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札幌市徽章

はじめに

札幌市内を歩くと、あちこちの消火栓やマンホールの蓋に、雪の結晶と星のマークが付いているのを目にする。これが市のシンボルマーク「札幌市徽章」である。このマークがどのような経緯で今あるのかを調べてみた。

いつ作られたのか

市の公式見解

札幌市例規集には「明治44年8月制定」とある。もっとも、制定当時はまだ市ではなかった。『新札幌市史』には「札幌区徽章」として載っているが、いずれにしても、明治44年8月制定というのが市の公式見解であるようだ。

明治44年7月以前の使用例

しかし、それ以前に使われた例がある。
まず、『札幌区史』(明治44年7月発行)の裏表紙にこの徽章が描かれている。デジタルライブラリーでも見られるが、札幌市中央図書館で実物を見せてもらった。

『札幌区史』


なお、昭和48年に出た復刻版には徽章は描かれていない。
たった1ヶ月早いだけならフライングということも考えられる。しかし、もっと古い例もある。『最近之札幌』(明治42年10月発行)の表紙である。

『最近之札幌』

この本の中にこう書いてある。

札幌区ハ本年3月1日区制(ママ)調査施行ヲ機トシ、記念トシテ区ノ徽章ヲ制定シタリ本書ノ表紙ニ現ハシタルハ即チ是ナリ

『最近之札幌』118頁

さらに調べてみると、札幌区役所庁舎新築移庁記念の絵はがき(明治42年発行)には、この徽章と「42.8.15」(つまり明治42年8月15日)の日付が入ったスタンプが押してある(札幌市中央図書館デジタルライブラリーで「札幌区役所議事室」「札幌区役所正面」「札幌区役所側面」の絵はがきを検索していただきたい)。
『札幌事始』(さっぽろ文庫7)には、区勢調査の報告書(明治43年9月発行)に印刷されたのが、この徽章の最初の公式使用例(17頁)だとある。この「報告書」とは『札幌区区勢調査原表』のことで、国立国会図書館デジタルコレクションで確認できる。

区勢調査の徽章

区勢調査施行(明治42年3月1日)を機として制定された(『最近之札幌』)ということだから、当時の新聞に何か書いてあるかと思い、探してみると次のような記事があった(原文は縦書)。

札幌区告示第10号
札幌区勢調査ニ従事スベキ職員ハ左ノ徽章ヲ佩用ス
明治42年2月18日 札幌区長 青木定謙

『北海タイムス』明治42年2月18日

その左の図がこれである。

区勢調査員の徽章

表は現在の札幌市徽章とは少し違って、六角形の輪郭と丸の間に6つの字が書いてある。不鮮明で読みにくいが、上から反時計回りに「区勢調査之章」ではないかと思う。この文字が入っているために、輪郭と内部のサイズ比は現行のものと異なるが、明治42年2月18日時点で、既にこの意匠は存在したのである。裏は中央に「札幌区」、周囲は上から反時計回りに「明治四十ニ年三月一日」とある。

さて、同じ年の新聞記事にこういうのがある。

皇儲奉迎員の徽章
韓皇儲奉送迎の事務に従事する区吏員の徽章は曩きに区勢調査の際定めたる徽章を使用佩用する事に決定したり

『北海タイムス』明治42年8月4日

韓国皇太子李垠が同年8月8日に札幌を訪れるので、その奉迎の際に、区勢調査の徽章と同じものを使うというのである。時系列としては、その1週間後が絵はがきのスタンプである。半年前には「区勢調査員の徽章」だったものが、この頃には「区の徽章」に変わりつつあったようである。

明治44年8月に何があったか

なぜ、市の公式見解は「明治44年8月制定」なのか。市に問い合わせたところ、制定時期を直接示す証拠は残っていないが、関係のありそうな書類は公文書館にあるとのことであった。
この月にあった出来事というと、皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)の行啓である。皇太子の札幌滞在は8月25日から30日までであったが、8月1日の奉迎準備委員会で、委員の徽章を作ることを決議している(『北海タイムス』明治44年8月3日)。これに関連して、札幌市公文書館蔵「行啓委員関係書類」の中に徽章のデザインを示した書類がある。市の回答にあったものだ。

「行啓記念」の徽章

区勢調査員の徽章とは異なり、表には「何々之章」というような文字は書かれていない。裏には中央に「行啓紀念」、周囲に「明治四十四年」とある。
あくまでもこれは奉迎委員の徽章に関するものであって、区の徽章をこの時に定めたということを示すものではない。しかし、現在の市の徽章が「明治44年8月制定」と伝えられているのは、皇太子行啓がそれだけ大きな出来事だったことを物語っているように思われる。「2年前からあったものを使った」と言うよりは、「行啓を記念して作った」と言った方が体裁がよいからである。

