安倍総理のツイートが炎上した理由。
4月12日、安倍総理が一つのツイートを投稿した。
アーティストの星野源さんが、「うちで踊ろう」という曲を弾き語りする動画に、安倍総理が犬を抱える・お茶を飲む・本を読む・テレビを見る、と家でリラックスした動画を合成したものだ。そのツイートが大炎上している。
炎上の原因は編集者目線や書き手目線で見れば一目で分かるが、過去に炎上した多数のネット広告と理由は同じだ。動画や文章に問題があるのではなく、動画と文章の「組み合わせ」に問題があったから、という事になる。
ウェブメディア編集長として、執筆勉強会の主催者としてこの炎上トラブルの説明をしてみたい。
■激励が炎上の原因。
総理のツイートを改めて確認してみよう。
『友達と会えない。飲み会もできない。
ただ、皆さんのこうした行動によって、多くの命が確実に救われています。そして、今この瞬間も、過酷を極める現場で奮闘して下さっている、医療従事者の皆さんの負担の軽減につながります。お一人お一人のご協力に、心より感謝申し上げます。
安倍晋三 ツイッター公式アカウントより 2020/4/12 9:11·』
現在、新型コロナウイルスで経済活動が大幅に停滞し、医療従事者も疲弊している状況で、総理のメッセージとしては奇をてらったものでもなく、ごくごく普通、常識的なものと言える。しかし現在、このツイートが徹底的に批判されている。
その原因はすでに書いた通り、動画との組み合わせによるものだ。医療従事者に過酷な現場で奮闘してくれてありがとう、と言いながら自身はのんびり自宅で過ごしている映像を見せている。これでは上から目線と取られても何らおかしくは無い。
国政のトップである以上、何をやっても批判されることは仕方ないが、情報発信があまりにヘタクソだ。このツイートが総理個人の思い付きでないことは明らかだが、アイディアを考えた人も文章を書いた人も含めて「ヘタクソ」の一言だ。
加えて、星野さんの動画は元々インスタグラムの公式アカウントで公開されたもので、歌詞と動画を掲載して「誰か、この動画に楽器伴奏やコーラスやダンスを重ねてくれないかな?」とファンに呼び掛けたものだ。それを受けて多数のファンがこの動画を利用・加工して、様々な動画をアップロードしていた。つまりツイートで使われた動画は総理に協力して撮影されたものではない。
そして炎上騒動で星野さんまで批判されている状況について、4月12日の深夜、星野さんは「ひとつだけ。安倍晋三さんが上げられた“うちで踊ろう”の動画ですが、これまで様々な動画をアップして下さっている沢山の皆さんと同じ様に、僕自身にも所属事務所にも事前連絡や確認は、事後も含めて一切ありません」とインスタグラムのストーリーという機能で説明している。
(画像は星野源さんのインスタグラム、公式アカウントのストーリーより)
前述の通りファンに向けて動画の利用を許可していると受けとれるメッセージはあったものの、まともな感覚があれば政治利用は控えるのが当然だろう。少なくとも許可を取るのは常識だ。
星野さんの動画を勝手に利用した挙げ句に迷惑までかけており、無断利用であると説明したことからさらに炎上することは間違いない。おそらく謝罪とツイートの削除に追い込まれると思われる。国民向けのメッセージのはずが、最悪の結果だ。
先日は人気ユーチューバーのHIKAKIN氏が小池百合子都知事にコロナ対策についてインタビューする動画が話題となった。これは好感を持って受け入れられたように見える。
ユーチューブとツイッターで違いはあるものの、コロナ対策の問答という一切ひねりの無いストレートな都知事の動画に対して、ヘタクソな演出とダメな文章の組み合わせで炎上した総理のツイートを比べると、リラックスした姿を見せるという中途半端なヒネリが余計な演出だったことは間違いない。
動画の無断利用が論外であることは当然として、炎上させないためには結局どうすれば良かったのか?
