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正しい我慢のしかた
不快になる原因は自分で作っているです。
そのことに気づくまでに多くの時間を費やしてしまいました。
私はずっと我慢のしかたを間違えていたのです。
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私は今、お金に困っていません。
しかし、お金持ちでもありません。
今、無職になっても1年ぐらいは何とかなると思える心の余裕があるから言えるのです。
私は社会に出るまで、貧乏な思いをしていました。
父親がちゃんと働かないのです。
学校で使う必要なものを買いたいと母親に伝えるのも一苦労でした。
実際、どこまで困窮していたのかは深くは知らないのですが、見ていればだいたいは分かります。
私は人にお金を貸すことが大嫌いです。
実際、小銭以外あの事件以来貸したこともないです。
それはまだ私が高校生の頃の話です。
幼なじみの友達が、お金が欲しいので、パソコン売りたいと言ってきました。
金額にして7万円。
私はそのパソコンが欲しかった訳ではないのですが、たまたまバイトをしていて貯金もあり、断りきれず買いました。
そこまではまだ良かったのですが、後日パソコンを返して欲しいと言ってきました。
なんと売ったのが親にバレて、返してもらえと言われたようです。
だけどお金はもうないという。
バイトをして返すから、ちょっと待ってくれと。
とても仲が良かったのですが、それ以来遊ぶ事は少なくなっていきました。
地元の友達なので、ここで関係を悪くしても、先々お互い辛い思いをするだけなので、私はこのことには一切触れませんでした。
高校生にしては高すぎる授業料を払ったわけですが、若いうちに良い勉強ができたと思っています。
それ以来、お金に関しては小銭を除いては一切貸し借りをしていません。
断る力が弱い私でも、借金に関してははっきりと断れます。
このような経験から、お金に対する不快さを断ち切るのは割と得意なのですが、日常的に自分の不快さを断ち切る習慣を持っているかと言われると、やはり我慢する傾向が強いように思います。
仕事や家庭では、不快なことがたくさんありますが、原因の一つに私がはっきりと主張しないところがあると思っています。
これまでのことを反省した私は、今年からしっかりと主張するように心がけました。
その結果、仕事では配置を変えてもらうことが叶いましたし、家庭では結果論として溝は深まりましたが、私のことを少しは理解してもらったように思います。
こう考えると不快の原因は他人ではなく自分です。
自分で我慢することにより不快になっていくのです。
私が主張することで、周りは不快になるのかもしれませんが、恐らくそれは一時的なものです。
私も長らく我慢が美徳だと信じてきましたが、我慢をすることで不快になるのであれば、それは正しい我慢ではないと思うのです。
どうせ我慢をするのなら、主張することで、周りの重圧から耐える我慢をした方がいい、最近はそう思うのです。
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