期限一週間の願い事 第4話 もう一つの興味(全9話)【小説】
第4話 もう一つの興味
BARファータスに着くと、斎賀は待ち合わせですと言って、テーブル席に座った。
店員は快く対応してくれ、少し嬉しくなった。昨日の服装で、一人できていたら、たぶん怪しい目で見られただろう。
このBARは少し料金が高めの店で、お客も全員、それなりに見える。
しかも、金があればいいというものでもなく、品性を求められるため、いわゆる成金が来るような店ではない。
(でも、俺も成金か……急に金を手にしたんだもんな……)
そう思うと、少し落ち着かない気持ちになる。
支払いは問題なくできるが、それだけの理由でここにいていいものか……
「ご注文はお決まりですか?」
店員に声をかけられ、驚いてテーブルを揺らした。
「あ……すみません……えっと……ジントニックを……あ、いや、ちょっとまってください……」
BARの雰囲気に合うような、気の利いたものを頼もうとしたが、何も浮かばず、結局ジントニックを頼んだ。別にジントニックがダメというわけではないのだが、今までの癖で頼んでしまうのが嫌だった。
(あ、そうだ……今日何を叶えてもらうか、決めてなかった……)
アルコールで喉を潤しながら、あれこれと考えてみる。
しかし不思議と、大したものが浮かんでこない。
仕事をガムシャラに頑張っていたころは、ああしたい、こうしたい、これがほしいといったことが、いくつもあったはずだった。
それなのに、いざ何でも叶えられるとなると、月並みなものしか出てこない。
そういえば前に、流れ星を見たとき、とっさに願い事を3回言えないようでは、願い事を本気で実現する気などないのだと聞いたことがある。
不平不満を並べ、あれがあればと思ってみるものの、結局具体的にどうしたいのか、分かっていない……その現実を突きつけられて、斎賀は少し、気分が沈んだ。
(実際にどれを叶えるかはそのとき決めればいいとして……考えられるだけ考えておくか……)
スマホを取り出し、メモ帳アプリをインストールしてから、斎賀は思いつくままに願いを書いていった。自分は本当にこれがほしいのか、それは分からなかったが、これがあれば幸せだろうと思うこと、ほしいものを、とにかく書いた。
(だいたいこんなもんかな。どこかで見たことあるようなことばかりだけど……)
これが正解なのかは分からない。
だが出てきたものをそのまま書く以外、今できることはなかった。
「あ、すみません、もう一杯同じのを」
「承知しました」
「こんばんは、斎賀さん」
追加の注文をすると同時に、黒岩が現れた。
昨日と同じように、ダークスーツに中折れ帽というスタイルで、今日はマフラーを首から垂らしている。
「こんばんは、黒岩さん」
「服装がだいぶ変わったね」
マフラーと中折れ帽を取り、膝の上に乗せながら、黒岩は言った。
「ええ、少し綺麗な格好をしようかと……(笑
変ですかね……?」
「いや、似合っているよ。
ファッション誌をそのまま真似た、という印象はあるけど、それは着こなしとして正しいとも言える。お金をかけても、おかしな組み合わせでは台無しになってしまうから、正しい選択をしたと思う」
「ありがとうございます……」
「おまたせしました」
店員が、斎賀のジントニックと一緒に、黒岩の飲み物も一緒に持ってきた。
ウィスキーのロックのようだが、注文していないのに出てくるところを見ると、黒岩は最初に必ずこれを飲むと、店員側が理解しており、言われなくても出して問題ないということも、分かっているのだろう。
「すごいですね、何も言わなくても出てくるなんて……」
「ふふ、まあ、これでも常連だから(笑」
「俺も……黒岩さんのようになりたいです……」
「なれるよ。
斎賀さんが、そうなりたいと思うならね。
でも、それは本当に……」
「黒岩さん、こんばんは」
黒岩が何か言いかけたところで、男の声が聞こえた。
「こんばんは、内野さん」
「どうも。
えっと……そちらの方は……?」
「彼は斎賀さん。
君と同じ権利を手に入れた人」
「え……?