■総理のツイートを添削をしてみた。
総理のツイートは二つのツイートが連投されていて、ツリーと言ってつなげて読むことが出来る。以下、二つ目のツイートだ。
『かつての日常が失われた中でも、私たちは、SNSや電話を通じて、人と人とのつながりを感じることができます。
いつかまた、きっと、みんなが集まって笑顔で語り合える時がやってくる。その明日を生み出すために、今日はうちで・・・。どうか皆様のご協力をお願いします。
安倍晋三 ツイッター公式アカウントより 2020/4/12 9:11』
これも総理のツイートとして特に違和感はない。結局、問題は一つ目のツイートに含まれていた医療従事者に向けた激励のメッセージという事になる。
では問題がないように直すとしたらどうなるか。これは決して難しい作業ではない。二つのツイートを並べて医療従事者向けの箇所を削ればいいだけだ。直した結果は以下のようになる。
「友達と会えない。飲み会もできない。
ただ、皆さんのこうした行動によって、多くの命が確実に救われています。
かつての日常が失われた中でも、私たちは、SNSや電話を通じて、人と人とのつながりを感じることができます。
いつかまた、きっと、みんなが集まって笑顔で語り合える時がやってくる。その明日を生み出すために、今日はうちで・・・。どうか皆様のご協力をお願いします。」
一回のツイートで可能な140文字を超えているが、この内容だったらどうだろうか。おそらく炎上は免れていたはずだ。
■企画意図と文章のズレが炎上の原因。
筆者は普段、税理士や社労士等の士業・専門家に向けて執筆指導を行っているが、特に重視しているポイントが「何を書くか?」と同時に「何を書かないか?」だ。余計な事を書けば本来伝えたいメッセージがぼやけ、場合によってはミスリードして読者に誤解まで与えてしまう。
今回のツイートならば、その意図は「家にいて欲しいと伝える事」だろう。総理の動画もそれに合わせて作られ、より拡散されるように人気アーティストの星野さんの動画まで(勝手に)使っている。それにもかかわらず、文章は家にいて欲しいという意図と関係の無い医療従事者向けの激励メッセージが含まれている。これが最大の失敗だ。
医療従事者にメッセージを出すことは何ら問題なく、むしろ積極的にやるべきだろう。しかしそれは別のツイートで行えば良い。普段の執筆指導でも伝えているが、一本の記事でネタは一つに絞る、複数の話を書かない、というのは大原則だ。
おそらくこのツイートに広告や広報に関する専門家が関わっていることは間違いないと思うが、そこに気づかずスルーされてしまったことは、動画の無断利用も含めてあまりに仕事が雑と言わざるを得ない。
さらに付け加えると、余計な事を書かない、一つのコンテンツに複数のメッセージを混ぜ込まない、という話は初心者向けのアドバイスだ。
■必然性が無いと炎上する。
スーツを着ている普段の総理ではなく、自宅でリラックスしているような映像と、医療従事者への激励メッセージ、そのミスマッチが炎上の原因だと説明した。つまり動画と文章の間には必然性がまるで無い。
このツイートを政府からの広報と考えれば、過去に失敗・炎上した大手企業企業や自治体の広告・広報と共通点がある。
ワコールの炎上広告「東北美人に抱かれているような下着」炎上の原因は「手抜き」である。(中嶋よしふみ SCOL編集長・FP) : シェアーズカフェ・オンライン http://sharescafe.net/53675964-20180619.html
この記事では、ネット広告が頻繁に炎上する理由は手を抜いているから、そして必然性が無いのに女性を使うから、と説明した。以下、必然性に関する部分を引用したい。
『サントリーのビール「頂」、キリンの「午後の紅茶」(午後ティー女子)、鹿児島県・志布志市のウナギ少女の宣伝動画、そしてワコールの東北美女と、なぜ広告では女性がネタにされやすいのか。理由はごく単純で、その方が目に付きやすいからだ。そしてそのような効果自体は全く否定しない。しかしそれが炎上する理由は、「必然性」が全く無いからだ。
ワコールの東北美人がウンヌンという表現は意味不明でトンチンカンだと指摘したが、対談による言葉のやり取りだけで女性差別とかモノ扱いしているとまで批判されている。しかし、もしワコールの主力商品である女性用下着の広告であれば下着姿の女性が出てもなんら問題にならないだろう。なぜなら下着の宣伝に下着姿の女性が出ることには「必然性」があるからだ。
