NHKの「プロフェッショナル・仕事の流儀」を見ながら、ドラマ「逃げ恥」が平凡なのに面白い理由を考えてみた。
先日、NHK「プロフェッショナル・仕事の流儀」で弟子入りスペシャルと銘打った内容が放送された。10代の若者がその道のプロに弟子入りをして仕事の厳しさを学ぶ、という内容だ。
天ぷら職人、空港の清掃スタッフ、そして漫画編集者と三者三様の姿が描かれていたが、特に興味をひかれたのは「ドラゴン桜」や「働きマン」「宇宙兄弟」など、人気漫画を担当したことで知られる漫画編集者の佐渡島庸平さんだ。佐渡島さんには漫画家を目指す女子高生の松田さんが弟子入りした。
中学生の時には編集者の目に留まり、賞を取った事もあるという「漫画家の卵」の実力は、絵だけを見るとプロとそん色のない腕前に見える。しかし佐渡島さんに作品を見て貰うと「プロとしてやっていくには程遠い、新人賞で出会う人たちと比べても相当レベルが低い。今日まで何も準備をしてこなかったの?」と酷評される。
一体何が足りないのか... 漫画家の卵の苦悩が始まる。
■切実な実体験は面白いマンガになるか?
松田さんは過去に書いた77ページの大作を見て貰っても、根性はあるけど物語の内容は拙い、良くある設定でオリジナリティが無いと指摘される。自分の心の中に描きたい事、書きたい感情を持たないと駄目だとアドバイスされる。
そこで新しく描いたものが、自身の体験だ。過去には家出までしたという母親との確執を題材にした。佐渡島さんはその漫画のネーム(下書きのようなもの)を読んで、前の作品より1万倍は面白いと褒める。
さて、これは本当に面白い漫画なのだろうか。自身にとって深刻で切実な問題を作品にして評価される... ドキュメンタリー番組としては成立するかもしれないが、面白い漫画としては成立しないだろうと感じた。誰かの自分語りなんて誰も聞きたいとは思わないからだ。このやりとりに疑問を感じていると、やはり追加でアドバイスがあった。
佐渡島さんは「自分の心を整理したいなら趣味でやっても良いんじゃない? 日記と作品は何が違うの?」と語りかける。ただの自分語りとお金を貰う作品は違うんだとハッキリ伝えているわけだ。切実なだけで面白い作品になるのなら、誰でも自分語りをすればプロの作家になれる。
映画「君の名は。」が大ヒットしている新海誠監督は、初の劇場公開作品「ほしのこえ」で、地球から遠く離れた宇宙にいる相手と携帯メールをやり取りするには何年も時間がかかる、という設定を描いている。元ネタはフラれた彼女からのメールが途絶えた悲しい思い出だという。
彼女は遠く離れた場所に居てメールが中々届かないんだ、と考える事で悲しさを紛らわせていたと説明している(新海誠監督、女子高生の質問でショック受ける「おじさんなのに...」 シネマトゥデイ 2016/10/11)。フラれた実体験をそのまま描いても他人には退屈だが、心の痛みを昇華すると優れた作品になるのだろう。
■未熟な作家に補助線を引くプロの編集者。
編集者の佐渡島さんは松田さんに、ネームで描いた内容はいつごろの話なのか問う。10歳の頃だと聞くと、10歳の時の松田さんが読んで喜ぶような、救われるような物語にしてはどうか?とアドバイスをする。これは「読者の目線で作品を書け」というアドバイスと同じ意味で、面白い作品を書くにあたってより噛み砕いた「補助線」を佐渡島さんは引いてあげたわけだ。
高校生となり、母親との確執でいまだ心に傷を抱えている現在の松田さんではなく、10歳の時の自分、つまり自分ではあっても今の自分では無い他者の視点から見て面白い作品にしてみては、ということだ。
親と確執を抱える人は世の中にいくらでもいるだろうが、自分語りになれば誰も読みたいとは思わない。切実さは面白い物語の要素の一つにはなるが、度を過ぎればうっとうしい。そこにフィクションを書く意味がある。佐渡島さんが番組の中で松田さんに伝えようとしている事は、切実さを維持したまま物語や登場人物と距離を取れ、作品を突き放して見ろ、つまり「読者目線で描け」というアドバイスを、手を変え品を変え繰り返し説明している。
■面白いストーリーの要素とは?