ってことは……」
「そう、期限も同じだ」
「そう……なんですか……」
「まあ、座って。
飲み物は?」
「あ……いいですよ、自分で頼みます」
内野は少し戸惑いながらも、飲み物を注文すると、席に腰を下ろした。
「ではせっかくなので、乾杯しよう」
内野の飲み物が運ばれてくると、黒岩は言った。
グラスを合わせたものの、斎賀も内野も、どうすればいいのか分からず、黙っていた。
黒岩からは、今日の願いを叶えるために、この店に来るようにと言われていただけで、まさか自分と同じ権利を持っている人間が来るとは、想像もしていなかった。
「二人とも、戸惑っているね。
でも安心していい。
君たち二人以外に、同じ権利を持っている人はいない」
「……あの、黒岩さん……なぜ、こんなことを……?」
斎賀の言葉に、内野も軽く頷きながら、黒岩を見た。
「理由は2つある。
一つは、自分と同じ権利を持つ人間がいる……それを知ることで、自分だけが特別ではないと気づいてもらうため。
人は、自分は特別だと思い出すと、ろくなことをしない。過去にもそういうことがあってね。暴走すれば、関係のない人を傷つけることにもなる。だから、そういったことを抑止するために、お互いの存在を知ってもらった。
もう一つは、君たち二人が、お互いをどう意識するのかに興味があるからだ。自分と同じ権利を持ち、期限も同じ。その中で、君たちがどう振る舞うか……それを見せてほしくてね」
「それって……じゃあお互いに連絡を取り合えみたいな……そんな話ですか……?」
内野は、斎賀のほうをチラリと見ながら言った。
「いや、連絡を取り合うことも、会う必要もない。
ただ、君たちには、お互いが今どんな状況かを、日々願いを叶える前に伝える。どんな願いを叶えたかも含めてね」
「そんなことをして……なんの意味が……」
「さっき言ったとおり、私自身の興味だよ。
私は、君たちの願いを叶えることに、見返りは求めていない。だがその代わり、好奇心だけは満たさせてほしい。君たちの権利にはなんら影響はないから、心配はいらない」
「……なるほど……」
「分かりました……」
斎賀と内野は、多少の戸惑いは残したものの、これといって問題はないと判断したのか、黒岩の言ったことを受け入れた。
「ありがとう。
では、それぞれの願いを叶えよう。
といっても、お互いがいる場所では言いづらいだろうね。一人ずつ、カウンターに行って話そう。それぞれの願いを叶えたら、今日は解散だ」
黒岩はそう言って、まずは斎賀をカウンターに呼んだ。
「さて……」
席に着くと、黒岩は斎賀のほうに顔を向けた。
「今日は何を叶える?」
「えっと……ちょっと待ってください」
斎賀はスマホを取り出して、メモ帳を見返してから、口を開いた。
「……社長になりたいです……」
「なるほど。
しかし、社長と言われても、ちょっと漠然としているね。どんな会社の社長になりたいのかな?」
「あ……そうですよね……えっと……2ヶ月前まで勤めていた会社の社長になりたいです……」
「頑張ったのに評価してもらえなかった……それが間違いだったと分からせたい、見返したいと言ったところかな」
「そんなところです……いや、どうなんだろう……願いを考えていたとき、ふと、社長になりたいって思ったから書いただけで……でも、見返したいって気持ちがあるのは確かです……」
「頑張る理由は、人それぞれだ。見返してやりたいという気持ちだって、立派な理由だよ。では、その願いを叶えよう」
「お願いします……!」
「……」
妙な緊張感があった。
黒岩が、おそらくは願いを叶えている間、斎賀は少し、手に汗が滲んでいるのを感じた。
自分が社長になる……
自分を馬鹿にして、搾取した連中を、使う立場になる……
自分にそんなことができるのか……?
