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ギガントシャーク 第五話 鏡島の伝説

 ギガントシャーク一行はアリゾナからまた無茶な航路で日本海にある孤島、鏡島に向かっていた。シャークはサメたちを連れ、気持ちよさそうに海原を行く。船の中の厨房ではマークが鼻歌を歌いながら料理を作っていた。
「何作ってんだ。」
ブレットが船の厨房に入って来る。
「卵焼きだよ。前に日本で食べて気に入って、作り方を覚えたんだ。できたのがそこにあるから感想を聞かせてくれ。」
「どれどれ。ほう。こりゃいける。前日本に来た時行った朝メシだけ出してくれる食堂の味に似てるな。」
「そう。あそこのを意識してみたんだ。」
「楽しそうだなぁ。」
青く鋭い眼光が船を覗く。
「うわっ!」
「シャーク!いきなり覗くな!」
「すまんすまん。何食ってるんだ?」
「卵焼きだよ。鶏の卵を溶いて焼いたやつ。」
「なんだそれ!オレ様も食いたいぞ!」
「そりゃ無理だ。お前を腹一杯にする卵焼きを作るとすりゃ、ダチョウ‥いやジャイアントモアの卵が10万個は必要だ。」
「ちぇっ!つまんねぇの。」
「みんな、そろそろ着くわよ。」
ミスティが厨房に入ってくる。
「今回も言い伝え関連だろ?」
「そうよ。鏡島にはこんな伝説があるの。昔、この島にある村で大規模な飢饉が起こったの。飢えた村人たちを救うべく、この村に流されていた侍が山に食べ物を探しに行って、「ミカガミ」という鏡のように輝く大きな物ををいくつか見つけたの。それはとても栄養が豊富で村人全員に行き届いたわ。でも、そのミカガミを守っていた2体の鏡亀という妖怪が現れて、村で暴れ出した。侍は知恵を絞って一体を倒してもう一体の鏡亀を穴の中に閉じ込め、封印した。よくある怪物退治の英雄譚ね。」
「その話は確かなのか?」
「えぇ。微弱な生命反応が鏡島から出てるのが以前から確認されていたわ。そして最近、その生命反応が活性化したの。」
「これはマジだぜ!日本海のサメどもが教えてくれた。」
「ソウ マジデヤバイ」
「オレタチノウミ アブナイ」
ホホジロザメとシュモクザメが海から顔を出してシャークに言う。
「オレ様がブッ飛ばす。心配すんなって」
シャークは自信満々に答える。
やがて鏡島が見えてきた。ほとんどが山に囲まれ、中心にかつて人が住んでいた村の跡地が見える。 
「1970年までは80人あまりの人が住んでいた村があったけど、今は廃村になってるわ。」
「人がいないなら心配ないような‥」
「いいえ。怪獣は無限の食欲を持ってるの。復活すれば周辺海域の生態系を絶滅させるわ。その後は本土に行くでしょうね。さらに怪獣は排泄機能を持たず、食べたものを全てエネルギーに変換するから食らえば食らうほど強くなるの。」
「そりゃ大変だ!」
「そしてここは有数のサメの生息地。蘇ったらまず狙われるのは彼らよ。」
「そうだ。だからオレ様がブチのめす。」
シャークがいつになく真剣に言う。
やがて一行は島に上陸する。フジツボだらけの漁船が港に打ち捨てられていた。島に入ると民家や駄菓子屋と思われる廃墟がいくつかあった。割れたガラス窓からは見える室内にはブラウン管テレビやちゃぶ台が置かれており、生活感が残っている。
「生命反応はこっちよ。」
ミスティが指差す方向には崖があった。見ると何やら青銅のような質感の突起が露出している。
「体の一部が出て来てるみたい‥」
一行はその崖の近くを流れる沢の岸辺に大きな洞穴が開いているのを見つけた。
「この前の調査ではなかった穴よ。この間の土砂崩れが原因でしょうね。」
穴に近づいていくと中にキラキラと光る何が見えた。それは鏡のように光を反射するダイヤモンドのような質感の楕円形のものだった。
「なんだこれ‥」
「もしかして、これがミカガミ‥」
マークが手を伸ばそうとすると、突然地面が大きく揺れた。そして崖が崩れていき、鋭い爪のついた緑色の腕が飛び出し、巨大な怪獣の姿が顕になる。
フェェェェェェッ!
咆哮と共に姿を現したのはまるで古代日本の青銅器のような質感の肌を持つ緑と青の亀に似た怪獣だった。顔はスッポンに似て、腕は緑、甲羅は青で全身に古代文明を思わせる模様が見える。甲羅の肩の部分には銅鐸にあるような突起がある。腹側の甲羅は鏡のように輝いている。
フェェェェェェェェェッ!フェェェェェッ!
