音のない叫び 【ミステリー小説】通読目安:2時間
第一章:火葬場跡にて
-1-
「よし、着いたぞ」
光川隆一(みつかわ りゅういち)は、好奇心を抑えきれないといった顔で言った。
ローカルな心霊スポットを紹介する。
大学の同期生である、光川隆一(みつかわ りゅういち)とその友人、増田、木田、水野の四人は、そのコンセプトで動画を作り、動画配信サイトにアップするために、地元でしか知られていない心霊スポットにやってきていた。
「カメラの準備はできてるよな?」
黒縁メガネをかけた増田が言った。
もっともこの黒縁は伊達メガネで、知的に見えるからという理由でかけており、他の三人もそれは知っている。
「うん、すぐにでも撮り始められるよ」
少し太めの木田が答える。
木田は、今度こそ痩せるが口癖の男で、痩せると公言してから三日は頑張るものの、四日目以降から間食を再開してしまい、毎回失敗、丸々とした体型を維持する結果となっている。
「なんかドキドキするな・・・」
そう言いながらも嬉しそうな水野は、木田とは対極とも言える痩せ型で、本人いわく、太れない体質らしい。
よせばいいものを、それを女子の前で言ってしまい、いい感じになっていた子に、無神経と嫌われたこともある。
「怖いんだろ?(笑」
「いやいや、そんなわけないだろ。
俺はもっと怖いことをいろいろ・・・」
「おい、そろそろ始めるぞ」
光川の一言で、興奮気味だった三人も、気を引き締めた。
「まずは、光川の話しからだね。
光川が、この心霊スポットについて説明して、そのあと、四人で移動する」
増田の言葉に、残りの三人が頷く。
「OKだ。
・・・よし、いつでもいいぞ」
「じゃあ始めるよ。
・・・スタート!!」
増田の言葉で、撮影が始まった。
「動画をご視聴のみなさん、こんばんは。
今日は、大坪火葬場跡という心霊スポットを紹介します。
ここは昔、火葬中の遺体が突然目を覚まして、助けようとしたけど助けられず、生きながら焼かれて死んだ・・・という、いわくつきの火葬場跡で、現場には、そのとき死んだ女の霊が出ると言われています。そして、もし捕まってしまうと、その女と同じように、焼かれてしまう・・・
果たして、本当に女の霊は出るのか? 今回は、心霊スポットを見つつ、それを検証して見ようと思います。
では、行きましょう」
光川はセリフを言い終えると、カメラが止まるまで、緊張感を残したまま待った。
「・・・よし、オッケーだよ」
増田が言うと、光川はホッとしたように、大きく息を吐き出した。
「ふぅ・・・
なんとか噛まないで話せたな(笑」
「大したもんだよ(笑
俺、絶対途中で噛んで、やり直しだと思ってたからさ(笑」
「俺もだよ(笑」
『ぎゃああああああああっ!!!!』
突然響き渡った悲鳴に、四人全員がビクっと体を震わせた。
「え・・・?
何・・・?」
「悲鳴・・・?」
「おい・・・ あれ・・・」
木田が指差す方向を見ると、光川たちがこれから行こうとしていた、火葬場跡の中に、赤い塊が見えた。
「なんだ・・・ あれ・・・?」
「行ってみよう!」
「おい光川、待てよ・・・!!」
走り出した光川に、三人も続く。
『ああああああ・・・!!
ぎゃああああああああ・・・!!』
「うわあぁぁぁぁっ!!!」
木田が情けない声を出して尻もちをついたが、誰も笑わなかった。
残りの三人も、あまりの光景に足が震えた。
「な・・・ な・・・」
水野は、口をパクパクさせて、動けずにいる。
光川も増田も、あまりのことに、今自分たちの目に映っているものが、現実なのかどうかも分からなくなっていた。
あたりには、肉の焼ける嫌な臭いが充満し、5メートルほど先で、火だるまの人間がのたうち回っている。
声から察するに、男らしい。
「なんだよこれ・・・ なんで・・・」
「・・・?
今の、車の音・・・?」
「助けなきゃ・・・」
「どうやって!?
ここは廃墟だぞっ!!
・・・水なんてどこにも・・・」
『あああああ・・・・!!!』
四人は、どうすることもできず、あまりに異様な光景に、ただただ立ち尽くしていると、やがて、男は倒れて、動かなくなった。
「け・・・ 警察・・・」
増田の言葉で、全員が僅かに落ち着きと取り戻し、光川は震える手でスマホを取り出すと、110番を押した。
駆けつけた警察によって、現場検証が行われ、光川たちも事情を聞かれたが、事件と直接関係ないことが分かったのか、何か思い出したことがあれば連絡してくださいとだけ言われ、すぐに帰された。
だが、増田が持っていたカメラのSDカードは、警察に預けることなった。
一部始終を録画していたわけではないが、カメラの録画を止めるのを忘れていたことで、結果的に燃えている男を記録として残すことになった。
もっとも、撮ろうとしていたわけではないから、燃えている姿は部分的に映っているだけで、あとは四人の声と、燃えた男の悲鳴が入っているだけだが、手がかりがあるかもしれないということで、警察が持っていった。
まだ編集前の動画が多数入っていたこともあり、増田にとっては、それ自体もショックだっただろうが、そんなことは問題にならないほど、目の前で見た光景は異常だった。
他の三人も同じだったらしく、帰りの車の中で、四人は一言も口をきかなかった。
-2-
翌日。
四人は講義が終わったあと、昨日の件を整理するために、大学近くのカフェに集まった。
「増田、カメラは残念だったな・・・
まあ、確認が終われば返してくれるんだろうけど」
アイスコーヒーを一気に半分ほど飲み干すと、光川が言った。
「カメラ自体は持っていかれてないし、まあいいよ・・・
それに、あんなものが映ったデータ、持っているのも嫌だし・・・」
弱々しい笑顔で、増田が答える。
「まあ、それもそうか・・・」
「なあ、結局昨日のあれは、なんだったんだろう・・・?」
アイスコーヒーに、ミルクとガムシロップを入れて混ぜながら、水野が言った。
「噂通り・・・ 女の霊がやったのかも・・・」
焦点の合わない目で、増田が呟く。
「そんな馬鹿な・・・」
「じゃあ、木田はどう思うの?」
「・・・自殺か・・・ 殺人・・・」
「マジかよ・・・
殺人だとしたら、俺らもしかして、殺人犯に狙われるんじゃ・・・」
「犯人を見たわけじゃないし、大丈夫だろ・・・」
「あれは女の霊の仕業だよ・・・
やっぱりいるんだよ、あの火葬場跡に・・・」
「増田、おまえ、見たわけじゃないだろ?
女の霊を・・・
それに、冷静に考えたら、そんなことあるわけ・・・」
「光川、さっきから黙ってるけど、おまえはどう思う・・・?」
「え・・・?
ああ・・・ どうだろうな・・・
分からない・・・」
「おまえ・・・ 大丈夫か・・・?
なんか顔色悪いぞ・・・?」
「・・・悪い・・・
今日は帰るわ・・・
また明日な・・・」
「あ・・・ おい・・・!」
光川は、三人の声が聞こえないかのように、その場を後にした。
顔色が悪いのは、昨日あんなものを見たせいだろうと三人は思っていたが、実際には、それだけではなかった。
光川は昨日、帰ってからすぐに寝たが、夜中に何度も目を覚ました。
理由は、夢の中で、助けを求める男の声・・・
悲鳴しか聞いていないはずなのに、男は助けてくれ、なぜ助けてくれないんだと、光川の目を見ながら訴えてくる。火だるまで、目がどこにあるのかも分からないのに、そう感じてしまう。
夜通しそれの繰り返しで、ほとんど眠れず、学校へは行ったものの、一日何をしていたのかも、ほとんど覚えていないほど疲れていた。
「今日はさすがに寝られるだろう・・・
これだけ疲れてれば・・・」
普通に眠りたい・・・
ただそれだけでいい・・・
光川は、その些細な願いが叶うことを願ったが、火だるまの男は、それを許さなかった。
毎夜、光川は夢を見た。
目の前には、火だるまの男。
助けを求められ、助けようとするが、為す術なく、男は死んでいく・・・学校には何とか通っていたが、すでに体力も精神も限界に達していた。
自分が快活だったことを忘れたかのように、ふさぎ込み、しゃべるときは口元でボソボソを話すようになり、不健康なのがひと目で分かるほど疲弊し、
増田、木田、水野の三人は、なんとか光川の力になろうとしたが、どうすることもできなかった。
そして、事件から一週間が過ぎた。
「またか・・・」
一週間が過ぎても、光川の悪夢は消えるどころか、より鮮明さになっていた。
また、俺は助けられない・・・
もう諦めてくれ・・・
俺は何もできない・・・
光川は、火だるまの男に何度もそう伝えた。
いつか分かってくれる・・・
分かってもらうしかない・・・
そう考え、その日も同じことを伝えた。
自分には何もできないと。
『あの女だ・・・』
何だ・・・ いつもと違う・・・
あの女・・・?
何の話だ・・・?
『あの女にやられたんだ・・・!
頼む・・・ 見つけ出してくれ・・・!!』
あの女って・・・ いったい・・・
『ここにいるだろっ!!』
!!!
「はぁ はぁ はぁ はぁ・・・・!!」
光川は、恐怖から逃れるように、目を覚ました。
その日の夢は、今までと違った。
あの女・・・
あの女にやられた・・・
火だるまの男は、確かにそういった。
そして、火だるまの男の斜め後ろに、女はいた・・・
確かにいた・・・
あれは・・・ 誰だ・・・?
あれが、火葬場跡の幽霊・・・?
「女がやった・・・?
あの男は・・・ その女に・・・?
幽霊に殺された・・・?」
光川は、そのまま意識を失い、朝、様子を見に来た母親が救急車を呼んだ。
病院に運び込まれ、二時間ほどで目を覚ましたが、体力の消耗が激しいので、そのまま入院となり、不安定な言動から、体力が回復次第、メンタルについても検査することになった。
それから三日後。
増田は警察に呼ばれ、SDカードを受け取りにいった。
「SDカード、ありがとうございました」
担当の占部という刑事は、おそらくベテランなのだろう、落ち着いていて、
口調も雰囲気も優しく、丁寧に言った。
「・・・刑事さん、光川のこと、聞きましたか?」
「ええ。悪夢に悩まされたそうで・・・
体力の消耗から、入院したと聞きました。
あんなものを目の前で見たら、
しかたがないことかもしれませんね・・・」
「・・・俺、こないだ光川の見舞いに行ったんです・・・
そのときアイツ・・・ こう言ってました・・・
あの女だって・・・
何のことだって聞いたら、夢の中で、火だるまの男が言ったそうです・・・
あの女だ、あの女にやられたって・・・
それで、光川は夢の中で、その女を見たそうです・・・
どんな女だったか聞いたら・・・
あの火葬場跡に出るっていう女の霊と、特徴が一致していました・・・
あの死んだ男のことは知りませんけど・・・
俺は、これは呪いじゃないかって思うんです・・・」
「呪い・・・ ですか?」
「はい・・・
あの火葬場跡には、本当に女の霊がいるんですよ・・・
あの男は、その霊に殺されたんだ・・・」
「・・・火葬場跡の噂については、我々も確認していますが・・・
光川さんが見たという夢の話も踏まえて、もう一度調べてみます。
貴重なお話、ありがとうございます」
「いえ・・・
じゃあ、失礼します・・・」
占部は、増田から聞いた話は、彼自身の思い込みもあって、そういった結論になったのだろうと考えていた。
あれは霊の仕業ではなく、人間による殺人・・・
だが、光川は捜査を進める中で、占部の頭にも、増田と同じような考えが、僅かではあるが、浮かんでいた。
実体のない女・・・
捜査線上に浮かんだ、松下優花里(まつした ゆかり)という女。
名前が本名かどうかも、何をしていて、どこにいるのかも分からない、その女のことを、占部たちは、実体のない女と呼ぶようになっていた。
だが、幽霊であるはずはない・・・
幽霊に人を殺すことなどできない・・・
早く犯人を見つけなくては・・・
占部は、そう思い直したが、行き詰まる捜査の裏で、別の事件が、着々と進行していた。
第二章:七不思議の音楽室
-1-
「よし、ちゃんと片付けろよ、みんな」
明日から夏休みというその日の夜。
英山高等学校で物理の教師をしている竹山誠司(たけやま せいじ)は、
自分が担任をしているクラスの生徒に声をかけ、学校で花火大会を実施した。
花火大会といっても、市販の花火を持ってきて、クラスの生徒たちと遊ぶだけで、人数が集まるかどうかは、竹山も期待していなかった。
ただ、高校生活での思い出が、テストや受験、その他決まりきったイベントだけでは寂しいし、後で振り返ったとき、学校生活が楽しかったと、少しでも思えるようにと、何かできることはないか、という、竹山の想いから生まれた企画だった。
それが伝わったのか、予想に反して人数は集まり、四人を除く二十四名が集まった。
もっとも、竹山は普段から、自身が担当する授業に、ゲームの手法を取り入れたり、一人ひとりの生徒の話を聞いたりと、慕われている教師なので、生徒たちが集まったのは、それほど驚くようなことではないのかもしれない。
「先生、終わりましたよ」
「お、よし。
こっちも終わった。
これで片付けもバッチリだな」
「先生、ちょっといいですか?」
「ん? どうした楢崎」
片付けを終え、そろそろ解散というときに、生徒の一人である猶崎陸(なおさき りく)が声をかけてきた。
クラスの中では、間違いなく一番のイケメンで、勉強だけでなく、スポーツの成績も上位。
他のクラスの女子からの人気が高く、そんなヤツなのに気さくだから、男友達も多い。
「せっかくこれだけ集まってるんだし、肝試しやりません?
