期限一週間の願い事 第7話 問われるもの(全9話)【小説】
第7話 問われるもの
斎賀は、頭を抱えていた。
前社長の不祥事で失った、会社の信頼を取り戻すために奮闘している中、まったく予想もしなかった問題が発覚した。それは、簡単に言えば、会社の売上を粉飾していたというもので、どうやら厳しいノルマを達成するために、営業部門のマネージャーが、経理のマネージャーと話をつけて、他の誰も知らないまま、積み重ねられていた。
厳しいノルマを出していたのは前社長だから、これもまた、前社長が残した問題の一つということになるのだろうが、発覚したのが今である以上、対処するのは、今の社長である斎賀と、役員になる。
「くそ……どうすりゃいいんだよ、こんなの……」
役員たちとの会議が終わった後、少し一人にしてくれと言って、社長室に戻ってきた斎賀は、絶望的な気持ちになっていた。今目の前にある問題は、確かに社長である自分が対処しなければならないものだ。
だが、社長になりたいという願いを叶えてもらって、実際にその立場になってから、まだ三日目。どうすればいいのかなんて分からない。こんな大きな問題に直面したこともないから、経験が生きるということもない。
ここに至るまでのステップを踏んでいれば、もう少し頭も回るのかもしれないが、心を病んで会社を辞め、刺激も学びもない二ヶ月を過ごしていた斎賀には、あまりにも厳しい状況だった。
実際、役員たちも、斎賀の言葉に眉をひそめたり、首を傾げたりすることが多い。彼らの口にするワードが、斎賀には分からないことが多く、つまりどういうことだというところから始まり、説明されても半分も分からず、
結局どうすればいいのか分からない。
逃げ出したい……
こんな状況、自分の手には負えない……
頭を抱えていると、受付から内線からの内線が鳴った。
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斎賀の叶えたものを潰した翌日。
内野は、寝覚めのいい朝を迎えた。
寝室の大きな窓から、日の光が差し込んでおり、外の天気も、内野の気持ちに呼応するように青空を広げているらしい。
斎賀がどうなったのか、具体的なことは分からないが、これまでのことを考えると、内野の願いは叶えられ、今頃斎賀は、何か大変なことになっているだろう。
黒岩の言った、君が思い描くようになるとは限らないという言葉が、少し気にはなったが、別に完璧に思い通りになってほしいわけではなかった。結果的に、最大の敵である斎賀が破滅すれば、それで良かった。
「いい一日になりそうだ」
広いキッチンでコーヒーを淹れて、カーテンを開けて、外を見ながらゆったりとした時間を過ごす。
贅沢で、得難い時間……
これからどんどん忙しくなるだろうから、今のような時間を、今のような気持ちで過ごせるのは、少なくなってくるだろう。
「さて……じゃあそろそろ会社に行くか」
社用車が迎えに来るまで、あと10分ほど。
着替えを済ませればちょうどいいだろう。
「社長、おはようございます」
「ああ、おはよう」
上機嫌で、運転手に挨拶すると、財布から数枚の一万円札を出して、チップとして手渡した。
「え……あの……」
「今日は気分がいいんだ。
取っておけ。
給料とは別の、軽いボーナスみたいなものだ」
「ありがとうございます……! まっすぐ会社に向かいますか? それともどこか……」
「まっすぐ会社でいい。
プロジェクトの進捗が知りたいからな」
「かしこまりました。
では、会社に向かいます」
今のところ、特に自分の状況に変化はない。
斎賀が、奪われたものを元に戻すか、報復としての願いを叶えることも考えてはいたが、報復はしてこなかったらしい。しかしそれもまた、予想外ではなかった。
一度見ただけだが、あの斎賀という男は、そういうことを嫌う人間だろう。
偽善的で、自分のあり方にこだわる。
だがこだわるあまり、悪意ある人間から搾取され、結局幸せになれない。
「……」
奥歯に力が入り、右手がスボンをきつく掴んだ。
所詮、世の中は力のあるやつが勝つ。
ヤクザの上がりみたいなものだ。
おいしい話を先に聞けるのも、おいしいところを先に持っていくのも、力がある上の人間で、下はそのおこぼれをもらっているに過ぎない。上に行かなければ、搾取される人生から抜け出せない。
(俺は間違っていない……俺は知ってる……人の良さなど、なんの役にも立たない。邪魔な者は潰し、より大きな力を持ってこそ、幸せになれるんだ……!)