「出たな!」
「シャーク!頼んだわよ!」 
「ヒーローの出番だぞ!」
「待ってたぜぇ。」
シャークはそう言いながら海中からその姿を現し、怪獣と対峙する。
「かかってきやがれ。カメ野郎。」
いつものfuckサインを決めたシャークはいきなり怪獣に掴みかかり、ガッチリと拘束する。怪獣はジタバタと手足を動かして抵抗する。ちょうど手で掴まれて嫌がる亀のようだ。怪獣はシャークの方に首をぐるりと動かし、ホースのような鼻先から塩水を噴射した。
「ぐわっ!」
シャークの目に塩水が入り、悶絶する。その隙に怪獣はシャークの腕からするりと抜け出す。そしてシャークの前に立ちはだかる。
「コレでどうだ!」
シャークは帯電状態になり、手のひらに電気を溜める。そして
「シャークエナジーボール!」
と叫んで両掌から電気の球を発射する。
フェェェェェェ!?
ミズハメは電気の球を見て一瞬戸惑うが、すぐに体勢を立て直して腹側のガラスのような質感の甲羅を見せつける。電気の球が、その部分に当たると跳ね返り、シャークの方に飛んでくる。
「うおっ!」
シャークは跳ね返って来た球を避ける。弾は崖に当たり、爆発する。
「なんだ今のは?」
「あの腹側の甲羅、攻撃を跳ね返す力があるみたい‥」
フェェェェェェッ!
怪獣は勝ち誇ったかのように吠える。
「じゃあこれならどうだ!
シャークエナジーパンチ!」
シャークは拳を帯電させた状態で怪獣の腹を殴りつけた。しかし、
ビリビリビリビリビリビリビリッ!
「シビレーーッ!」
シャークの拳が怪獣の腹に触れた瞬間、電撃が全て彼の体に流れた。彼の体は自分の電気では感電しないようにできているはずだが、怪獣の甲羅はそれすら変換してしまうらしい。
「しびれちょっく‥」
シャークはよく分からないことを口走りながらふらふらしていたが、頬を叩いてすぐに正気に戻り、怪獣の方に向き直る。
「よくもやりやがったなぁ‥」
フェェェェェェッ!フェェェェェェッ!
怪獣は横に飛び跳ねながら両腕を広げ、行手を阻むような姿勢をしていた。
「まるで何かを守ろうとしてるみたい‥」
「何かって‥」
「もしかして‥」
ミスティは何かに気づいたかのような顔をして、先程の洞穴の方に向かった。そこにはあの「ミカガミ」があった。ミスティはそれに生命反応検知器を向けた。
「やっぱりこれはあの怪獣の卵だわ。伝承で村人たちを飢饉から救ったのは栄養豊富な卵だったってわけね。」
「なぁ‥ミスティさん‥」
ブレットが尋ねる。
「何?」
「アイツを殺さないでやれないのか?卵を守ってるだけなんだろ?じゃあなんとか‥」
「俺も‥心が痛むな‥」
それを聞いてミスティは悲しげに俯いた。
「残念だけど‥それは無理よ。」
「どうしてだ?」
「行ったでしょう?怪獣は生態系を食い尽くすって。私たちの最大の目的の一つは怪獣の繁殖を止めること。もし、あの十数個の卵が孵れば、大変なことになるわ。幼体はこの近海のみならず、日本海全体が死の海になるまで生物を喰らい尽くす。そして急速に成長して日本本土に上陸するわ。あの怪獣が十数匹も街に現れることになれば、その振動で他の怪獣も連鎖的に蘇って、日本列島は怪獣の楽園になるでしょうね。。元いた人間や動物が全部踏み潰された後でね。」
「‥‥」
ブレットとマークは黙ってしまった。
「それに‥シャークのあの目。彼にも何か守りたいものがあるみたいね。」
彼が守りたいもの、それはこの近海で最近妊娠したばかりのホホジロザメの母親だった。シャークは日本海に入った時、彼女が妊娠したことを知った。そしてこの怪獣のことを感じとった。彼女が食われてしまうことはなんとしても避けたかった。彼女だけではない。日本海の、いや地球上の全てのサメが彼にとっての大事な友である。だから彼らを怪獣から守る義務があるのだ。
「シャーク、その怪獣は卵を守ろうとしているみたい!」
「そうか‥だからお前はやけに必死だったんだな‥だがな‥オレ様にも大事なダチがいる。そのダチを一匹たりともお前やお前のガキの餌にするわけにはいかねぇ。卵を守りたきゃオレ様を殺せ!命を賭けてかかってくるんだな。生きることは殺すことだ。」
フェェェェェェェェェェッ!
怪獣はそれに応えるかのように吠え、向かってくる。
「それでいい。存分にやり合おうじゃねえか。カメさんよ!」
シャークは電撃をたぎらせて敵めがけて走り出す。
シャークは電撃を体に受けながらも何度も腹側の甲羅を殴りつける。光を反射する板を叩き割ろうとしているのだ。怪獣は鼻から塩水を噴くが、シャークは口を開け、それを全て口の中に入れる。怪獣は両腕の鋭い爪で二回連続の引っ掻きを行う。シャークは後ろに下がるが、すぐにヤスリのような鮫肌で反撃し、反射板を傷つける。怪獣はそれにより一瞬怯む。その隙をついてシャークは突進し、傷ついた反射板の一部を掴む。そして
「ぬぉぉぉぉぉぉ!」
ベリベリベリベリベリ!