この学校には、おあつらえ向きに七不思議もあるし・・・」
清涼飲料水のような爽やかな笑顔で、猶崎が言った。
猶崎の後ろから、何人かの生徒も覗き込むように竹山に期待の眼差しを向けている。
先生なら、このノリを分かってくれるでしょ?という声が聞こえてきそうな顔だ。
「肝試し?
七不思議の場所を周るとか、そんな感じか」
「そうです!
まさにそれですよ。
一回やってみたかったんですよね、俺(笑」
「まあ、夏の風物詩でもあるからなぁ・・・
学校の中なら勝手もわかってるし、やってみてもいいけど、みんなはどうかな?」
「一人で周るのはちょっと・・・」
「あたしも、何人かで周るなら・・・」
「そうか。
よし、じゃあ三人で一つのグループを作って、それで周るってことで、やるか?」
「いいですね、それで行きましょうよ」
とくに揉めることもなく、肝試しが決定、生徒たちは、三人のグループに分かれると、スマホのくじ引きアプリを使って、順番を決めた。
その間に、竹山は順路を決め、準備は整った。
「よし、じゃあスタートだ。
万が一何かあれば、すぐに俺に連絡しろ」
竹山の合図で、肝試しが始まり、生徒たちは一組ずつ、学校の七不思議にまつわる場所を、順番に周っていった。
見慣れている廊下や教室とはいえ、昼間と夜とでは、見え方がまるで違う。
部活などで多少遅くなっても、教師も誰もいない夜の学校を見る機会は、ほとんどない。
生徒たちは、普段見ることのない学校の表情に、驚きと興奮を覚えているようだった。
「なあ、見たか?」
「見たって・・・ 何を・・・?」
「音楽室の前を通ったとき、ドアがちょっとだけ開いててさ・・・
中を見たら、女がいたんだよ・・・」
「え・・・? なにそれ・・・」
「俺も見たっ!!
いたよな、やっぱり・・・
あれ、音楽室の女幽霊・・・だよな・・・?」
「俺もそうだと思う・・・」
「ちょっと・・・ 止めてよね・・・
あたしは見てないし・・・」
肝試しを終えて戻ってきた生徒たちの一部が、何やら騒いでいる。
聞いてみると、音楽室に、女の幽霊がいたという。
特に何かされたわけではないが、確かにいたと。
「先生、まさか、先生の仕込みじゃないですよね・・・?」
気弱な女生徒、井森が、確かめるように言った。
そうであってほしいという顔だ。
「そんなことするわけないだろ?
俺は物理の教師で、霊なんて信じてもいないし」
「でも、確かにいたんだぜ、女幽霊」
真っ黒に日焼けした、サッカー部の松川が言った。
「うん、あれは、音楽室の女幽霊で間違いない」
他の生徒も同調する。
「そこまで言うなら、全員が戻ってきたら、確認してみるか」
音楽室の女幽霊とは、英山高校に伝わる七不思議の一つで、だいたいこんな話である。
10年以上前。
同僚の教師と付き合っていた音楽の女教師が、浮気をされ、話し合いの末に逆ギレされ、別れることになった。
女教師はショックで、その日の夜に、音楽室で自殺。
包丁で自分を何度も刺すという、ショッキングな死に方だった。
それ以来、夜に音楽室の前を通ると、閉めたはずのドアが開いていることがあり、そのときに中を覗くと、血まみれの女がいて、目がってしまうと、殺されるという。
たまたま遅くまで残っていた生徒が、女幽霊を見たという話は聞いたことがあるが、その程度で、竹山にとっては、どこにでもある怖い話の一つだった。
だが、戻ってきた生徒たちは、見た、見てないで盛り上がっていたし、それはそれで良いのかもしれないと、竹山は思った。
「よし、全員戻ってきたな。
肝試しはこれで終わりだが、どうやら、音楽室で女幽霊を見たっていう話があるから、それを確かめに・・・」
「先生、猶崎がいません」
「ん・・・?
あ、そうだな・・・
おい、猶崎はどうした?」
「猶崎なら・・・」
一緒に周った生徒によると、樽崎は途中で、腹が痛いと言って、トイレに行った。
待っていようと思ったが、あとのグループと合流するから、先に行っててくれ、後ろのグループを脅かすのいいかも、と言っていたという。
「それで戻ってきてないわけか。
猶崎たちより後に周ったグループで、猶崎を見かけた人は?」
全員が、首を横に振った。
「ってことは、まだトイレにいるのか、猶崎は・・・
しょうがねぇな・・・」
「先生、俺達も行きます」
竹山は、猶崎と一緒に周っていた生徒2人とともに、トイレに向かった。
「このトイレで間違いないか?」
「うん・・・ 確かにこのトイレだけど・・・
いない・・・ どこに行ったんだろう・・・」
念の為、電気を点けて中を確かめたが、猶崎はどこにもいない。
「ったく・・・
どこ行ったんだ・・・」
「うわぁぁぁぁっ!!!」
先にトイレの外に出ていった男子生徒の叫び声が聞こえて、竹山はビクっとした。
「どうしたっ!?」
「先生・・・
あれ・・・ あれ・・・」
音楽室の前で、生徒の一人が尻もちをついている。
そして、その指差す方向に、誰かが倒れている。
「猶崎・・・?」
竹山が中に入ってみると、そこには、血の海に横たわる猶崎がいた。
声をかけようとも思わないほど、誰が見ても死んでいるのが分かる。
全身には、刃物で刺したような跡が、いくつも付いていた。
「女幽霊だ・・・
やっぱり、本当にいたんだ・・・」
「落ち着け・・・
とにかく、警察に連絡しよう・・・」
生徒たちが一緒じゃなかったら、竹山も悲鳴を上げていたかもしれない。
ポケットからスマホを取り出す手が、震えているのが分かる。
どんなに冷静を装っても、身体は驚きと恐怖に敏感に反応していた。
「よし、警察には連絡した・・・
到着するまで、いったんみんなのところに・・・」
「・・・先生・・・?」
「・・・!!」
「先生・・・!!」
「あ・・・?
ああ・・・ 行こう・・・」
駆けつけた警察が調べたところによると、猶崎は包丁のようなもので、身体を何十箇所も刺されているが、致命傷となったのは、腹部への深い傷で、その他の傷は、そのあとに付けられたものらしい。
現場の状況から、竹山や生徒全員が事情聴取を受けたが、一通り話を聞き終わると、この中に犯人がいないことが分かったのか、竹山だけを残して、生徒たちは家に帰された。
竹山は、警察が現場を調べている間、一体何が起こったのか、必死に考えていた。警察には、生徒たちが七不思議の話もしたが、幽霊などありえないという、予想通りの反応だった。
当然だろう。
そんなことがあるはずがない。
幽霊が刃物で何度も刺して殺すなど・・・
あるはずがない・・・
だが、だとしたら、猶崎を殺したのは誰なのか?
肝試し開催が決まったのは、今日の思いつきだ。
もし、やりたくないという生徒が多ければ、肝試しはやらずに、花火大会だけで解散していた。
もし猶崎が、何かしら理由があって、予め肝試しをやるつもりでいたとしても、なぜ殺されなければならなかったのか?
それに、学校には自分たち以外はいなかった。
でも、もし・・・
竹山は、警察に連絡して音楽室から出る直前、視線を感じて振り返った。
そこには、全身に刺し傷がある、血にまみれた女がいた。
一緒にいた生徒を怖がらせないように、何でもないという素振りを見せたが、
確かに、今も記憶に残っている。
そんなはずはない・・・
あれは、混乱と恐怖が見せた幻覚だ・・・
竹山は、何度もそう言い聞かせたが、どうしても、完全に否定することができなかった。
あの女が、猶崎を殺した・・・
そんなあるはずのない可能性が、頭を支配する。
また、一番怪しいはずの自分たちを、警察が不思議なほど追求してこないのも、気になっていた。
事件から二日が過ぎたが、あの日、現場で事情聴取を受けたきり、生徒たちはもちろん、竹山にも連絡がない。
警察は、何か掴んでいるのだろうか・・・
自分が見たものはいったい・・・
いや、そんなことよりも、楽しい思い出になるはずが、最悪のものになってしまった。そのことが、竹山の気持ちを一番暗くしていた。
だがそれは、これからやってくる大きなショックの、ほんの始まりに過ぎなかった。
第三章:二体目の焼死体
-1-
その日は、珍しく静かな夜だった。
夜間診療の病院に勤める松澤麻衣子(まつざわ まいこ)は、受付兼事務所の椅子に腰掛けながら思った。
今は来院者が多い時間帯で、いつもならバタバタしているが、今日は不思議と、人がこない。
「なんかちょっと、時間を持て余してる感じだけど、たまにはこういうのもいいですね」
松澤は、コーヒーカップに入れたままのスプーンを回しながら言った。
「そうね。
でも、いつ患者さんがくるか分からないから、気は抜かないようにね」
年配の看護師長が、柔らかい笑顔で言う。
「ええ、もちろん」
「・・・あら、噂をすれば・・・ かしら」
入り口のほうを見ると、男が一人、入ってくるのが見えた。
手になにかもっているが、よく見えない。
なにやら、フラフラしており、歩くのも遅い。
「あの・・・ どうされましたか?」
松澤はエントランスホールに出ると、男に声をかけた。
だが、男は答えず、フラフラと歩き、エントランスホールの中央辺りで立ち止まった。
「あの・・・」
男は、髪がボサボサで、チノパンの上に、ヨレヨレのシャツ一枚という服装。手に持っているのは、どうやらステンレス製のウィスキーボトルらしい。
「どうしたんですか?」
男は、松澤の質問には答えず、俯いたまま、なにやらブツブツ言っている。
口元で、小さな声で喋っているようで、何を言っているのか聞こえない。
「きゃっ・・・」
不意に顔を上げたので、松澤はびっくりして悲鳴を上げた。
顔には、二、三日剃っていないであろう無精髭があり、相変わらずブツブツ言いいながら、前を見ているが、目の焦点が合っていない。
「あの・・・」
「・・・すまない・・・近山・・・
すまない・・・」
「何を言って・・・」
男は、おもむろに手に持っていたウィスキーボトルを開けて、頭の上に持っていくと、口を下に向けた。
中から液体が流れ出て、男の頭や顔、身体を濡らしていく。
「え・・・ これって灯油・・・?」
「近山・・・ 許してくれ・・・」
男はそう言うと、ポケットからライターを取り出し、火をつけると、自分の身体に当てた。
「ちょっと、何やって・・・!!」
「ぎゃああああああああっ!!!
ああああ・・・ あああ・・・!!」
「ひ・・・ ひぃぃぃぃっ!!」
男は、松澤の前で火だるまになり、頭に手を当てて悲鳴を上げながらも、その場から動かない。まるで、その場から自分を動かなさないかのように、手で身体を押さえつけるようにしている。
あまりのことに、誰も動けず、消化器を持ってくるという選択肢が浮かんでも、動ける人間はいなかった。
「何事だっ!?」
「あ・・・ あ・・・」
男の異常な叫び声と、看護師たちの悲鳴を聞きつけ、医師が駆けつけたが、医師も何が起こっているのか分からない上、誰かに聞いても分かるような状況でもない。
だが、なんとか身体を動いたようで、消化器を持ってきて、男に向かって吹きかけた。
「松澤さん、大丈夫か?」
「あ・・・ はい・・・」
医師の呼びかけに、松澤は何とか答えた。
幸い、他に来院者はおらず、松澤にも怪我はなかったが、火が消えたとき、男はすでに絶命していた。
エントランスホールには、人間が焼けた臭いが充満している。
「いったい何があったんだ・・・?
