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ギガントシャーク 第14話 数式と虫相撲

 ある夏の日、インドのタミルナードゥ州にある街に傍迷惑なヤツらが現れた。
ガガガガッ!
ガガガガガガッ!
黒光りする体のオニクワガタに似た二足歩行と腹這い歩行を使い分ける昆虫型怪獣、識別名『クワガイダー』である。しかも同一種が二体ときた。二体は大地を揺るがして突然現れ、そのまま睨み合って真っ昼間の市街地で格闘を開始したのだ。この怪獣は知能が低く非常に好戦的な性質で出会えばたちまち喧嘩を始めるという習性を持っている。はじめは市街の違う場所から現れ、大顎と地中性の昆虫怪獣によく見られる爪のついた硬い腕でブルドーザーのようにビルや道路を蹂躙してメチャクチャに暴れ回った。そして市街地の真ん中で鉢合わせし、虫相撲を始めてしまった。当然怪獣対策機構が動き出し、市民の避難が進んだのだが、その中に避難を拒んでいる者がただ一人いた。
街の大学で教鞭をとる数学者のチプゥン・カプーン教授である。教授はこれまであらゆる数学者が奮励努力しても証明に至らなかった「ワ・ケワ・カランの定理」を解き明かさんとしていた。
「教授!早く逃げましょう!」
助手の学生が教授に避難を促す。しかし、
「ダメだ!この定理を解き明かすまでは決してここを離れん!私の信念は怪獣ごときに壊せる者ではない!」
「信念は壊されなくても大学は壊されます!下敷きになったらどうするんですか!」
「私は決してやめん!決心したからな!」
「死んだら元も子もないでしょう!」
「そうなったら来世で解き明かすまで!」
教授はヒンズー教徒らしい死生観を持ち出しながら言い訳し、机を離れようとしなかった。クワガイダーたちが格闘し、重機のエンジン音のような耳障りな鳴き声が街に轟く。
ガガガガガガッ!
ガガガガガガガッ!
「なんと喧しい‥あんな見るからに知能の低い生物に屈して逃げ出すなど、数学者として決してあってはならん!」
「変な意地張らないでください!逃げますよ!」
ドカン!ドカン!バタン!
クワガイダーたちの格闘はますます激しさを増し、大学の建物が大きく揺れはじめる。
「これ以上は無理ですって!さ、逃げましょう!」
その時、空から怪獣対策機構の戦闘機がクワガイダーを攻撃する。爆撃がクワガイダーの硬い背中に与えたダメージは微々たるものだったが、進路を変えることには成功した。
「さぁ教授!今のうちに!」
助手が避難を促す。しかし教授は
「よくやってくれた!これで計算を続けることができるぞ!」
「なんでそうなるんですか!」
と、そこに突然、
地面から巨大な背鰭が突きでて、土煙を立てて巨大な何かが現れる。
「どりゃあ!」
それはクワガイダーを殴り飛ばす。
さらに
「はぁぁぁぁーっ!」
空から巨大な影が舞い降り、クワガイダーに飛び蹴りを見舞う。二つの影の正体は‥
「荒波の使者、ギガントシャーク!」
「海風の使者、ギガントオクトパス!」 
「「ふたりは守護怪獣」」!
「地上を荒らすクソ害虫め!」
「とっとと地底に帰りなさい!」
大仰な名乗りとともに決めポーズをとったのは二足歩行の紺色のサメの怪獣と、背中に翼のある黄色のタコの怪獣‥ギガントシャークとギガントオクトパスだ。
「タコッピ‥悪いけどコレ、次からはナシな。」
「えぇーっ!名乗りカッコいいのに〜」
「無駄だぞこんなの!」
「無駄じゃないもん!」
ガガガガガガガガガッ!
二匹が揉めていると、怒ったクワガイダーの一体が突進してくる。
「おっと。」
シャークがその大顎を両手で掴んで止める。
ガガガガガガガガァーッ!
もう一体も猛然と襲いかかってくる。
「テンタクルシールド!」
オクトパスは増殖させた触手を使って弾力ある盾を作り、クワガイダーの攻撃を無効化する。
「ふぅ‥」
オクトパスは
「シャークが来たぞーっ!」 
「オクトパスもだ!」
「これで安心だな!」
街の人々が口々に言う。みな彼らの登場を待ち望んでいた。ただ一人を除いては。
「帰れーーーっ!」
「なんてこと言うんですか!助けに来てくれたんですよ!」
「私は怪獣が嫌いなんだ!」
「怪獣は怪獣でも、彼らはヒーローです。」
「私からしたら大して変わらん!地面を揺らして学問の邪魔をする!」
「だから避難しましょう。避難所でゆっくり計算すればいいじゃないですか。」
「研究室じゃなきゃ落ち着かんのだ!」
「まったく‥強情なんだから‥」
一方
ギィィガガガガガガガガァッ!
「シャークエナジーパンチ!」
ガギィッ‥ガガガガガガガガ‥
突進してきたところにシャークのパンチを受けたクワガイダーが後ろにのけぞり、歯軋りするかのように鳴く。
ギィッ!ガァッ!
クワガイダーは鋭い爪で往復引っ掻きをシャークに見舞う。
「ぬぁぁっ!」
硬質の爪の力は意外と強い。シャークは比較的大きいダメージを受ける。クワガイダーは知能は極めて低いが、馬力は凄まじい。怯んだシャークにすかさず連続押し出し攻撃を決めてくる。シャークは建物をいくつか破壊して尻餅をついてしまう。クワガイダーは後ろに下がり、背中の翅を開いて大顎を大きく開き、飛び上がって高速で回転しながら急降下してくる。シャークは間一髪で立ち上がり回転するクワガイダーを両手で受け止め、
「シャークスパーク・マキシマム!」
と叫ぶ。電撃がクワガイダーの全身に走り、ダウンする。
「さすがに効いたろ。もういっちょお見舞いしてやらぁ!」
シャークは動かなくなったかのように見えるクワガイダーにキックを打ち込もうとする。
しかし、
ガブッ!
「ぐわぁぁぁぁぁっ!」
クワガイダーはシャークの足に噛みつき不意打ちを仕掛ける。
「この野郎!」
シャークはクワガイダーの頭を蹴飛ばす。
グギィッ!
クワガイダーは叫び、苛立ちながら体を起こし、シャークに向き直る。