怪獣の腹側の甲羅についた反射板を怪力で引き剥がした。
フェェェェェェェェェェッ!
怪獣が叫ぶ。
「これで小細工はなしだぜ!」
シャークは剥がした反射板を海に投げ捨てながら言う。
反射板を剥がされた怪獣はシャークを睨みつける。お互いの目から火花が散っているように見えた。
「もう、私たちが干渉する余地はないわ‥」
ミスティが言う。
「これは弱肉強食の大自然の戦いよ。命を賭けて子を守ろうとする母親と友を守ろうとする男の、『守るための殺し合い』。」
これは怪獣同士の問題である。ちっぽけな人間である3人は、ただ傍観することしかできなかった。
「それと、あの怪獣の名前は『ミズハメ』にするわ。日本神話の水の女神。海辺に棲む誇り高き母親に相応しい名前。」
フェェェェェェェェェェッ!
ミズハメは咆哮しながら突進してくる。
それから噛みつき、引っ掻きの応酬が始まった。どちらかが死ぬまで終わらない、血まみれの戦い。勝った方が守りたいものを守ることができる。お互いに顔や体を殴り合い、鮮血が海に迸る。それに寄せられたサメたちが荒れ狂い、興奮し、戦いに沸き立つ観客の如く水面を跳ね、ミズハメの手足に噛み付く。彼らも生きるために必死なのだ。お互いがボロボロになったところで、そしてサメたちがミズハメを取り囲む。そして、勝敗のジャッジが決まる。
「お前ら。準備はいいか?」
シャークの言葉にサメたちが頷くような素振りを見せる。
「必殺ムラサメ流し!」
その号令とともにサメたちがぐるぐると回転し、巨大な渦潮を巻き起こす。鮮血に染まった赤い渦潮。ミズハメはもがきながらその中に巻き込まれていき、水中に消えた。
「はぁ‥はぁ‥」
シャークは全身傷だらけになりながら海を進み、ミスティたちの方に向かう。
「終わったぜ‥」
シャークはどっと疲れたようで、息切れしていた。
「さて‥この卵だけど、孵らないうちに、本部から重機を借りて潰しましょう。」
「待てよ‥シャーク、腹減ってないか?」
ブレットが提案する。
「そりゃもう腹ペコだぜ。今すぐにでもクジラに食らいつきたい。」
「ミスティさん。デッカいキッチンみたいな設備があると嬉しいんだが‥」
「丁度あるわ。シャークには美味しいものを食べさせてあげたいと思って、この後、大きな加熱式の鉄板を本部に発注したの。大きな調理器具もいくつか。重機と一緒に今すぐ持ってこられるわよ。」
「そいつばちょうどいい。シャーク、お前の食べたがってた卵焼きが食えるかもだぞ。」
「マジか!食いたいぞ!」
「あの卵を食わすのか?」
「伝承には栄養が豊富だと書かれていたわ。それに、成分調査をしたけど、特に有害な物質は含まれていなかった。まぁ、シャークは怪獣だから、たとえ毒でもなんでもエネルギーに変えちゃうけど。」
「卵焼き♫卵焼き♫」
シャークは幼い子供のようにはしゃいでいた。 
やがて空母ほどの大きさのある鉄板が来た。ブレットたちは卵を重機で回収して船に乗せ、シャークの横に浮かべた。ミスティが鉄板のスイッチを押すと、鉄板が加熱される。
シャークはマークに作り方を聞いていた。島の岸壁に卵をぶつけてヒビを入れると、巨大なカップに中身を入れて巨大な箸で器用にかき混ぜ、鉄板の上に流して焼き、固まってきたところで何度か巻いた。形になったところで皿代わりの船の上に乗せた。完成した巨大な卵焼きをシャークは大きな手で掴み、口に放り込んだ。ほんのり甘い味が口に広がる。彼は咀嚼すると同時に口角を上げ、何か悪巧みをしているかのような凶悪な笑顔を見せた。
「なんだその顔は。気に入らなかったのか?」
「違う。美味いんだよ!この顔はデリシャスマイルとでも読んでくれ。」
「なんか命の危機を感じる笑顔だな‥」
「サメが獲物に喰らいつく直前に見せる顔に似てるわね。」
シャークは夢中で卵焼きを口に放り込んでいた。
母親怪獣ミズハメは死んだが、その体は深海のサメや他の生き物たちの餌となり、その卵はシャークの糧になった。ミスティは彼らが命を繋いだことを実感しながら、シャークの食事風景を眺めるのだった。

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