化け物が人間になれた話
皆さん、人間ですか?
『元気ですかー!?』と聞かれることはあっても『人間ですかー!?』と聞かれることは滅多にないと思います
もちろん皆さんは『人間でーす!!』と元気よく答えると思いますが、私はつい先日まで自分のことを化け物だと思ってました
ここでは数年掛けて化け物が人間になれた話をつらつらと書いていきます
お付き合い頂けると幸いです
化け物とは?
化け物といっても人間の内に潜む醜悪な考え方や思想ではなく、はたまた中二病よろしく俺の右手の封印が解かれて化け物が!!といった空想、妄想の類の話ではありません
ここで言う化け物とは自分自身の顔のことを指します
容姿が醜い人のことをあまり良くない言い方で『化け物』と形容することがありますよね
自分の場合は『上顎前突(じょうがくぜんとつ)』所謂『出っ歯』の症状がそれにあたります
簡単に言うと出っ歯の中年男性が数年間の歯列矯正を終えたお話、その過程になります
上顎前突にも基準がありまして、自分は出っ歯なのか?それとも出っ歯じゃないのか?と不安になっている方もいらっしゃると思います
とても分かりやすいまとめが【東京加悦矯正歯科クリニック】さんのHPにありましたので拝借させて頂きます
簡単に言うと上の前歯が下の前歯より5mm以上出ていれば上顎前突の可能性がある、とのことですが私の場合は何と驚きの12mmほど前に出ていました
今までも自分の前歯は出っ歯だと思ってましたが、正確に数値化してなかったので正直驚きました
もしかしたら私は数ある上顎前突の症例の中でもエリートなのではないでしょうか?
誇り高き上顎前突人の王子なのかもしれません。カカロットォ!!
私が出っ歯なのは物心ついた幼き頃から既に自覚していましたが、それが嫌だなぁ…という感情はあまりなくて、あくまでも自分はこういう顔なんだと思って生きてきました
ですが年月を重ねていくにつれ、やはり様々な出来事があって少しずつ考えを改めていくことになります
最初の違和感は思春期真っ盛りな中学生の頃、小学生のときは皆うんこちんこでキャッキャとはしゃぐ無邪気な時代でしたが
中学ともなるとオシャレに目覚めたり異性のことを意識しだしたりと、小学生と同じ感覚ではいられません
うんこちんこと叫ぼうものなら『やーね、男子ったらいつまでも馬鹿みたいに…』
と女子から軽蔑の眼差しで見られることもありました
私は自分自身のことをイケているとは思っていなくて実際にモテたことはないけど男友達は多くて、毎日を楽しく過ごしていました
ある日、部活の後輩(女子)が自分のことをハンバーガーキッドみたいな人と言っているのを別の後輩(男子)から聞きました
ハンバーガーキッド?アンパンマンに出てくるあのハンバーガーキッド?
3次元である人間に対して2次元の、しかもデフォルメが効いたアニメキャラみたいとは一体…うごごご…
よく意味が分かりませんでしたが、持ち前のポジティブシンキングでハンバーガーキッドみたいな正義の味方的な頼れる先輩ってことか!参ったなぁ〜と勝手に脳内変換して満更でもない感じを醸し出していましたが
実際はハンバーガーキッドの顔のレタスの部分が出っ歯みたいでそっくりだ…という単なる軽めのディスられでした。現実は非情である
テンガロンハットでも被って陽気に部活動に励めば人気者になれたかもしれません
だけど当時の私にはそんな勇気はありませんでした
この出来事は他人が自分のことをどのように見ているか客観的に知ることができて、その後の自分の性格にも大きな影響を与えることになります
小学校の頃は明るく楽しい少年でしたが、ハンバーガーキッドみたいと影で呼ばれてるのを知ってからは何事も一歩引いてしまうようになりました
ハンバーガーキッドみたいな顔のくせに…ハンバーガーキッドみたいな奴が何言ってんの?と、他人が自分のことをそう思っているのではないかと疑心暗鬼になっていったのです
ハンバーガーキッドのファンの方には申し訳ないです
決してハンバーガーキッドのことが嫌いな訳ではないのですが、せめて人間で例えてくれよ…と当時は思っていたので
周りは自分のことを人として見ていないのでは?という感覚があって一歩引いてしまうようになりました
それは刃物ですか?いいえ前歯です
そして高校生時代、クラスでは特に目立ちもせずに波風立たないように過ごしていました
学園アニメだったらネームドキャラの声優さんが兼ね役で声を担当するモブAといった感じの生徒だったと思います
ある日、休み時間に友達とおしゃべりしていたらスクールカースト上位のやんちゃな人気者グループの一人から『お前は喋るな、周りの奴に歯が当たって怪我したらどうすんの?』と弄られました
そこですかさず『ひぐちカッター!!』とでも叫べば場の空気は盛り上がり爆笑の渦に包まれ大団円、クラスの皆が拍手喝采で『おめでとう』『おめでとう』と祝福してくれたかもしれませんが
私は渾身の苦笑いで『そんなことないよぉ〜』と言ってやり過ごすのが精一杯でした
え?そんなに?そんなに歯が出てんの?