いや、その前に、警察を呼ばないと・・・」
警察が来るまでの間に、松澤は自分が見たことを話したが、医師にも、なぜこんなことになったのか、分かるはずもなかった。
それは警察も同様で、突然男がやってきて、自分に灯油をかけて火をつけた、と言われても、自殺と考えるのがせいぜいだろう。
だが当然、なぜ自殺場所としてこの病院を選んだのか、その理由も分からない。
ただ一つ気になるのは、男が発した言葉。
『近山、すまない、許してくれ』
話を聞きに来た刑事は、何やら思うところがあるらしく、さらにいろいろと聞かれたが、それ以上何も分からないというと、話はそれで終わった。
翌日。
男が持っていた財布にあった、焼け残っていた免許証から、身元が判明した。
名前は、比嘉隆章(ひが たかあき)。
家電メーカーの営業をしている男で、仕事ぶりも普通で、人間関係や金銭トラブルはなかった。
病院の関係者は、比嘉との繋がりを聞かれたが、誰一人として知っている者はなく、警察もそれ以上は何も聞いてこなかった。
「なんだったの・・・
あの言葉の意味は・・・?」
松澤は、目の前でショッキングなものを見たことを心配され、しばらく休むように言われた。
本人は大丈夫なつもりだったが、そういうのは本人には分からないから、と言われ、思わぬ休暇を得た松澤は、事件を調べてみることにした。
警察に任せればいい。
素人の出る幕じゃない。
それはそのとおりだろうが、あの比嘉という男が言った言葉が、どうしても頭から消えず、気になってしかたなくなっていた。
「まずはネットで情報収集よね」
時間はたっぷりある。
まずは、ネットでいろいろ調べてみることにした。
すると、意外なほどあっさりと、その名前は見つかった。
病院での事件の四日前、心霊スポットして知られている火葬場跡で、男が焼け死ぬという事件があった。
被害者の名前は、近山繁文(ちかやま しげふみ)。
近山という名字は、珍しいほうだろうし、火葬場跡と病院は、同じ都内にある。もしかしたら、あの男が言った近山というのは、この近山のことかもしれない・・・
それから毎日、松澤は事件について、取り憑かれたように調べたが、犯人につながる手がかりを見つけることはできなかった。
本気で犯人を見つけるというより、好奇心で調べているだけという感じだから、当然とも言えるが、犯人を見つける代わりに、いつからか、誰かに見られているような気配を感じるようになった。
職場に復帰してからも、その視線は続き、周りからも、もう少し休んだほうがいいんじゃないかと言われたが、大丈夫といって、仕事は続けた。
だが、その視線は、少しずつ松澤の精神を侵食していた。
-2-
「何なの・・・
なぜ私を見るの・・・?」
一人で家にいると、不安で眠れないという日が続いた。
何をしていても、視線を感じ、家にいると、それはさらに強くなった。
周りを見ても誰もいないし、職場でもそう言われたが、
松澤にとっては、それは現実のものとして存在しているのと同じだった。
「止めて・・・
もう調べないから・・・ 全部忘れるから・・・!!
いやぁぁぁぁっ!!!!」
病院での事件から、約二週間が経った夜、松澤は、見えない何かに怯え、夜中に外に駆け出し、騒いでいるところを、警察に保護された。
本人が言うには、女が自分を見ていて、その顔には激しい怒りがあったという。警察は、念の為周辺と彼女の自宅を調べたが、それらしい痕跡は見つけられなかった。
その後、精神科で診断を受けたところ、目の前で焼身自殺を見たことは、本人が思っている以上にショックを受けており、さらに、好奇心を持って事件を調べた結果、ネットで見た様々な記事の情報を、頭の中でごっちゃにしたことで、幻覚を見るようになってしまったのだろうと診断された。
当然、松澤をずっと見つめている女などおらず、松澤の家族も了承のもと、入院して、薬による治療を受けながら、ゆっくりと回復していこうということになった。
だが、近山の事件との関連性から、比嘉の焼身自殺についても調べていた占部刑事は、女が見ているという言葉が引っかかっていた。
近山と比嘉は友人同士だが、同じ女を巡って争っていたという。
そしてその女の名前は、松下優花里。
だが、未だに女は見つかっていない。
二人の同僚に聞いた話で、複数の人間がその名前を口にしたことから、二人が女を巡って争っていたことは事実だと考えられるが、どう調べても、そんな女はいなかった。
近山の事件と同時期に起きた、英山高校の事件にも、女が絡んでいた。
もっとも、あれは音楽室の幽霊という七不思議だというから、関係ないかもしれないが・・・
占部は、捜査の行き詰まりを感じていた。
犯人かもしれない人物が分かっているのに、見つけることができない。
どうすれば見つけられる・・・?
どうすれば・・・
「ふぅ・・・
こりゃ・・・ このままじゃダメかもな・・・」
占部は、警察署内部にある喫煙所でタバコを吸いながら、天井を見上げた。
「なんとかしなきゃな・・・」
そう呟き、タバコの火を消すと、喫煙所を出た。
知恵を借りなければならない。
もし三つの事件に関連性があるなら、また死者が出る可能性がある。
占部は、自分で解決したいという私情を捨てて、知恵の下へ向かった。
第四章:音のない叫び
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水原棗(みずはら なつめ)は、暗澹な気持ちから抜け出せずにいた。
刑事部屋のデスクで、他の刑事たちが仕事するのを眺めていると自分だけが取り残されたような気持ちになる。
自分のいる場所だけ、外の世界から切り離されていて、どんどん前に進んでいく。だから、他の刑事を見ていると、どんどん気持ちが重くなってくるのだ。
(こんなことではダメ・・・
今の私は、こうありたいと思う私じゃない・・・)
心の中でそう呟くが、見える景色は変わらない。
(自分が嫌になるわね・・・)
表情が硬いのが分かる。
水原は、警視庁捜査一課の警部で、空手、柔道で鍛えた、引き締まった体を、黒いパンツスーツで包み、肩まである艷やかな黒髪を後ろで結び、警部補から警部に昇進したときに買った、光の当たり具合で色が変化するイヤリングをして、テキパキを捜査し、ほとんど隙がない。
そういったことから、女性職員の間では、密かに憧れを抱く者もいるものの、固くて怖い女と思われがちだったが、ある事件をきっかけに少しずつ、第一印象を良くするために、話しかけられたり、話しかけたりするときは笑顔で、ということを意識しているが、今はどうにも、ぎこちない。
「はぁ・・・」
思わず、ため息が漏れる。
強くなりたいという想いから、水原はキツイ仕事も積極的にこなし、若くして警部にまでなった。
だが、弱さを見せないという気持ちが強すぎるせいか、以前は、部下に対する言葉は命令口調で、有能さは認められていても、人徳があるとは言い難かった。
その後、上司である槇田警視の助言で、少しずつ自分を変え、部下にも慕われるようになってきた矢先、その努力を無に返すようなことになったのだから、ため息が出てもしかたないかもしれない。
「水原さん、大丈夫ですか・・・?」
あまり見たことがない、水原の弱々しい姿に、部下の吉村が声をかけてきた。
「ありがとう。大丈夫よ。
ごめんね、気を遣わせて・・・」
「何言ってるんですか。
僕は水原さんの部下なんですから、そんなこと気にしないでください」
そういうと、吉村はコーヒーの入ったカップを、水原の前に置いた。
吉村は、二年前、まだ水原が警部補だったときから、部下として一緒に事件に捜査をすることが多く、厳しかったとき、温和になってから、そして、厳しいから温和に変化していく水原を、一番近くで見てきた刑事と言ってもいい。
身長171cmの中肉中背。
これといった特徴はないが、仕事は真面目にこなし、優しく、人を思いやる気持ちを持っている。
霊的な話が好きで、盲目的に信じているわけではないが、不可解なことがあると、霊の仕業・・・?と考える・・・そっち方向に持っていきたいだけだろうが・・・とにかく、そういう癖がある。
「ありがとう。
優しいのね、吉村くん」
「あ・・・
いや・・・」
部下にこんなに気を遣わせているようではダメだ。
水原は、目の前に置かれたコーヒーを口に運びながら思った。
「はぁ・・・」
淹れたてのコーヒーが心に沁みる。
だが、そもそもこうなったのは、自分自身のせいなのだ。
数週間前。
ある殺人事件を捜査していた水原は、自身の判断ミスから、誤認逮捕を起こしてしまった。
その男は、容疑者の1人で、限りなく黒に近いと思われたが、明確な証拠が出ていたわけではなかった。
だが、水原はその男が犯人だと思い込んでいたし、証拠が出るのは時間の問題だと思われていた。
さらに、男が逃亡しようとしているという情報を部下から受け、次の犠牲者を出さないためにと、逮捕に踏み切った。
今思えば、監視するだけでもよかったし、もっと広く、冷静に情報を分析することもできたはずだ。
しかし、それができなかった。
自分でも気づいていなかったが、浮かれていたのかもしれない。
いや、浮かれていたという言葉が正しいかどうかは分からないが、警部への昇進、恋人との良好な関係、自身を変化させたことによる、部下たちの関係・・・ あまりにも、いろいろなことがうまく行き過ぎていて、過信や驕りがあったのかもしれない。
誤認逮捕された男は、容疑者から外すなら、ことを荒立てるつもりはないと言って、表向き、それほど大きな問題にはならなかったが、水原は、二週間の謹慎を言い渡された。
誤認逮捕をしてしまったのだから、それはしかたない。
大騒ぎにならなかった分、ツイてるとも言えるかもしれない。
しかしそれよりも、自分が気づかないうちに、驕った気持ちになっていたことが、水原の気持ちを暗くしていた。
二週間、一人で静かに過ごし、いろいろと考えてはみた。
しかし、前を向けるほど気持ちを上向きにできないまま、謹慎が解けて復帰したものの、今までのように思い切って行動できるか、自信がなかった。
「吉村くん、今は何か、事件を担当してるの?」
「担当というか、手伝いといった感じですね。
聞いてます? 女幽霊の事件・・・」
「ええ、なんとなくね。
でも、本当に幽霊の仕業なの?」
「僕も、幽霊だと決めつけるつもりはありません。
けど、容疑者と思われる女は、目撃証言や特徴の一致はあるのに、どう調べても見つからないんです。
だから、実体がない女と呼ばれています」
「実体のない女・・・ね・・・」
「あのベテランの占部さんまで、少し薄気味悪いと言ってるぐらいで・・・」
「・・・占部さんが・・・」
「水原、復帰したんだな」
予想していなかった上司の声に、水原は目を大きく見開いた。
「槇田警視・・・!!
すみません、復帰したのに、顔を出せてなくて・・・」
思わず立ち上がって頭を下げる。
槙田は水原の上司で、階級としては警視である。
一人でいることを好むタイプで、少々話しかけづらい雰囲気を持っているが、責任は俺が持つから自由にやれ、というスタイルなので、自主的に、スピーディーに動きたい刑事からは人気があり、水原も慕っている。
「頭を上げろ水原。
そんな大げさにしなくていい。
俺は今日、朝からいなかったわけだしな。
・・・まだ復帰は早かったか?」
「大丈夫です・・・」
「本当に平気か?
