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私の知るあの子の話

成長したのね。ふとした時に、寂しそうな顔をする子だった。いつだって、誰かに言われた一言を気にして、傷ついて泣き虫さん。それが、私の知っているあの子だった。

私は幼少期のあの子を知っている。あの子の知らないあの子を知っていて、時々さみしくなるの。愛しいあの子の笑い声も、歌声も、奪った人達のことを恨んでいるのは私だけ。どれだけ成長したとしても、丸くなったとしても、許せない。許せるはずもないの。あの子の口癖を、「ごめんなさい」に変えたアイツらが許せない。
内容は書けない。あの子は、私たちの日記も必ず目を通してくれるから、書けないの。記してしまったら、あの子が苦しむかもしれないから、忘れてた方がラクならば、思い出さないで欲しい。
受けてきた屈辱は、私がもっていく。だからこそ、怒りを露わにした交代人格の1人の意見もよくわかる。わかるけれど、正反対の位置にいるのが、そうね、名前はふせなくてはいけないから、名乗らざる者にしましょうか。私は忘れていて欲しい派で、名乗らざる者は思い出して欲しい派。言い方を変えるなら、持続派が私と言ったところ。

私が外界に来た時、初めて言葉を交わしたのは父だった。そう、あの子の父親。老けてしわだらけになったその人は、昔と変わらない笑い方で笑って話しかけてくれた。少し、嬉しかったの。変わらないなにかはここにもあったって、嬉しかったのよ。
同時にせつなくなったわ。私の知るあの子はもう居ないとわかってしまったから、悲しくて虚しかった。それでも、私の仲間は生きてたの。

陽叶と今は名乗っている同期だけが、私が居なくなってもあの子のそばにいてくれた。それがとても嬉しかったの。ありがとう、ただいまって言ったら、おせーよばかって笑われたわ。あの子のそばで支えてくれていた同期がいてくれたおかげで、私はあの子のそばに戻ってこられた。ありがとう。

名乗らざる者も実は同期なの。いいえ、正確には同期の記憶を持っている人なのよ。だから、居なくなってしまうのは嫌だと思うし、正反対とはいうけれどあの子には必要なのね。

今は色んな子達がいる。あの子の友達ができて、あの子の兄弟が何人もいる。あの子を大切にする人達が守ってくれる。私の他にもいることがうれしい。
過去を知っているのは数人でいい。あの子は知らなくてもいいって思うの。だから、忘れてもいいの。私たちがそばにいる。忘れた分の愛情は私たちが注ぐから、どうかあの子が笑っていられる世界が明日も続きますように。

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