内野は、鼓動が早くなり、自分が興奮状態になりつつあるのを感じて、意識的にゆっくり呼吸をした。自分はやつらとは違う。力の価値と意味を分かっている。だから、落ち着いて事に当たればいい……
自分にそう言い聞かせると、少しずつ落ち着いてきて、会社に着く頃には、自信を取り戻していた。
「到着しました」
「ああ、ご苦労さん」
車を降りて、社長室に向かう。
「おはようございます」
秘書の女性が、綺麗なお辞儀で挨拶する。
「おはよう」
「10分後に、各プロジェクトの責任者が、社長室に来ます」
「分かった。
じゃあその前に、コーヒーを淹れてくれるか?」
「承知しました。
すぐに」
社長室に入り、椅子に座っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
入室を許可すると、秘書がコーヒーを持って入ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
自宅で飲むコーヒーより少し劣るが、うまい。
前社長の秘書の時代から秘書を務めていたからか、いろいろと気が回るし、コーヒーの淹れ方も心得ているらしい。
コンコンッ
「入れ」
「失礼いたします」
各プロジェクトの責任者4人が、硬い表情で社長室に入ってきた。
「おはようございます」
「おはよう。
早速だが、状況を報告してくれ」
「……」
「どうした?」
「それがその……昨日命令されたばかりですし、まだ参加メンバーを選定している段階でして……」
「……4つともか?」
「はい……」
「つまり、まだ何も進んでいないと?」
「はい……」
「メンバーの選定がまだでも、具体的にどう進めていくかは考えられるだろう?」
「はい、それも同時に進めていますが、なにぶん、昨日の今日ですので、その……」
「やれやれ」
バンッ!!!
っと机を叩くと、4人ともビクっとして肩を縮めた。
「メンバーの選定が終わっていないのはまあ、分かる。だが、どうやって進めるかも提出できないのは問題だ。今日中に何とかしろ。別に完璧じゃなくてもいい。何かしらの形で出せ。
いいな?」
「は……はい……」
「では行け。
ボヤボヤせずに、さっさと進めろ」
内野が睨むと、4人は失礼しますと頭を下げて、逃げるように社長室を出ていった。
「……使えないやつらだ」
内野は、呟くように言った。
今日は、もうこれといってやることはない。
会議はいくつか入っているが、仕事関係の人間と会う予定はない。今日中に上がってくる4人からの報告を待ち、夜は黒岩と会う。
「斎賀の様子でも見に行ってみるか。
アイツの会社は、なんてところだったっけ」
ネットで調べてみようかと思ったが、面倒になり、秘書に内線をかけると、調べるように頼んだ。やつもどこかの社長だとらしいから、名前を調べれば出てくる可能性は高い。
5分ほど待っていると、内線が鳴った。
「見つけたか?」
「はい。
斎賀様は、ミリアルという会社の社長です」
「住所は?」
内野は、住所をメモすると、社用車を用意させ、斎賀の会社に向かった。
向かう途中で、ミリアルについて調べてみると、どうやら今、前社長が起こした問題で、大変なことになっているらしい。
(面白い……
これは、昨日俺が願いを言う前からの話だな。ということは、まだ表に出ていない新たな問題が発覚して、その対応に追われている可能性が高い。困ってるなら助けてやってもいいと、話してみるか)
左の口角だけを上げて笑いながら、車がミリアルに着くのを待つ。
「ここか」
到着すると、内野は車から降りて、正面入口をくぐった。
「こんにちは」
カウンターに右手を置いて、受付に声をかける。
「あ、はい、こんにちは」
「斎賀さん……いや、斎賀社長、います?」
「え? 斎賀ですが……アポは取られていますか?」
「いや、取ってない。
取ってないけど、内野が来たと言ってもらえれば、通じるはずだよ」
「内野様、ですね。
確認いたします。
少々お待ち下さい」
受付が確認している間に、辺りを見回す。
