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#143 思い出を呑む【Gt.Fu-ki】
コロナが5類へと移行したからか、年の瀬が迫り早めのご挨拶なのか、それとも何かの節目なのか。何にせよ懐かしい人と酌み交わし、思い出話に花が咲く。
前回のコラムで値上げの話をしました。日々感じている事で、昔の値段を知っているからこそ、躊躇いが生まれている側面があります。
旧交を温める宴席でも昔の酒と値段の話で盛り上がる。私だけではなく、同じ時代を生きて呑んできた大人ならば、誰もが似たような感覚を有しているようで。
昔は2千円札でズブロッカを3本は買えたとか、諭吉とドンペリの等価交換であるとか、タンカレーは値段が変わらないとか。
種類の限られるテキーラ、割り物にしかならないウォッカ、違いを自慢できるジン、不当な扱いを受けていたラム、変わらず高級酒の地位にあるブランデー、変わらず手頃な和酒、そしてウィスキー。
当時の価格やそのお酒の立ち位置を披露しあう。
私のウィスキーの話になれば、マッカランの12年は3千円程度で買えた安くて美味しい定番のお酒で、山崎ノンエイジは仕方なく深夜のコンビニで買う酒だったし、ブラントンは取り合えずで家に置いておく常備酒。
そんなお酒が今は全て5桁からのお酒になってしまった。ざっくりの体感としては3倍、給料は1.5倍程度にしかなってない。
高級酒になってしまったから、今では気軽に晩酌にはならない。それでもやはり呑みたくなる。
実際にその手のお酒を素面で、本当に一人で呑んでみれば。不味くはないが、今の価格に相応しい味だとは思えない物が多い。
それはボトルを買ってでも、ショットバーで呑んでも、大きくは変わらない。雰囲気やコスパで検討しているのではなく、元々大した酒ではないのだ。
本当にそもそもが安くて旨い酒だっただけ、そんな理由で呑む機会が多かっただけ、今よりある側面においては豊かな時代だっただけ。
それでも、ふとした時に呑みたくなってしまう。
時代の最先端に位置する高級ラーメンを、話題作りに食べる事を「情報を喰ってる」などと揶揄する現代。
大して美味しくないと知りながら、比較をしたら高い値段で記憶の酒を呑んでいる現状、ここに大差はない。
ただし、思い出による強力な補正が掛かっていて、味や値段以外の何かを得たりして、何はなくとも前を向く気力が湧いてくる。
これが大きな違いだなと。
……記憶に残っているお酒の話を書こうと思っていたのですが、文字数が大幅にオーバーしそうです。
紹介したいお酒やカクテルが多くあるので、次回に持ち越しという事で♪