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伊勢神宮周辺はかつてお寺だらけだった(その3)

https://note.com/buttoise19/n/nccae92182825

伊勢神宮内宮の鳥居前町である宇治と外宮の鳥居前町である山田には、江戸時代までおびただしい数の仏教寺院があった話の、後半になります。

伊勢神宮は我が国最高の尊貴の神であり、天皇本人以外が私的な祈りごとを行うことは厳禁されていました。(延喜式にある「私幣禁断」といわれるものです。)
これと同じく、外来宗教である仏教は禁忌とされ、読経や僧侶の参拝なども禁止されていました。これは「神仏隔離」と言われ、僧侶のことを髪長と言い換えるといった忌み言葉が使われていたことが有名です。


しかし、この2つの原則に大きな転換点がやってきます。
伊勢神宮は天皇の祖先神の宗廟として、その運営費用は朝廷から賄われていました。古代には伊勢国の度会郡、多気郡、飯野郡は神三郡として、その税収はすべて伊勢神宮に充てられていたのです。
ところがしだいに律令制度は揺るぎ、平安時代中期には公地公民・班田収授がほぼ廃絶して荘園が経済の中心になると、伊勢神宮も安穏としていられなくなります。朝廷に頼らない自主財源確保のため(つまりたくさんの荘園の寄進を受けるため)にまず高級貴族による私的な祈祷を受け入れるようになり、その受け入れの対象は次第に武家へと広がります。たとえば源頼朝の伊勢神宮への崇敬が篤かったことはよく知られています。こうして天皇やその周辺にしか関係がなかった伊勢神宮へも、長い時間をかけて、それ以外の参詣者が次第に増えていくことになりました。これが経済的に伊勢神宮が生き延びる、唯一の現実的な方法だったのです。

そこでもう一つの禁忌が問題になります。伊勢神宮の名声が高まるにつれ、僧侶にも参拝を希求する者が現れてきたのです。
平安から鎌倉期にかけては神仏習合が社会常識だったのであり、仏教を忌避していた伊勢神宮もその風潮から逃れることは難しかったようです。実際に、祭主や荒木田家、度会家の禰宜などが隠居後に出家する事例が続出し、一族の氏寺さえ建立しました。

決定的な出来事になったのが、先述の重源を中心とした東大寺衆徒による大仏再建のための伊勢神宮参拝です。これは後白河上皇(法皇)の主導で進められたもので、伊勢神宮側が拒否できるはずもありませんでした。
しかも大仏は再興され、大仏殿も再建できた偉業は天照大神のご加護によるという噂は全国に広まって、ますます貴族、武家、僧侶による参詣が増えることにつながっていきます。

皇學館大学の多田實道先生によれば、僧侶たちが伊勢神宮の神前で行う祈祷(大般若経の転読や番論議など)は大きな画期であり、伊勢神宮の歴史が変わってしまうほどの出来事でした。つまり、
「私的な願い事は、仏式による神前祈祷(これを法楽を呼びます)によれば伊勢神宮で行うことができる」という解釈が生まれたからです。
私幣禁断を定める延喜式では、仏式による祈祷など想定されていません。これは神仏隔離の点で当然のことです。しかしこの、「法楽」というテクニックを使えば、2つの禁忌を同時に乗り越えることができるのです。

こうして法楽は伊勢神宮への祈祷手法としてしっかりと確立し、鎌倉時代には伊勢神宮の近郊に「法楽寺」(京都醍醐寺三宝院の末寺)や「田宮寺」(内宮禰宜の荒木田一族氏寺)が建立され興隆するようになります。
このような法楽寺院は多くの末寺を抱えており、やがて宮川を超えて、次第に伊勢神宮の周囲にも建てられるようになりました。外宮前には「世義寺」、内宮前には「法楽舎」が作られ、天皇の命令による天照大神への法楽が恒常化します。

おはらい町にある宇治法楽舎跡の石碑
多くの僧侶が日々法楽を行っていた

法楽寺院の一つのピークが、室町時代に将軍足利義持によって内宮に寄進された内宮建国寺の建立でしょう。足利将軍からは内宮禰宜に対して、建国時に奉納した一切経により天照大御神への法楽を怠らないようにといった命令すら出されています。内宮建国寺で特筆すべきなのは、その監督を内宮の禰宜が直接行っていたことです。春日大社にしろ石清水八幡宮にしろ、僧侶が神事を行い、実質的に寺院が神社を監督していた事例は多くありますが、多田先生によると
内宮建国寺においては、一切経のみならず、寺領も、寺僧も、そして伽藍までもが(内宮)一禰宜の主宰する内宮庁の強い管轄下に置かれていた。(中略)
かくのごとき寺院を、日本の仏教史上において、果たして見出すことができるのであろうか。否、敢えて大言すれば、世界の仏教史上においても、内宮庁という、いわば異教徒の集団が組織的に統括した内宮建国寺は、極めて特異な存在であったと位置づけられるのではないか。
と評しています。(出典は、多田實道著「伊勢神宮と仏教 習合と隔離の八百年史」弘文堂)

(つづく)


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