ギガントシャーク 第7話 霧の中で
日本の丹沢山系の一部、大山、丹沢山周辺の森林の一角に突如として深い霧がかかり、登山客が次々と行方不明になる事態が起きた。それを探しに出かけた捜索隊も姿を消すという異常事態に怪獣案件の疑いがかけられ、調査のためシャーク一行が派遣された。ブレットとマーク、ミスティは大山阿夫利神社の参道に来ている。参道はいつもに比べて人が少なかった。霧を気味悪がってか大山や丹沢山地の諸山の登山客の足が途絶え、観光産業にも打撃を与えているのだ。シャークは宮ヶ瀬湖で待機中だ。ブレットたちは完全に観光気分になっていた。
「記念にあのコマ買ってこうぜ!」
「そうだな。後でデカいのも作ってもらうか。シャークのために。」
「そいつはいい。」
二人は伝統工芸品のコマをいくつか購入していた。土産店を見るたびに目を輝かせる二人を見てミスティが言う。
「ちょっと二人とも。遊びに来たんじゃないのよ。」
「分かってるよ。でも、こういうとこに来るとついはしゃいじまうのが俺らの性ってもんよ。」
「俺たちは永遠の高校生だからさ。」
「おっ!ソバ屋だ。昼メシはあそこにしようぜ!」
ミスティはため息を漏らしながらもしぶしぶ二人に続いて店に入る。
三人は蕎麦をすすりながら今回の案件について話していた。
「不自然な霧ねぇ‥」
「そう。ここ数ヶ月で急に丹沢山地のある区域だけが霧に包まれたの。」
ミスティは地図を指差しながら言う。
「そして、ここに入った登山客や警察の捜索隊が行方不明になってる。」
「神隠しってやつか‥」
「そう。世界中で確認されている行方不明事件のほとんどは怪獣の仕業よ。日本の神隠しも、メアリー・セレスト号事件もね。怪獣の中には眠っている時も触手や舌を伸ばして捕食活動を行うものがいるの。岩や木に擬態するのもね。そういった怪獣たちの餌食になったのが行方不明者ってわけ。怪獣は人間なんて一呑みだし、排泄もしないから全く証拠が残らない。異次元転移だのタイムワープだの色んな説が出てるけど、実に簡単な理屈よ。まさか神隠しが獣害だなんて、昔の人は思いもしなかったでしょうね。」
「怪獣は人を食うのか‥」
「えぇ。種によってはね。」
「ってことは今回の相手は人食いってことか?」
「その可能性は高いわ。」
「外人さんたち、ひょっとして怪獣をやっつける人?」
店主と思しき中年女性が話しかけてくる。
「はい。怪獣対策機構のミスティです。」
ミスティは流暢な日本語で答える。
「あの霧ってやっぱり怪獣のせいなの?」
「私たちはそう踏んでいます。」
「そう‥昔もあったのよね〜。私が子供の頃、あの辺りの山に入った人がみんな消えちゃって、お年寄りたちは「テナガ様」が出たって騒いでたわ。」
「テナガ様ね‥どうやら怪獣の存在は確定みたいね。」
「その時も人食ってたのか‥」
「マジか。怖いな〜。」
「ビビんなよマーク。こっちにゃシャークがついてる。」
「そうだけどさ‥」
「この後、早速山の中に入るわよ。」
その後、一行は大山の登山道を通り、途中で逸れて道なき道を歩き続けて該当の場所の近くまで来た。日頃から冒険慣れしている彼らにとっては大した事のない道のりだった。見ると、確かにある区画だけ深い霧がかかっている。その場所だけが綺麗に霧に包まれており、周囲は晴れたままである。
「ありゃ見れば見るほど不自然だな。」
「そうね。はぐれないように気をつけて入りましょ。」
一行は霧がかった森の中に入っていく。
霧は想像以上に深く、2m先も見えない。
「離れるなよ。」
「分かってるよ。」
三人は常にお互いの顔が見えるように森の中を進む。だか、その十数分語‥
ブレットはマークが横にいないことに気づいた。ミスティも消えている。
「ありゃ‥」
彼は確かにはぐれないように細心の注意を払っていた。にも関わらず二人は姿を消した。
「マーク!ミスティさーん!」
ブレットは二人の名前を大声で呼ぷ。
「ブレット〜!どこにいるんだー!」
一方、マークもブレットを探して霧霞む森を彷徨っていた。二人が一緒に行動しているときにはぐれたことはこれまでの旅で一度たりともない。にも関わらず、いつの間にかバラバラになっていた。
「あれほどはぐれるなって言ったのに。困った人たちね。」
ミスティも少し苛立ちながら森を歩いていた。
「ブレットー!マークー!」
ミスティは大声で二人を呼ぶ。しかし、返事はない。