どこが「ホ」なのか

ところで、札幌市例規集の説明によると、この徽章の意味はこうなっている。

外側の六角模様は、六つの花即ち雪に因み、雪をもつて本道を表徴し、内側円形模様は、札幌の札の字の図案化であり、更に○形全体をもつて片仮名のロの字の意味を兼ねしめ、中央の星形は、北斗星によつて北方の意を表すと共に、片仮名ホの字を形どつたものである。つまり、徽章全体を通じて、北海道札幌を表示しようとの意図に出たものである。

札幌市例規集「札幌市徽章」

これに対し、『最近之札幌』の説明はこうだ。

輪廓ハ雪ノ結晶ニシテ本道ヲ意味シ、又片仮名「ホ」トモ見セタリ、文字ハ札幌の頭字「札」ニシテ、其ノ円形ナルハ片仮名「ロ」ノ変態トモ見ルヘシ、北斗星ヲ以テ包メルハ、首都ノ意ニシテ盛徳ヲ示シタルモノナリ

『最近之札幌』118頁


『最近之札幌』では六角の雪の結晶の形が「ホ」だと言っていたのに対し、現在の市の説明では五稜星の形が「ホ」だと言うのだ。いつの間にか話がすり替わったようだ。私の感覚では、「ホ」は中心から六方に線が伸びているから、星よりも雪の形に近いように思う。

誰が作ったのか

この徽章をデザインした人は誰なのかについて、記録は見当たらない。しかし、それが誰なのかを推測させる材料はある。

札幌商業会議所徽章


区勢調査の翌月の新聞記事。

札商会議所徽章
札幌商業会議所にて今回制定の徽章は札幌女子職業学校教諭岩清水氏の意匠に成りたるものにて札商、工の三字を表せり

『北海タイムス』明治42年4月20日

それはこんなデザインである。

札幌商業会議所徽章(『札幌商工会議所百年史』より)

五稜星を使っているだけでなく、「札」の字の篆書体を丸めて輪にした形は、区勢調査員の徽章にあったもの、つまり今の市徽章にあるのと同じである。同じ人の作品ではないかと思いたくなる。
札幌区立女子職業学校(現・札幌東高校)には、岩清水直次郎という教員が明治40年5月の開校時から45年3月まで在職している(札幌市立高等女学校『回顧三十年』。ただし明治42年1月着任とする資料もある)。また、札幌女子尋常高等小学校の旧職員一覧にも同じ名があり、明治39年10月から45年3月まで在職している(札幌市立大通小学校『開校七十周年記念誌』)。女子職業学校は、当初は女子尋常高等小学校に間借りしており、教員も兼任だったのである。

大通小学校の校章

岩清水の勤務先であった女子尋常高等小学校の後身に当たる、大通小学校の校章がこれである。

大通小学校校章(公式サイトより)

大通小学校は平成16年の閉校までこの校章を使っていた。輪郭は雪の結晶に六稜鏡をはめたものだが、その中の「札」の字を丸めた輪は、商業会議所や市の徽章にあるのと同じである。この徽章がいつ制定されたかは不明であるが、職員であった岩清水のデザインを流用したか、あるいはもっと端的に、本人が制作に関わった可能性も考えられる。

市立高等女学校の校章

岩清水の勤務先であった女子職業学校の後身に当たる、札幌市立高等女学校の校章がこれである。

札幌市立高等女学校校章(北海道札幌東高等学校『創立百年史』より)

このデザインについては、すでに札幌市徽章との類似性が指摘されている(札幌東高『創立百年史』)。輪郭は雪輪であり、五稜星を取り囲む丸は校訓の「克己自彊」から取った「己」の字を図案化したものである(同書)。同書ではこの輪になった「己」の字に着目し、札幌市徽章を「参考にしたことが十分に考えられる」としている。この校章がデザインされたのは昭和8年(正式に校章となったのは昭和13年)である。岩清水が離任してから20年以上経過した後のことであるから、岩清水が直接関わったと考えるのは無理かもしれないが、元職員である彼のデザインを模倣した可能性は大いにある。

以上をまとめると、市徽章に特徴的な丸い「札」の字をあしらった商業会議所徽章の作者が岩清水直次郎であることは、市徽章の作者も岩清水であることを推測させる。そして、岩清水がかつて勤務した2つの学校の校章も市徽章に似ているという事実が、その推測を補強するのである。岩清水直次郎が札幌市徽章をデザインした本人だと主張するつもりはないが、その可能性が大いにあることを指摘しておきたい。

『札幌区立女子職業学校創立十週年記念帖』より

改制案の否決

昭和24年は、札幌市創建80周年・自治50周年の年であった。その記念事業の一環として、市は徽章の改制を企画した。曰く、従来の徽章は図案が複雑であり、時代的感覚に相応しくないというのである。市民から公募した結果、次の図案が選ばれ、市議会にかけられた。

札幌市徽章改制案(『第7期 札幌市議会小史』より)


ところがこの案は「亡国の亡に見える。デンデン虫みたいで嫌いである」「換えるのに金がかかる」などと反対意見が多く、否決されたのである。その結果、従来の徽章が今も使われている。否決された図案は、のちに市の職員章として採用され、こちらも現役である(『第7期 札幌市議会小史』)。




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