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引っ越し先の落書き 【短編小説/ホラー/ゾクっとする】スキマ小説シリーズ 通読目安:8分
「よし・・・!
これで、一通り終わったな・・・」
部屋の中を見回しながら、元永義彦(もとなが よしひこ)は言った。
更新を機に、引っ越しを決めて、今日ようやく引っ越しが終わった。
仕事が忙しく、片付けが中々進まず、それでも何とか間に合わせたものの、
引っ越し業者が来るのが遅れ、今ようやく、荷物の整理が終わったのだった。
「もう9時か・・・
腹減ったな・・・」
明日は月曜日だが、片付けが終わらなかったときのことを考え、休みにしてある。
夕飯と一緒にビールでも飲み、ゆっくりしようと、近くのコンビニに向かった。
買い物から帰ってくると、Wi-Fiをつないで、タブレットで映画を見ながら、食事とビールを楽しみ、12時過ぎには、ベッドに横になった。
「ん・・・」
翌朝。
目覚めると、8時を過ぎていた。
一瞬焦ったが、すぐに休みだということに気づき、再び頭を枕につけ、五分ほど、ボーっとしたあと、ベッドから出て、歯を磨いた。
「ん・・・?
なんだ・・・ これ・・・」
午前中はのんびりし、昼食のあと、収納スペースの中を整理していると、何か文字が書いてあるのに気づいた。
昨日は、急いで荷物を入れただけだったから、気づかなかったが、どうやら、以前の住人が書いたものらしい。
「こ・・・される・・・?
り・・ じ・・・ ん・・・?
・・・い・・・
い・・・だ・・・
ま・・・ せ・・・」
文字は、ところどころ消えており、読めない。
「落書き・・・?
よくわからないな・・・
まあいいか」
前の住人か、前の前の住人が、いたずらで何か書いたのだろうと判断し、特に気にせずに、収納スペースの中を片付け、昼食を食べ、のんびりとしたい日を過ごした。
ドンッ!!
「・・・!」
周囲も静かで、いい場所に引っ越してきたと思ったその夜、急に大きな、何かを叩くような音が聞こえた。
時間を見ると、23時過ぎ。
隣人が何か落とすか何かしたのだろうか。
「・・・なんだ・・・?」
自然と息を潜め、物音を聞き逃さないように、一点を見つめながら、耳をすませる。
が、何もあるはずはない。
家の中からから聞こえた音ではない。
「・・・」
寝よう・・・
しばらく経っても音は聞こえないので、隣人が出した音だろうと思い、再び目を閉じる。
ドンッ
また聞こえた。
どうやら、隣人が壁を叩く音らしい。
「なんだよ・・・」
イライラしたが、今日たまたまかもしれない。
そう言い聞かせ、イヤホンをして音楽をかけると、そのまま眠りについた。
翌朝。
完全に眠りの落ちるまでの30分ほど、ずっと一定間隔で「ドンッ」という音が聞こえていたのは覚えているが、朝7時の、今の時点では、音は聞こえない。
何となく、納得のいかない部分もあったが、なんやかんやと理由をつけて、自分を納得させ、準備を済ませて仕事に向かった。
夜。
23時を過ぎて、何となく緊張したが、今日は音は聞こえない。
「やっぱり昨日のは何かあったのかな」
急に緊張が解け、体も心もリラックスしたと思ったら、腹が減ってきた。
この時間に食べるのは・・・と思いつつ、元永はキッチンの棚からポテチを持ってくると、お茶を飲みながら一袋を開けた。
「・・・一時か・・・
そろそろ寝よう」
ドンッ!!
「・・・うわっ・・!!」
完全に油断していたため、思わず声が出た。
「またかよ・・・!」
ドンッ ドンッ
「なんなんだよ・・・
そんな音何度も出すか? 普通・・・」
壁を叩く音はやまず、しなくなったと思って寝ようとすると、その度に叩かれる。まるで、元永の動きを見ているかのようなタイミングで。
「・・・」
元永は一瞬、自分が何か音を出しているのかと思い、辺りを見回したが、やはり何もない。
「・・・いいかんげんにしろよ・・・!!」
壁を叩き続ける音に、さすがに我慢できなくなり、元永は隣人がいるほうの部屋の壁を、一度だけ「ドンッ!」と叩いた。
いいかんげんにしろと、大きな声でも出したいところだったが、そこはグッと堪えて、壁を叩くだけに留めた。
「・・・静まった・・・?」
・・・
・・・
・・・
ピンポーン
「・・・!」
叩く音はしなくなり、黙ったかと思った瞬間、インターホンを押す男が聞こえた。
心臓が飛び出すかと思うほど、ドクンッとしたあと、全身に不安と恐怖が駆け巡り、体が震える。
「・・・」
できるだけ物音を立てないように、玄関に近づき、ドアスコープから外を覗く。
「・・・!!」
声を上げそうになるのを、必死で抑えたが、びっくりして後ろに飛び退いた。
ドアの向こうには、隣人がいた。にらみつけるでもなく、冷たい目でジッと、ドアスコープから中を見ている。
元永は、慌ててドアスコープをガムテープで塞ぎ、外から中が見えないようにすると、部屋の中に戻り、そのままベッドに潜って目を閉じた。
翌朝。
玄関前で見て以降、ドンという音も、インターホンを鳴らす音も聞こえなかったものの、眠ることができないまま、仕事に行くことになった。
(いったいなんなんだ・・・
あの隣人・・・)
そんなことを考えながら電車に揺られていると、眠ってしまい、気づいたときには、二駅乗り過ごしていた。
急いで降り、二駅分戻っているときに、ふと気づいた。
(あの文字・・・
こ・・・されるって・・・
殺されるってことか・・・?
