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読書日記「方舟」※ネタバレ有り

※この文章は、小説「方舟」についてのネタバレを含みます。
未読の方はネタバレ部分は読まず、「方舟」を読むことをオススメします。本当に本当に面白いので、ぜひ楽しんでいただきたいです。
逆に、「方舟」と検索して来られたような方については、前置きがすごく長いので、感想の部分にまで飛んでいってもらえると嬉しいです。

購入の経緯と「ミステリー」への苦手意識

先週、本屋さんに行きました。

最初に私の読書量を説明しますと、年に20〜30冊くらい本を読むくらいの、日本の平均以上には読んでるけど、読書家とは到底言えないくらいの、ライト勢って感じです。

作家さんとかも全然知らないので、本屋さんに行く時は好きな作家さんを一冊買って、知らないけど人気そうな作家さんを一冊買って好きか確かめる、みたいな買い方をしています。

それで好きな作家さんの本を手に取った後、
書店のランキングとかを見て回ってたんですが、
やけに推されてる本があって、目を引いたんです。

それが夕木春央さんの「方舟」。
大物ミステリ作家が絶賛!だとか、
ミステリー部門売り上げ1位!だとか、
シュリンクかけて平積みで大量に置かれてて。

当然気になったわけなんですが、
買う前に少し迷いました。
それは、本のジャンルがミステリーだったことです。

本を本格的に読むようになってから読んだミステリーに、良い思い出がありませんでした。
・「どんでん返し」と帯に謳っている割に分かりやすく怪しい文章で結末が読めてしまう
・ショッキングな絵面を強調したいだけとしか思えない、必然性を感じない「バラバラ殺人」
・論理パズルをするために用意されたような人間味のない登場人物
他にもありますが、そういうところが苦手で、「私にミステリーは合わないのかも」と考えるようになりました。

でも、これだけ人気なんだろうし、斜に構えて読まないより読んでみるのも良いかな。
そんな風に思って購入し、帰り道の電車で読み始めました。
そしたら読了まで手が止まらず、読み終わってからも方舟のことが頭から離れず、「これは一回全てをアウトプットしないと落ち着かない」と思い、この文章を書いています。
いや〜〜〜〜〜本当にすごかったです。

「ミステリーの苦手なところ」は、そのまま「ミステリーの良いところ」だった

まだネタバレしません。
サイトに掲載されている方舟のあらすじは、こんな感じです。

「柊一は友人らとともに山奥の地下建築で夜を越すことに。だが、地震によって出入り口はふさがれ地下水が流入し始める。そして、その矢先に起こった殺人。だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。―犯人以外の全員が、そう思った。」

https://www.e-hon.ne.jp/bec/SP/SA/Detail?refShinCode=0100000000000034631101&Sza_id=C0&Action_id=121


まさに「ミステリー」って感じの内容ですよね。
現実に体験し得ない特殊すぎる環境と、厳格に論理的な登場人物達。しかも目次には「切られた首」とか書いてある。
先述したような、
・「衝撃」などのどんでん返しを匂わせる帯
・バラバラ殺人
・人間性を感じない登場人物
といった苦手要素が満載です。

でも、読んでみて知りました。
これらはそのまま、ミステリーの美味しいところだったんです。
「ミステリー小説は論理パズルな主人公だから苦手」っていうのは、
「ミュージカルって急に歌い出すから苦手」って言ってるようなことというか、
そここそがミステリーの特徴であり、妙味なんだなと思いました。
そう捉え直すことができるくらいに、圧倒的な「ミステリーの良さ」を叩きつけてくれた文章でした。
私の読書体験に凄まじいブレイクスルーを生み出してくれた小説です。
本当にすごかった。
次の項目から、「何がどうすごかったのか」について話していこうと思います。

※次の項目からネタバレを始めます。
未読の方はお願いですから読まないでください。単純に読了を前提として話をするので読んでても意味がわからないと思いますし、これから先に「方舟」を読む時の楽しみが減るのは私の本意ではないので……。