その頃、オクトパスはもう一体のクワガイダーと激しい空中戦を繰り広げていた。バレリーナのような華麗な攻撃と、知能の低さが滲み出たガサツながらも激しい攻撃の応酬。クワガイダーの硬質な爪や顎はオクトパスの柔らかい肌には応えるのではないかと思うかもしれないが、彼女の皮膚には弾力のあるので、そう簡単には通らない。大顎回転攻撃もテンタクルシールドで受け止めてしまう。しかし、クワガイダーの攻撃は非常に激しいので、ある程度の傷は負っていた。空気を切り、お互いがぶつかり合う音が街に響く。
地上ではシャークとクワガイダーの凶暴ファイトが相変わらず続いていた。噛みつき、
回転、引っ掻きと攻撃のパターンは少ないが、知能が低い分が全てパワーに行っているのか破壊力は非常に高く、シャークは予想よりも苦戦していた。誰もが固唾を飲んでこの死闘を見守る中‥

「どっちでもいいから勝つか負けるしろ!」
「教授!シャークたちが勝たないと次回から『クワガイダー』が始まってしまいます!」
「別にいいだろ。クワガタだって子供に人気だしな!」
「よくありません!あんなのが主人公の作品とか世も末です!」
(※『クワガイダー』が始まった場合、本文の全てが『グ』『ギ』『ガ』のみで構成された前衛的な作品となります。)
(※※やりません)
「とにかくだ!私の計算のためにも早く勝負をつけてくれ!」
しかし、勝負はつきそうにない。一進一退の同じような絵面の戦いがかなり長い間続き、教授を苛立たせた。戦闘機や戦車の援軍もやってきて、音もどんどん激しくなる。
「私はいつまで虫と海鮮の小競り合いを見ていればいいのだ‥」
「どうやったらあの激戦をそんなにつまらなさそうに表現できるんですか‥」
「悪かったな理系で文才ゼロで!」
「一言も言ってませんよそんなこと!」

爆発と咆哮が轟く市街地。クワガイダーはその力を100%発揮し、全身にオレンジ色のKエナジーのオーラを纏い、翅を広げてシャークに向かって飛びかかってくる。シャークは両手の拳に群青の電撃を纏い、勇ましい咆哮と共に突撃していく。
オクトパスも空気を切る音を青空に響かせながら壮絶な空中戦を続けていた。教授は凄まじいという言葉では書き表せないほどの轟音の中、懸命に計算を続けていた。彼はこれを鳥の囀りや外を走る車の音などなんてことのない環境音だと無理やり思うことにした。
「これしきのことで動じるな!」
教授は過集中状態に入り、計算を続行した。

