思い込みの恐ろしさ

私は仏事支援を行ってきた中で何度かワークを断られる事がありました。その中でも失敗したなぁと今でも引きずっている内容があります。

それは、とある方の三回忌のご法要でした。故人様は30代の若い男性で、集まられたのはご両親とご兄弟、そのお連れ合いの方、そして故人様の奥様とお子様、奥様のご両親でした。

仏事支援に入る前に歳の若い方が亡くなっている=グリーフが深そうだなと連想しました。しかし、法要開始までの時間、控え室へご案内をさせていただいた段階ではそこまでグリーフが深そうに見えませんでした。

そこで、私は油断していたのだと思います。

時間になり参加者のお名前やご関係をお聞きし、法要の意義をお伝えし、こころの写真ワークへ移りました。皆様は指示通り目を閉じて、それぞれ故人様の事を思い浮かべていらっしゃったと思います。目を開けていただいて、思い浮かんだ場面をお話しいただこうと施主様に話を振ったところ、ストップが入りました。

「この中に話したくない者がいるので、やめていいですか?手紙ありましたよね?手紙書くだけでいいですか?」と。

私はそこで自分自身が、始まる前の雰囲気だけで大丈夫と判断していた事に気付かされました。参加者に対する配慮が足りていなかったのです。参加者が普通そうに見えても、故人様がどんな事情で亡くなられたかご家族も原因がわからない中で、法要だからと毅然に振舞っておられたのだと思われます。

それぞれ複雑な気持ちを抱えて生活してこられたのだと思います。そういった背景を頭に入れておきながら、「普通に」ワークを行ってしまったというのが、私の後悔している仏事支援です。

仏事支援では初めて接する方も多いので、過去の情報がある方は事前に頭に内容を入れておき、事情を知った上での対応が必要であると学ばせていただきました。

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