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ギガントシャーク 第16話「真夜中の化け鯨」

 むかしむかし、紀伊国の近海にとても仲の良い鯨の親子が棲んでおった。母鯨はふつうの鯨よりも一回りも二回りも大きかった。その親子鯨は海辺の村でもとても大事にされていて、漁師たちも決して手を出さなかったそうな。しかしある日、村の荒くれたちが掟を破り、銛を手に船で海に駆り出した。男たちは遊び半分で鯨の親子を取り囲んで銛を投げつけ、ついには子供を殺してしもうた。怒り狂った母鯨は男たちの船を襲った。彼らは命からがら逃げ延び、岸に戻った。それからしばらくして、母鯨は海に姿を見せなくなり、魚も獲れなくなった。そしてある夜、海に眩い光が走った。そして海面が盛り上がり、身の丈二百尺はあろうかという手足がついた鯨の化け物が現れた。化け物は血のように赤い目を爛々と光らせて、恨みのこもった悲しげな声を上げながら、村をすみずみまで壊し尽くした。後、海に帰って行ったのじゃった。わずかに生き残った人々は母鯨の怨念を畏れ、決して鯨を殺さないことを誓い、社を立てて丁寧に供養したそうな。

「これがここ鯨神町に伝わる伝承よ。」
ミスティが古びた説話集のページを指差しながら言う。
「この話って‥」
「間違いなく実話だと思うわ。子を殺された母鯨が深海でKエナジーを浴び、怪獣となって暴れ回った。そしてここには、今でも鯨肉を食べてはいけないという掟が残っている。」
「まぁ、今までの例から見りゃ、実話と考えるのが妥当だろうな。」
「それだけじゃないわ。この怪獣はミズハメやミノサウルスと同じように倒された記録がない。それに今、鯨神町の漁場は記録的な不漁に悩まされているの。」
「つまり復活の兆しってことか!」
「そう。だから早期対策のためにここに来たってわけ。」
鯨神町には装甲車や戦車、そしてあのトライホーンが控えていた。シャークも近海をサメたちと一緒に調べているらしい。わかったことは魚たちが別の海域に一斉に逃げ出したこととそしてこれまでにない強いKエナジー反応が海底から出ていることだ。鯨神町には緊急避難命令が出され、町民たちが慌ただしく動く。そんな中、一人の男が町の真ん中にある鯨神神社にひれ伏し、拝んでいた。彼の名を海頭権三という。彼は「鯨神の怒り」の日の生き残りの末裔であり、先祖代々掟を守ってきた。
「鯨神さまはまだ私たちを許してはいなかった‥どうか‥怒りをお鎮めください‥」
権三は必死に神社に手を合わせ続けた。

一方、警戒体勢の海辺ではシャークとブレットが話していた。
「なぁ、なんでここの豆ツブはクジラ食わないんだ?」
「言い伝えでそう決まってるんだとよ。」
「そうか、クジラはオレ様たち守護怪獣のパワーフードだぞ。豆ツブももっと食えばいいのに。」
「この町だけに限ったことじゃねぇ。人間がクジラを獲ったり食べたりする時にゃ、必ずめんどくさい問題が起きるのさ。」
「何でだ?」
「詳しく説明すると長くなるけどよ、まぁ要するにクジラは頭がいいから食うなって言うやつが一定数いるんだよ。」
「わからねぇ。どんな生きものだってそれなりの脳ミソはあるぞ。そんなこと言ってたら雑食のお前ら豆ツブは何食うんだ?」
「人間社会の倫理ってのはややこしいんだよ。」
「リンリねぇ‥」
二人が会話しているうちに日が暮れてきた。夜になると同時に、あの名状しがたい太古の空気が海辺に立ち込み始める。全身が総毛立つような、これまでとは違う強い気配。
そして海が大きく波立ち、盛り上がり、巨大な黒いものが海中から顔を出す。
ウォォォォォォォン‥
物悲しさと恨みがましさが混ざったような咆哮が轟く。現れたのはマッコウクジラが二足で立ったかのような怪獣だった。紺色の体に前傾姿勢気味の体で、口元には象のそれに似た威圧感あふれる長い牙が生えており、目は鮮血の如く真っ赤だった。その体躯はこれまでの怪獣よりもずっと大きく、70mは悠に超えていた。怪獣は船着場を踏み砕きながら港に上陸する。そしてしばらく辺りを見回すと、
ウォォォォォォォーーーン!