10歳の自分を喜ばせる、救うような作品を書くならどんな漫画?と問われると松田さんは「自分と全く同じ主人公...?」と答えるが、親とケンカをしてる主人公を読んで救われる?と佐渡島さんはさらに問いかけを続ける。
そしてやっと出て来たものが「一緒に家出をしてくれる人が欲しかった」「自分と同じ不幸な人ではなく、普通の家庭の子が一緒に家出をしてくれる話」という内容だ。あっ面白そう、と思った瞬間、佐渡島さんも「おお、いいじゃんそれ」、と答える。
「親と確執を抱えた主人公が親とケンカをする漫画」と「親と確執を抱えた主人公が幼馴染みと家出をする漫画」では、多分後者の方が1万倍も面白い。テレビを見ていた人も面白そうだと感じたのではないかと思う。この違いは何だろうか。
自身の心の動きを描写するだけでは物語は進まないが、友人と家出をすれば動きが生まれ、会話が生まれる。誰かと出会い、主人公が変わっていく... 面白いストーリーでは必ず含まれる要素だ。
■逃げ恥は「平凡」だが面白い。
先日、人気ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」を取り上げた記事を書いた。ドラマの内容は就職活動に失敗して派遣社員となった新垣結衣さん演じる主人公・みくりが、星野源さんの演じる「プロの独身」を自称する津崎と出会い、偶然に偶然が重なった結果、家事代行として契約結婚をして同居する... というストーリーだ。
一見すると奇妙・奇抜な設定に見えるが、表面的な要素を取り除いて「夫婦でも恋人でもない男女が偶然同居することになる物語」とシンプルに説明すれば、こういったストーリーは決して珍しくないことが分かる。過去に読んだ事のある漫画やドラマを思い浮かべれば誰でも複数の作品が思い当たるだろう。松田さんが考えた「一緒に家出」も「偶然の同居」と同じ構造だ。ともに生活をするという意味で、場所が家の中か外かの違いだけだ。
自分が小学生の頃に夢中で読んでいた週刊少年ジャンプでは冒険の旅に出る作品は多数ある。これも偶然の出会いから始まって仲間となり冒険の旅に出る、という形で偶然の同居や家出と枠組みは同じだ。偶然の同居・友人と家出・仲間との冒険は全て同じ構造を持つ。これらの物語を原型に留めない所までさらに抽象化すると「誰かと出会うことによって主人公が変わる」ストーリーであり、あらゆる物語に共通する王道でもある。
ドラマ「逃げ恥」は設定の構造だけを見れば極めて平凡だが、それは物語が面白いかどうかとは全く無関係だ。実際にはその正反対で、平凡な設定の方が安心して見られる。歴史上の人物を扱う大河ドラマは誰もが結論を知っているが多くの視聴者を引き付ける。信長や秀吉、家康などは過去に多数の漫画・ドラマ・小説などがあり、今後も多数の作品が書かれるだろう。つまり奇抜な設定やストーリーは面白さと全く関係が無いということだ。
作家でも漫画家でも無いヤツが偉そうに解説をするなと文句を言われそうだが、こういった物語の知識はマネー・ビジネス関連の記事を書く際にも役に立っている。
■エンタメの手法でビジネスの記事を書いてみた。
自分はマネー・ビジネス関連の記事を扱うウェブメディア編集長として自身で記事を書いて執筆指導もしているが、書き手にはネタで勝負をするなと伝えている。誰も見た事も聞いた事も無いネタは、誰も興味を持たないことと意味は同じだ(奇抜さと面白さは関係無いと説明したとおり)。だからみんなが知っている事をネタにすべきと伝えている。
何を書けばいいか分からない、ネタが見つからない、という人にはネタなんてヤフートップに掲載されているニュースで十分だと伝えている。
ただ、報じられるニュースの多くは「結果」でしかない。何かが起きた事はニュースを読めば分かるが、なぜ起きたのかまでは分からない。するとこのニュースには一体どんな意味があるのか? どのように理解・解釈すれば良いのか? それを知りたい、というニーズが生まれる。そこでニュースの背景や原因、根っこ、構造的な問題に迫る記事を書くようにと伝えている。
例えば奨学金の返済が出来ないワカモノが増えている、というニュースが一時大きな話題になったが、そういったニュースを見て可哀想とか学費をタダにすべき、と反射神経のように考えてしまう人に面白い記事は書けない。政治が悪いとか社会が悪いといったようにイデオロギーを全面に出して単純化するとただのバカに見える。
奨学金の問題は風俗で働いて借金を返している人がいるなどセンセーショナルに報じられたが、派手で分かりやすいニュースほど「なぜそんな問題が起きてるのか?」と本質に迫る必要がある。そこで必要なことが「単純化」であり「抽象化」だ。