(それなりに立派な佇まいだな。歩いてる連中は全員が社員か? どいつもこいつも、腑抜けた顔してやがる。まあ、前社長が不祥事起こして立て直し中じゃあ、そんなふうにもなるか)
「内野様、斎賀がお会いになるそうです」
「ああそう。
どうも」
「あちらのエレベーターで上にいけますので、ご案内いたします」
「いや、案内はいらない。
何階のなんて部屋に行けばいいか教えてくれ」
「あ、えっと……12階です。
エレベーターを降りて、真っ直ぐ歩いて、一番奥にあるドアのところが、社長室になります」
「分かった」
内野は、周囲の社員を見下すように見ながら歩き、エレベーターに乗り、12階に着くと、革靴の音を廊下に響かせながら歩き、社長室のドアをノックした。
「どうぞ」
内側から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「失礼するよ」
ドアを内側に押し込み、中に入る。
「どうも、斎賀さん」
「こんにちは、内野さん。
今日はどんなご用件で?」
思ったより冷静な斎賀の態度に、内野は少し物足りなさを感じたが、黒い革のソファに座ると、足を組んで、目線を斎賀のほうに向けた。
「いやなに、大変なことになってると聞いてさ。
どんな様子か見に来たわけだ。
知らない仲じゃないしね」
「なるほど……」
「だいぶお疲れのようだね。
相当大変なんだろうねぇ」
「……おかげさまで」
「ああ、そっか。
俺が昨日したこと、黒岩さんに聞いたんだな」
「ええ」
「だったら、昨日の願いで、この苦境をリセットすることもできただろ?」
「残念ながら、昨日は夜中の2時まで仕事をしていて、店にはいけませんでした……」
「ほう、なるほど。
黒岩さんに直接会わないと、願いは叶えられないもんな。そういうルールだ。ってことは、俺が何をしたかは、電話か何かで聞いたわけか」
「ええ」
「馬鹿だねぇ……
仕事なんて放り出して、店に行ってれば願いが叶えられて、苦しい思いをしなくて済んだのに」
「他の役員や社員が必死になって問題に対処してるのに、一人だけ帰るなんてできませんよ……」
「なるほど、ご立派なことだ。でも、帰っていれば解決できて、役員や社員も救われたんじゃないのか?」
「そうかもしれません。
でも、そうやって乗り切っても、根本的な問題が正されるわけではないので」
「目の前の問題を解決しなければ、何にもならないだろ。
君がそうやって自己満足で選択を誤ったから、今も会社の人間は苦しんでるってことに気づかないのか? さっき下で、この会社の社員たちの顔を見てたが、まったく覇気がない。どいつもこいつも、腑抜けた顔して歩いてたよ」
「みんな苦しい時期ですから。
しかし、うちの社員を腑抜けた顔というのは、少し言葉が過ぎませんか……?」
「おっと、怒らせちまったかな」
「俺をからかいに来たのなら、もう帰ってください。
忙しいので……」
「そうかそうか。
まあそうだろうな。
何しろ、昨日新しい問題が出てきちまったわけだしな」
「……!」
「そんな驚かなくてもいいだろ。
確かにまだ報道はされてないが、昨日俺が叶えた願いで、さらに窮地に立たされることになっただろうことは、予想がつく。
君がなんで社長になったのか知らないが、素人がいきなり社長になったって、うまくいくはずがない。小さなベンチャー企業ならともかく、この会社のような、そこそこ規模の会社のは無理だ」
「分かったようなことを……」
「分かるさ。
なんせ俺は、ずっと自分が社長になったらどうするかって考えてきた。だから、その地位を手に入れたら、戸惑いなく動くことができる。
でも君はどうだ? 何となくそう思ったから、社長になっただけだったんじゃないのか?」
「……!」
「そんな覚悟で、社長なんて務まるわけがない」
「もう帰ってくれ……!」
「助けて欲しいなら、助けてやってもいいぞ?」
「……」
「助けてくださいって言えば、助けてやる。
土下座しろなんて言わねぇ。ただ、助けてくださいって言えば、知恵を貸してやる。場合によっては、資金を提供してやってもいい」
「……けっこうですよ……」
「強がってる場合か?
