1人の道産子視点の辺野古座り込み V.S. ひろゆき氏
辺野古座り込み V.S. ひろゆき氏に関して、
本質らしきものが見えてきた。
・そんな方法もあるかもしれませんが、
こんなやり方が良いと思います
と
・そんな方法じゃダメだ。
こんなやり方が良いと思います。
の違いな気がする。
提案したいなら歩み寄るのが良いってことだろうね🤔
相手も立てつつ、自分も立てるというアサーティブ・コミュニケーションの世界が必要。
ひろゆき氏がそもそもコミュニケーションをしたいんじゃなくて揶揄したいだけなんだったら、そりゃコンフリクトを生むよなと。
アサーティブ・コミュニケーションの原則として、
と言うのがあって、それまさしく辺野古座り込みに見えてくる。
本当は
基地がなくなると嫌な人の感想に対する意見、
基地があると嫌な人の感想に対する意見、
基地がないメリット・デメリット、
基地があるメリット・デメリット、
を「自分の近所だったら視点」で考えて行かないといけないんだろう。
辞書の意味では~~~
いや、辞書によって解釈が異なる~~~
そもそも、辞書の解釈はアップデートされていってるのか~~~
じゃあ、何をもとに正誤の判断するんですか~~~
何て言う草MCバトルレベルの論破合戦をしても誰も幸せにならない。
(安全なところから眺めてニヤニヤしてるタイプの人は幸せになるのかな…?🤔
その辺りはよう分からんね。)
遠く離れた道産子視点ではそもそもふわっとしか知らないことだらけなので、良い機会と思って勉強してみます…
アイキャッチ画像は以下から🙏
https://imidas.jp/jijikaitai/c-40-121-19-04-g769