CEATEC見聞録(前編):「データ主権」からデータ連携基盤を読み解いてみる
後編はこちら↓
グリーン×デジタル
2022年10月17日、CEATEC「グローバルダイアローグ:Green x Digitalの実現に向けて」に参加しました。グリーン(目的)を推進するために、デジタル(手段)をどのように活用するか、という壮大なアジェンダに意欲的に取り組んでおられる方々のお話に感銘を受けました。
気温上昇を1.5℃に抑制するため、私たちは2050年カーボンニュートラルを達成しなくてはなりません。そのため企業は、製品毎に、サプライチェーン全体でCO2排出量を削減していくことが求められています。これは企業毎、工場毎の排出削減ではなく、各製品の製造のみならず、資源や素材の調達、流通、使用から、廃棄・リサイクルまで、世界中に広がるバリューチェーンのあらゆる段階で、どれだけ排出しており、どれだけ削減できたのか、を捕捉する、という非常にチャレンジングな課題です。
排出量の「見える化」のための強力な味方が、デジタル分野の技術革新です。そしてデータ連携のための基盤整備は、企業間でデータを安全に共有する試みと位置付けられます。グローバルなバリューチェーンの各段階でのCO2排出量の捕捉は、グリーンの実現に向けた大きな前進となります。
データ連携基盤とは何か。概念を把握することは難しいですが、今回は技術的特徴からではなく「データ主権」の観点から、読み解いていきたいと思います。ここでは、「データ主権」と「デジタル主権」の定義を厳密に区別していません。
国家主権から考えるデータ主権
データ主権のアイディアの根底には「国家主権」があります。社会の教科書が懐かしく頭に浮かぶかもしれませんが、「国家主権」の三要素をおさらいしてみます。
他国から支配や干渉されることなく対等である権利(独立権)
国民や領土を統治する権利(統治権)
国の意思や政治のありかたを決定する権利(意思決定権、日本では「国民主権」)。
「データ主権」(もしくは「デジタル主権」)という概念は新しく、2011年、ピエール・ベランジェ氏が、「デジタル主権とは、技術とコンピュータ-・ネットワークの利用により、自分たちの現在と未来をコントロールすること("Digital sovereignty is control of our present and destiny as manifested and guided by the use of technology and computer networks.")」と定義したものが比較的初期のものになります。「誰からも妨げられることなく、データを活用する方策を主体的に決定する」ことは、国民主権の概念を彷彿とさせます。
「デジタル主権」の概念は、EUに支持され、最近では2022年2月、EU理事会議長国だったフランスが、4つの柱に分けて、その重要性を力強くアピールしました。
EUの利益を保護するために、欧州は、サイバー空間で、市民、公共サービス、企業の安全を強化し、域外適用法に対する防波堤となるような産業データ戦略を定めなければならない。
中核的価値を擁護するため、標準を設定する役割を確保するため、欧州は民主的制度を強化し、デジタル単一市場における公平な競争条件を回復し、テック企業の説明責任を高める新しい規制を打ち出していかなくてはならない。
イノベーション推進力を確保するため、欧州は外国人投資家と外国人材を惹きつけ、世界に通用するテック企業が創設される環境を整備しなくてはならない。
開放性を指向する力を確保するため、欧州は自由で開かれた標準を奨励し、グローバル・デジタル・コモンズにおいてオープンに共有される物理的及びソフトなインフラの構築を、技術面及び資金面から支えていかなければならない。
デジタル連携基盤の整備を巡る動向~EUを中心に
EUは、まさにこのデジタル主権に基づいてデータ連携の基盤を整備しています。
巨大テック企業がデータを独占的・寡占的に活用することに対し「デジタル主権」が脅かされている、という問題意識がGaia-X立ち上げの背景にあることが分かります。国家主権になぞって考えると、産業データを活用するにあたって、(1)独立を確保すること、(2)データを活用するための公平なルールを策定すること、(3)企業、公的機関、ネットユーザー、市民、消費者が、主体的にデータ活用することとなりましょうか。
このような動きは、個人情報保護分野で先んじて進展しています。EUは2018年5月より、基本的人権(個人情報保護)の確保を目的として「一般データ保護規則(GDPR)」の適用を開始しました。2019年1月、EUは日本に対する「十分性認定」を行ない、これにより、民間事業者においては、EUから日本への個人データ移転は標準契約条項の使用等の適切な保護措置を取らなくても、個人情報保護委員会の十分性認定補完的ルールを順守する限り、GDPR上適法に行うことが可能となりました。主権を有する国家同士は、対等であり、独立をお互い尊重しつつ、関係を構築する、ということに類似しています。
2020年6月、欧州の統合データ基盤プロジェクトGaia-Xが発足しましたが、これらも産業データについての同じ動きと解釈することが可能です。そして、産業データの活用であり、自動車を始めとする様々な製造業のグローバルバリューチェーンでの安全なデータ共有という付加価値が重要となります。
協調領域と競争領域の切り分けや、ブラックボックスとして何を残すか、様々な判断が必要となるなか、試行錯誤しながらの運営ですが、日本の推進するデータ流通基盤との相互接続の可能性も含め注目されます。現在、Gaia-XはEU各国の予算拠出による部分が大きいですが、中長期的に産業データの共有は、商業的な採算も課題となることでしょう。自由なデータ市場へのアクセスが、新たな価値創造につながることが期待されます。
Catena-Xは2021年3月、自動車業界に特化したデータ流通基盤として立ち上がりました。EV化や自動化といった構造転換期において、CO2排出量削減を「見える化」していく試みが注目されます。
終わりに
データ主権に対する考え方は、これからのデジタル社会をどう捉えるかという価値観でもあります。Gaia-XやCatena-Xのようなデータ連携基盤が欧州を超えて他地域との連携を求めたとき、それは経済的な視点だけではなく、デジタル主権が体現する価値観を同じように共有できるかを問われることもなるのかもしれません。
最後に、私がフェローを務めている世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターのデータガバナンス・チームの活動について紹介します。2018年、世界経済フォーラム、日本政府、アジア・パシフィック・イニシアティブ(当時)は、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター(C4IR Japan)を立ち上げ、テクノロジーと政策のギャップを解消するためにアジャイルで人間中心のパイロットプロジェクトに取り組んできました。C4IR Japanのデータガバナンス・チームでは、国境を越えた自由なデータ流通(DFFT)や、自由なデータ取引市場を扱っており、データ連携基盤についても国内外のさまざまなステークホルダーと連携しています。引き続き、注目いただければ幸いです。