物書庵初心週記帖(10号)「亀戸天神の梅まつりを訪ねて」
暖かくなって冬ごもりから目覚めた虫が土の上に顔を出すという意味の、二十四節気でいう「啓蟄」が過ぎて、暦通りに春らしい陽気の日が増えている。どちらかというと、冬らしい日というのがほとんど無かったという方が近い印象で、長い目で見ると生態系さえも破壊してしまう地球温暖化の方が、短期的には転売目的でもないのに(テンバイヤーは論外)取り憑かれた様にマスクやペーパー類を買い求める人間の心の方が、コロナウィルスより何倍も怖いと感じてしまうのは愚庵だけだろうか…。
そんなドラッグストアからペーパー類が消えてしまった2月末、連れ合いと共に亀戸天神を訪問した。亀戸天神は菅原道真公を祀り、古くはご本社にあたる九州太宰府天満宮に対して東の宰府として「東宰府天満宮」、あるいは「亀戸宰府天満宮」と称され、昭和11年に現在の亀戸天神社と名前を変えている。
門前町のお店をチェックした後、鳥居をくぐりまずは本堂へと向かう。学問の神様という事で、受験の成功を願う絵馬が多く納められている。年明けから新型コロナウィルス騒ぎで気が気でなかった受験生も多かったのではなかろうか。ふと、愚庵の大学時代を思い返すと学業はそこそこにして、アルバイトやフットサル、麻雀に明け暮れた典型的な日本の悪しき大学生のお手本の様であったが、今も変わらず親しくしている友人と出会えた事は何よりの財産になっている。
参拝を済ませ、御朱印を頂いた後、境内を散策。五歳の藤原道真公の像、北の御方を祀った花園社など見所も多く、足を止めながらゆっくりと歩く。
梅まつりの期間中であった為か出店も出ている。あいにくピークは過ぎてしまっていたが、咲き残っている梅たちは紅白の鮮やかな色彩で、過ぎゆく人の目を楽しませてくれている。一つの木に紅白の花を色づかせる梅も初めて見る事が出来た。
初訪だったので普段の混み具合は定かではないが、土曜の客足としてはかなり少なかったのではないかと想像がつく。出稼ぎにきていた日光猿軍団のお猿と使い手さんも商売あがったりであっただろう。参拝客の一人としては程良い賑わいでのんびりとした時間を過ごす事が出来たが、書き入れ時の梅まつりにこの客足ではダメージを受けている店舗も多いだろう。
外国人観光客で賑わっていた各地で客足が減っているというニュースが飛び交う中、浅草では今一度自分達の土地や在り方を見直す動きが出ているそうだ。古き良き街並みにホテルやドラッグストア、テナントビルの出店が続いて浅草らしい街並みが薄れ、お出汁や素材を活かした繊細な味付けからハッキリとした大味に。海外からの観光客に人気のあるレンタル着物を増やした結果、店舗に並ぶ着物はまるで花魁の衣装室。極端な物言いも含まれているかもしれないが、的外れな指摘ではないのだと感じる。インバウンドバブルと言っても過言ではない状況から一息ついて、この機会に偉大なる先代達がその土地で育んできた魅力を更に磨いていく好機なのかもしれない。
話は亀戸に戻り、参拝を終え、門前に店を構える船橋屋で土産の葛餅を買い求めた後、葛西に移動して宝来軒で長崎ちゃんぽんを食した。こちらは約20年ぶりの訪問であったが変わらぬ美味しさで胃と心を満たされた後、父の墓参りをして帰路に着いた。
こと新しい事がもてはやされているが、目まぐるしく変化する現代において、変わらぬ味を守る努力をする事も挑戦の日々なのであろう。そんな事を黒蜜ときな粉をたっぷりとかけた葛餅に舌鼓を打ちながら思うのであった。