前の住人にも、今の僕と同じような目にあって・・・)
その考えると、急に不安が襲ってきて、元永は管理会社の連絡先を確認して電話し、事情を説明した。
管理会社は、対応しますと言ってくれたが、その日の夜も、翌日も、そのまた翌日も、夜中に壁を叩く音は解消されず、元永は、寝不足と不安とイライラで、自分が何をしているのかわからなくなってきていた。
「もう・・・ いいんじゃないか・・・
管理会社にもいって・・・ ここまで我慢して・・・
正当防衛だ・・・ これは・・・
・・・
・・・
・・・
・・・!!」
気づくと、手には包丁が握られ、足は玄関のほうに向かっていた。
「僕は・・・ 何を・・・?」
自分が自分でなくなってきている・・・?
「そうだ・・・
あの文字・・・」
病院に行ったところで、根本的な問題が解決しなければ、結局もとに戻ってしまう。
あの文字には、殺される以外にも、何かが書かれていた。もしかしたら、前の住人は、何か知っていたのかもしれない。それでも解決できないから、引っ越したのだろうが、何も知らない状態でいるよりはいい。
元永は、収納スペースの中に書かれていたもの以外にも、何かがないか、家中をひっくり返して調べた。
すると、収納スペースのドアの内側に、紙が小さく折りたたまれて挟まっていた。
「これ・・・
どういう意味だ・・・?」
そこには、壁に書かれたものと同じものが、消えることなく書かれていた。
『殺される
隣人じゃない
この家だ
今すぐ引っ越せ』
隣人じゃなく家・・・?
この家に何かあるってことか・・・?
どういう意味・・・
ピンポーン
「・・・!!」
突然インターホンが鳴り、飛び上がりそうになった。
時間は21時過ぎで、今日はまだ、壁を叩く音もしていない。
しかし、宅配を頼んだ覚えもない・・・
忍び足でドアまで近づき、ガムテープをゆっくりと剥がして、ドアスコープから外を見る。
しかし、誰もいない。
「なんだよ・・・
なんなんだよ・・・」
隣人じゃなく、この家・・・
この家・・・?
「・・・」
元永は、突然理解した。
頭の中にうかんだそれが、正しいかどうかは分からない。
だが、ハッキリしていることは、一刻も早く、この言えから出なければならないということ・・・
居ても立っても居られなくなったが、今ドアを開けるのは危険と判断し、部屋に戻ってベッドに入ると、イヤホンをしてタブレットで映画やドラマを見ながら、朝まで過ごし、夜が明けると、最低限の荷物だけを持って家を出て、実家に電話をした。
ひとまず、親に金を借りて引っ越す・・・
それしかない・・・
即入居可の家を見つけ、引っ越しの手配をし、引っ越しまでの二週間は、実家で過ごした。
新居に引っ越した夜、食事を済ませてコーヒーを飲みながら、あの家のことを考えていた。
元永が考えた結論はこうだ。
あの家は、隣人がおかしいのではく、家自体に何か、得体のしれないものが憑いており、隣人はそれに取り込まれ、おかしな行動を繰り返していた。
ドアの前に立っていた隣人の顔が、怒りではなく、冷たく、生気のないように見えたのは、たぶんそのせい。
しかしあの家は、それだけでは足りず、元永のことも取り込もうとしていた。隣人を使って疲労と寝不足で思考力と抵抗力を奪い、結果、元永は無意識に包丁を持って玄関のほうに足を向けるという状態にまでなった。
そしてあの夜。
ドアスコープの向こうに誰もいなかったのは、あのドアを開けることは、家の支配を受け入れるということだったのではないか。
つまりあれは、隣人ではなく、あの家が鳴らした音・・・
もし開けていたら、自分もあの隣人のようになっていたのかもしれない・・・
そう考えると、ゾッとする。
もちろん、この考えが正しいとは限らないし、人に説明したところで、分かってくれるはずもない。
だが、何か理由をつけたかった。
「・・・そろそろ寝るか・・・」
電気を消して、ベッドに入る。
今度は、音は聞こえない。
元永は、安眠できる喜びを感じながら、眠りに落ちた。
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