ヤバいんだろ? そのうち他に役員にも、君が社長の器じゃないってバレるぞ? そうなればどうなるか……だがここでしっかり立て直せば、逆に見直される。どうだ? 悪い話じゃないだろ?」
「帰れって言ってんだ……!!!」
「そうか。
じゃあまあ、無理にとは言わない。
せいぜいがんばってくれ」
内野はそう言うと、ソファから立ち上がって、スーツの上着の位置を直した。
「仕返しか……?」
ドアの前まで来ると、斎賀が言った。
「何の話だ?」
「あんた、あのとき俺に邪魔されたことが気に入らないんだろ? あの、女性に声をかけてたときの……」
「あ? 俺がそんなことでわざわざ……」
「どうかな。
あんたの態度を見ていると、そうとしか思えない。それ以外に、俺があんたに恨みを買いそうなことはないから」
「へぇ、なるほどね。
たかが女一人のことで、忙しい俺がわざわざここまで来たと、そういうことか。随分とナメられたもんだな」
「別にナメてるわけではありませんよ。
ただ、それ以外に考えられないと……」
「それがナメてるって言ってんだろうがっ!!」
「……」
「俺があんな女一人のことで恨みなんか持つか。
邪魔をされてイラっとしたのは確かだが、女なんて、いくらでも、どうとでもできる。イイ女も、今は向こうから寄ってくるからな」
「それは良かったですね」
「ふん。
じゃあな。せいぜいがんばれ」
社長室のドアを乱暴に閉めると、すぐにエレベーターで下に降りて、社用車に乗り込んだ。
「会社に戻りますか?」
運転手の言葉に、内野は首を横に振って答え、しばらく適当にドライブするように言った。
スッキリして帰るつもりだったのか、逆にざわつくことになり、そのことに強い苛立ちを覚えた。
ブー ブー ブー
胸ポケットのスマホが震えた。
液晶には、会社の番号が表示されている。
「なんだ、今忙し……
……え? なんだって?
まて、もう一度言ってくれ。
うん、うん……
……分かった、すぐに戻る……」
電話を切ると、内野は舌打ちしながらスマホをポケットに仕舞うと、眉間にシワを寄せた。
「あの、社長……
なにか……?」
「大至急会社に行け」
「あ……は、はい……!」
運転手が車を飛ばす間、内野は膨らんでくるイラ立ちと不安に、大声を出しそうになった。なぜこんな……これから勢いに乗っていくところなのに、なんで……
だが、その疑問に対する答えは、内野の中にはなかった。
今はとにかく、急いで会社に戻るしかない。
どうするかは、それから考えればいい。
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内野が帰ってからも、斎賀は相変わらず問題の対応に追われていた。
どこで嗅ぎつけたのか、内野の願いによって生まれたらしい問題について、一部メディアから取材依頼がきていた。
「社長、また取材の依頼です……雑誌の記者らしいですが……」
受付から連絡が入り、斎賀は思わず、ため息をついた。
本当は、すべて断りたかった。
だが、ここで何の対応もしなければ、有る事無い事書かれる可能性がある。そう思って、一つのメディアにつき、一度は取材を受けることにしていた。
「8階の応接室にお通ししてください」
疲れをにじませた声で言うと、受付は承知しましたと言って、電話を切った。
斎賀は、自分の体重が二倍になったのではないかと思うほど重い体を立たせて、8階まで降りた。
「おまたせしま……」
応接室の扉を開けて、記者の顔を見た瞬間、斎賀は固まった。
「あなたは……」
そこには、数日前に内野に絡まれていた女性がいた。
「こんにちは、斎賀社長。
取材を受けていただき、ありがとうございます。
それに、あのときも……」
「いえ……」
「私、月間エメラルドの記者をしております、砂崎愛梨(すなざき えり)です」
「斎賀です……どうぞ、お掛けください……」
「失礼します」
愛梨は、スリムなネイビーのパンツスーツに身を包み、長めの髪は後ろで結んでいる。目は少しきつい感じもするが、全体的には柔らかく、女性らしい雰囲気がある。
「まさか、あのとき助けてくださったのが、ミリアルの社長さんだったとは……あのときは、ちゃんとしたお礼も言わずに失礼しました」