見返したいという思いは本当だったが、それが実際に叶うとなると、少し怖くなってくる。
「よし、これで君は、株式会社ミリアルの社長だ。
明日、会社に行ってみるといい。
きっと、面白いものが見られるはずだよ」
「……分かりました。
行ってみます……」
退職した会社に出社するなど、普通に考えればおかしな話だ。
しかし、黒岩は昨日、本当に願いを叶えてみせた。
今銀行口座にある3億円が、その証拠だ。
社長になったというのも、きっと本当だろう。
もし……もし仮に受け入れられなかったとしても、特に問題はないはずだ。
金はある……断られたって、生活に困ることもない。
「ありがとうございました。
あの……明日はどうすれば……?」
「明日も、今日と同じぐらいの時間にここに来てくれればいい。
彼とはバッティングしないから、心配ない」
黒岩は、内野のほうに一瞬視線を向けながら言った。
「分かりました……
ではまた明日……
あ、ドリング代……」
「ここは私の奢りだ。
気にしないでいいよ」
「あ、すみません、ごちそうさまです……」
斎賀は席から立つと、黒岩に頭を下げて、店から出ていった。
この後、内野がどんな願いを叶えてもらうのか気になったが、興味がないフリをして横を通り過ぎ、タクシーを拾って家に向かった。
斎賀が店から出ていくのを、内野は気にしないようにして、グラスの中の酒を飲み干した。
「……」
何となく、このままじっとしてるのが耐えられなくなり、顔を上げると、黒岩は内野のほうを見て、手招きしていた。
(なんだよ……なんか、見透かされてるみたいだな……)
横に座ると、黒岩は内野のほうに顔を向けた。
「お待たせしてしまったね。
さて……今日は何を叶える?」
「家が欲しいです。
車が5台ぐらいはあっさり入る駐車場があるような家」
「なるほど。
和風とか洋風とか、何か希望はあるかな?」
「そうですね……洋風の、海外の金持ちの家って感じのがいいです」
「分かった。
では、その家に合った家具もサービスしよう。
ああそうだ、場所はどこがいい?」
「東京の港区で」
「白金台あたりかな?」
「そうですね」
「分かった。
では……」
(この間って、何してんだろう……)
内野は、願いを言ってから少しの間、焦点の合わない目で微動だにしない黒岩を見ながら思った。
この間が、黒岩が願いを現実にするために何かをしている間のはずだが、動かないだけで、何をしているのかさっぱり分からない。聞いてみたいが、おそらく欲しい回答は返ってこないだろう。それに、願いが叶うことが重要なのであって、その回答にそれほど意味はない。
「よし……明日の朝10時に、この住所に行ってみるといい。引き渡しのために、不動産屋の人間がいるはずだ」
黒岩は、メモ帳に住所を手書きすると、内野に手渡した。
「……ここに、俺の家が……」
「そうだ。
気に入ってくれると思う。
引っ越しの料金は、自分で頼むよ(笑」
「それぐらい、もちろん自分で出しますよ」
「では、今日はここまでだ。
明日はまた、今ぐらいの時間に来てくれ。斎賀さんとはかぶらない時間だから、安心していい」
「分かりました」
「ではね」
黒岩は、三人分の会計を済ませると、マフラーと中折れ帽を身に着けて、店を出ていった。
「……」
一人残された内野は、黒岩からもらった住所をスマホで調べてみた。
「……!」
地図上は、広い敷地に、個人の家があるように見える。
住宅街のようだが、周囲の家と比べても大きい。
「これが……ここにあるのが、俺の家……」
少し、スマホを持つ手が震えた。
まだ、どんな家なのか分からない。
しかし、地図で見ただけでも分かる広さに、興奮を抑えきれない。
笑い出したい衝動を抑え、マスターにごちそうさまと言うと、足早に店を出た。
どうする? このまま家に帰るか……でもまだ22時過ぎ、このまま帰っても眠れそうにない。
飲みに行くか?
いや、明日は10時に引き渡しだと言っていた。
さすがにそこに遅刻はしたくない。
「……」
考えた末、内野は風俗店に向かった。
酒なしで興奮を発散し、自分を落ち着かせるにはそれしかない。おそらく傍から見たら、興奮で目をギラギラさせている、あまり近寄ってはいけない人間に見えるだろう。
だが、そんなことはどうでもよかった。
他人がどう見ようと、今自分は勝ち組なのだ。軽蔑の目で見られようと、それは妬みでしかない。そんなもの、いくら向けられたところで、痛くも痒くもない。
内野は、自分の口元が、少しニヤリとしていることに気づいていたが、それすらも気にせずに、早足で歩いた。
叶えられる願いはあと5つ。
それを使って、完全な成功者になる……
そう思うと、道のど真ん中で大声で笑い、叫びたい気分だった。
そうこうしているうちに、目的の店があるエリアに着き、高級店を見つけると、意気揚々と足を踏み入れた。
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第5話に続く
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