52 2冊の本と「野球部の教科書」のあと

今回は発信する責任について述べます。

僕は部活動関連の2冊の本を書いています。1冊目は方法、2冊めはイズムのつもりで書きました。

得意の絶頂だった1冊目。けっこう売れました。ブラック部活の文脈で部活動指導の方向性が言われ始めたときでした。当時、内田良先生から「何かいっしょにしましょう」という言葉をいただきました。結局、この話題の界隈に飽きて何もできていませんが(笑)

2冊目は指導者のあり方が問われている風潮があったときに、本質に触れない議論にもやもやしていて、それに一つの意見として書きました。(こっちのほうが大切なのにそこまで売れませんでした。そんなもんです)

一方で、野球部の教科書という小冊子があります。

40ページくらいの冊子です

指導者にありがちな「〜しなさい」というフレーズに、すべて「なぜそれをしなければいけないのか」という問いにアンサーをつけたものです。なぜ掃除をしなければいけないのか、なぜ日常生活をきっちり送らねばならないのか、なぜカバンを揃えないといけないのか。ややもすると顧問の「ええカッコ」に付き合わされている生徒。僕はあれが嫌いで、自分なりに意味づけ、価値づけをして生徒に示していました。これは野球部の部活動編成のときに配っていました。

長くなりましたが、ここからが本題。

自分の「良かれ」が誰かを犠牲にすることがあります。イズムを置き去りにして方法だけ伝わるのは非常に危険です。事あるごとに言ってきました。2冊の本と教科書は、広く読んでもらいたいと思う一方で、僕が思う文脈でとってもらえない場合を考えないといけないということを思います。

本ももう絶版にしてもらおうか、教科書もむやみに配るのはやめよう、と思うようになりました。特に2冊目の「部活動指導の心得」は生徒指導の本です。先生が生徒の邪魔をしている場面をたくさん見てきたので、それをみんなで考えたいと思って発信しました。でも、広まらない。

結局、教室とグランドがつながっていないのです。同じ学校にいるのに、そして同じ人なのに。

僕が言い続けている「地続きの指導」というものがあります。教室では許される生徒の言動が、なぜかグランド(部活動の場)では許されなくなる。ひいては、先生は「厳然な指導者」になり、キャラが一変する。それは生徒にとっては迷惑でしかありません。生徒が選手になると途端にダメになる。選手が教室にいると指導者は自分の所有物であると勘違いする。枚挙にいとまがありません。いとまどころか、隙間がないくらいにありふれすぎて。

横道に逸れました。僕は生徒の輪の中に入り、その生徒の見ているものにとても興味があります。考え方、ものの見方。そこで大人が本当にすべき「手の差し延べ方」を模索しています。いまはこれにしか興味がありません。成績、点数、勝ち負け、只中にそういった要素も入ってきますが、あくまで生徒の見ているものを見たい。これだけしか考えていません。

断言しますが、昔も今も生徒は変わっていません。「生徒も変わってますからねえ」と耳にすることがありますが、僕は本当はそう思っていません。勤め始めた20年前と。彼らをめぐる環境が変わっただけでそれに適応し反応しているだけです。こうなっているからこうなる、だけの話。変わったのは環境です。

一方で、これだけ情報がたくさんあふれているのに、YouTubeで「生徒指導」と検索してもしっくりくる動画はありません。言葉にしにくいし、あまりに個別的だからです。教育という営みは、本来すべてが個別的なのです。

子どもを邪魔する大人にならないために、僕は拙いながら考えたことを、いつかしっかりまとめて発信したいと思っています。このnoteはその助走と思ってやっています。一時期部活動の学会に入って活動してもみましたが、僕の主義主張と違ったものでした。自分のやり方だけを考えています。

もうひとつ。教育の現場に「対価」の大切さをもっと伝えていきたい。情報はタダ、やってもらうのが当然、学校だから安く。そういう時代遅れな価値観も「違う」と言っていきたい。公務員だから無理ですが、noteの記事なんかも有料で扱えたらなあとも思います。(そんな余裕があるなら教材を作れ、という戒めの声も聞こえますが)

調子よく、授業実践ややったことを嬉々として発信しているときがありました。それで困る人は最終的には子どもたちです。イズムなき模倣は危険。そう思うようになってから、慎重に考えるようになりました。ネーミングも奇抜さもいらない普通のやり方で。生徒は困らず気持ちよく過ごせさえしたらいいはずです。

発信している側がどれほどそれを理解しているのか。饒舌な空疎、言葉数少なな卓見。それでも言葉も実践も積み重ねないと練られないから、拙くともやり続けるのみです。多くの犠牲のもとにそれがあると自覚しながら、です。

スギモト