※ヤフートップを見てネタ探し何て手抜きだ、という批判には池上彰さんにも同じ文句を言って下さい、と答えておく。池上さんはその時々で最も話題になっている政治や経済に関するニュースを扱うが、手抜きだという人はいない。多分そのほとんどはヤフートップでも掲載されている。
■逃げ恥とドラえもんの共通点。
例えばドラマ「逃げ恥」の設定を思い切りシンプルに分解すると「偶然出会った男女が同居する物語」となる。ここまで抽象化・単純化して考えると、逃げ恥はドラえもんにも似ていることも分かる。未来からやってきたドラえもんは女性ではないが、のび太にとってはネコ型ロボットという現実には存在しない「異物」だ。異物と出会う事で様々な事件が起きて、物語となる。
出会う対象がロボットか、契約結婚を持ちかける派遣切りにあった女性なのか、宝探しの冒険に連れ出そうとする女の子なのか(これはドラゴンボールのブルマ)、出会いが突拍子もないほど物語のスケールは大きくなる。
逃げ恥では主人公のみくりも、契約結婚の相手である津崎も、お互いが出会う事で双方が変わって物語となるが、のび太はドラえもんと出会っても全く変わらない。ずっとドジでのろまで頭が悪いままだ。それどころかドラえもんの秘密道具に依存してしまう。なぜならのび太が変わってしまうと、つまり成長してしまうと物語が終わってしまうからだ。
一時ドラえもんの最終回とされる「ニセモノ」がネットに出回ったことがあった。これは藤子不二雄先生が描いたものでは無く、ドラえもんが好きな人が同人誌に掲載した漫画だという。
その内容は突然ドラえもんが壊れて動かなくなってしまい、一念発起して勉強を始めたのび太は出来杉くんよりも頭が良くなり、大人になって壊れたドラえもんを修理する、という内容だ。これは「何かを失った事で主人公が変わる物語」と考えれば、「何かと出会ったことで主人公が変わる物語」をそのまま裏返した構造だと分かる。
ニセモノでありながら感動モノの内容だと随分話題になった理由も、面白い物語のキモを押さえていたからだ(何かを失った事で主人公が変わる物語で他に有名なモノは「タッチ」がある)。
■池上解説が面白い理由。
池上彰さんの「池上解説」が面白い理由は、難しい政治や経済のニュースを単純化・抽象化してその背景にある問題や原因、なぜこんな問題が起きたのかという構造を視聴者に分かりやすく示す。すると全く関係が無いように見えた問題が大きな視点で見ると実はつながっていることが分かったり、理屈・理論として知られている考え方が現実の問題からボトムアップのような形で導きだされることもあり、そうだったのか!と知的な面白さを与えてくれる。
つまり池上解説は漫画やドラマと同じような楽しさを視聴者に与えるから人気があると言える。面白いストーリーの背景には必ず一定の構造があるように、どんな出来事にもその裏側には本質となる構造が隠れている。
自分はマネー・ビジネス・経済などに関わる内容であれば、ファイナンシャルプランナーの一般的な守備範囲である住宅や保険や投資からズレたネタでも記事で扱う。編集長としての執筆指導も税理士・社労士・司法書士などの各種士業からコンサルタントや大学教授まで様々な分野の専門家にアドバイスをしている。専門知識は当然その道のプロにかなうはずもないが、記事を書く際に本質となる構造までたどり着いているか、つまり記事の書き方が浅いか深いかはわかる。
それは切実さと構造の両面が描かれているドラマが面白いのと同じで、記事で取り上げたネタに書き手自身が興味と熱意を持って取り組んでいるか、そして表面的な話に終始していないかで判断はつく(なので新聞や雑誌等で報道に関わる記者とは全く異なるスタイルで記事を書き、執筆指導も行っている)。
物語を描くには構造を作り、そこでリアルに生きる人物を描く必要がある。面白いビジネス系の記事を書くには、ニュースとして報じられる企業活動や経済活動の裏に隠れた構造を見つけ出す必要がある。構造を「作る」のか「見つける」のか、違いはあれどその行為は非常に似ている。
つい先日、いい加減な記事をまき散らしていたキュレーションメディアを自称するサイトが閉鎖されて大問題となったばかりだが、こんな事を考えながら記事を書き、執筆指導に手間をかけて真面目に運営しているウェブメディアもあると知ってもらえればと思う。
中嶋よしふみ FP&ウェブメディア編集長、ビジネスライティング勉強会オーナー
※記事内で言及した編集者の佐渡島さんから、記事公開時に以下のようなツイートを頂いています。
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