バタフライマン 第2話 吸血魔
メタモル・シティの高層ビルの屋上で、望遠鏡で階下の道行く人を見ている怪しい男がいた。男は長身痩躯で顔面蒼白、白黒の縞のタキシードを纏っていた。
「私の目にかなう者は中々いませんねぇ。この私が血を頂くに相応しい、美しい容姿を持つ者は‥」
ふと、男の目に、会社の屋上で一人くつろいでいる整った顔の男性が入った。
「おやおや、これはこれは・・」
男の目が複眼に変わる。
「では、頂くとしましょう。」
男はそう言うと、背中から昆虫の翅を生やした。そして体が変化し、完全な蚊の怪物にへと変貌した。
「ブブーィ!」
男は奇声を上げながらビルの屋上から飛び降りた。そして男のいる屋上に降り立った。
「その血、頂きます。」
蚊男は目にも止まらぬ速さで襲いかかり、男の首に口吻を突き立てた。そしてその血をさも美味そうに吸い始めた。
カラスマ・ミドリはブルーリングを倒した後、強化服の詳細な機能について父に聞いた。
あの服はあらゆる衝撃を跳ね返す頑丈な合成繊維で作られており、生半可な攻撃では決して破壊できないようになっている。また、背中の翼は装着と同時に装身者の意識に同調し、思い通りに動かすことが出来るという。また、カイジン一族について、父はこのようなことを言っていた。
「奴らとの戦いには終わりがないということをよく心に刻み付けておけ。奴らは世界中にいくつもの組織や軍団を形成し、最早根絶など不可能な状態にある。昔はまだ根絶の希望があった。だが、あの時数匹逃がしてしまったばかりに、今や大繁殖してしまった。現実は子供向け番組のように上手くは行かん。我々は世代を超えて、奴らの脅威から人々を守らねばならんのだ。」
ミドリはカイジンとの戦いの使命に燃えていた。そしてそのころ、メタモル・シティでは異常な殺人事件がまたも頻発していた。血を一滴残らず吸い尽くされた死体が次々と発見され、「蚊人間」の通称で呼ばれる怪物の目撃情報が相次ぎ、都市伝説的な存在として噂されるようになっていた。これには100%カイジンが絡んでいる。前回のブルーリングの被害者は女性一人だったが、今度は凄まじいスピードで犠牲者数が加速している。ミイラ死体の発見数はここ一週間で10体以上にのぼる。一刻も早くカイジンを見つけ、倒さなければ被害は拡大するばかりだ。ミドリは犠牲者が出た場所からカイジンの居場所を特定しようとしていた。
そのころ、連続吸血事件の犯人、モスキートはいつものビルの屋上から虎視眈々と彼が欲する血の持ち主―美しい容姿の人―を探していた。レインボートラウトからまだ蝶男を殺していないのかという催促がテレパシーで何度か来た。どうやら彼の首がおもちゃに欲しいらしい。しかし、モスキートにとっては美しい人の血を吸いつくすことが何よりも重要だった。美しい人の血は自分をより美しく、強くすると信じていたからだ。彼には蝶男の抹殺などどうでもよかった。ただ、血が欲しかった。双眼鏡で獲物を見つけ、上空から襲いかかり、血を余すところなく吸い尽くす。殺戮のペースはより早くなった。
度重なる犠牲者の続出。そしてミドリは敵の場所をついに特定した。死体が見つかった場所はいずれもほとんど使われていないあるビルの屋上から見える場所ばかりだったのだ。
つまり敵は飛行能力を持ち、このビルの屋上から標的をロックオンし、飛びかかって血を吸ったと見て間違いない。ミドリはそのビルの屋上に向かった。そしてビルの上には、
白黒の縞々のタキシードを着た長身の男が立っていた。
「おや。」
男がそう呟く。
「私に何かご用ですか?」
男が振り向いた。その顔は真っ白だ。とても人間とは思えないものだっ た。