強がりはいらないぞ?」
「すみません、正直言うと、まだ少し・・・」
「そうか・・・
まあ、それだけ大きなショックを受けたんだ。
必ず次に生かせる。
それでいいんだよ」
「はい・・・
ありがとうございます・・・」
「おまえに頼もうと思った事件があるんだが、難しいか?」
「・・・ちょっと自信を失いかけているのは事実です・・・
けど・・・ やらないと取り戻せないとも思っています・・・」
「よし。
じゃあ一つ、捜査を任せたい」
「どんな事件ですか?」
「一週間の間に立て続けに起こった殺人事件についてだ。
占部さんが捜査してるが、行き詰まっているらしい」
「それって・・・
実体のない女のやつですか・・・?」
「そうだ。
もっとも、学校の事件は、火葬場跡と病院の事件と関連があるかは分からない。
ただ、似た特徴の女が関わっている。
鍵になるのは、松下優花里という女だが、聞き込みでも名前が出たし、目撃証言もあるのに、どんな人間なのかも分からず、行方も掴めない。
幽霊のようにな」
「それで、占部さんも困っているんですね」
「ああ。
その件で相談にきたよ。
といっても、俺は今、少々立て込んでる。
そこで最初に浮かんだのが、水原だった。
復帰したばかりで事件も持っていないし、おまえなら、解決できると思ってな」
「・・・」
「復帰して最初の事件としては、少々難しいものになりそうだが、どうする? やるか?」
「・・・やります」
「よし。
じゃあ、占部さんに話してくる。
事件の詳細については、占部さんに聞いてくれ。
吉村、水原のサポート入れ」
「承知しました」
「・・・槇田警視・・・」
「水原、人間は、誰でも躓く。
前に進もうとすれば、躓くことも多くなる。
ときには転んでしまって、立ち上がれないほどの傷を負うこともあるし、転んだ自分を責めてしまうこともある。
でもな、いいんだよ、転んだって。
大事なのは、立ち上がってまた歩くことだ。
そして、おまえは立ち上がった。だから今、ここにいる。
そのこと自体に、自信を持て。
おまえならやれる」
「・・・ありがとうございます・・・
槇田警視・・・」
「別に礼を言うようなことじゃない。
あとは任せたぞ」
「はい!」
槇田の後ろ姿を見ながら、水原は目頭が熱くなるのを感じた。
そうだ・・・
やるしかない・・・
せっかく転んだんだから、ただでは起きない・・・
「水原警部、えっと・・・ これからどうします・・・?」
槙田と水原のやり取りを横で見ていた吉村が、伺うように言った。
「占部さんに、事件の詳細を聞きましょう」
「ですよね。
占部さんに電話してみます」
「その必要はないよ、吉村くん」
「占部さん」
吉村が占部に電話しようと、ジャケットの内ポケットから携帯を取り出したとき、占部が近づいてきた。
占部は、勤続25年のベテランで、白髪交じりの髪をセンターで分け、タレ目で、少しふっくらした顔をしており、第一印象で安心感を与えられる、凶悪犯罪を長年見てきた刑事には珍しいタイプの人物である。
「すぐそこで、槙田警視とすれ違いまして、話を聞きました。
水原警部、事件を引き受けてくださって、ありがとうございます」
水原に向かって、深々と頭を下げながら、占部は言った。
「いえそんな・・・」
「復帰したばかりで大変でしょうし、たぶん、水原警部が事件を指揮することに、影でいろいろ言う連中もいるでしょう。
でも、気にしないことです。
私は、あなたが引き受けてくださって、心強いと思ってます」
「ありがとうございます・・・
私は、占部さんほどのベテランが、行き詰まって助けを求めるというのが、ちょっと信じられないような気持ちですが・・・」
「買いかぶりすぎですよ(笑
ですが、確かにちょっと、今まで経験したことがないような・・・
何か、不気味な事件ではあります」
「詳細を聞かせていただけますか?」
「はい。
では、順を追ってお話します。
まず、一連の事件の始まりは、火葬場跡でした。
地元ではわりと知られた心霊スポットである火葬場跡で、一人の男が火だるまになって死にました。
男の名前は、近山繁文。37歳。
家電メーカーの営業をしている男で、勤務態度も良好、仕事もできるほうで、自殺するような理由は見当たりませんでした。
その近山が、火葬場跡で火だるまになっているのを、肝試しにきた大学生四人が目撃し、通報してきた。
彼らが見たときは、近山はまだ生きていたそうですが、助けることはできなかった。
まあ、そんなものを目の前で見たら、動けなくてもしかたないでしょう。
時系列としては、次は学校の事件ですが、直接関連がある、病院での焼身自殺について、先に話します。
火葬場跡の事件から四日後。
夜間診療の病院に、一人の男が入ってきました。
フラフラ歩いて、何やらブツブツ言いながら。
受付にいた看護師の一人が、近くまできて声をかけましたが、聞こえていないかのように、男は反応しない。
そのうち、手に持っていたステンレス製のウィスキーボトルを空け、中に入っていた灯油を頭からかぶった。
そして、ライターを取り出し、自分に火をつけた・・・
男の名は、比嘉隆章。38歳。
近山と同じ家電メーカーに勤めていて、部署も同じ営業。
そして、比嘉が自分に火を付ける直前に、
『近山・・・ すまない・・・ 許してくれ・・・』
そう言ったと」
「許してくれ・・・?」
「ええ・・・
そこで職場の人間や友人に、二人のことを聞いてみたら、同じ女を巡って、争っていたというんです。
その女というのが・・・」
「松下優花里なんですね・・・」
「そうです・・・
二人のSNSやメールを調べてたら、二人ともが、松下優花里と頻繁にやり取りをしていました。
事件当日もやり取りがありましたが、犯罪を臭わせるものはなく・・・
ですが、二人の死に松下優花里が関係していることは間違いないと思うので、ずっと探しているんですが、見つからない、という状況です・・・」
「なるほど・・・」
「そして、二つの事件の間に起こったのが、学校での事件です。
英山高校で、二年二組の担任で、物理の教師である竹山の主催で花火大会をやり、その流れで肝試しをやろうということになった。ところが、終わって点呼を取ってみると、生徒が一人いない。
そこで、担任の竹山が肝試しのルートを調べたところ、刃物で全身をめった刺しにされた、猶崎陸という生徒の遺体が、音楽室で見つかり、通報してきた、ということです。生徒や竹山の犯行である可能性は低く、生徒たちが肝試しの最中に、女の幽霊を見たという騒ぎもあって・・・」生徒たちが肝試しの最中に、女の幽霊を見たという騒ぎもあって・・・」
「女の幽霊ですか・・・?」
「ええ。
なにやら英山高校には、七不思議というものがあって、その中の一つに、音楽室に全身を刃物で刺された女の幽霊が出る、もし幽霊と目が合えば、同じように殺される、というものがあるそうで、見つかった遺体が、七不思議の話しと同じだったから、生徒たちの中で、ちょっとした騒ぎになってしまって・・・」
「でもそれは、何かの見間違いでは・・・
生徒も教師も犯人じゃないなら、外部の人間が・・・」
「私もそう思ったんですよ。
暗い学校で肝試しをしてるんだから、見間違えじゃないかと。
そうしたら、担任の竹山まで、自分も見たと言うんです。
彼は物理の教師で、霊の類はまったく信じていないそうですが、確かに見たし、記憶に残っていると・・・
納得はいかないようですが、見たのは確かだと言ってね・・・」
「竹山本人も、うまく説明ができないんですね、自分が見たものについて・・・」
「そのようです。
火葬場跡と病院の事件は、関係はなさそうなんですが、実体のない、幽霊のような女というのは共通していて、学校の事件でも、容疑者が見つからず・・・ という状況なんです」
「女の特徴は、三つの事件とも一致しているんですか?」
「ええ、一致しています。
とはいえ、顔の細かい部分までは分からないし、セミロングぐらいの細身の女というだけでは、一致していると言っていいのか、という気もしていますが・・・ けど、目撃証言から見える雰囲気は同じです」
「そこまで分かっていて、名前まで分かっているのに、見つからない・・・」
「ええ・・・
偽名である可能性が高そうですが、それにしても、というところです」
「・・・なるほど・・・」
「状況としては、そんなところです。
とにかく、早く松下優花里を見つけて・・・」
「そうですね。
近山と比嘉については、松下優花里を巡って、比嘉が近山を殺したか、事故を誘発してしまい、その罪悪感に耐えられず、自分も同じように火だるまになって自殺した・・・
それが一つの可能性だと思うので、松下優花里を見つけることは、事件解決に繋がると思います。
ただ・・・
もし、二つが殺されたのだとしたら・・・
そして、犯人が松下優花里なのだとしたら・・・」
「近山のほうは、確かにその可能性もあると思いますが、比嘉も・・・ ですか・・・?」
「ええ。
もしそうだとしても、どうやったのかは、今のところ分かりません。
だた、もしそうだと考えたら、彼女が2人を殺す理由はなんでしょう・・・?」
「優花里は、もともとどっちとも付き合う気がなかったのに、二人が思った以上に本気になってきたから、面倒になって、お互いを憎むように仕向けたとか・・・?」
右手で顎を支えるようなポーズをしながら、吉村が言った。
「吉村くんの言うことも、一つかもしれないわね。
でも私は、別の可能性を考えてる・・・」
「別の可能性というのは?」
「近山と比嘉には、殺される理由があった、という可能性です」
「殺される理由・・・ですか・・・」
「松下優花里の行方は、引き続き何人かで調べるようにして、占部さんと吉村くんは、いったん彼女のことは忘れて、近山、比嘉、猶崎の三人を、彼らが加害者という視点で、もう一度調べてください。
今回の事件だけを見れば、三人は被害者ですが、殺されたんだとすれば、何かしら理由があるはずです。通り魔的な犯行ではないですからね、三つとも」
「・・・なるほど、殺された理由か・・・
すっかり女に惑わされて、そういう視点が抜けていました・・・
分かりました。すぐに調べます。
吉村くん、行こう」
「あ、はい」
二人が捜査に出かけると、水原は一人、事件について考え始めた。
実体のない女という意味では、三つの事件には関連があるようにも見える。
しかし、逆に言えばそれだけ。
近山と比嘉の事件については、関連があるのは間違いないが、学校の事件は、何の関連もない可能性もある・・・ それに、もし松下優花里が犯人で、近山と比嘉を殺したのだとしたら、
いったいどうやって・・・?
催眠術のようなものを使ったとしても、焼身自殺をしたり、友人に火をつけたり、いくら同じ女を巡っって争っていたとはいえ、そんなことまでさせられるのだろうか・・・?
まさか、女幽霊が取り憑いてそうさせたなんて・・・
「・・・ちょっと飛躍しすぎかしらね・・・(笑」
「水原警部、復帰したんですね」
ねっとりと絡みつくような声が耳に触れて、水原は一瞬、痴漢にでも遭ったかのようにゾワっとした。
見ると、水原と同じ捜査一課所属の警部補である、蓮沼憲司(はすぬま けんじ)が、薄ら笑いを浮かべながら立っていた。
「蓮沼さん、お疲れ様です」
目を合わせた瞬間に飛び出しそうなイラ立ちを予感し、視線を逸しながら、絞り出すように言った。
蓮沼は、水原の二つ先輩で、向上への意識が高く、教えられたことを吸収するスピードも早かったため、期待されていた。
だが、事件解決は、すべて自分の出世のためというのが根底にあり、難解そうな事件の捜査に関わりたがり、犯人があっさり捕まりそうな事件には、興味を示さなかった。
被害者や遺族に対する配慮も足りず、難解な事件に関わったところで、鋭い推理をするわけでもなかった。
どこの職場にもいる、無能な上司・・・自分よりダメな人間を周りに集めるタイプ・・・の上司には、評価されており、警部補にはなったが、槙田のような人間からは、相手にすらされていない。
ゆえに、自分の後輩で、女で、先に警部なり、槙田のような、自由にやっているのに誰からも一目置かれるような、そんな上司に評価されている水原のことを、何かと目の敵にしたがる。
身長180cmで、一応イケメンの部類に入ることもあり、二人がまだ一般の刑事だったころ、水原に声をかけて相手にされなかったことも、今の態度に関係しているのかもしれない。
「復帰早々、事件を担当ですか。
しかし、大丈夫ですか?
あんなことの後だし、名誉を挽回しようと焦って、また誤認逮捕・・・ なんてことにならないといいですけどね」
「そうならないように、気をつけますよ」
「ぜひそうしてください。
関係のない私たちまで、無能だと思われますからね」
椅子に座っている水原を見下ろすように言うと、蓮沼はどこかへ歩いていった。
自己肯定感が高すぎてバランスが悪い蓮沼は、有能なはずの自分より、水原のほうが評価されていることが分からないと、本気で思っている。
そんな蓮沼に、自己を省みて努力するという発想はなく、水原の誤認逮捕は、貶める格好の批判材料というわけである。
「・・・」
いつものことでもあり、水原は受け流したが、それでも、今のメンタル状態では、少々堪えた。
「さて・・・
じゃあ私は、捜査資料から情報を拾ってみようかな」
あえて言葉に出して、自分の意識を事件のほうに向けると、水原は資料に集中した。
-2-
「何も出ませんね・・・
もしかして、本当に女幽霊が・・・」
殺意を感じるほどの日差しから逃れるように車に乗り込むと、吉村は呟いた。
水原が捜査を任された翌日。
吉村と占部は、近山、比嘉、猶崎の三人について、いろいろな人に話しを聞いて回っていたが、殺されるような理由は見つけられなかった。
もちろん、まだ聞き込みを始めて一日だし、落胆するには早いが、今のところ、なぜ彼らが死ななければならなかったのか、不思議でならない、かわいそうだと言った、彼らが絶対的な被害者であることに、疑いがないような話しばかり出てくる。
そんな状況から、吉村は思わず、女幽霊と呟いたのだった。
「吉村くんは、そういう話が好きだったね(笑」
クーラーを強めにして、ハンカチで汗を拭いながら、占部が言った。
「ああ、いや・・・
すみません・・・(笑
本気でそう思っているわけでもないんです・・・
ただ、なんとなく・・・」
「もしそうだったら、興味深いけど・・・
さすがに女幽霊が殺したということはないだろう。
地道に聞き込みを続けよう」
「はい」
その日は、ほぼ丸一日聞き込みを続けたが、三人が殺される理由に繋がるものは、見つけられずに、空はいつの間にか、オレンジから青に染まり始めていた。
「・・・やっぱり、近山と比嘉は自殺なのかしら・・・」
吉村と占部から報告を聞いた水原は、ため息混じりに呟いた。
「おやおや、早くも行き詰まっているようですね。
病み上がりの心には、荷が重いのでは?」
「蓮沼さん・・・」
この男は、いつも唐突に現れると、水原は思った。
人の心の明暗を察知する能力でもあるかのように、水原が困っているときに現れて、一言二言イヤミを言って、去っていく。
「まあ、まだ始まったばかりだ。
お手並み拝見とされてもらいますよ。
ああ、けど、もし解決できなくても心配いりません。
私が引き継いで、解決しますからね」
薄ら笑いを浮かべながらそう言うと、蓮沼はどこかへ行ってしまった。
「暇な人ね・・・」
「水原警部、これ、どうぞ」
タイミングを見計らったかのように、吉村がコーヒーを持ってきて、水原のデスクに置いた。
「ありがとう、吉村くん」
「感じ悪いですよね、あの人・・・
腹立つ・・・」
「気にしちゃダメよ。
ああいう人なんだから」
「僕は大丈夫ですよ。
解決して、黙らせてやりましょう、あんなヤツ」
「そうね(笑
でも、彼も立場的には、吉村くんの上司なのだから、あんなヤツという言い方はちょっとね(笑」
「あ、そうですよね・・・ つい・・・」
「どうしてもそう言いたいなら、飲みに行ったときにでもしたほうがいいわよ(笑」
「そうします(笑
それにしても・・・
・・・水原さん、変わりましたよね・・・」
「なに? 突然・・・(笑」
「以前は、もっと厳しくて・・・
言葉も命令口調が多かったし、僕もよく怒られたし・・・ でも、こないだのことがある前から、なんだか変わったなと思って・・・」
「そうかもしれないね」
「・・・あの四谷の事件を解決して、少ししたころから変わってきたような・・・
変わったのは、あの事件がキッカケですか?