揶揄されたにしても歯が出てる=凶器になる可能性がある、という図式で皆が笑うという成立した『あるあるネタ』になるくらい歯並びが酷いんだと分かって悲しくなりました
この一件以降、人前で喋る時は口元に手を当てて極力他人に口を見せないようにする癖がつきました
お嬢様キャラがウフフと笑う時に口元に手を当てるアレです
初対面でそれ言う!?
更に時は流れ社会人になり、こんな私にも生まれて初めての彼女ができました
そしてある日彼女の家に遊びに行ったとき、彼女の母親の姉が家に来ていました
この時のファーストコンタクトは自分が今まで生きてきて体験した中で最もひどい出会いだったのでよく覚えています
『初めまして、バスターと言います』
『事前に写真見せてもらって知ってたけど実際に見たらすごい歯が出てるのね』
え?こんなことある?
お互いの挨拶、自己紹介もすっ飛ばして言うこと?
そんなに歯が出てることを言いたかったの?そんなに我慢できなかったの?
彼女の母親の姉は次長課長の河本そっくりだったけど『あなたは次長課長の河本に似てますね』とは言いませんでした
そんなことを本人に言うのはとても失礼だと思ったからです
仮に『アナタ出っ歯なのね』と言いたくてもその場は心の中に留めておいて、家に帰ってから家族なり友人に喋ればいいのではないか?と思いました
だけど心の中に留められずに、つい歯が出てると言わずにいられないくらい歯が出てる私の顔が悪いのでしょうか?
これがもし普通の口元だったら
『初めまして、バスターと言います』
『初めまして、次長課長の河本です』
と和やかな挨拶を交わすことができたのでしょうか?
今となっては分かりません、だけど常識ある大人が思わず口を滑らせて言ってしまうくらい歯が出てるんだな…と、ここでも再認識して非常に落ち込みました
子供は純粋、故に残酷
それから数年後私は結婚し、彼女だった人は晴れて妻になりました
妻の実家とも良好な関係を築き、季節ごとの親戚の集まりにも顔を出すようになりました
ある日のこと、妻の姉夫婦が子供(義理の甥)と共に遊びに来ていました
いつものように甥っ子と遊んでいたら、その子がふいに『ねぇ、なんで歯が出てるの?』と尋ねてきました
甥っ子は当時小学校に上がる前だったので5、6歳だったでしょうか…
そのくらいの年齢の子供は好奇心の塊、おそらく純粋に何で前歯が出てるのか知りたかったのでしょう
誰か答えを知っていたら私にも教えてほしいくらいです
何で歯が出てるのか?それは歯が出てるからだよ、と年長さんに哲学みたいなことを言うわけにはいかないので
『何でだろうね〜おじさんにも分からないや』と、誤魔化しとも本心とも取れるような悲しい受け答えしかできませんでしたが甥っ子は特に追求もせずに『そうなんだ〜』と言ってました
子供の純粋さは時に残酷です、これは甥っ子が悪いわけでもなんでもありません
普通の人には見られない『出っ歯』という特徴があったから『どうして?』と尋ねただけです
ゾウさんの鼻はどうして長いの?キリンさんの首はどうして長いの?という疑問と変わりはありません
だけどゾウさんの鼻やキリンさんの首は理由があって長いけど私の歯が前に出てる理由は未だに分かりません
なので神様が自分の口を作る時にクシャミして手元が狂ったんじゃないかと思うようにしています
化け物
色々なことがあったにも関わらず、歯並びが良くなればいいな…と漠然と思うことはあっても何故か歯並びを良くしようとは思っていませんでした
ここまでは全て他人から言われたことで悲しくなったりショックを受けたことには間違いないのですが
心の中の奥の奥、自分の本当の気持ちは歯並びに関してはそこまで悲観していなかったように思います
酷いことを言われてもこれが自分の生まれ持った顔だし、どうしても嫌いにはなれませんでした
まだこの時は自分の顔のことは好きだったんだと思います
ですが、ある日突然化け物が誕生することになります
月日は流れ35歳になった2018年の5月、その日は仕事のボリューム的に大変キツくてろくに休憩もせずに朝からずっと作業をしていました
