#146 技術と練習【Gt.Fu-ki】
昔々、まだ素人バーテンで、駆け出しバンドマンだった10代の終わり頃。一回り以上離れた先輩のベーシストが事あるごとに口にしていた台詞を思い出す。
「またすぐに上手くなるから大丈夫」
その当時、先輩バンドが何かの事情で活動が止まっていた。記憶にある限りでは、半年以上。その間は酒を呑んで歩き、仕事を増やして金を溜め、またその金で営業がてら呑んで歩いていた。
そして活動休止中は一切ベースに触らない。理由を尋ねたら返って来たのが上の言葉。
当時は意味が分からなくて「やっぱ兄さんはスゲーです」と、咀嚼もせずに飲み込んだ。20代中盤にまた先輩のバンドが活動を休止したので、昔に聞いた言葉の真意を、改めて説明して貰った。
曰く、どこまでの技術が必要になるか分からないから、練度を維持するだけの練習を漠然と続ける位ならば、他の事に時間を使う。そして活動が決まったら鬼のように弾き倒すのだと。
事実その通りで、バンドの再開が決まると仕事を休み、呑み歩くのもピタリとやめて、2週間以上も引き籠ってベースを弾き続ける。そしてお休みする前と変わらぬ練度と、必要なら+αのテクニックを身につけて、ステージへと帰還する。
この年齢になり、日々の雑事や仕事に忙殺され、結果として楽器は後回し。それでも大丈夫だと思える根拠は、あの頃の先輩と同じような感覚なのだろう。
久し振りにギターを長時間弾くと、柔らかくなった指先に弦が食い込んで痛い。この痛みは以前の強靭な皮膚を取り戻す為のイニシエーションでもあり、紛う方なき体感でもある。
これは楽器に限らない。例えば長時間シェーカーを振ると肩が痛いのは、無駄な力が入っているから、即ち普段振る回数が少ないからだ。
また包丁で大量の食材を処理していると手首が痛む。イベントで手の込んだ料理を作る場合にお馴染みの腱鞘炎モドキ。
こうした痛みは言ってしまえば筋肉痛のようなものであり、この感覚が技術を維持しているのだと考えれば、信用する他にない。
鈍った肉体を取り戻すように、普段の強度を超えた反復は苦痛を伴うが、それに慣れて当たり前に熟せるようになればリハビリ完了だ。
そう、リハビリである。触らない期間が長く、一度落ちた技術を元の水準まで戻す練習。勘を取り戻すような作業で、難しい事ではない。
ある程度の練度を維持した期間があれば、それは立派な体記憶だ。自転車の乗り方を忘れないように、楽器の扱い方も思い出す。
そう考えれば随分と長い事、音楽の世界に居るのだなと。今更ながら再認識したリハビリ時間の白昼夢。
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