それとも他に・・・」
プーッ プーッ
吉村の話を遮るように、水原のデスクの内線が鳴った。
「はい、水原です」
「水原警部、お疲れ様です。
水原警部が担当している事件に関して、110番センターに連絡があったらしくて・・・」
「どの事件?」
「英山高校の事件です。
殺された猶崎陸という生徒についての情報とのことです」
「電話は切れてる?」
「ええ。
かかってきたのが110番センターですから・・・
連絡先は確認できてます」
「教えてくれる?」
「はい。
名前は、丸井美華、女性です。
連絡先は・・・」
「分かったわ。
ありがとう」
水原は受話器を置くと、吉村のほうを見た。
「何か情報ですか?」
「猶崎陸についての情報らしいわ。
110番センターに連絡があったって」
「なんで110番に・・・」
「こっちの連絡先が分からなくて、110番にかけたのかもしれないわね。
電話して確認してみましょう」
水原は、固定電話のプッシュボタンに番号を打つと、受話器を上げた。
プルルルルルルッ
プルルルルルルッ
「はい、もしもし・・・」
「丸井さんのお電話ですか?」
「はい・・・」
「私は、警視庁捜査一課の水原と申します。
先程、猶崎陸さんの件でお電話をいただいたとのことで、折返ししました」
「あ・・・ はい・・・
えっと・・・
彼が殺された理由について、
たぶんこれっていう話があって・・・」
「どんなことでしょう?」
「・・・私が言ったって、バレないですよね・・・?」
「ご心配なく。
情報源を漏らしたりはしません」
「よかった・・・
じゃあ、話します・・・
えっと・・・
猶崎くんって、モテる・・・
あ、亡くなってしまったからモテた・・・かな・・・
それであの、モテることを利用して、自分に寄ってくる女の子の一部に、売春みたいなことをさせてたらしいんです・・・」
「らしいってことは、噂ってことですか?」
「私が直接見たわけでもないので、そういう意味では噂ですけど・・・
でも、売春させられたっていう女の子は、1人知ってます。
立ち聞きしてしまっただけだから、確証があるわけじゃないんですけど・・・」
「偶然聞いてしまったってところですね。
どんな内容でしたか?」
「また呼び出そうとか、猶崎くんに言わないととか、あとはその・・・ 性的なことを・・・」
「なるほどね・・・
その女の子の名前を教えてもらえますか?」
「菊原美寿(きくはら みよ)という子です・・・
学年とクラスは、私と同じ二年四組です・・・」
「連絡先は分かりますか?」
「あんまり話したことなくて・・・
連絡網があるから、家の電話番号なら・・・」
「家か・・・
分かりました。
なんとか連絡をとって、話しを聞いてみます」
「はい・・・」
「もしかしたら、菊原さんと会うために、協力をお願いするかもしれないけど、いいですか?」
「え・・・ はい・・・
何ができるか分からないですけど、言ってもらえれば・・・」
「助かります。
貴重な情報、ありがとうございました」
「あ・・・ いえ・・・
じゃあ、失礼します・・・」
受話器を置くと、水原はお腹のあたりで腕を組んで、窓の外に目を向けた。
自分に好意を持ってくれる女の子に、売春まがいのことをさせる・・・
いったいどんな神経をしていたら、そんなことができるのだろう。
胸のあたりがザワザワして、肘を掴んでいる手に力が入る。
事実確認をしなければならないが、今の話が本当なら、近山と比嘉も、同じような裏があるのかもしれない・・・
「水原さん」
「・・・」
「水原さん・・・?」
「・・・」
「水原警部」
「え・・・?
あ、ごめん吉村くん・・・
なに?」
「大丈夫ですか・・・?」
「ええ、大丈夫よ。
どうしたの?」
「電話、どうでした?
情報・・・でした?」
「・・・ええ。
情報が本当なら、殺された理由になるわね」
「ほんとですか!?」
「吉村くんは、占部さんと一緒に、近山と比嘉のことを引き続き調べて。
・・・きっと、何かあるはずよ」
「分かりました・・・」
目の付け所は、間違っていなかった・・・
水原は、そう思った。
もちろん、さっきの話が本当かどうか、まだ分からない。
だが、行き詰まっていた捜査が、また動き出した気がした。
大丈夫・・・
やれる・・・
私はやれる・・・
水原は、自分にそう言い聞かせると、明日に備えて、帰宅の途についた。
-3-
翌日。
水原は、私服の女性警官を伴って、英山高校に来ていた。
「・・・あの子ですね・・・」
「行きましょう」
校門のところで、菊原美寿を待ち、声をかけた。
「菊原美寿さん?」
「・・・そうですけど・・・」
突然、知らない人間から声をかけられ、菊原は下から見上げるように、水原を見た。身体は硬直しているように見えるが、足は水原たちとは違う方向に向いている。
「ちょっと、話しを聞かせてもらえる?
そうね・・・ ファミレスかどこかに行きましょうか」
水原は言いながら、さり気なく警察手帳を見えた。
「一体何ですか・・・?
私は何も・・・」
「あなたが何かしたってわけじゃないの。
・・・聞きたいのは、猶崎陸についてなんだけど・・・」
「!!!・・・」
猶崎の名前を聞いた菊原は、ビクっとして、肩からかけているバッグをぎゅっと掴んだ。
目は見開き、焦点が合っていない。
まだ言葉にはしていないが、どうやら噂は本当と見て良さそうだ。
それも、さらに深刻な形で・・・
「何も心配しなくていいわ。
あなたに害が及ぶようなことはないから。
・・・一緒に来てもらえる?」
菊原は、顔に恐怖を浮かべたまま、震える体と無理やり抑えるように、ぎこちなく頷いた。
水原たちは、菊原を連れて、学校から少し離れたファミレスに向かった。
そこで聞いた彼女の話は、水原が予感したとおり、聞いていた噂よりも酷いものだった。
猶崎陸は、表面上は、いわゆる爽やかイケメンで通っているが、その裏では、自分に言い寄ってくる女生徒たちを利用し、自分の取り巻きや、味方にしておきたいと思う生徒を相手に、売春をさせていた。
何も知らない女生徒たちは、猶崎に騙され、気づいたときにはすでに遅く、動画や写真を撮られた上、猶崎たちに散々脅され、恐怖心を植え付けられ、歯向かえないようにされる。
そして、必要に応じて呼び出され、また別の男の相手をさせられる。
猶崎は、希望する男子生徒から金を取っており、その中の1/10ほどを、女生徒に渡していた。テクニックが上がったら取り分を上げてやる、というようなことを言っていたらしい。
泣きながら話す菊原を前に、水原の隣に座っている女性警官は、自分の腿の上に乗せた手で、ジーンズを握りしめながら、涙ぐんでいる。
その顔には、同情と怒りが混ざり合っている。
「もう・・・ 二度とそんな思いをすることはないわ。
取り巻きの男子生徒の名前と、クラスを教えてもらえる?」
水原は、女性警官の肩をそっと叩いて、落ち着かせたあと、菊原の手に自分の手を重ねると、静かにそう言った。
菊原の証言をもとに、猶崎の家を捜索し、証拠を見つけると、今度はそれをもとに、取り巻き一人ひとりに声をかけ、すべての動画と写真を押収し、関わった全員を逮捕した。
たぶん、これが殺しの動機・・・
これでこの事件の犯人は見えてくるはず・・・
そう考え、被害にあった女生徒や、その関係者をすべて調べたが、全員にアリバイがあり、またしても捜査は行き詰まってしまった。
「どういうこと・・・?
猶崎が殺された理由は、これで間違いないはず・・・
だけど、犯人は別にいるということ・・・?
でも、そんなこと・・・」
そこまで言いかけて、水原はそこから先の言葉を飲み込んだ。
冷静にならなければ・・・
思い込みは禁物・・・
客観的な事実だけを見ないと・・・
そう言い聞かせると、少し気持ちが落ち着いた。
関係者にアリバイがないが、猶崎が殺されたという事実がある。
その事実・・・結果がある以上、まだ何か見えていないことがあるのだ・・・
猶崎を殺した誰かが、別にいるはず・・・
「だとしたら・・・
誰が猶崎を殺したの・・・?」
「その答え、もしかしたら分かるかもしれません」
デスクに座って天井を見上げていると、占部の声がした。
前を向くと、占部と吉村が、心なしか明るい顔で立っていた。
「何か分かったんですか?」
「ええ。
近山と比嘉が殺されたと考えた場合、
その理由になることです」
そう言うと、占部は一度大きく息を吸うと、ゆっくりと吐き出し、話し始めた。
「近山と比嘉と同じ会社で、総務課に勤務していた市川真美という女性が、
二ヶ月ほど前に、車に轢かれて亡くなりました。
亡くなる一週間ぐらい前から、かなり精神が病んで、衰弱していたようで、フラフラと歩きながら、道路に出てしまい、トラックに轢かれて・・・
自殺も考えられたようですが、結局は事故で処理されました。
ただ、市川真美が亡くなる前日、友人の1人に、もし私が死んだら、手紙を見て、と言っていたと。
ですが、友人のもとに手紙は届かず、一体何を伝えようとしたのか分かりませんが、事故に遭う前から、自殺を考えていたのかもしれません。
本来は、手紙を出してから死ぬつもりだったけど、それをする前に死んでしまった・・・
当時、その話を警察にしたらしいですが、手紙がないので、どうにもできず、現場の状況から、事故と判断された」
「その手紙に、近山と比嘉の名前があったかもしれない、ってこと?」
「それは分かりません。手紙は見つかっていませんし・・・
ですが、その話を聞いて、もう一度、近山と比嘉の家を調べてみたんです。そうしたら、近山の家から、これが見つかりました」
占部はそういうと、それをデスクに置いた。
「SDカード・・・」
「かなり厳重に隠してあって、最初の捜索では見つからなかったようですが、近山と比嘉には、何か後ろ暗いことがある・・・
その視点で、もう一度調べてみたら、出てきました」
「中には何が・・・?」
「自主制作のアダルトビデオという感じです、映像だけを見れば。
ですが、生々しい感じで、女性の様子もおかしい。
映像は全部で四つ。その中の一人は市川真美です。
残り三人のうち一人を特定して、話しを聞いたところ、近山と比嘉は、飲み屋で出会った女性の酒に薬を盛って、意識朦朧状態にしたあと、介抱するという建前でホテルに連れ込み、映像にあるような行為に及ぶ、ということを繰り返していたらしく、おそらく市川真美は、それを暴露して自殺するつもりだったんでしょう」
「自殺せずに、誰かに相談することもできなかったのかしら・・・」
「誰かに言えば、ただじゃ済まないし、この映像をバラ撒くといって、脅していたそうです・・・」
「そのあたりは、猶崎と同じね・・・」
「まったく、酷い話です・・・」
言いながら、占部は顔に無念さを滲ませている。
静かな怒りといってもいいかもしれない。
勤続25年のベテランで、この手の事件も何度も見ているはずだが、いい意味で慣れていない。感情に流されずに、被害者に同情できる、その人柄に、人は心を開き、思わず本音や情報を口にする。
「近山と比嘉が殺されたのだとしたら、それが動機になるでしょうね。
となると・・・」
「映像に残っている、残りの二人を見つけて、話しを聞いてみます。
その周辺の人にも」
「そうですね」
だが、市川真美以外の被害者三人にも、周辺の人間にも、近山と比嘉を殺したという証拠は見つからず、またしても、全員のアリバイが成立。
こっちも、進みだしたと思った途端、行き止まりにぶつかってしまった。
「動機が見つかったのに、その理由を持っている人が、全員が容疑者じゃないなんて・・・」
コーヒーを水原のデスクに置くと、吉村は言った。
「辛い目にあったからといって、誰もが殺意を抱くわけじゃないのよ。
ううん、殺意を抱いても、それを実行するかは、また別の話ってことかしらね・・・」
「そういうものですか・・・
僕なら、自分がそういう目にあっても、もし、彼女とか、大好きな人がそうなっても、絶対に許せないけど・・・」
「許せないのは、誰でも同じだと思う。
けど、そうは言っても、自分が人殺しになれるかというと・・・」
「・・・?
