『The Jobs Reset Summit』勉強会報告
世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターでは、6月1日・2日に行われた「The Jobs Reset Summit 2021」の注目セッションの内容を議論するため、勉強会を6月10日に開催いたしました。
2020年、新型コロナウイルス感染症により、生命と生計に多大な犠牲が生じました。2億5500万人分のフルタイムの雇用、3.7兆ドルの賃金、世界のGDPの4.4%に相当する経済的喪失があったと推計されています。ワクチンの接種が広がるにつれ、少しずつ改善する兆しは見えてきましたが、社会的・経済的な回復は、いまだ確実ではありません。
The Jobs Reset Summit 2021は、パンデミックにより社会経済が受けたショックから回復するだけでなく、より公正で持続的な社会へ「再構築」するために、重要な課題を官民で議論するグローバルな会合です。
勉強会では、当センターのスタッフ、フェロー、インターンなど20名以上が参加し、オンライン会議システムを通じて、活発な議論が展開されました。
3つの注目セッション
開催前の準備として、発表担当のインターン3人が公開セッションを視聴し、その内容をスライドにまとめました。当日は、注目セッションを1つずつ紹介し、ディスカッションを行いました。
働き方や雇用の「再構築」に直結するスキルアップやリスキリング(reskilling)だけでなく、それを下支えするための税収確保という観点からデジタル課税の方向性、さらに、パンデミックから復興するための経済政策のあり方など、グローバルなリーダーたちが集う世界経済フォーラムならではのセッションを3つ扱いました。
Building Back Broader - パンデミックから復興するための経済政策のあり方
ポイント
①ダイナミックな公共セクターへの転換
②「より広範な再構築」を実現する官民連携のあり方
本セッションでは、コロナ禍で取られてきた各国の経済政策の課題と、「より広範な再構築」を実現するために、政府が市場とどう向き合い、パートナーシップを構築するのかを中心に議論されました。
スピーカーは、イノベーションと公共的価値の関係を研究する経済学者のMariana Mazzucato氏(University College London)、現代貨幣理論の提唱者でもある経済学者のStephanie Kelton氏(Stony Brook University)、世界経済と政治の歴史的変化に詳しい経済史学者のAdam Tooze氏(Columbia University)、人事や組織運営に関するコンサルティング企業 Mercer 社の社長兼CEOのMartine Ferland氏、そして、Sky NewsのEconomics Editor である Ed Conway氏です。
まず、これまでの政府は「市場の失敗(自由な競争による市場での調節機能が機能せず、効率的な配分が達成されない状況)」が生じてから対処しがちであるとの認識が共有されました。その上で、民間セクターと常に共創し、政策の「実験と学習」を許容する、ダイナミックな政府へ転換する必要性が指摘されました。
そして、政府の政策を「より広範な再構築」に繋げるために、①脱炭素・公正な雇用などを条件付けた公的資金の導入と②透明性と知識の普及を目指した知的財産システムの刷新の2つが提示されました。
A New Global Tax Agenda - 雇用支援の財源となりうる「デジタル課税」の未来
ポイント
①巨大多国籍企業の納税逃れを防ぐ
②途上国を取り残さない、包括的な国際税制を確立する
近年、巨大多国籍企業がタックスヘイブン(税金が無い、もしくは著しく低い国または地域)を利用し、租税回避行為を行っていることに疑問の声が上がっています。本セッションでは、グローバルな税制改革がどのようにして公平な経済回復に貢献できるのかが議論されました。
スピーカーは、フランスの国際ニュース専門チャネル「France24」経済副部長のStephen Carroll氏、ラテンアメリカ・カリブ経済委員会事務局長のAlicia BárcenaIbarra氏、租税回避などに懸念を持つ研究者や市民の連合で構成されるアドボカシー団体「TaxJusticeNetwork」最高責任者のAlex Cobham氏です。
租税回避行為を防ぐ方法の1つとして、法人税の最低税率を世界共通で定め、タックスヘイブンを機能させないことが挙げられます。一方で、多国籍企業が本国で納税を行う場合、多くの多国籍企業は本社を先進国に置いているため、税制改革をすると法人税収入が先進国へと移転されることになります。