「いえ、構いませんよ」
「あのときは……あなたもあの男とグルじゃないかっていうのもあって……」
「グル?」
「ええ。
一人が絡んできて、一人がそれを助ける。
そうやって仲良くなっておいて、後から最初の男が出てきて……という手口で、女性をホテルに連れ込んで暴行するという事件があって、それかと思ったんです」
「なるほど……それは確かに、警戒が必要ですね……」
「でも間違いでした。
とんだご無礼を」
「いえ、いいんですよ。
そういうことならしかたないし、それぐらいの警戒心を持っていたほうが安全です」
「そういっていただけると……」
「それで、今日は……?」
「斎賀さんにこんなことを聞くのは、少し心苦しいのですが……実は、うちの人間が、ある筋から聞いた情報がありまして」
「どういったことでしょう?」
「今、斎賀さんは、他の役員たちと一緒に、前社長の行動によって失われた会社の信頼を取り戻すために、懸命に対応されていると思いますが、もう一つ、別の問題が発覚した、というものです。
まず、それは事実ですか?」
「……隠しても、いずれバレるのでしょうね」
「……では、本当なんですね?」
「……あなたがどこまで知っているのか分かりませんが、もう一つの問題が発覚したことは、事実です。ただ、私たちもまだ、詳細なところは掴めていないのです。だから、記事にするのは少し待ってもらえませんか……?
近いうちに、こちらから発表しますので」
「発表?
それは、立派なことだと思いますし、個人的には支持しますが……会社としては、それで大丈夫なんですか?」
「役員の中には、隠すべきだという人もいます。
しかし、隠したところで、いずれ発覚するし、それに……そんなことをしても、何の解決にもなりません」
「……なるほど……」
「ですが、今の時点で話せることはありません。
情報の整理ができていないので、今話しても、誤解を招く恐れがある。
だから、もう少し待ってください。
お願いします」
斎賀はそう言うと、座ったまま頭を下げた。
「……分かりました。
あなたを信じて、待ちます」
「ありがとうございます……」
「でも……」
「……?」
「会社としての発表は、きっと硬いものになりますよね。
私は、もっと斎賀さんの本音の部分を聞きたいです。それでも、言えることと言えないことがあるでしょうけど、もし良ければ、その発表の後に、食事でもどうですか? そこで話したことは、あなたの許可なく記事にはしません」
「ええ、構いませんよ」
「良かった。
では、発表を待ってます。
そうだ、これ、私の名刺です」
「ありがとうございます。
では……私の名刺も……」
「社長の名刺をいただけるなんて、光栄です」
「裏に、私の携帯番号を書きました。
もし直接連絡を取りたい場合は、そこに」
「ありがとうございます。
でも、発表までは控えます」
愛梨は、立ち上がって頭を下げると、応接室を出ていった。
「ふぅ……」
斎賀は、ほんの少し、気持ちが明るくなっている自分に気づいた。
理想の女性に出会うという願いをして、実際に出会えたものの、出会い方が悪かったこともあり、もう会えないと思っていたし、新たな問題が発覚してからは、そんなことを考える余裕もなく、すっかり忘れていた。それが、あまり好ましい形ではないとはいえ、もう一度出会えたことは嬉しかった。
「さて……がんばるか……」
自分をその場から動かすために呟くと、応接室を出た。
正直なところ、もう休みたいと思っていたが、そんな暇はない。社長としての責任を感じているからなのか、個人的な意地なのか、どちらか分からなかったが、この場から逃げたくないという思いがあった。今は、踏ん張らないといけないのだ。この場所で……
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第8話へ続く
第6話
第1話
みなさんに元気や癒やし、学びやある問題に対して考えるキッカケを提供し、みなさんの毎日が今よりもっと良くなるように、ジャンル問わず、従来の形に囚われず、物語を紡いでいきます。 一緒に、前に進みましょう。