夕方になり一息つけそうだったのでトイレに行き手を洗って何気なく洗面台の鏡を見た時、疲れと汚れでいつも以上に汚く見窄らしくなった自分の顔を見て
『あ、化け物だ…』とふいに思ってしまったのです
その時は冗談抜きで自分のことをエイリアンだと思いました
口元がゴボッと前に出てて醜い醜いエイリアンそのものに見えたのです
もしこの時、周りにリプリーがいたら確実に攻撃されていたと思います
今までに蓄積されていた他者からの言葉が何らかのトリガーになり自分に降り掛かってきたのか、ずっと心に留めておいた歯並びが良くなればいいな…という感情を抑えることができずに溢れてきたのか
実際のところは分かりませんが自分のことをエイリアンだと認識し、一気に自分の顔が嫌いになりました
この日を境に堰を切ったかのような負の感情に支配され、この世にこんな醜い顔の人間が存在してはいけない!!と思うようになりました
これは大変です、今までは唯一の味方だったハズの自分が敵になってしまい、一刻も早く歯並びを良くしたい!!頭の中はその考えでいっぱいになりました
歯科医院探し〜キミにきめた!〜
そうと決まれば早速歯列矯正を行う歯科医院を探すことにしました
事前に歯列矯正のことを色々と調べていて、人から見て矯正してると気付かれにくい歯の裏側での矯正を希望していましたが相談した全ての医院でそれは無理だと断られました
裏側矯正の方が表側矯正よりも上顎前突に対しては効果が薄い、と言われました
締め付ける力の掛かり方に違いがあるみたいです
どうしても諦めきれなくて県内有数の裏側矯正専門医のところにも話を聞きに行きました
HPを見たら茶髪のロン毛でサーファー風の男性医師が女性スタッフ(皆さん美人)に囲まれていて、まるで胡散臭い開運商材に使われるようなハーレム写真がトップ画像だったので『本当に大丈夫なのか?』と不安になったり『この人勝ち組確定じゃん…』と羨望の眼差しで男性医師に嫉妬したりしてましたが
実際に訪れたらこちらが納得するまで真剣に話に付き合ってくれて、心も顔もイケメンとはこの事だな…と思いました
『どうして裏側が良いのか?』と聞かれて私が答えた内容は『ただでさえ醜い前歯に更に装置を付けてガチャガチャになった前歯を世間に晒したくない』という、どうしようもなく情けない個人的な理由だったのですが
『貴方は自らの意思で歯の矯正をしようと決めたのですから、それと世間の目は関係ないですよ』
『これからの長い人生の中のほんの数年間、装置を付けるだけです。今の気持ちよりもその先を見てください』
『どうしても裏側が良いなら裏側でも可能ですけど、表側の方が仕上がりは絶対に良いです。私は表側をお勧めします』
こんな茶髪ロン毛サーファー日焼けイケメン開業医という陽キャ数え役満みたいな人が陰キャ代表ブサイク前歯の話を笑うでも茶化すでもなく聞いてくれてすごくありがたかったです
すっかり目が覚め、裏側矯正をやめて表側で改めて矯正しようと決心しました
先生にお礼を言い、綺麗な歯科助手さんや綺麗な受付のお姉さんに見送られ、この先生だったらある日突然異世界に飛ばされてもうまくやっていけそうだな…と思いながら帰路につきました
あと、歯列矯正するにあたって全ての医院で言われたのですが口元全体の骨(顎)が前に出ているので、完璧に歯並びを治すには手術して骨を切り離して奥に詰める必要があるらしいです
それをすれば完璧なのですが、手術するとなると仕事を休まなくてはならなくなりますし、お金も結構掛かるので断念しました
私の前歯は全体が前に出ているのに加えて角度が前側に傾斜してるので、せめて角度だけでも普通になってくれれば…という想いで職場に近い歯科医院で矯正をスタートさせることにしました
本当は茶髪ロン毛サーファー先生のところでやりたかったのですが、少し遠かったので諦めました
口内炎との戦い
事前に調べた情報によると矯正期間中は歯が痛いとか慣れたら痛くないとか様々なことが書かれていましたが、私の場合はとにかく半端ない口内炎地獄に悩まされました
口の中に6個もできるって、そんなんできひんやん普通!!