そこでセッションでは、巨大多国籍企業に適正な法人税を課しつつ、新興国を取り残さない包括的なグローバル税制を確立することが重要であるとの主張が提示されました。
A Global Jobs Recovery Plan - ギャップ改善に向けたリスキリング
ポイント
①テクノロジーを活用したリスキリングが雇用の回復における鍵である
②採用と解雇を繰り返す従来のモデルから、既に雇用している従業員のスキルアップを図る新しいモデルが必要
パンデミックにより、世界で2億5500万人分のフルタイムの雇用が喪失しました。本セッションでは、大量の雇用を創出する可能性のある「次世代の仕事」に注目し、投資するにはどうすれば良いのかが議論されました。
スピーカーは、Stanley Black & Decker CEOのJames M. Loree 氏、
Coursera CEO の Jeff Maggioncalda 氏、LinkedIn 共同創業者/副社長の Allen Blue 氏、国際労働機関(ILO)事務局長の Guy Ryder 氏、国際労働組合総連合(ITUC)書記長の Sharan Burrow 氏、Bloomberg Television の Editor-at-Large and Presenter である Francine Lacqua 氏です。そして、世界経済フォーラムからも、Klaus Schwab 会長と Saadia Zahidi 取締役が登壇しました。
セッションではまず、雇用に関するジェンダーや国家間の既存の格差が、パンデミックにより更に拡大したことが指摘されました。同時に、多くの企業がスキルのミスマッチに直面しており、大量の求人があっても必要な人材が集まらないという問題も言及されました。
これらの課題を解決するカギが、大規模公開オンライン講座(MOOC, Massive Open Online Courses)などのテクノロジーを活用したリスキリング(Reskilling, 職業能力の再開発、再教育)です。企業や政府が、従業員や失業者にリスキリングのための学習環境を提供するモデルを標準化すべきとの主張がされました。
勉強会の様子
当日は、スライドを用いた報告を行った後、参加者全員で質疑応答とディスカッションを行いました。例えば、以下のようなコメントがありました。
ワクチン接種の予約システムをうまく利用できない高齢者や中高年層が社会問題となっている。高度かつ専門的な内容を習得するリスキリングだけでなく、本当に基本的なデジタルリテラシーを習得するリスキリング、という視点もデジタル格差を拡大させないために重要ではないか。
スキルのミスマッチにより仕事が余っているという現状は指摘された通りである。そもそもスキルを持った人材がいなければ、単純な雇用創出を行っても意味がない。
日本ではまだ「リスキリング」という言葉や重要性が認識されきっていないように感じるし、「リカレント教育」という語との区別も、あまり認識されていないように思う。「リカレント教育」は、一般的に、教育と就労のサイクルを繰り返すシステムを指す。対して「リスキリング」は、就労しつつ職業で必要とされる能力を更に高めていくことだ。
発表担当の所感
私(インターン井潟)が担当したセッション"A Global Jobs Recovery Plan"では、パンデミックで拡大した格差を放置すれば、それがむしろ悪化していく「K字型回復」に陥りかねない、そういった危機感が示されていました。
しかし、暗い側面ばかりではないとも感じます。世界経済フォーラムが6月2日に発行した白書「より広範な再構築: 経済改革のための政策の道筋(Building Back Broader: Policy Pathways for an Economic Transformation)」では、今回のパンデミックで、STEM(科学、技術、工学、数学)関連のオンライン講座を、より多くの女性のユーザーが受講するようになったというデータが示されています。パンデミックがリスキリングの重要性を再認識させたことが、男性が多数を占めるSTEM分野で女性が更に活躍する契機となり得るかもしれません。
既存の課題を浮き彫りにしたパンデミックが、個人レベルから企業、社会、グローバルレベルの変革の機会となるように、一人ひとりが行動していくことが必要である、そう強く感じさせられました。
執筆:世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター インターン 井潟瑞希
企画・構成:世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター ペレスベラスコ・ジャンコ(インターン)、佐藤良磨(インターン)、工藤郁子(プロジェクト戦略責任者)