※ネタバレ有り感想
「方舟」が衝撃的だった理由

死ぬのが「私」になるあの瞬間
誇張無しに鳥肌が立ったのは、言うまでもなくエピローグのあの文章です。
これまでも「ラスト数ページのどんでん返し」は何度か見てきましたが、この話で特に衝撃的だったのは、ここまでずっと語り手をしていた柊一が死ぬ点にあります。
この小説は、一貫して探偵役をしている翔太郎の従弟である柊一の視点で進みます。数百ページの文章を読んでゆく中で、私の目は柊一の視点になっていきます。
あまりに特殊な設定なので「自分だったらどうするかな」って読みながら考えると思うんですけど、その時の私は、ごく自然に
「私が柊一の立場だったら、誰を犯人だと思って、そして誰に岩を落とさせて、出入口から脱出するか」を考えていたんです。
人を殺すナイフを持たされて、誰に刺すか選んでる感じ。
だけどあの一文を読んだ瞬間、手元に握っていたはずのナイフが麻衣の手にあり、喉元に突きつけられている感覚がしました。
そして次の瞬間には、喉元を切り裂かれていました。
私(=柊一)が、最初から麻衣の手によって死ぬことが決まっていた。
前提を覆されるだけなら何度か読んだことがありますが、それによって私がむごい死に方をするのは初めてのことです。
衝撃的な読後感は、そこに尽きると思います。

どんなに考えても「私」が勝てない
私は死にたくないので、柊一が生き残る方法を、読み終わってからずっと考えていました。
でも、絶対に無理なんですよね……。
この小説、登場人物全員が異様に論理的です。翔太郎の推理も、一切の隙がないくらい完璧なものでした。(だからこそ、ラストを読むまで翔太郎を「生存」側と疑ってなかった部分もあります)
厳密に組まれた論理構成、難癖の付けようもなく、生き残るには「麻衣と共に巻き上げ機に残る」という、この物語にあり得ない非論理的な行動をすることによってのみ。
論理的な綻びは見つからず、「私(=柊一)は論理的な行動をする」という前提がある以上、唯一の生存ルートを選ぶことも無理。
考えれば考えるほど「どう足掻いても死ぬ」状況に絶望すると同時に、あまりに完璧な論理構成、登場人物全員の「こうするしかなかった」の積み重ねに何度も惚れ惚れします。
本当にすごい。私、どうやっても死ぬ。
どうにかできないか、と、何度もいろんなところを読み返しては、惚れ惚れする。しばらくは方舟に囚われっぱなしになりそうです。

「伏線」ってこうするんだ、という感動
読んでる中で、「ああこれ伏線だな」って見える文章、あったんですよね。
隆平の携帯が防水だったとか、そういうの。
でもこういうのって「伏線」じゃなくて「ヒント」に過ぎなくて、本当に伏せておきたい事実ってあんなにさりげなく書かれるんですね……。
この小説、全編を通して平易で分かりやすい文章だけど、文に濃淡があって、無意識に濃いところを押さえながら読んでたなっていうのを読み返しながら気付かされました。
六角レンチを探し出してから、柊一が機械室に行くまで、すぐのことだったように錯覚させられていたというか。
読み返すと「淡いところ」に重要事項が書いてあることが多くて、感嘆の気持ちが止まらないです。本当にすごすぎる。
私は読んだ小説の構成を整理して自分でも書いてみるのが趣味なんですが、これは本当に真似できる気がしない。ミステリ作家がこぞって絶賛している理由がわかる気がしました。

薄いキャラクター性だからこそ感じる人間の醜悪さ
隆平が「麻衣にしかできないんだ」と縋り、翔太郎が「理性的な結論を出せるはずだ」と諭すシーン。
花が麻衣に食べかけのグミをあげるシーン。
柊一が「じゃあさよなら」と麻衣に別れを告げるシーン。
これら全部、もうマジで、すんごい醜悪なんですよね。懇切丁寧な「死ね」の合唱。
最初にミステリーは登場人物の個性が薄い、と書きましたが、この方舟は個性を敢えて薄く書くことで、逆に「人間味」が強調されていると思いました。
自分が生き残るために、他者を侵害する。でも、他者を侵害するのは後ろめたくて、グミとか優しい言葉で相殺しようとする。道徳とか倫理とかは置いておいて、本当に人間らしい行動だと思います。
柊一を生かして「あげる」かどうか最後まで試していた麻衣を含め、薄味の個性が逆に人間味の苦さを濃くしていると感じました。

まとめ

もう、吐き出さないと頭が「方舟」でいっぱいでやってられなかったので、この文章を書きました。
書き終わった今も全然方舟のこと考えてるので、もうダメかもしれません。
一生麻衣に殺されたまま、生き返れません。
でも本当に面白かった。本当に面白かったです。

この小説によって、私の中のミステリーの扉が完全に開いた感じがします。
絢辻さんの「○○館の殺人」シリーズも、ずっとミステリーへの苦手意識から敬遠してたので、これから読んでいこうと思います。
今これを読まれているのは「方舟」読了済のミステリー好きの方だと思いますし、オススメがあったら教えてもらえると嬉しいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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