そして三人は同時に何かの足音を聞いた。ズシンズシンという巨大な生物の足音。間違いなく怪獣だ。この霧の中に怪獣がいる。
エエエエエエェェェン‥
赤ん坊の泣く声のような不気味な咆哮が森に轟く。三人は辺りを見回す。すると霧の中から何かが伸びてきた。長い爪がついた巨大な手だ。三人は同時にそれを目にした。手は彼らを掴もうとまっすぐ伸びてくる。
「ぬおっ!?」
「ひいぃぃっ!」
「嘘でしょ!」
三人は慌てて走り出す。長い手が木々を分けて追ってくる。彼らは絶体絶命の窮地に追いやられた。
その頃、シャークは宮ヶ瀬湖の水面で大いびきをかきながら仰向けで寝ていた。周りにはお供のオオメジロザメたちがぐるぐると回っている。遠足で宮ヶ瀬ダムを見学に来た小学生たちが物珍しそうにその様子を見ていた、
「すっげー!本物のギガントシャークだ!」
「怪獣、この辺にいるのかな。」
子供たちは口々に言う。オオメジロザメの一頭が霧がかった森の方を向き、シャークの方に泳いでいき、太もも辺りに軽く噛み付く。
「ふがっ!」
シャークが目を覚ます。
「ヤツニ ウゴキ アッタ オキテ」
シャークはしぶきを立てながらゆっくりと起きる。
「アニキノナカマ アブナイ」
「何?」
シャークはそれを聞くなりすぐに立ち上がりる。子供たちの嬌声が上がる。
「シャークが動いた!」
「怪獣やっつけてねー!」
シャークは子供たちに軽く手を振ると、森の方に向き直る。
「今行くぞ!」
シャークは木々を薙ぎ倒しながら霧がかかった区域に向かっていった。
その頃、ブレットたちは迫り来る腕から逃げているうちに、いつの間にか再び合流していた。
「二人とも!どこにいたの?」
「一緒だと思ったら、急にはぐれちまって‥」
「んなことより早く逃げるぞ!」
三人は苔むした岩壁の前まで追い詰められる。彼らが逃げ場を失ったことを確認したのか、長い腕は引っ込んでいく。そして霧の中で腕の主が立ち上がる。三人の前に姿を現したそれは異質な姿をしていた。四本の細く長い腕とこれまた細く長い両足を持ち、姿勢は傴僂に近く、体は骨が浮き出すほど痩せこけており、まばらな体毛がある。尾はネズミのそれに似ていた。体はくすんだ肌色でところどころ緑色の血管が浮き出ている。頭部は小さく顔は丸い。顔には緑色の細い瞳、口には乱れた乱杭歯があり、鼻の穴らしきものが頭頂部にある。これまでの怪獣は何かしらの動物に似ていたが、これは既知のどの生物にも似ていない。強いて言えば人間に近いが、あまりにも異質な姿だった。
エェェェェェェェェン‥
怪獣は赤ん坊の声のようなくぐもった声を出す。
「な、なんだコイツ‥」
「名前はテナガアシナガなんかどうかしら‥」
「この状況でネーミング‥」
ミスティは持ってきていた簡易バズーカ砲を取り出し、テナガアシナガに向けて撃とうとする。しかし、スイッチを押しても弾が発射される気配がない。どうやらこの霧には機械を動かせなくする効果があるらしい。
そうこうしてるうちにテナガアシナガは長い腕を伸ばし、三人を掴もうとする。
「くそっ!これまでか!」
彼らが諦めかけたその時、霧の向こうからドスドスという足音が聞こえた。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
霧を裂いて細く筋肉質な腕が現れ、テナガアシナガの顔面を殴りつける。
エェェェェッ!?
いきなり殴られたテナガアシナガが戸惑いの声を上げる。
「間に合ったぜぇ‥お前ら大丈夫か?」
「シャーク!」
「よく来てくれた!」
「当たり前だろ!怪獣あるところにオレ様ありだぜ!」
シャークはテナガアシナガの方に向き直る。
「さぁて‥かかってきやがれ。ヒョロガリ野郎。」
シャークはいつものように敵に中指を立てる。そして、戦いのゴングが鳴った。
エェェェェェェェェッ!
テナガアシナガは背中を曲げ、長い腕を前に出して全力で走ってくる。シャークも同じように走りながら突進する。そして拳を再びかかげる。拳がテナガアシナガの方に向かって飛んでいく。が、テナガアシナガは2対目の右腕を伸ばしてシャークの拳を受け止め、1対目の右腕でシャークの顔を長い爪で引っ掻いた。
「ぐわぁ!」
シャークは後ろに後退りする。が、すぐに体勢を立て直し、今度は拳を帯電させて、四本腕のガードの間を掻い潜ってその鳩尾に拳を叩き込む。
「シャークエナジーパンチ!」
エェェェェエ"ッ!