口の中に金属製のブラケットと呼ばれる突起物、ワイヤーの先端、小さな針金、とにかく口内の至る所に異物があり
それらが口内を傷つけ、結果的に口内炎となって君臨するのです
喋るのも辛い、食事をするのも辛い、人生の楽しみを半分奪われた気がしました
口内炎が治ったかと思ったら別の場所に新たな口内炎ができる…本当にエンドレスで口内炎ができ続けてました
これが矯正期間中で一番辛いことでした
調整後の歯が動く時の痛みなんか微々たるものです
口内炎、おまえがナンバー1だ
誇り高き上顎前突人のエリートも思わずそう言わずにはいられないくらい口内炎と共に歩んだ矯正期間は4年続きました
矯正を始めて1年で下の歯が殆ど綺麗に揃って、上の歯は2本抜歯をしたのでその隙間を埋めるのに時間が掛かりました
当初の予定では2年から2年半と言われていたので、如何に自分の前歯が強敵だったのかを物語ってますね
2年経過したくらいに先生が私の歯を見ながら小声で『うーん、動かんなぁ…』と溢したのを聞き逃しませんでしたが
3年目になると上の前歯がかなり引っ込んで下の前歯と接触するという大きな転機が訪れたのです
上の前歯と下の前歯がごっつんこするなんて何年ぶりでしょうか?永久歯に生え変わる前は前歯と前歯が当たってた気がするので20年ぶりくらいの接触になります
え?今まで当たってなかったの?と思われるかもしれませんが、上顎前突ガチ勢なら当たり前かと思うのですが
歯が前に出過ぎててどことも噛み合わないし、食べ物を噛み切ることもできないし、何のために上の前歯が存在してるのか分からないんですよ
『ボク前歯です!!』という主張だけは一丁前なくせに、マジで役に立たないんですよ
だから、うどんが噛み切れたときは嬉しかったですね
うどんが噛み切れただけで幸せを感じる人生がそこにありました
今までは上の前歯と下唇を使って噛み切ってましたし、それでも無理なら丸呑みしてました
コシが強いうどんが好きな人は多いと思いますが、私は噛み切れないという理由でコシが強いうどんは苦手です
そうして少しずつ頑固だった前歯が動き、何とか4年という長期間になりましたが無事にブラケットオフ(装置を外すこと)を迎え、今は保定装置という後戻り防止用の小さな装置を付けている状態になりました
保定期間は2年くらいと言われてますが、人によっては一生付ける人もいるみたいなので、実質的な矯正の終了はブラケットオフと同義だと勝手に思っています
やっと人間になれた
ブラケットを外してもらった日、歯科医院の駐車場の車内でルームミラー越しに自分の顔を見た時
『これでやっと人間になれた…』と安堵して涙しました。つい3日前のことです
4年前の5月、自分で自分の顔に絶望して呪いをかけて、決して安くない金額を払い、痛い思いをして歯並びを良くしたアラフォーの男は現在どうなっているのでしょうか?
最初の方に書いた上顎前突の基準では上の歯と下の歯の差が5mm以上とあり、実際に12mm前に出ていた前歯が矯正後は4mmほど前に出ている状態になりました
数値で見ると矯正前より半分以上引っ込んでるので大成功だと思いますが、骨格(顎)自体は変わってないので今でも普通に出っ歯だと思います
5mmという上顎前突の基準値にもギリギリなので『化け物級のエイリアン出っ歯』が『全体的に歯が前に出てる歯並びの良い人』になった、という感じです
あの時手術も視野に入れておけばもっと普通の口元になったのかな?とは思いますが、元々が酷い歯並びだったので個人的には今の状態でも本当に満足しています
強がりでも何でもなく、心からそう思います
人として生きる権利を与えられた、これで普通になれた…と
矯正について思うこと
世の中には容姿に関して自分よりも辛く苦しい思いをしている人が沢山いると思いますし、様々な理由により矯正ができない、踏み切れない人も同じように沢山いると思います
私は矯正をしてこんなに変わった!矯正は素晴らしい!だからあなたもやるべき!
なんてことを軽々しく言うつもりはありません、自分の場合はそうだっただけで歯列矯正が全ての人に当てはまる万能薬ではないと思うので
ただ、矯正でも美容整形でもなんでも良いんですけど、自身の持つコンプレックスに押し潰されそうになって生きるのが辛くなったら利用できるものは上手く利用して心身ともに健やかな人生を歩んでいってほしいと思います
コンプレックスをそのまま受け入れて生きていければ良いのですが、私はそれほど強くありませんでした
矯正なんて所詮自己満足だと言われたらそれまでですが、結局のところ自分自身が満足しなきゃ人生はとてもつまらないものになってしまうので、自己満足でも私は矯正をして本当に良かったと思っています
最後に
ここまで読んで頂きありがとうございました
矯正に関するノウハウやお役立ち情報とは無縁の自分語りに終始してしまいましたが、どこかの誰かの心に少しでも刺されば良いなと思ってます
え?刺さるのは前歯だけだって?
やかわしいわ!!
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