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期限一週間の願い事 第8話 選択(全9話)【小説】

第8話 選択

「内野社長、どちらに……?」

夜。
会社を出て行こうとする内野に、常務取締役の山中が言った。
昼間判明した問題に対処するために、役員が集まって話をしており、まだそれは終わっていない。にも関わらず、会社の外に出ようとしている内野を疑問に思ったらしい。口には出していないが、顔に出ている。

「大事な約束がある。
 あとで戻る」
 
「会社の問題よりも大事な約束ですか?」

「そうだ。
 心配するな。そのまま帰るような真似はしない。それに、問題を解決したいなら、俺の外出に口出ししないほうがいいぞ」
 
「……分かりました」

山中は納得がいっていないようだったが、それ以上は何も言わずに、内野が出ていくのを止めなかった。
外に出ると、すぐにタクシーを呼んで、黒岩がいる店に走らせた。こんなことに、せっかくの願い事を使いたくはないが、もし何もしなければ、社長の座を追われかねない。それだけは、絶対に避けなければならない。

「……」

店に入ると、すでに黒岩が来ていた。
いつもどおり、カウンターに座っている。

「黒岩さん」

眉間にシワを寄せたまま、黒岩を呼んだ。

「こんばんは、内野さん」

「どうも。
 黒岩さん、大至急、俺の願いを叶えてくれ」
 
「何やら、深刻なことが起こっているようだね」

「ああ。
 会社のことでな……まったく、とんだトバッチリだ」
 
「つまり、それを解決するのが、今日の……5つ目の願いということかな?」

「そうだ」

「分かった。叶えよう。
 だがその前に、斎賀さんの話をしておこう」
 
「聞かなくても知っている。
 就任したとき、すでに表に出ていた問題と、もう一つ別の問題が発覚して、大変らしいな。それがあって、昨日は願いを叶えなかったと聞いた。本人から直接な」
 