シャークは電撃を纏って市街を高速移動し、金色の光を纏って巨大な爪を振り回すクワガイダーと激しい格闘を繰り広げていた。シャークは拳に全身の電撃を集中させ、連続パンチでクワガイダーを圧倒する。クワガイダーも腕を激しく振りまわして凄まじい攻撃を仕掛けてくる。
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」
グガガガガガガガガァッ!
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ギガガガガガガガガガアッ!
ズドドドドドドドドドドド!
ドガガガガガガガガガガガガッ!
ズゴォォォォォォォォッ!

もはや騒音とかそういう問題ではなかったが、教授はここにきて何らかの境地に辿り着いていた。
(集中力を解き放て!) 
彼にはもはや外の大轟音が鳥の囀りや学生たちのおしゃべり、車のエンジン音程度にしか聞こえていなかった。全神経をノートの上の数式に注ぎ込み、死ぬ気で計算を続けた。 

その頃、シャークたちとクワガイダーの戦いも佳境に入っていた。二体は体力をかなり消耗していたが、二体のクワガイダーの疲弊も目に見えていた。
「シャー君、そろそろ決めようか。」
「そうだな!やるか!」
シャークは背鰭を青く輝かせ、オクトパスは翼を大きく広げる。
「シャークサンダー!」
シャークは雷鳴のような音と共に青い光線を吐く。
「オクトパストルネード!」
オクトパスは空に舞い上がり、翼を大きく広げ、触手をスカートのように広げて体を回転させて竜巻を起こす。
光線と竜巻はクワガイダーたちに直撃し、二体の体は後ろに飛ばされる。
グガガガガッ!
グギャァァァァッ!
二体は叫び声を上げながら遥か彼方に飛んでいき、見えなくなった。
「ばいばーい。」
オクトパスがそう言いながら手を振る。
「決まったぜぇ‥」
シャークがいつもの決め台詞を言う。
そしてその頃、教授はついに数式を解き明かし、定理の証明に成功した。
「やった‥ついにやったぞ‥」
「やりましたね!」
「怪獣たちは、私に試練を与えてくれたのかもしれん‥」
教授は感慨深そうに呟いた。
戦いを終えたシャークとオクトパスは逃げ遅れた人はいないか確認するために街をゆっくりと歩く。ブレットとマーク、ミスティも一緒だ。すると街外れの大学から男が狂喜しながら走り出てきた。
「な、何だ。お前逃げずにずっとそこにいたのか?」
「危なすぎるよ!」
「やぁサメ君にタコ君。私はついにこの定理を解き明かしたぞ!」
「テイリって何だ?」
「よく分かんないけど‥人間さんのお勉強かな?」
「まぁ、見てくれたまえ。」
教授は数式がびっしり書かれたノートをシャークたちの前に差し出す。
「いや、見えん。」
「よく見えないなぁ‥」
身長40m超の二体にはノートの文字が見えない。
「じゃあこれで見たら?」
ミスティがライトのようなものを取り出し、ノートに青い光を当てる。するとノートがシャークたちにもはっきりわかる大きさでホログラム表示された。
「こいつはありがてぇ。」
「どれどれ‥」
シャークとオクトパスはノートをまじまじと見つめる。
「ぷっ!」
オクトパスはノートを見るなりいきなり吹き出した。
「ギャハハハハハハハハ!」
「アハハハハハハ!おっかしー!」
二匹は体を捩らせて大笑いし始めた。
「何がおかしい!?」
「これほど面白いギャグを書くとは、大した豆ツブだぜ。」 
「ギャグ!?」
「おじさん、コメディアンの才能あるよ!」
「コメディアン!?!?」
教授は二体が何を言っているのか全く理解できなかった。
「ミスティさん‥どういうことだ?」
「たぶん‥怪獣と人間じゃ笑いのツボが違うのよ‥つまり彼らにとって数式は爆笑ものってわけ。」
「怪獣の考えはわからん‥」
「ギャハハハハハハハハハハハハハ!」
「アハハハハハハハハハハ!」
二体の笑い声が街に響き渡る。苦心して解き明かした数式を見て大爆笑する二体を見て教授は
「やっぱり怪獣なんて嫌いだーっ!」
と叫ぶのだった。
(※この後、学会からは正当な評価を受けました。よかったね。)


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