拳は見事にテナガアシナガの胴体にめり込み、テナガアシナガは苦悶の声を上げる。しかし、敵はすぐに体を大きく眺め、乱杭歯の並んだ口で拳を打ち込んだ直後のシャークの腕に噛みついた。
「ぐうっ!」
この攻撃のせいで相手の体に電撃を送り込む技の仕上げが妨害され、シャークエナジーパンチはただのパンチになってしまった。
シャークは腕を押さえる。ズタズタになった皮膚から鮮血がこぼれ落ちていた。
エエェェェェェェェェッ!
テナガアシナガは頭を前に出して大きく吠えると、体をうねらせて体の側面にいくつもの穴を出現させた。そしてその穴から濃い霧が出始めた。辺りの霧がどんどん深くなっていき、ついにはブレットたちにもシャークとテナガアシナガの姿が見えなくなるほどになった。シャークも濃霧の中、テナガアシナガの姿を見失ってしまう。
「何も見えねぇ‥」
「奴は霧を武器にして獲物や敵の視界を奪うことで太古から生き残ってきたのね‥」
「シャーク、大丈夫かな‥」
「今は彼が勝つことを祈りましょう。」
「クソ!どこにいやがる!」
シャークは一寸先も見えない程の霧の中、辺りを見回す。あちこちで気配はするも姿は見えない。シャークが狼狽えていると、前から素早く手が伸びてきて、長い爪でシャークの体を引っ掻いた。
「ぬあっ!」
シャークの体には長い引っ掻き傷ができる。シャークが敵を探していると、今度は後ろから腕が現れ、気付かないうちに背中を引っ掻かれる。
「ぎゃああっ!」
シャークは後ろを向くがすでにそこに敵の姿はない。そして長い腕がどこからともなく伸びてきて、シャークの体を縦横無尽に引っ掻いて攻撃する。テナガアシナガは身軽な体で森の中素早く移動しているようだ。シャークはいつどこから敵がくるのか分からず、焦燥感に襲われていた。
「卑怯だぞ!真正面から来い!」
シャークは全身から血を流しながらそう言うが、そんな言葉がテナガアシナガに届くはずもなく、四方八方から引っ掻き攻撃が飛んでくる。
「畜生‥どうすりゃ‥」
そう思いながらシャークが横を向いた瞬間、長い腕が爪を振り下ろそうと飛んできたのが見えた。シャークは咄嗟にその腕に自身の爪を食い込ませ、小さな傷をつけた。緑色の血が吹き出す。
「覚えたぜ‥テメェの血の匂いをなぁ‥」
シャークは生物の血の匂いを個体レベルで嗅ぎつけることができる。そして今、テナガアシナガはシャークの術中にはまった。そうとは気付かず、テナガアシナガは再び後ろから腕を伸ばし、シャークに引っ掻き攻撃を見舞おうとする。が、シャークはその腕を掴む。
「もう、その手には乗らねぇぞ。」
そしてそのまま腕を掴み、強烈な膝蹴りをしてその骨をへし折る。
エ"エ"エ"エ"エ"エ"ッ!
テナガアシナガは声にならない叫びをあげる。
「もうこっちのもんだ。」
シャークはテナガアシナガの不意打ち攻撃を傷口からわずかに垂れるの血の匂いから位置を予測することによって全て受け流す。さらに帯電状態の拳を振り翳す。
「シャークエナジーパンチ!」
帯電した拳は今度こそテナガアシナガの体にめり込み、電撃による衝撃波とともにその痩躯の巨体を吹き飛ばした。
ェェェェッ!
テナガアシナガが怯むと、辺りの霧が晴れてきた。と同時に、ミスティの簡易バズーカ砲のスイッチが入るようになった。ミスティは視界が良くなったことでその姿が捕捉できるようになったテナガアシナガに向けて弾を発射する。
「シャーク、援護射撃よ!」
弾はその体に命中し、爆発が起こる。
「サンキュー。ミスティ!」
シャークはそう言うと、フラフラしているテナガアシナガに向かって突進し、細い腕を掴んでその体を肩に担いだ。
「シャーク背負い投げ!」
テナガアシナガは地面に叩きつけられるが、まだダウンしない。シャークは立ち上がったテナガアシナガの体をまた持ち上げ、天に投げ上げる。
「シャーク天空投げ!」
テナガアシナガは空に投げ上げられる。そして敵が宙を舞ったのを見計らって、
「シャークサンダー!」
雷鳴のような音と共に背鰭を光らせ、口から青き雷を吐き出した。シャークサンダーはテナガアシナガの体に直撃し、その体を吹っ飛ばす。
数秒後、遠くから大きなものが水に落ちる音が聞こえた。宮ヶ瀬湖に落ちたらしい。
「決まったぜぇ‥」
気づくと霧は晴れ、森にはいつもの平穏が戻った。シャークは笑顔でミスティたちの元に向かうのだった。