期限一週間の願い事 第3話 変化(全9話)【小説】
第3話 変化
3億円を手に入れた翌日。
斎賀は朝7時に目を覚ますと、髭を剃って、髪をセットし、出かける準備を整えた。
朝がこんなに清々しいのは久しぶりで、昨日までとは別の世界にいるのではないかとさえ思えてくる。
外出用の服装に着替えると、斎賀は家を出て、銀行に向かった。ATMで一日に引き出せる額は100万円。1回に引き出せる額は50万なので、別々のATMで、2回に分けて100万円を引き出した。
財布の中に100万円が入っていることなど、これまでの人生ではなかった。
思ったよりも分厚くなく、財布に収まってしまうものなのだと、妙なところに関心しながら、街を歩いた。
(……この感じ……昨日より緊張するな……もしかしたら、緊張が表に出てるんじゃないか……怪しまれたりしてないだろうな……)
ただ道を歩いているだけなのに、心臓の鼓動が早くなる。人の視線や、背後が気になる。もし今もっている100万円を誰かに取られたとしても、銀行にはまだお金はたくさんある。しかしだからといって、金を取られていいわけではない。
斎賀は、できるだけ自然に、緊張が外に漏れないようにしながら歩き、服屋に行って、家にある服を全部入れ替えるつもりで、買い漁った。昨日の帰りに買った、ファッション雑誌に載っていた服を、持ちきれなくなるまで買って、タクシーを拾って家に帰った。
家に帰ると、これまで着ていた服をすべてゴミ袋にまとめ、新しい服をハンガーラックに並べた。
「よし……」
それを見ているだけでも気分は良かったが、夜は黒岩と会うことになっている。
あまりのんびりしている暇はない。
買ってきた服を身にまとうと、斎賀は家を出て、まずは腹ごしらえするために、レストランに向かった。
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目覚めた時間が12時近くなった内野は、まだ酒が抜けきっていないことに気づいて、うんざりした。
金を持っても、二日酔いはこれまでのままだ。当たり前のことだが、どこかでそうならないと思ってしまっていたらしい。
「……会社から着信……ああ、そうか、無断欠勤になってるからか……」
頭の中で鐘が鳴り続けているような感覚に、思わず顔をしかめる。
10億円を手に入れた今、会社などどうでもいいが、このまま辞めてもつまらない気がした。
叶えられる願いは、まだ6つ残っている。
それなら……
内野はベッドから起き上がると、歯を磨いてからシャワーを浴び、会社に電話して、今日は体調が悪いから休むと伝えた。今頃になって電話してきたことに、ブツブツと小言を食らったが、どうでもよかった。
昨日までなら、歯ぎしりしていただろう。
だが今となっては、心の余裕というやつで、軽く受け流すことができた。もっとも、あまり悪びれない内野の態度に、上司はさらに苛立ちを募らせたが。
「約束は夜だったな。
じゃあまあ……今日はこれから、車でも見に行くか」
着替えを済ませると、内野はタクシーで高級車の取扱店に向かった。
今買っても、置く場所がないが、明日には解決している。
店に前まで来て、ニヤリとする。心臓の鼓動が少し早くなっているが、気にしない。ゆっくりと店に入ると、興奮を抑えきれず、物色するように見て回る。落ち着いた雰囲気の店には似つかわしくない態度だったが、店員は慣れたもので、失礼とも取れる態度にも、にこやかに対応してくれた。
気分が良かった。
今まで何度も目の前を通り過ぎたが、入ることができなかった店。
そこに堂々と入り、店員は購入者として接してくれる。
「一括……でございますか?
現金で……?」
購入手続きを進めていると、店員は少し驚いた顔で言った。口には出さなかったが、あなたにそんなことができるのかと、少し顔に出ている。
「とりあえず、今手元にある500万を置いていきます。残りは明日、持ってきますので、購入手続きを進めてください」
そう言って、内野はバッグから無造作に札束を取り出すと、店員の目の前に置いた。
「あ……はい……かしこまりました」
予想外のことに、少し戸惑ったようだったが、店員は目の前の札束を見ると、支払いは問題ないと判断したようで、手続きはそのままスムーズに進んだ。
金があるだけで、周囲の態度は変わる。
キャバクラに行けば、今まではすぐにいなくなってしまった女も、何度でも指名してそばに置いておける。
何でもできる、何でも……
すべてが意のまま……
内野は、思わず笑い出したい気持ちを抑えて、その後も様々な店を回った。
そして夜になると、黒岩との約束の場所へ向かった。
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第4話に続く
第2話
第1話