「貴様はカイジンだな?」
「私の正体を知っているとは…あなたはもしや‥ブルーリングを殺した?」
「その通りだ。」
ミドリは強化服をかざした。
「面白い…私と勝負するというのですか?」
男はニヤリと笑う。
「ブブーィ!」
男は奇声を上げながら一瞬にして蚊の怪物に姿を変えた。
「ブブブブ…あなたはもう生きては帰れません。この私の真の姿と相対したのですから…」
「あの蛸と同じようにお前も倒す!」
「そうですかそうですか…申し遅れました。私はモスキート。ブルーリングのような下郎とは格の違う高潔なる貴公子!見なさい!美しいものの血を吸い作りあげられた、この美しい肉体を!私ほど美を体現した存在もいないでしょう。」
「お前は何のために人々の血を吸った!」
「決まっているでしょう!美しくなるためです。この体は美しい人々の尊い犠牲によって作られたのです!美しいものの血を吸えば、より美しくなるのです!」
「そうか。お前のその仮説はどうやら間違っているようだな。」
「何故です?」
「お前が一番気持ち悪い。お前のどこに美しさがあるというんだ?蚊の化け物め。」
「今何といいましたか?」
「何度も言わせるな。お前は美しくない。気色悪い。」
「何たる侮辱!何たる愚弄!私のこの体に対してなんという無礼な発言を!」
モスキートは激怒した。
「全力で叩き潰してあげましょう。」
「望むところだ。かかってくるがいい。」
「Papilio maackii。」
「装身!」
ミドリは蝶の戦士に変身した。
「すぐに楽にしてやる。」
ミドリはブルーリングの時と同じようにモスキートの胸に拳を入れようとした。しかし、
モスキートの姿が一瞬にして
消える。そして
「私はここですよ。」
モスキートはミドリの真後ろに回っていた。背中の翅が視認できないほどのスピードで動いている。
「なっ!」
「どうしましたか?」
「これならどうだ!」
ミドリは翼を広げて宙を飛び、モスキートに殴りかかった。しかし、モスキートは凄まじい速さで羽を動かし、攻撃を全て避ける。そしてまた姿を消した。
「どこへ行った!」
「ここです。」
モスキートの声が横から聞こえた。そしてミドリの脇腹に蹴りを入れた。
「がっ!」
「どうです。私は貴方よりも早く飛び、貴方よりも高い戦闘能力を持っています。あなたのような弱い者に私を侮辱する権利があるとでもお思いですか?蝶々くん。」
「貴様が外見も中身も邪悪なのは事実だろう!」
ミドリは立ち上がり、戦闘の構えをとる。飛び上がり、モスキートの動きについていこうとするが、その動きはとても目で追えるようなものではない。残像すら見えないほどの高速移動である。
「あなたが私を倒す?」
モスキートがわずか数秒で横に移動する。
「思い上がりもいいところです。」
モスキートは真正面に移動し、ミドリの鳩尾を殴りつける。
「その羽をもいで、芋虫にしてあげましょう!」
モスキートは急降下してミドリに襲いかかる。
「貴様こそボウフラにしてくれる!」
ミドリは諦めずに立ち向かう。そして飛んできたモスキートの顔に拳を当てた。
「くっ!まぐれとは言えこの私に攻撃を当てるとは‥」
モスキートは顔に傷を負っていた。
「私はどんなに劣勢になろうとも、人々に仇なすお前らカイジンと戦うと決めた。私は抗うことをやめない。」
ミドリがそう言った瞬間、モスキートは逃げ出した。
「待てっ!」
ミドリも翼を広げて飛び立つ。モスキートは猛スピードでビル街を飛び回っている。
だが、ミドリはもうモスキートを目で追うことが出来た。飛び方が先程より遅く、やけにふらふらしている。どうやら先程顔を殴られた時、高速で飛び、障害物を避けるための器官を破壊されたらしい。負傷を治すため、根城に帰ろうとしているのだろう。