どうかしました?」
「ううん、何でもないわ・・・」
「・・・?」
復讐代行。
水原の頭に、一瞬それが頭に浮かんだ。
自分にできないなら、できる人間に頼む。
仕事をする上でも、極めて効率的な考え方だし、もし、それを請け負ってくれる人や組織があるなら・・・
実際、そういう依頼をできる組織の噂はあるし、ある種のニーズを満たしているから、存在していてもおかしくはない。
「一応調べてみる必要はあるかもね・・・」
「え・・・?
何か言いました?」
「調べてほしいことができたわ」
水原は、占部と吉村に、そういった形跡・・・ 復讐を依頼したような形跡がないか、調べるように指示した。
だが、またしても、そういった形跡はなかった。
頼まれてもいないのに勝手にやるのは、探偵の稲城京介が"執行人"と呼ぶ人物ぐらいだが、手口がまったく違う。
執行人なら、犯人の自白音声を遺体の体内に残すし、焼殺という殺し方はしない。
ここで、稲城京介と執行人について、今回の物語とは直接関係ないが、軽く触れておく。
稲城京介は、怪奇現象を専門にしている私立探偵だが、警察の捜査に協力することもある。
そんな稲城が捜査に関わった事件の中に、殺人や強姦といった、凶悪犯罪を犯した犯罪者を自主的に裁く、執行人と呼ばれる人間がいる。
執行人は、まだ警察が見つけていない犯人を特定し、犯人に罪を自白させ、音声データを録ったあとに殺害し、その音声データを遺体のどこかに埋め込むという、連続殺人犯である。
水原の担当ではないので、詳細は分からないが、凶悪犯罪者に相応と思われる裁きを与えるそのやり方は、法的には許されないが、人間の感情はそれで納得できないところがある。
そのため、執行人の行為は、世間の一部から支持されており、警察としては、影響力が大きくなる前に捕まえたいと思っているが、まだ容疑者を絞り込めていないらしい。
では、本編に戻ろう。
「やはり、松下優花里なんですかね・・・」
松下優花里の名前を口にした占部の顔には、僅かだが、恐れが浮かんでいる。有力な容疑者であるにも関わらず、今もまだ、松下優花里が何者で、何をしているのか、分からないままだった。
近山、比嘉、猶崎の三人には、確かに殺される理由を持っていたという共通点があるが、松下優花里が犯人だとして、どうやって三人の犯罪を知り、殺害したのだろうか・・・?
死んだ三人の裏は判明したが、結局、松下優花里の行方を探す必要があるという、水原が捜査責任者になったときの状態に戻ってしまった。
「これはこれは・・・
有能な刑事三人がお揃いで。
おや、でも何やら、困っているようですね。
まだ経験の浅い若造と、勤続年数は長いけど出世できない刑事と、誤認逮捕してしまう警部殿には、やはり荷が重かったようですね。
そろそろギブアップしたらどうです?
俺があっさり解決してあげますよ」
まるで水原をストーキングしているのではないかと思うようなタイミングで、蓮沼が言った。
「あんた・・・!!」
「なんだ? 上司に口答えか?」
「吉村くん」
水原は吉村を制すと、静かに口を開いた。
「蓮沼さん、あなたが有能なのは、私も知ってます。
けど、この事件は私が請け負ったもの。
必ず解決しますので、ご心配なく」
「へぇ・・・ 大した自信ですね。
結果を楽しみにしてますよ」
そういうと、蓮沼は高笑いしながら去っていった。
「あの野郎・・・!!」
「吉村くん、落ち着きなさい」
「でも・・・!!」
「彼に何を言っても無駄よ。
時間がもったいないだけ。
私たちは、結果を出せばいいの」
「・・・!!」
「水原警部の言う通りだよ、吉村くん。
一刻も早く事件を解決する。
私たちは、そこに集中すればいいんだ」
「・・・分かりました。
・・・絶対解決してやりますよ・・・ 絶対・・・」
「ええ、もちろんよ」
そうは言ったものの、行き詰まっているのも事実だった。
どうする・・・
水原は、いろいろなところに意識が移る集中力を、何とか捜査のほうに向けようとしたが、疲労のせいか、七時間近く休憩なしでやっているせいか、頭の中が少しフワフワして、集中力がないのが、自分でも分かる。
「二人とも、夕飯でもどうです?」
重い空気を振り払うように、占部が普段より明るい声で言った。
「え・・・?」
「占部さん、今はそんなことより、捜査を・・・」
「緊張しっぱなしでは、うまくいかないし、集中力も続かないよ。
リラックスも必要だからね」
「しかし・・・!!」
「行きましょう、吉村くん」
「水原さん・・・」
「占部さんの言う通り、今の私達に必要なのは、リラックスかもしれないわ。脳を休めてあげないとね」
「・・・分かりました・・・」
三人は本庁を出て、吉村の運転で、少し離れた食堂に向かった。
ただ時間をかければいいわけじゃない。
時間は質が大切・・・
以前、休みなく働き続けていたとき、槇田に言われた言葉を、水原は思い出していた。人間が一日のうち、本当に集中できる時間は、四時間ぐらいが限界だという話もある。
そう、焦っても問題は解決しない。
窓から流れ込んでくる風を受けながら、水原はぼんやりと、外の景色に目を向けた。
-5-
松下優花里と呼ばれた女は、暗い部屋の中で、椅子に座ったまま目を閉じていた。
やるべきことは、まだ山ほどある。
一つが終われば、また一つが増える。
ずっと続く・・・
でも、あの日、自分の中で決めたのだ。
これが、これからの自分の生き方だと。
私が得たものは、そのためのもの。
声なき叫びを汲み取り、のうのうと生きているクズどもに、罪を償わせるために。
自分のしていることが、どんなに正当化しても罪であることは分かっている。
警察が調べているのも、分かっている。
けど、見つかりはしない。
警察は、彼らに名乗った、松下優花里という名前を追い続けて、右往左往するだけ・・・
女は、静かに目を開くと、椅子から立ち上がり、鏡を見た。
今日はどんな服で行こう?
昔は、同じ質問が、洗いたてのシャツの香りのような、ワクワクする、楽しさや喜びと結びついていた。
けど今は、血の臭いがする。
でもそれは、自分が選んだ道・・・
女は、一瞬目を閉じ、不純物を吐き出すように深呼吸をすると、衣装タンスを開けた。
-6-
「吉村くん、何をそんなに急いでるの?」
早足で、刑事部屋の中を歩いていく吉村を見て、水原は言った。
「え・・・?
ああ、一昨日捕まった、あの宮本ってストーカー・・・
二年前の放火事件も自分がやったと言ってまして・・・」
「二年前の放火事件・・・?」
「ええ・・・
ストーカーしていた女性の家を放火して・・・
すみません、ちょっと用事を済ませてからでいいですか?
・・・頼んできたの蓮沼さんで、どうせ捜査も進んでないから暇だろうって・・・
モタモタしてると、また嫌味を言われそうなんで・・・」
「何を頼まれたの?」
「二年前の事件の被害者に、犯人は捕まったと教えるために、連絡先を調べてくれと言われまして・・・」
「そういうこと・・・」
「すぐ見つかると思うんですけど・・・」
「私のPCで調べようか?」
「いいんですか?」
「ええ。
被害者の名前は?」
「えっと・・・
白岳彩葉(しろたけ いろは)・・・です」
「白岳・・・ 彩葉・・・
珍しい名前だから、検索はしやすいわね」
「そうですね」
「・・・あった、彼女かしら?」
「・・・ああ、そうですね。
連絡先は・・・
090・・・
でもこれ、二年前のだし、繋がりますかね・・・」
「とりあえず、かけてみるしかないんじゃない?」
「そうですよね・・・
よし、ちょっとかけてみます」
「ええ・・・
・・・?」
「ただいま~・・・」
外に行っていた占部が戻ってきて、水原のデスクのほうに歩いてきた。
「・・・」
「水原警部、戻りました。
・・・?
どうしたんですか?」
ノートパソコンのモニターに釘付けになっている水原を見て、占部が言った。
「占部さん・・・
お疲れさまです・・・」
チラっと占部のほうを見たが、またすぐにモニターに視線を戻す。
「何か発見したんですか?」
「これ、見てください」
水原は、ノートパソコンをずらして、占部のほうに向けた。
そこには、女性の顔写真と、被害者という立場で、事件のあと、どのような治療を受け、対処したかなどが書かれている。
「この顔・・・ どこかで見た気がするんです・・・
ううん・・・ 見たっていうのは違うかな・・・
ただ、初めて見た気がしなくて・・・」
「う~ん・・・
これは、なんの事件の・・・
ああ、二年前のストーカー放火事件の被害者ですね・・・」
「占部さん、知っているんですか?」
「ええ。
当時、蓮沼警部補の指揮で、捜査しました。
結局、犯人は見つかっていませんが・・・」
「見つかったみたいです」
「え・・・?」
「一昨日、ストーキングと放火の容疑で逮捕した、宮本という男が、この事件も自分がやったと自供したらしくて・・・」
「はあ・・・ そうだったんですか・・・
まさか、そんな形で犯人が捕まるなんて・・・」
「ええ・・・ そうですね・・・」
「でも、それが分かったから、そんな表情しているわけじゃないですよね?」
「ええ・・・
この白岳彩葉って女性の顔・・・
どこかで見た気が・・・」
「・・・言われてみれば、確かにそんな気も・・・
・・・
・・・
あ・・・!
松下優花里ですよっ!!
彼女の目撃情報から作成した似顔絵に似てます・・・」
「そうか・・・ そうですね・・・
似顔絵・・・!」
「でも・・・ 白岳彩葉は、あの放火で、メイクでも隠しきれないほど、酷い火傷を負ったはずです・・・
当時彼女が入院していた医者に話を聞いたとき、そういう状態だから、あまりしつこく犯人について聞くのは止めてほしいと言われました・・・
もし、松下優花里が白岳彩葉だとしても、近山や比嘉を争わせるほどの魅力を出すことは、正直難しいと思いますが・・・」
「そうかもしれない・・・
けど、もしそれが可能なら?
占部さん、この白岳彩葉の写真、松下優花里を見たことがある人に見せて、確認してきてもらえますか?」
「分かりました、すぐに」
捜査に行き詰まり、次の一手を決めあぐねていた水原は、一筋の光を見た気がした。
一昨日、ストーカー及び放火の容疑で逮捕された男の名は、宮本文斗(みやもと ふみと)、28歳。
チェーン店を展開しているカフェの社員で、二週間前、飲み屋で知り合った女性をストーカーして、脈がないと分かると、女性の家に火をつけた。
全6部屋の小さなアパートは全焼し、家の中から四人の焼死体が見つかり、
うち一人は、宮本がストーカーしていた女性だった。
女性一人を狙えば、自分の犯行だと疑われる可能性が高くなるので、少しでも疑いを逸らすために、アパートごと火をつけたという。
悪びれなくそう言ってのける宮本は、尋問の中で、あのときは実家だったから楽だったと、何気なく口にした。そこから、約二年前のストーカー事件も、宮本の犯行だということが発覚。
2年ほど前、白岳彩葉(しろたけ いろは)という女性をストーカーしていた宮本は、今回と同じように、実家住まいだった彩葉の家を放火。
家は全焼し、両親は死亡、彩葉は命は助かったものの、酷い火傷を負い、
意識不明の状態が続いた。
警察は、犯人逮捕のために、彩葉に話しを聞こうとしたが、ショックが大きかったのか、失声症になり、しばらくは話すことができなかった。
半年ほどして回復し、警察は再び話しを聞いたが、犯人に繋がる情報は得られなかった。あるいは、恐怖で壊れてしまわないように、潜在意識が事件に関わることに蓋をしてしまったのかもしれないが、それを引き出すために催眠療法を受けることを、彩葉は拒んだ。
その後、捜査はほとんど進展せず、今に至るまで、宮本は逮捕を逃れていた。
「・・・ダメだな・・・」
首の後ろをさすりながら、吉村がボソリと言った。
「つながらない?」
「現在使われておりません・・・
となってしまいます・・・
かけ間違いかと思って、何度かやってみましたが、やはりダメです・・・」
「そう・・・」
「水原さん、何か分かったんですか?」
「ええ。予想だけどね」
「一体何が・・・」
「先に、頼まれごとの結果を伝えてきたら?
嫌味言われちゃうわよ?(笑」
「え・・・?
あ、そうだ・・・
ちょっと行ってきます」
吉村が蓮沼に報告に行くと、水原は再び、モニターの中の彩葉に視線を戻した。
どうすれば、火事で負った酷い火傷を隠すことができるだろう・・・?
メイクで隠せないなら、手術・・・?
いや、手術で治せるなら、医者もそう言ったはず・・・
でも、もし何かしらの方法でそれが可能なら・・・
退院したあとの彼女の足取りを辿れば、あるいは・・・
「行ってきました・・・
それで、水原さん、何が分かったんですか?」
「白岳彩葉についてだけど・・・」
水原は、吉村に自分が気づいたことを話した。
「まさか・・・ 白岳彩葉が松下優花里・・・?