「そうだ。
 だが、その先の情報を知らないだろう?」
 
「その先の……? なんだ、その先のって……」

「彼は、今日も願いを叶えることを辞退した。有力な株主から連絡があって、いったいどういう状況なのか話してくれと言われたみたいでね。会社から抜け出せないらしい」
 
「馬鹿なやつだ。
 適当な理由を作って会社を出て、問題を解決してくれって願えば、それで済む話なのにな」
 
「今の内野さんのように、かな」

「なにか文句でも?」

「いや、文句だなんてとんでもない。
 では、要望通り願いを叶えよう」
 
「……」

「……」

内野は、いつもより長い黒岩の沈黙に、不安とイラ立ちを覚えた。
何をしているのか……

「……」

「……」

「おい、黒岩さん、まだ……」

「終わったよ」

「……!」

「問題は解決したはずだ。
 願いはあと2つ。明日と明後日だ」
 
「よし……
 ありがとよ、黒岩さん。
 また明日来る」
 
内野は、何も注文しないまま、それだけ言い残して店を出ていった。

「忙しない男だ。
 せっかく来たんだから、酒の一杯でも飲んでいけばいいものを。
 すまないね、マスター」
 
「うちは構いませんよ。
 黒岩さんには、お世話になってますしね」
 
黒岩が、店に残ってマスターと話している頃、内野は会社に戻ってきていた。
一刻も早く、"結果"が知りたかったし、安心したかった。

「内野社長……」

会社に戻り、会議室に行くと、役員たちはまだ集まったままだった。

「問題は解決しただろ?」

「……」

「どうした?」

「確かに解決しました……しかし、先程また別の問題が発覚しまして……」
 
「なんだって……?」

内野は、黒岩を疑った。
今日、願いを叶えるのにいつもより時間がかかっていた。あの男、俺のことが気に入らなくて、もう一つ問題を作ったんじゃ……

「……!」

「社長……今度はどちらへ……?」

「ちょっと電話してくる。
 すぐに戻る」

内野は会議室を出て、スマホを取り出した。

「まだいてくれよ……」

「はい、ファータスでございます」

「俺、内野です。
 さっきまで黒岩さんと一緒にいた……」
 
「これは内野様、こんばんは」

「黒岩さん、そこにいます?」

「いえ、先程帰られました」

「……え……?
 じゃあ、黒岩さんの連絡先を教えてくれ……!
 急ぎなんだ……!!」
 
「申し訳ありませんが、私どもは黒岩様の連絡先を存じません。もし知っていても、個人情報を教えるわけにはいきません。ご了承ください」
 
「あんたから、何とか連絡は取れないか?
 急ぎなんだ……!」
 
「申し訳ありませんが、できかねます。明日もいらっしゃると思うので、そのときに話してください」
 
「おい……!
 こっちはそんなに待って……」
 
「失礼します」

「……な……おい……!
 くそ……」
 
内野は、スマホを持った手を振り上げて、歯を食いしばったが、やがて力が抜けたように、肩を落とした。そして、フラフラと会議室に戻った。

「社長……」

「新しい問題ってなんだ……?」

「申し訳ありません……」

「謝ってても分からねぇだろ。
 何があったんだよ……」
 
「例の問題をもみ消すために、その……」

内野は、話を聞いているうちに、歯が割れそうなほど怒りが湧いてきた。
 
「バカが……!」

「申し訳ありません……しかし、社長がどんな手を使ってでも解決しろと……」
 
「俺が……?
 いつそんなこと言ったっ!!!!」
 
「いやその、問題が発覚して、対応策を話し合っているときに、社長が……他の役員も聞いています。それで、私たちは……」
 
常務である山中の言葉に、内野は言葉に詰まった。
しかし、いくら記憶をたどっても、そんなことを言った覚えはなかった。まさか、黒岩に問題解決の願いを言ったことで、何か過去に影響が出たのか……? でも、そんな影響が出るような話は聞いていない。

「くそ……」

「社長……」

「俺は少し一人になりたい……一人で考えさせてくれ。
 おまえらは、このまま会議を続けろ。
 いいか? 別の問題が起きるような解決の仕方はするな。
 わかったな?」
 
「……」

「分かったのか!!!?」

「は……はい……」

内野は、逃げ出すように会社を出ると、タクシーを呼んだ。
しかし、気づいてもいた。
社長という立場である以上、逃げることはできない。
責任と取って辞任というやり方もあるが、それをすれば、自分は何者でもなくなる……それは……それだけは絶対に認められない。せっかく手に入れた地位を、自ら捨てることはできない……

家に着くと、少しだけ落ち着いてきた。
棚からウィスキーを出して、ストレートで一気にあおる。

「大丈夫だ……大丈夫……俺は大丈夫だ……まだできることはある……叶えられる願いはまだ2つ残ってる……明日、副作用のない問題解決をしてくれと、黒岩に頼む……それで解決だ……明日には……解決できる……! 明日さえ凌げれば……」
 
大丈夫だと、何度も自分に言い聞かせながら、何杯もウィスキーをあおり、ベッドに倒れ込むと、無意識の世界に落ちていった。

---

コンコンッ

社長室のドアがノックされて、斎賀はふと現実に戻ってきた。
昨日は結局、家に帰れず、社長室に泊まったものの、ほとんど眠ることができなかった。連日の、自分の能力の範囲を越えた対応に、心も体も疲れ切り、思考力もほとんど残っていない。ノックの音も、夢なのか現実なのか、一瞬分からなかった。

「社長、少しよろしいでしょうか」

副社長の坂下の声が聞こえる。
斎賀は、頭を横に振って、強めの瞬きを何度か繰り返してから、どうぞと言った。

「失礼します」

ゆっくりと、机のほうに歩いてくる坂下の顔には、苦渋が滲んでいる。
また何か、良くないことが起こったのだろうか。

「社長、言いにくいことなのですが……」

「どうぞ、気にせずに言ってください」

「……失礼は承知の上です。
 しかし、今後の会社のことを考えると、どうしても……」
 
斎賀は、その言葉に、中学のころ不良に絡まれて、腹を殴られたときのことを思い出した。
あのときと同じような痛みが、胃のあたりにズンと響いた。

「社長は今後一切、今起こっている問題に対して、口を出さないでいただきたいのです。いや……口を出さないでというのは、少し違いますね……なんと言いますか、社長がとても真摯に問題に取り組んでいるのは、役員は全員分かっております。しかしながら、社長は問題解決のために必要な……知識が不足しているように思います。社長に、個々の言葉や話を一つひとつ説明する余裕は、今の我々にはありません……なので……」
 
「……分かりました、坂下さん」

「社長……本当に……」

「いいんです。
 私も、気づいていました。
 ……みなさんについていけていないのが……それでも、社長という立場上、責任を持って対応するべきと思い、やってきましたが、ネットで調べたり、じっくり本を読んで勉強している時間的余裕はない……」
 
「申し訳ありません……ただ、社長に辞任してほしいと言っているわけではありません」
 
「え……?」

「我々は、社長が就任式で話された、社員一人ひとりの話を聞く、現場の声も聞きながら改革を進めるという方針には、賛同しているのです。ただ、実務の部分については、先程申し上げたとおりで……」
 
「それに、今私が辞任したら、会社としても困ってしまう、といったところですか(笑」

「あ、いえ、決してそのようなことは……」

「いいんですよ。
 それも分かりますから……就任したばかりで、また社長が変わったら、世間からはおかしな目で見られる。だから、今はまだそのまま残り、ことが落ち着いたら……ということにしましょうか」
 