怪獣は腹這いになり鋭く長い牙で大地を削り、民家を踏み潰しながら進撃を開始した。怪獣は民家や施設を薙ぎ倒しながら凄まじい暴れぶりを見せる。明らかに怒りや憎悪のような感情がこもった攻撃だった。怪獣がわずかに動きを止めた時、戦車隊がやってきて、砲撃を開始した。しかし、全く怯む様子はない。この怪獣からは恐れを感じなかった。痛覚があるのかも怪しい。ただ、凄まじい怒りと憎しみだけで動いているようだった。怪獣は四足歩行状態になって突進し、戦車隊を瞬く間に蹴散らしてしまった。怪獣は再び動きを止め、辺りを見回す。そこに、
「シャークエナジーパンチ!」
シャークがやってきて、怪獣の頭部に帯電パンチを浴びせる。
ウォォォォォォォン!
怪獣は少しよろめくも、すぐに体勢を立て直す。シャークと30m以上の体格差を有するこの怪獣はそう簡単には怯まないようだ。怪獣は牙でシャークの体を押し倒す。シャークはすぐに起き上がり、また帯電パンチを浴びせる。シャークは怒涛の連続攻撃を行うが、怪獣に牙で軽くあしらわれてしまう。怪獣は四足状態になってシャークに向かって突撃し、その体を吹き飛ばす。シャークは民家を潰しながら倒れ込む。
ウルルルルルルルル‥
怪獣は動きを止める。そして起き上がるシャークを睨みつけた次の瞬間
ウォォォォォォォーーーーン!
大きく咆哮し、大地を踏み鳴らしながら体を揺らす。するとその全身から白い生き物が現れ、次々地面に落ちていく。現れたのは自動車ほどの大きさがあるシラミに似た白い甲殻類だった。その生物は離れた場所に退避していたブレットとマークの前にも現れる。
「ブレット‥こいつは‥」
「クジラジラミだ‥クジラの体に寄生する甲殻類‥だが、いくらなんでもデカすぎる‥」
巨大クジラジラミはカサカサと動きながらブレットたちを追いかけ始める。
「逃げろ!」
二人は全速力で逃げ出す。いつのまにか町中がクジラジラミだらけになっていた。怪獣がばら撒いたのだ。よく見ると小型犬ほどのクジラジラミもいる。逃げる二人の前に巨大な鉄の巨獣が現れる。トライホーンだ。
「そこを退け。ここは私に任せろ!」
コックピットからナツメ・ダン博士が二人に声をかける。二人は慌てて道の脇にそれる。トライホーンは背中のガドリングガンでクジラジラミたちを攻撃する。と、そこに規格外の巨体を持つ怪獣が突進してくる。すかさずシャークがその頭部を押さえて止める。怪獣は牙で地面を削りながら頭を上げ、シャークを頭上に投げ飛ばす。シャークの体が地面に強く落ちる。尚も立ち上がったシャークに再び大地を削っての突進を見舞う。シャークは横に跳ね飛ばされる。怪獣はシャークには見向きもせず、街を爆進していく。シャークは何かがおかしいと気づいた。これまでの怪獣の多くはシャークを、守護怪獣を倒すこと、或いは地上の生態系を掌握することを目的に暴れ回っていた。ミズハメは地上での繁殖を目的としていた。いわば侵略者か、シャークとの戦いを目的に地上に姿を現した挑戦者のような存在がほとんどだった。しかし、この怪獣はシャークのことを邪魔な虫けら程度にしか思っていない。攻撃を一回した後はすぐに方向を変え、人里に向かって進撃していく。向かっていく方向には避難所があった
すると
「カエシテ‥ワタシノコ‥カエシテ‥」
私の子を返して。怪獣がそう言った。わずかながら言語能力があるらしい。あの伝承の通り、この怪獣は子を奪われた母鯨だ。そして避難所にはかつて鯨の子を殺した男たちの世代の生き残りの子孫がいる。この怪獣はその世代の血を引く人間を根絶やしにしようとしているのだ。