でも・・・ もし水原さんの言う通り、白岳彩葉が何かしらの方法で火傷の跡を隠し、近山、比嘉、猶崎を殺したのだとしたら、いったいなぜ・・・」
「理由は、三人の犯罪にあるはずよ・・・」
「そうかもしれません・・・
だけど、白岳はどうやって、
三人の犯罪を知ったんでしょう・・・?
被害者の女性たちは、誰も告発しなかったのに・・・」
「確かにね・・・
それは、本人に聞いてみるしかないかもしれないわ。
吉村くんは、白岳彩葉が退院したあとの足取りを調べてくれる?
何をしていたのか、今なにをしているのか・・・」
「分かりました」
占部と吉村の報告を待つ間、水原は二年前の事件についての資料を調べたが、水原がほしい答えを与えてくれそうな情報はなかった。
彩葉が、松下優花里と名乗り、三人を殺害したのだとしても、吉村が言ったとおり、どうやって彼らの犯罪を知ったのか分からないし、比嘉にいたっては、どうやって殺害したのかも分からない。
「・・・」
ピリリリリリッ
「占部さん、どうでした?」
「似ているそうです。
メイクはもう少しキツめだけど、確かに白岳彩葉に似てると・・・
数人に聞いただけなので、決めつけるのは危険かもしれませんが、話しを聞いた中では、一人を除く全員が似ていると言っているので、ほぼ間違いはないかと・・・」
「分かりました。
残りの人たちにも聞けそうなら、聞いてみてください」
「分かりました。
また連絡します」
いよいよ、白岳彩葉が松下優花里である可能性が高くなった。
二年前のストーカー事件の被害者と同一人物なら、居場所の特定までそれほど時間はかからないはず・・・
「水原さん!」
走ってきたのは、吉村は少し息切れしながら、しゃがれた声で水原を呼んだ。
「何か分かった?」
「足取りについては、まだ何とも言えませんが・・・
現在の自宅住所は分かりました。
ストーカー事件があって、犯人が捕まっていなかったので、警察側で、住所は確認を取っていたみたいで、すぐに分かりまして・・・」
「なるほど、好都合だったわね。
家はどこなの?」
「鶴亀町(つるがめちょう)です」
「車で行けば、そんなに遠くないわね・・・
すぐに行くわよ」
「彩葉の家にですか?」
「そうよ。
さあ、行くわよ」
「あ、待ってくださいっ!!」
白岳彩葉は、状況的には犯人だと思われるが、現時点では、犯人だと言い切ることはできない。
でも、もし何かしらの方法で、近山や比嘉のような人間がやっていることを捕捉できているのだとしたら、これからも犯行は続くことになる。
被害者にとっては、どんな形であれ、脅威が消え、憎しみの対象が排除されるのはいいかもしれないが、警察としては、当然容認できない。
報復による解決を容認するわけにはいかないのだ。
「・・・」
一方で、水原は被害に遭った女性たちのことも考えていた。
警察が犯人を逮捕できない間、女性たちはずっと怯え続けなければならない。
一刻も早く解決したい・・・ しかし、確実に犯人と特性するには、よほどハッキリとした証拠でもない限り、それなりに時間がかかる。
それだけ時間をかけて捕まえても、性犯罪の場合、被害者側が証言を躊躇ったり、刑罰が確定しても、数年で出てきてしまうことが多く、犯人が出所したあとは、被害者は犯人からの報復に怯えることになる。
実際、そういった事件が起こることもある。
有名なところでは、平成9年(1997年)に起こった、強姦魔の逆恨みによる殺人事件だろう。
事件が起こる7年前、被害者は帰宅途中に犯人に強姦され、それをネタに金を強請ろうとして逮捕された。それを逆恨みして、出所後に被害者を探し出し、殺害したのだ。
救いようのないクズだが、強姦事件のときも、見知らぬ男に声をかけられたら、警戒するのが当然だ、彼女にも非はあると言ったり、警察に被害届を出さないと言ったのに約束を破ったから、彼女に謝ってもらいたかった、謝ってくれれば殺さなかったなど、自分は悪くないといった態度だった。死刑になったのがせめてもの救いである。
捕まったのは被害者のせいではなく、犯人が悪くても、たちの悪い犯罪者には、そんな理屈は通用しない。
そもそも、レイプ神話というくだらないものを信じるほど認知が歪んでいるのだ。まともな話などできるわけがないし、反省や更生など期待するだけ無駄だ・・・
「水原さん」
「・・・」
「水原さん、大丈夫ですか?」
「え・・・?
ええ、大丈夫よ・・・」
「それならいいんですけど・・・
でも、何かあるなら言ってくださいよ?
僕はいつでも・・・」
「ありがとう、吉村くん」
「いえ・・・」
冷静さを失っていたことに、心の中で反省しながら、水原は自分を抱きしめるように、身体を縮めた。
この事件の被害者たちがやったことへの怒りと、それでも犯人を捕まえなければならない職務・・・
優先すべきは、後者でなければならない・・・
頭の中で、何度も自分に言い聞かせていると、電話が鳴った。
-7-
占部は、すぐに会えるという人間をピックアップし、急ぎ、一人ひとりに会って、話しを聞いた。その結果、やはり松下優花里は白岳彩葉と考えて問題ないという結論に至った。
「あとは、白岳彩葉本人に話しを聞くしかないか・・・」
車に戻ると、占部は水原に電話をかけた。
「占部さん、どうでした?」
「水原警部、外に出てるんですか?」
「ええ。
白岳彩葉の家が分かったから、今向かっています」
「なるほど、そういうことですか。
じゃあ、私が確認したことも、後押しになるかもしれません」
「ということは・・・」
「ええ、松下優花里は、白岳彩葉と考えて問題ないと思います。
まだ、彩葉が犯人だと決めつけるわけにはいきませんが、可能性は高いですね」
「分かりました。
ありがとうございます。
・・・占部さん、念の為、白岳彩葉の家を調べる令状を取ってもらえますか?」
「分かりました。
すぐに対応します」
「お願いします」
令状まで取るのは、まだ早いかもしれない。
でも・・・
水原は、自身の心芽生えている確信を宥めるように、意識してゆっくりと呼吸をした。
確信が間違っている可能性もある。
だが、判断に迷ったことで、新たな犠牲者が出たら・・・
そんな、今まで感じたことがない、不安とも焦りともつかない想いが、心の中を覆っていくのを感じていた。
それでも、やるしかない・・・
「もう少しですね・・・」
「・・・」
近づくにつれ、心臓の鼓動が早くなる・・・
水原は、自身の不安が吉村に伝わらないように、見線を少し上に向け、到着に備えた。
-8-
白岳彩葉は、次のターゲットに迫っていた。
今度の男は、自身の立場を利用して、複数の女性に強引に関係を迫り、泣き寝入りさせている。そして、被害女性が黙っているから、逃れられるし、今後も続けられると思っている。
だが、そうはいかない・・・
他の誰も気づかなくても、私には聞こえる。
被害女性たちが"声"が・・・
逃しはしない・・・
彩葉は、殺意をメイクの下に隠すと、男が会社から出てくるのを待った。
-9-
ピンポーン
彩葉の家に着いた水原と吉村は、インターホンを押した。
ピンポーン
「留守ですかね・・・」
コンコンッ
「・・・」
「大家さんに相談します?」
「相談しても、まだ令状が出てないし・・・」
「どうかされましたか?」
「あなたは・・・?」
「このアパートの大家です。
そちらの住人になにか?」
ずんぐりむっくりで、気の良さそうな男が言った。
「大家さんですか。
私たちは、こういうものです」
「・・・刑事さん・・・ ですか・・・
彼女が何か・・・?」
「ちょっとお話を聞きたいんですよ。
開けてもらうわけには・・・」
「それはちょっと・・・
令状があればしょうがないですか・・・」
「吉村くん、占部さんに状況を確認してみてくれる?」
「分かりました」
「大家さん、ここの住人は、どんな方ですか?」
「女性の一人暮らしですよ。
外で会っても、元気に挨拶をするタイプではないですが、家賃は滞納したことないし、他の住人とのトラブルもないし、特に問題はないですね」
「何か気になることとか、意外だなと思うこととか、ないですか?」
「そうですねぇ・・・
ああ、いつもは地味なんですけど、時々少し派手目の服を来て、メイクも全然違うときがあります。
かと思えば、シックな感じで、メイクも落ち着いた感じのときもある。
普段は地味だし、顔の傷を隠すためか、右側の髪を前に垂らして、顔が半分見えないようにしてるので、たまに見る服装やメイクは、意外ですね・・・」
「なるほど・・・」
「水原さん、令状出たそうです。
でも、持ってくるには時間が・・・」
「写真を撮って、私の携帯に送ってもらって。
送ったら、こっちに来るように言って」
「分かりました」
「・・・きたわ・・・
大家さん、これ、令状です。
紙のものはあとで、別の刑事が持ってきますので、ひとまずこれで、部屋を開けてもらえませんか?」
「う~ん・・・
なるほど・・・ 分かりました・・・
じゃあ、鍵を持ってきます」
少し待つと、大家は鍵を持って戻り、ドアを開けた。
「私はここで待ってます。
あまり無茶はしないでくださいよ?」
大家の言葉を背中で聞きながら、水原と吉村は、部屋の中へ入った。
きれいに片付いていて、余分なものがまったくない。
「パソコンもないのね・・・」
「水原さん、これ・・・」
整理された本棚の中に、ノートがびっしりと入っている。
本棚の一部を、ノート置き場にしているらしい。
水原は、ノートを取ると、日付が一番新しいものを開いた。
「近山繁文・・・
猶崎陸・・・
比嘉隆章・・・」
ノートには、三人の名前があり、それぞれの名前の下に、矢印をして、女性の名前が書かれている。
その中には、被害者女性として、水原たちが把握している名前もあった。
そして、近山、比嘉、猶崎の名前は、バツで消されている。
「・・・彼女の犯行とみて、間違いなさそうね・・・
どうやって特定したのか分からないけど、犯人であることは、ほぼ間違いないわ・・・」
「早く見つけないと・・・!!」
「待って・・・
・・・次のターゲットは・・・
横山貴一(よこやま きいち)・・・
吉村くん、行くわよ」
「場所は分かるんですか!?」
「ここに書いてある・・・
会社も、行動パターンもね・・・」
「すごい・・・
どうやってここまで・・・」
「感心してる暇はないわ。
さあ、行くわよ」
「はい・・・!」
大家に、あとで占部が来ることを伝えると、水原と吉村は、横山貴一の会社へ向かった。
「水原さん・・・
白岳彩葉は、どうやってそんなに詳しく調べたんでしょう・・・?」
吉村は、水原が膝の上に置いているノートを、チラッと見ながら言った。
「分からないわ・・・
何か、彼女だけの情報源でもあるのかもしれない・・・」
「けどそれなら、警察に言えばいい話ですよね?
なぜ自分で手を下す必要があるんだろう・・・」
「警察を信用していないか、客観的な証拠がないから、言えないのか・・・
でも、彼女はターゲットが犯罪者であることを確信している・・・
このノートを見れば、それは分かる・・・
何か、彼女にしか分からないことがあるのかも・・・」
「・・・それって・・・
あ、もう着きます」
会社に着いたが、横山はすでに会社を出たという。
ノートにある行動パターンが正しいなら、横山はマッサージ店に行くはずなら、連絡したところ、予約は入っていたが、今日は来ていないとのことだった。
「まさかもう・・・」
「どうします・・・?」
「吉村くんは、横山を探して」
「水原さんは・・・?」
「私は、次のターゲットのところに行ってみるわ。
何か分かったら連絡して」
「分かりました。
お気をつけて」
「吉村くんもね」
水原は車のエンジンをかけると、ノートに書かれている次のターゲットのもとへ向かった。
名前は、遠藤智(えんどう さとし)。
行動パターン通りなら、家にいるはず・・・
ピリリリリリッ
「見つかった?」
「・・・見つかりましたが、死んでます・・・
刺殺です・・・
デパートの・・・ 女子トイレの個室で・・・」
「なんでそんな場所で・・・」
「分かりませんが、デパートの女性警備員が見つけて、通報したようです・・・」
「・・・そう・・・
分かったわ・・・」
「どうします・・・?」
「現場を調べて。
あとで連絡するわ」
「え・・・? ちょっと、水原さん・・・!!」
電話を切ると、水原は次のターゲットのもとへ急いだ。
-10-
ピンポーン
彩葉は、遠藤智の家に着くと、インターホンを押した。
普段はあまり家にいないが、今日は家にいる日・・・
女を呼び出すために、家にいる日・・・
中から、人が歩いてくる音がする。
玄関を開け、足を踏み入れたら、そのまま殺す・・・
羽織ったカーディガンの下に隠しているナイフを持つ手に、力が入る・・・
「白岳彩葉さん、そこまでよ」
「・・・!!」
不意に肩を捕まれ、彩葉はビクッとした。
ナイフを出そうとしたが、読まれていたのか、その腕も掴まれ、捻り上げられた。
「・・・!!