「申し訳ありません……社長が掲げた方針は、しっかりと軸に置き、必ず会社を立て直します……」
 
「よろしくお願いします。
 お役に立てず、申し訳ないです……」
 
「……社長、あなたは本当に、人がいいですね」

「……そうかもしれませんね……」

「私は、そんな社長の人柄が好きです。
 ですが、そういった人柄を利用しようとする人間もいます。どうか、それだけは気をつけてください」
 
「……ありがとうございます、坂下さん」

「では、失礼します」

坂下は、深々と頭を下げて、部屋を出ていった。

「……」

肩の重みは降りたものの、これからどうすればいいのか分からなかった。
立場はあっても、その立場に相応しい行動を取ることができない。
いわば、お飾りのようなものだ。
もう、考える必要もない……そう思ったとき、心にぽっかり穴が空いたような気がした。

どんな願いでも叶えられるなら、幸せになれると思っていた。
でも、そうではなかった。
何が間違っていたのか……

斎賀はその日、社長室にこもったまま、黙って考え続けた。
夜になって、役員たちに声をかけたあと、外に出たが、向かった先には黒岩のところではなかった。近くのビジネスホテルに泊まり、一人静かな時間を過ごした。最後の願いをどうするか、その答えを見つけるために。

---

「社長、プロジェクトの件ですが、実は提案がありまして……」

内野が、アルコールに頭を侵食された状態で会社に行くと、すぐにプロジェクトのリーダーの一人、安井が顔を出した。

「……提案?」

「はい、社長の案を具体的にどうするかを考えていく中で、その……」

今、会社は問題対処に忙しいはずだが、それを知っているのは役員たちまでで、下には漏れていないのだろう。内野からすると、今はそんな話をしている場合ではないと言いたいところだったが、そんなことを言えば、会社がパニックになる。ズキズキする頭に顔をしかめながら、内野はできるだけ冷静に口を開いた。

「提案ってなんだ?
 はっきり言え」
 
「言いにくいことなのですが……社長の案は、そのままでは使うのは難しいため、少しアレンジして進められればと……それでその……今回プロジェクトメンバーに入ってもらうことになった社員から直接、提案内容について話してもらおうと思いまして……」
 
「そのメンバーってのは誰だ?」

「役職はついていない、一般社員ですが、発想が柔軟で、職場での評判もいい男です。私が話すよりも、本人話してもらったほうが分かりやすいと思いまして……」
 
「一般社員だと……?
 そんな顔も分からないような奴が、社長である俺の案に対して、アレンジの提案……?」
 
「あの……その……社長は一社員のころ、誰の案であっても、それが優れているものであれば、役員たちは耳を傾けるべきだとおっしゃっていたので、採用するかどうかはともかく、お話は聞いていただけるかと思って……」
 
「ふざけるなっ!!!」

「ひ……」

「俺の案に、おまえらクラスならともかく、一般社員が口を出すなんて許す気はないっ!!」

「しかし、恐れながら、このまま進めても……」

「ダメだっ!!!」

「では、私からの説明で……」

「それもダメだ。
 出どころはその社員なんだろ?
 そんなものは認められない」
 
「……どうしても、ですか……?」

「何度も言わせるなっ!!!」

「……分かりました。
 では、失礼します……」
 
安井が出ていくと、内野は秘書に内線をかけ、自分がいいと言うまで誰も通すなと伝えた。

(どいつもこいつも、ふざけやがって……俺は社長だぞ……おとなしく、俺が言ったことをやればいいんだ……口なんて挟みやがって……提案? やつらが中身を理解できないからって、案を変えるなんて許されるわけがないのに……!)
 
コンコンッ

ノックする音が聞こえたかと思うと、内野が答える前にドアが開いた。

「誰も通すなと言っただろっ!!
 何やって……」
 
「社長、今すぐ来てください……申し訳ないですが、ゆっくりしている暇はありません……」
 
常務の山中が、顔に怒りを滲ませながら言った。

「俺は今疲れてる……おまえらのほうで……」
 
「それはできません。
 社長であるあなたが逃げることは、許されないのですよ……」
 
「……!」

内野はその日、食事も取らずに、会議や問題への対応に追われ、ようやく一息つけたときには、時計の針は深夜12時を回っていた。それは、6つ目の願いを叶え損ねたことを意味していた。

スマホを手に取り、BARに電話してみたが、やり取りは昨日とほとんど変わらなかった。
黒岩はすでに帰っており、連絡も取れない。

残る願いはあと一つ……
それ次第で、自分の運命が決まる……

内野は、未だ未解決の問題のことを頭から追い出し、明日、どうやって黒岩に会うかだけを模索し始めた。それができなければ、終わる……

まだきていないはずの未来への不安と緊張が、頭と体を支配し、意識を眠りから遠ざけ、疲労が冷静な判断力を低下させ、考えようとしても、すぐに別に何かが浮かんでは消えた。そしていつの間にか、体を横たえた社長室のソファの上で、眠りに落ちた。

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第9話(最終話)に続く

第7話
第1話

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