「頂」では性的な印象を想起させるとしてその表現が批判されたが、恋愛や不倫を扱ったドラマならば性的な表現も(よっぽど酷いものでなければ)批判はされないだろう。なぜならそこには必然性があるからだ。
志布志市の広告動画は、養殖ウナギが特産であることを表現するためにスクール水着の少女を登場させ、その子をプールで育て、最後にはこの子はウナギでした、というストーリーになっている。この動画も「まるで女性監禁を思わせるおぞましい内容」と批判を受けた。
自分が見た限り映像自体は非常にキレイで問題があるとは思わなかったが、とても食欲のわくような内容ではない。つまりウチの市で養殖したウナギをたくさん食べて欲しい、ウナギ養殖のメッカであることを知って欲しいという意図と、ウナギを少女として表現することは明らかにズレが生じている。
キリンの午後ティー女子については自社の顧客をバカにしているとして炎上したが、なぜ自社の大切な顧客の、しかも男子ではなく女子をコケにするような表現をしたのか意味不明であるとして批判を受けた。意味不明、つまりあえて女性を批判する必然性が全く無い。
~中略~
女性をネタにするから炎上するのでなく、「女性をネタにすれば楽にアクセスを集められるだろう」という安易な発想が炎上の元、ということになる。』
■なぜ医療従事者向けのメッセージを含めたのか? 再度添削してみた。
あえて擁護もしておくと、医療従事者向けのメッセージを含めた事にも当然のことながら意図はある。
ツイートにもある通り、過酷な状況で働いている多数の医療従事者がいるにもかかわらず、家でのんびりして欲しいと伝えれば反発を呼ぶ可能性が高いからだ。
どうしても医療従事者向けのメッセージを含める必要があるのなら、文章の順番を変えれば良かった。先ほどの直した文章で、削除した激励の部分を最後に持ってくれば以下のようになる。
『友達と会えない。飲み会もできない。
ただ、皆さんのこうした行動によって、多くの命が確実に救われています。
かつての日常が失われた中でも、私たちは、SNSや電話を通じて、人と人とのつながりを感じることができます。
いつかまた、きっと、みんなが集まって笑顔で語り合える時がやってくる。その明日を生み出すために、今日はうちで・・・。どうか皆様のご協力をお願いします。』
『そして、今この瞬間も、過酷を極める現場で奮闘して下さっている、医療従事者の皆さんの負担の軽減につながります。お一人お一人のご協力に、心より感謝申し上げます。』
同じ内容でも順番によって与える印象は大きく変わる。この順番で一つ目の文章に動画を付ければ余計な反感は買わず、「但し書き」で医療従事者向けの配慮も加わって、少なくとも激励が原因で炎上せずに済んだはずだ(動画の無断利用でどちらにしろ炎上していた可能性は高いと思うが……)。
先ほどの「余計な事を書かない」は編集者が行う「削る」という作業だ。そして上記の編集・直しは「並べ替え」になる。わずかな手直しで大きく印象が変わることは分かるだろう。
元々のツイートの流れでは、家にいて欲しいというメッセージの途中に医療従事者向けの激励が差し込まれていて、内容の可否や炎上の有無を別にしても単純に文章として出来が悪い。
このように見ていくと、炎上したことは決して偶然ではなく必然、わずかな差が炎上する・しないの境目だと分かる。企業広告の炎上事例を見ても、炎上する・しないの差は思った以上に明確であることも分かる。
そして誤解されていることも非常に多いが、炎上対策はネットやSNSに関する知見ではなく、単純に表現に関する知見であることもこの説明から分かるだろう。炎上はその表現に対して多数の人が不快感を覚えたり腹が立ったり、違和感があったり、という問題が発端だからだ。炎上はネットだから発生するのではなく、ネットによって可視化されているだけだ。
新型コロナウイルス対策は医療と経済、両面にまたがり国を左右する問題となっている。このようなトラブルで対策に支障が出ることが無いように期待したい。
中嶋よしふみ FP&ウェブメディア編集長、ビジネスライティング勉強会オーナー
中嶋よしふみ(ウェブメディア編集長・執筆勉強会オーナー)
(注・この記事は4月13日の朝に執筆・掲載したものです。文中で書いた通り、動画の無断利用は総理のリラックスした動画以上に問題になる事が予想されますが、星野さんの動画が無断で使われていると多くの人が気づく前の段階ですでに炎上・批判されている状況について、どうすれば炎上しなかったのか考察したものです。)
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