あなた・・・ 誰・・・?」
「警視庁捜査一課の水原棗・・・
白岳彩葉、殺人容疑で逮捕します」
「待って・・・ 私が何を・・・?」
「横山貴一の遺体が見つかったわ。
それと、このナイフ・・・
そして、ノート・・・」
「それは・・・!」
「言い逃れはできないわよ」
「・・・!!
あなたは分かってないっ!!!
この男は、死んで当然なのよっ!!」
「確かに、何か理由があるんでしょうね。
けど、詳しい話は、取調室で聞くわ。
この男が本当に犯罪者なら、逃しはしないしね」
逮捕された当初、彩葉は興奮しており、ただただ警察を責め立てるだけだったが、水原は、何を言われても静かに話を聞き、彩葉が自然と落ち着くまで待った。
そのせいか、彩葉は少しずつ態度を軟化させ、自身に起こったことと、殺しの理由を話し始めた。
「私がストーカーに放火されて、酷い火傷を負ったことは、知ってるのよね・・・?」
「ええ、全部調べたわ」
「あの日以来、私はしばらく、言葉を発することができなくなった。
鏡を見ることも怖くて、犯人への憎しみよりも、なぜ生き残ってしまったのか、両親と一緒に死んでいれば、苦しまずに済んだのに・・・
そう思っていたの・・・
生き残ったのだから、精一杯生きることが両親のためにもなるとか、辛いだけで、未来も明るくないなら、死んだほうがいいとか・・・
毎日そんなことを考えて・・・
そんなある日、知らない人の声が聞こえるようになった・・・
最初は気のせいかと思ったし、病室の外で誰かが喋っている声かとも思った・・・
けど、その声はずっと聞こえた。
寝ていても、夢の中で聞こえることもあるし、起きているときにも、脳に直接訴えかけてくるような・・・
そんな声が聞こえてきた・・・
精神的なショックと、ストレスのせいかもしれない・・・
そう思って、担当してくれていた医師に言おうかと思ったんだけど、声をよく聞いてみると、すべて女性の声であることが分かったの・・・
女性たちの不安、恐怖、憎しみ・・・
私はそのうち、その声と会話をするようになった・・・
すると、声の主は全員、男に何かしらの性的な暴行を受けた人たちだということが分かった・・・
なぜそんな声が聞こえるのか・・・
詳しいことは分からない・・・
けど、その声が、彼女たちを苦しめるのが誰なのか、教えてくれた・・・
それを聞いた私は、これは自分の使命だと思ったの・・・
もう自分には、普通に生きることは難しい・・・
だったら、この声の無念を晴らしてやろうって・・・
自分がストーカー被害にあったから、同情心も強かったのかもしれない・・・
とにかく、私は報復を実行するために、様々なことを学んだ。
傷を隠すための特殊メイク・・・
男を虜にするための技術・・・
様々な女を演じられる演技力・・・
知性がある男にも話を合わせられる知識・・・
報復に必要と思うものは、何でも身につけたわ・・・
あとは、"声"に従って、一人ひとり殺していった・・・」
「近山と比嘉は、どうやって殺したの?」
「二人に近づき、どちらにも思わせぶりな態度をとって、お互いの嫉妬心を煽るように仕向けた・・・
そして、あの日、比嘉にこう言ったの。
近山に呼び出されていったら、車に乗せられて夜のドライブを楽しんだ。
二人きりっていうのはちょっと不安だけど、断りづらくて・・・
そういって、要所要所で比嘉にメッセージを送って、火葬場跡にくるように仕向けた・・・
近山には、人気のないところに行きたい、ちょうどいいところがあるから、と言ってね・・・
火葬場跡に着いて、油断しきってる近山を、後ろから殴って気絶させて、灯油をかぶせた・・・
そして、自分の服にも、灯油の臭いがする水をかけて、比嘉がくるのを待った。
そして、到着した比嘉に、私はこういった・・・
近山にプロポーズされたけど、付き合ってるわけでもないから・・・ と言ったら、断られたら、こうすると決めていたと行って、火葬場跡に連れてこられて、灯油をかぶり、私にもかぶせて、火をつけようとした・・・
私は怖くて、抵抗しているうちに、近山はバランスを崩して倒れて、頭を打って死んでしまった・・・
これは事故・・・ でも、このままじゃ私は殺人犯になってしまうかも・・・
比嘉はそれを聞いて、私を手に入れるチャンスだと思ったのか、邪魔な近山を消すチャンスだと思ったのか・・・
近山が無理心中しようとして自分だけ死んでしまったということにすればいいといって、火をつけたの・・・
そのとき、車も燃えるように、灯油で道を作っておいたから、車も一緒に燃えた・・・
でも、そのときはまだ、近山は生きていたから、火がついたことで目を覚ましたけど、もうどうにもならない・・・
けど比嘉は、死んでいると思っていた近山が生きていて、自分が火をつけてしまったことに、恐怖と罪悪感を強くした・・・ 私はそれを利用し、自殺するまで追い込んだ・・・
猶崎陸は、もっと簡単だったわ。
偶然を装って近づき、学校でしたいって言ったら、時間を作るからといって、あの肝試しの日を指定してきた・・・
そして、ノコノコと肝試しの途中で抜け出してきたところを殺したの・・・
音楽室を指定してきたのは、あの子よ。
抜け出しやすい場所がそこだったみたい。
ただ、七不思議の話があるのを知ったから、せっかくだからそれを利用させてもらったというわけ」
「・・・そうやって、特殊メイクの技術や女を武器に使って、"声"が教えてくれた男たちを殺していったのにね・・・
だけど、その技術があるなら、そんなことをしなくても、人生をやり直すという選択肢もあったんじゃないの?」
「いくら特殊メイクで隠しても、本当に付き合うとなれば、いずれ見せなければならなくなる・・・
そうなれば、相手は私から離れていくのは目に見えている・・・
それに、"声"はずっと聞こえるのよ・・・
私が聞こうと思って聞いているわけじゃないの。
聞こえてしまうのよ。
そんな状態で、普通に生活できると思う?」
「・・・確かに、難しいかもしれないわね・・・
だけど、あなたのしたことは許されることじゃない・・・
あなたが殺した男たちが、どんなに罪深くて、生きている資格すらないような連中でも・・・
日本には、よほど特殊な場合を除けば、どんな犯罪者であっても、その場で射殺したりせず、裁判を受ける権利がある・・・
個人が裁くことは許されないのよ・・・」
「・・・あなたには分からないわよ・・・
ひどい目に遭った女性の気持ちなんて・・・
その若さで警視庁の警部になって、そんな指輪をくれる、優しい恋人がいるあなたには・・・」
「・・・もう声は聞こえないの?」
「どういう意味・・・?」
「助けを求めている女性の声しか、聞こえないみたいね・・・
でも、今なら聞こえるはずよ・・・
私の"声"が・・・」
「・・・え・・・」
「分かった?
・・・私の初体験は、ロマンチックとは程遠いものだった・・・
好きでもない、知らない男たちに・・・ 無理やりね・・・
私が男勝りになったのは、イジメに遭っていたこともあったけど、一番の理由はそれ・・・
イジメに遭って、それを克服するために空手を始めて、確かに私は強くなった。
そのうち、誰からも一目置かれるようになって、同じ学年の女子たちからも、頼られるようになった。
嫌がらせをしてくる男子生徒と戦ったりね・・・
けど、それが気に入らなかったんでしょうね・・・
いくら強くても、中学生の女の子一人・・・
複数の男子生徒に襲われたら、太刀打ちできなかった・・・
それから、私はさらに強さを求めた・・・
女であることより、強さを求めたの・・・
刑事になってからも、ずっとそうだった・・・
強くなきゃ身を守れない・・・ いざというとき、自分の身は自分で守るしかない・・・
そう思って、自分を鍛えてきた・・・
怖くて・・・ 恐怖から逃れたくてね・・・
今でも、男と二人になるのは、怖いのよ、少しね・・・
恋人や、一部の人を除けばね・・・」
「・・・ごめんなさい・・・ 私・・・
私・・・」
「・・・泣いてくれるの・・・?」
「え・・・? あ・・・」
「・・・あなたのしたことは、許されないこと・・・
けど、あなたは人のために涙を流せる優しさがある・・・
決して、自分の欲望を満たすためにしたことじゃない・・・
声を出せない女性たちのために・・・
あなたは自らの手を汚した・・・
そのことは、しっかりと検察に伝えておくわ」
「・・・ありがとう・・・」
彩葉は、涙を流しながら、かつて自分を愛してくれた男のことを、思い出していた。
火傷を負い、"声"ばかり聞いていて、男はすべて罪人のように考えるようなっていたときは、まったく思い出すことがなかったもの・・・
そして、ふと気づいた。
それだけの憎しみと怒りを常に浴びながらも、"声"だけで判断せず、調べ上げ、冤罪ではないと分かった男たちだけを殺害していたのは、心の何処かで、彼の優しさを覚えていたからなのかもしれない、と。
水原の優しさと強さが、それに気づかせてくれたのかもしれない・・・
あの日から、ずっと苦しかった心が、救われた気がした。
-11-
「水原、おつかれさん」
「槇田警視・・・
ありがとうございます・・・」
「よくやったよ。
さすがだ」
「いえ・・・
占部さんと吉村くんのおかげです・・・」
「もちろん、二人の仕事ぶりがよかったのもあるだろう。
だが、ちゃんと自分のことも褒めてやれ。
今回は、特にプレッシャーがキツかっただろうからな」
「はい。
ありがとうございます」
水原も、解決できたことには満足していた。
自信を取り戻したのも確か。
だが、これで油断してはいけない。
誤認逮捕の教訓を忘れず、焦らずに、冷静に・・・
「水原さん、お疲れ様です」
「おつかれさま、吉村くん」
「いや~ 解決して何よりですよ。
それに、白岳彩葉も今までの犯行を全部自供したって・・・
さすが水原さんですね」
「おだてても何も出ないわよ(笑」
「そういうつもりじゃ・・・」
「そう?(笑」
「水原警部、お疲れ様でした」
「占部さん、お疲れ様です」
「やはり、水原警部に指揮をとってもらって正解でしたね」
「占部さんと吉村くんのおかげですよ。
ありがとうございます」
「いやいや、私なんてまだまだ・・・」
「そういえば、蓮沼警部補、
あのストーカーの宮本文斗の事件を担当していたらしいですね。
今回の逮捕の件じゃなく、白岳彩葉の家が放火されたときの・・・
偉そうなこと言ってましたけど、自分だって解決できてなかったんじゃないですかね。
まったく・・・」
「まあ、そういう人なんだよ、彼は(笑」
「そうですね(笑
気にしないことよ」
「言ってることは分かるんですけど・・・」
「少し休みなさい。
せっかく事件が解決したのに、イラついててもしょうがないでしょ?」
「まあそうですけど・・・
あれ、水原さん、今日はもう帰るんですか?」
「ええ、ちょっと約束があってね」
「そうですか・・・」
「じゃあ、お疲れ様です」
「お疲れ様です・・・」
「君はなかなかハードルの高いところに挑むね、吉村くん」
「え・・・?
いや・・・ 何の話ですか・・・?」
「まあ、がんばりなよ(笑」
「ちょっと占部さん・・・
わかってるなら、相談に乗ってくださいよっ!!」
その日の夜。
水原は、久しぶりに恋人の県と一緒に過ごしていた。
「ねぇ、誰かが考えていることが聞こえるって、あると思う?」
「ん・・・?
それって、テレパシーみたいなこと?」
「うん」
「さぁ・・・ どうだろうね。
けど、空気感を感じ取るっていうのはあるし、言葉としては聞こえなくても、相手が発してる電波のようなものは、感じ取ることはできるのかもしれないな」
「そっか・・・
そうかもね」
「何か気になることでもあるの?」
「うんん、何でもないよ」
彩葉は、被害女性が発している、独特の電波みたいなものを受信していたのかもしれないと、水原は思った。
それは普通、本人が表に出そうと思っても、空気感としてしか感じ取れないが、彩葉はそれを、脳の障害だったのか、ストレスやトラウマのせいのか分からないが、言葉として受信することができるようになった。
なぜ女性の声だけだったのか?
それは、彼女が女性だからということと、彼女自身の身に起こった、不幸な出来事ゆえかもしれない・・・
加えて、男と女では、発する周波数も受信できる周波数も違うから・・・?詳しいことは分からないが、彩葉は嘘を言っていたわけではないと思う。
警察の上層部は、彩葉の特殊能力を捜査に役立てたいと考えたようだが、すでに彩葉は、その能力を失っているらしい。
なぜ突然消えたのか分からないが、そのおかげで、彼女はとても穏やかな表情をするようになり、水原以外の刑事の質問にも、素直に答えているという。
犯罪を完全になくすことはできないが、彩葉のような人間を出さないためにも、まだできることはあるはず・・・
水原は、そう自分に言い聞かせ、密かに決意を新たにした。