物書庵初心週記帖(26号)「特別な夏よりも普通の夏を迎えたい」
暦の上では秋の始まりとされる『立秋』を過ぎたが、夏真っ盛りどころか暑さが猛威をふるっている。8月に梅雨明けした途端に手のひらを返したような猛暑。日頃、定期的に運動をしている愚庵であっても日中の外歩きは身の危険を感じるレベル。都内でマスクをしながら走っているランナーを見かけると、熱中症にならないか心配でならない。涼しい時間に人の少ない場所をいつでも水分補給が出来る準備をして走るに限る。マイコースの小貝川沿いを走っていると田舎暮らしを選んで良かったとつくづく感じる。
世間ではお盆期間に入ったが、新幹線や空の便は空席が目立つ一方で、高速は例年ほどではないものの各地で渋滞が発生しているようだ。小池都知事は「今年は特別な夏」と訴えていたが果たしてそうなのか?
本気でwithコロナの時代を迎えるのであれば「今年は特別」ではなくて「これからの夏の過ごし方」について頭を捻り「これからの普通の夏」を考えていくべきではないか。貴重な長期連休に帰省や旅行に時間を使いたいと思うのは極めて自然だ。「今年は特別」だから「とにかく我慢して」というのは、もはや説得力もない。
「これからの夏の過ごし方」について、キッカケを作れるのは企業、しかも大企業と位置付けられている会社となるだろう。
リモートワークの導入によって普段の出社を分散させたのと同様に、夏期休暇の分散取得を促進するのは一手となるのではないか。サプライチェーンの上流にいる大企業が動きを変えないと、下請けに位置する中小企業が自ら動きを変えるのは難しい。これまでのやり方を変える時に効率は悪くなるであろうが、是非大企業から背中を見せてくれる事を期待したい。
「コロナは怖くない、経済を回せ!」とひたすら訴える人もいるが、withコロナは、何も「国民みんなで清貧生活」を目指す必要はない。そんな事をしたら国際的な競争力はダダ下がりである。「みんなで一斉に」は卒業し「不要な通勤や訪問、紙作業」は抑制し「サービスの差別化による価値向上と利益の創出」と「自分の時間を大切にする」というスタイルへと切り替えようというのが本質だと思う。「経済を回せ!」と訴える中には「その変化を受け入れらない、または理解出来ない」つまり「コロナ前に戻りたい」という気持ちが表れている人も少なくないのであろう。
お盆期間の通勤電車は人手もめっきり少なく、普段からこの程度であって欲しいと切に感じた。殺伐とした満員電車には無いゆとりがあり、譲り合いや気遣いが生まれやすい雰囲気があるのではないか。出社が必要な医療従事者やサービス業に従事している方達には、このような環境で通勤して欲しい。そのためにもリモートワーク出来る職種は在宅勤務を進めていくべきだと思う。それでもみんな一斉に満員電車に揺られてオフィスに出社する世の中がいいですか?