「やめろ!」
シャークは爆進する怪獣を止めようとする。
「ドウシテ‥ジャマスル‥」
「お前の子を殺した豆ツブはもういねぇ!もうこんな意味のないことはやめろ!」
「アイツラハ‥ヤツラノチヲヒイテル‥ダカラ‥ネダヤシニスル‥」
「だから意味ねぇって言ってんだろ!子孫に罪はないだろうが!」
「ジャマ‥スルナ!」
シャークは巨体による体当たりで弾き飛ばされてしまう。それでもシャークは怪獣に掴み掛かり、進撃を止めようとする。怪獣の体から無数のクジラジラミたちが這い出してシャークの体にまとわりつく。クジラジラミたちは執拗に噛みついてくるが、シャークはそれを物ともしない。
「シャークスパーク!」
シャークは全身から電撃を放ち、クジラジラミたちを振り落とす。怪獣は今度は頭をシャークの方に向け、潮吹き攻撃を見舞う。
プシューーーッ!
「ぐわっ!」
この怪獣は正気を失っている。復讐心に完全に支配されているのだ。復讐する相手がこの世にいなくなってもなお。シャークは倒すことこそが彼女にとっての最大の救いであると判断し、怪獣の方に向き直った。シャークは30mもの身長差をものともせず、狂える復讐の巨獣に挑みかかる。シャークは連続電撃パンチを怪獣にあびせかける。怪獣は牙でシャークをどつき、体勢を大きく崩すが、シャークはすぐに持ち直し、下顎にアッパーカットを見舞う。シャークはアクロバティックに動きながら怪獣の体のあちこちに電撃パンチを見舞い、怪獣は牙でシャークの体を掬い上げ、地面に叩きつける。シャークは立ち上がるとその有り余るパワーで怪獣の巨体を支えたが、一体ではとても持ち上げられない。電撃パンチを連続で打ち込むことで少しずつ弱らせるしかない。怪獣はシャークを軽々と牙で持ち上げ、玩具の如く手玉に取る。シャークも激しい攻撃を加えながら相手の体力を削っていく。そして強烈な拳を怪獣の鳩尾に炸裂させた。
グハッ!
怪獣はその一撃を受けた瞬間、今まで最も怯んだ様子を見せた。しかし怪獣は再びシャークを睨みつけ、捨て身の突進攻撃を行ってくる。シャークは手にエネルギーを充填させ、光の槍のようなものを作り出した。
「今‥楽にしてやるぞ‥」
シャークは槍を構え、投げる体勢をとる。
「シャークエナジースピアー!」
凄まじいエネルギーが込められた青い光の槍が怪獣の体に直撃し、その巨体は海の方に飛んでいく。
ウォォォォォォォーーーン!
怪獣の咆哮が轟き、着水と同時に激しい光が走り、その亡骸が浮かび上がった。
「安らかにな‥」
シャークはいつもとは違った決め台詞を吐いた。戦いが終わると、夜が明けてきた。朝になってシャークの足元に一人の男が駆け寄ってくる。海頭権三である。
「あなたが‥鯨神様のお怒りを鎮めてくださったのですか‥もしや、海神様では‥」
「神様扱いなんてよしてくれや。オレ様は怪獣。ただの生き物だよ。」
シャークは権三にそう言った。
シャークはバケイサナという個体識別名がつけられた怪獣の亡骸をサメたちの力で深海に流し、丁重に埋葬した。海底には冷たい水温のおかげで数百年前から未だ朽ちていない小さな鯨骨があった。彼女の亡骸は丁度その骨の横に重なるような形で海底に沈んだのだった‥

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