵、輸送の技術革新により、2030年までにグリーン水素を1.5ユーロ/1kgで提供することを目指すプロジェクト「HyDeal Ambition」を立ち上げました。このプロジェクトが成功した暁には、グリーン水素とアンモニアの好循環が実現します。

8. ワイヤレス・バイオマーカーデバイス

糖尿病やがんなど慢性疾患の治療には頻繁に血液検査を実施して特定のバイオマーカーを追跡する必要がありまが、これらの検査は患者にとって大きな負担です。そこで100社以上の企業が、汗、涙、尿、血液中のバイオマーカーを検出するためのワイヤレスかつ持ち運び可能なウェアラブルセンサーの開発に取り組んでいます。具体的には、光や低電力の電磁波を利用したり、皮膚の上に電子センサーを装着したりする方法が検討されています。

こうした技術の最重要ターゲットは、2030年に世界で5億7,800万人が罹患すると予想される糖尿病です。血糖値測定には3つのアプローチが検討されています。1つは、ミリ波の無線電磁界と近赤外線センサーを用いて患者の指にかかる電圧の変化をグルコースレベルで相関させる方法です。2つ目は衣服に埋め込まれたウェアラブル電子機器がマイクロ波領域の電磁波により血流中のグルコースレベルを検出する方法、そして3つ目は毛細血管から流れ出る間質液を電極で検出し、汗の中のブドウ糖を判別するタトゥー型回路です。3つ目の方法では、乳酸値の変化を調べることも可能であるため、スポーツ業界からの投資も期待されています。

他にも、電子化された透明なコンタクトレンズが、涙からがんや糖尿病のバイオマーカーを検出することができたり、唾液のバイオマーカーが、生理的・心理的なストレスや、HIV、腸内感染、がん、COVID-19などの病気を検出できる可能性が指摘されています。また、高周波識別技術を搭載したマウスガードに唾液センサーを組み込むことで、虫歯や異常を検知することもできるようになります。

9. 地元の材料を用いた3Dプリンター住宅

国連の推計によると、3Dプリンターを使った住宅建築は、世界中で住居に問題を抱えている約16億人を救える可能性を指摘しています。ただし3Dプリンターによる住宅建築は、コンクリート、砂、プラスチック、バインダー(接合材)などの材料をトラックで運ぶ必要があるため、インフラが整備されていない遠隔の貧困地域では利用が難しい側面もありました。

こうした課題に対して、地元の材料を用いた3Dプリンター住宅の実験が進められています。例えばイタリアの小さな町において、3Dプリンターを扱うWASP社は、土と麻と液体バインダーの天然素材混合物を使用することで、これまで運搬していた材料の95%を削減可能であると発表しています。加えてWASP社は、伝統的な泥の混合物と、自然界に存在する繊維結合材であるフィラメントを混ぜ合わせて3Dプリンターに流し込むことを実践し、従来よりも短時間で住宅を建築し、幾何学的形状により壁の高強度化にも成功しました。

このような取組みは耐用年数に達した構造物の素材分解と再利用も可能にしており、こうしたゼロ・ウェイスト循環型モデルに注目が集まっています。

10. 宇宙と接続するIoT

IoTを構成するデバイスは少なくとも100億個と推計され、その数は今後10年間で2倍以上になると予想されています。世界中に分散したデバイスからはゼタバイト級(1ZB=1GBの10⁷倍)のデータ収集が可能ですが、現在の携帯電話のネットワークは地球上の半分以下しかカバーしておらず、その接続性に問題を抱えていました。

こうした課題の解決策として、地球から数百キロの距離を周回する低コスト・低重量(10kg以下)の超小型衛星ネットワークを活用したIoTシステムに注目が集まっています。地球上のバッテリー駆動小型IoTデバイスから、軌道上の超小型衛星との通信を可能にする技術の実装により、今まで到達できなかった場所や接続が困難だった場所において、様々なデータ駆動型アプリケーションの運用が可能になるのです。

例えば、イギリスのLacuna Space社のバッテリー式センサーは低軌道衛星に接続することで、船舶に積まれた荷物を追跡したり、農場のデータをモニターして水や肥料、除草剤を効率的に使用する農業を実現します。オーストラリアのアデレードにあるMyriota社では、宇宙と接続したIoTでサイなど絶滅危惧種の追跡を行っています。Microsoft社は、SpaceX Starlink社と提携して宇宙ベースのクラウドコンピューティングプラットフォームを立ち上げ、衛星からデータセンターの集中サーバーにデータを移行しています。

宇宙IoTの本格運用には、課題が山積みです。例えば超小型衛星の寿命は約2年と短い上に、高額なコストを要する地上局のインフラ基盤で支える必要があります。また深刻化する宇宙ゴミ問題のために、寿命を迎えた衛星を自動的に軌道から外したり、他の宇宙船で回収したりする計画が進んでいます。加えて、異なる気象条件や地形でも接続性を維持するために、衛星から安全で信頼性の高い広帯域の通信システムを提供することも重要になります。

相互につながり合う世界

世界が注目する10のテクノロジー領域は、相互に関係しています。こうしたテクノロジーを支えているIoTデバイス技術を含め、私たちの未来は未だかつてないほどに相互につながっていくことでしょう。

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執筆:
世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター
竹原梨紗(インターン)

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