「逃がさん!」
ミドリは全速力で羽ばたき、モスキートを追いかける。モスキートの飛行速度は格段に落ちている。ミドリはモスキートの翅を掴んだ。そして激しい空中戦が展開した。両者は空中で羽ばたきながら、拳と蹴りを交しあった。モスキートはミドリの首めがけて口吻を突き刺そうとするが、ミドリはその顔の両脇を押さえつけてこれを防ぐ。そして頬をはたいてモスキートを横に吹っ飛ばした。モスキートはビルに激突する。しかし、それでも再び襲いかかってくる。モスキートとミドリは取っ組み合いの末、地下鉄の駅構内に入りこんだ。宙に浮いたまま凄まじいスピードで格闘し、そのまま線路内に入る。とそこに列車が来た。モスキートはすかさず、列車の窓を突き破り、車内に入った。乗客たちは突然現れた怪物に悲鳴を上げる。モスキートは一人の女学生に目を付けた。
「血をよこしなさい!」
女学生の顔が恐怖にひきつる。
襲いかかろうとしたモスキートを飛び込んできたミドリが後ろから押さえつける。
「往生際が悪いぞ。この害虫め。」
「離しなさい!この下等人類め!」
ミドリはそのまま飛び上がり、割れた窓からモスキートを車外に引っ張り出した。乗客たちはその様子を唖然とした顔で見つめていた。
ミドリとモスキートはトンネル内で戦いを繰り広げ、駅から再び外に出た。そして、一瞬の隙をついてモスキートの両翅を掴み、そのまま引きちぎった。たちまち落ちていき、ビルの屋上に墜落するモスキート。
屋上の床に叩きつけられて悶絶するモスキート目掛けて、ミドリはある技を放った。上空から凄まじいスピードで急降下し、モスキートの体に固め技をかけた。
「大揚羽固め!」
ミドリはモスキートの体を拘束すると、その肘を胸に向かって勢いよく叩きつけた。何かが砕ける音がする。
「ブブーィ!」
モスキートは炎を上げ、やがて爆発し、灰になった。
「こんな手強い相手もいるとは‥もしあの時、顔にダメージを与えられなければ…」
ミドリはより一層カイジン一族の恐ろしさを思い知った。モスキートが散った灰の一粒が、ビルの下に落ち、マンホールから下水道に落ちた。そして小さなボウフラとなり、そのまま流れていった。
一方、
「もう!偉そうにしといて何よ!あのバカ害虫!」
魚の骨がいくつも天井からぶら下がり、壁に水面から飛び出し蝶を食らう虹鱒の絵が大きく描かれた部屋で、モスキートの死を、虹色のレインコートの少女―レインボートラウトが見て憤慨していた。
と、そこにメガネをかけ、黒いスーツを着た男が入ってきた。
「何だ。また誰かやられたか?」
「あっ!聞いてよイグアナ!モスキートのやつがさ‥」
「皆まで言うな。『繭』の戦士にやられたのだろう。そうだ。レインボートラウト、お前が次に行ってきたらどうだ。」
「言われなくても行くよ。ねぇイグアナ、「繭」の虫さんをやっつけたら、あたしのパパになってくれる?ブルーリングもモスキートもいないし、他にお相手欲しいんだよね。」
「お前などと交わる趣味はない。」
イグアナは冷たくあしらい、部屋を出て行った。
「つまんないの。」
レインボートラウトはため息をついた。
「待っててね虫さん。あたしが標本にしてあげるから!」
レインボートラウトは魚の背骨を模した刀を取り出した。骨だけの魚が彼女の周りを泳ぎ回り、一斉に歯をカタカタと鳴らした。
人里離れた山奥‥一人の坊主頭の男が真剣を振るい、修行をしていた。この男こそが、後に、「繭」の第2の戦士となる男だった…
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