吾輩は「時は金なり」の精霊であり、心が時間を追い越した未来人です

セレクト給食のあげ⤴︎︎︎パンは2つ、どうもすまねんです。今回は私の考える「お金の価値」について語ってみよっかなーwてかんヂです。

ここでひとつエピソードトーク。母と100円ショップで買い物をしていた時です。
ポリ手袋がほしいのだけど、厚手タイプが40枚入、ふつうタイプが100枚入で値段は同じ110円か…。私は40枚入の厚手タイプを手に取りました。
すると母が大激怒、「お金無いくせにどうして100枚入にしない?こういう小さな積み重ねを節約できないからあんたはいつまでもお金が貯まらない!」
まあ、言ってることはごもっともだし理解出来る。出来るんだけど…私は「ポリ手袋の主な用途は手を汚す作業をする時であり、厚手タイプのほうが快適に使える。破れる心配も少ないし、作業が捗って時短にもなるだろう。」というクオリティに投資をしたまでだ。もちろんちゃんと吟味した上で選んだんだ。しかも110円で40枚入は十分コスパ良いだろぅ。。と。
それをいくら説明しても母は納得してくれない、こんな些細な事で店内で激しい議論が始まってしまった。私の考えを公共の場で全否定され心身ともに疲弊してしまった。

どこに価値を見いだして価値を見出すか、という話、人それぞれ違うのは当然なのだけど、バカにされたり軽蔑されたりするのは本当に腑に落ちない。前述した母の話に限らずそういう経験はわりとあるのだ。

私が最も金銭的価値を見出すもの、それが「時間」。

まさに「時は金なり」の精霊であるのです。

仮定の話、私が無限にお金を持っていたら家政婦を雇い身の回りの事は全部任せ、専属の運転手をつけて移動は全てドアtoドア、プロに任せられることは全部任せてよりハイクオリティのサービスを受けるようにする。極論私は「自分がやりたいこと」「自分しかできないこと」しかやらないということだ。
勿論こんなの夢物語だし誰しもがそういう生活に憧れるのであろうが、私の場合は趣味、食事、娯楽などの「経験」さらには欲しいものを手に入れたい「物欲」よりも「自分が自由に使える時間」により投資する価値を見出している。

自分の持てる経済力をできる限りで「時間」に使うから、お金は持っていたらどんどん使う派、つまり悪い言い方すると後先はまったく考えない。「食いっぱぐれたらそんときはそんとき、最悪️〇ねばいいし」みたいな破滅主義に結びつくまでに極端な思考をもっている。
視点を変えると「いつ死んでもいいように今出来ることを」と生き急いでいるんだな。

心が時間を追い越してはるか異次元にいる。もはや未来人といっても過言では無い。

メメント・モリ精神とでもいうのだろうか、今やりたいことができたらもう未来とかなんでもいいんだよね。後から痛い目を見る典型的なタイプだな。

痛い目、かかってきなさいよぉ…(震)

ギリギリでいつも生きていたいからってどっかのイケメンが歌ってたきがするけど、私もたぶんそんな感じだな。後先考えながら、将来への保険を掛けながら生きていた時よりずっと充実しているよ。まあ、それはそうか。

この文章を読んで共感してくれても嬉しいし新しい視点だなと鱗ポロリしてくれるのも喜ばしいしいつか私が痛い目を見ないかと呪ってくれることも素晴らしい。だってこの文章を最後まで読んでくれたんだからね。

今日はこのくらいで!しーゆーあげぃん。

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