エミン・ユルマズ&舩井勝仁【対談】来るインフレ時代は、日本経済躍進の追い風となる!
【特集】
凋落する世界経済
インフレで浮上する日本経済
来るインフレ時代は、
日本経済躍進の追い風となる!
舩井 今回は、最新刊『大インフレ時代!日本株が強い』がベストセラーで話題になっている、複眼経済塾塾頭、エミン・ユルマズさんにお話をうかがいます。
経済本は、基本的に悲観論がよく売れるのだと聞きましたが、このポジティブなタイトルの本がすごく売れているのは革命的なのではないでしょうか。
エミン 2022年に出した『エブリシング・バブルの崩壊』だけはネガティブですが、今までの他の本は、割と強気のタイトルです。日本経済に関しては私はポジティブを貫いています。今回はタイミングも良かったのだと思います。
舩井 エミンさんはトルコのご出身です。トルコはアジアとヨーロッパの両方の特性を兼ね備えた魅力的な国です。トルコからの留学は欧米が主流だと思うのですが、エミンさんは日本を選ばれたのですね。
エミン 日本に来ることになったきっかけは、高校3年生のときに、国際生物学オリンピックという大会に出て、金メダルを取ったことでした。奨学金が出て、海外のどこへでも行けることになったので、日本を希望しました。当時も多くの人が欧米に行って学んでいましたが、向こうに何かノウハウがあるのだったら、それを持ち帰った人たちによってトルコはとっくに発展していたはずです。でもそうはなっていませんでした。であれば欧米に行っても大きな収穫は得られないだろうと思いました。日本はこれだけ経済が成長した国だけれど、まだほとんど誰もそのノウハウを学びに行っていないから、そこに価値があると私は考えたのです。世代的にもアニメやゲームなどの日本のコンテンツを見て、日本を身近に感じていたこともあります。もともとトルコは親日国であり、日本をモデルに近代化を遂げようとする動きは昔からありました。
舩井 トルコと日本の縁のひとつに、エルトゥールル号遭難事件(※1)があります。2015年に「海難1890」という映画も公開され、日本でもよく知られてはいると思いますが、トルコ国内でも有名な話なのでしょうか。
エミン トルコのほとんどの人は知っていると思います。もし知らなかったとしても、日本に対しては好意的な感情を抱いていると思いますよ。
トルコは、欧米、特にヨーロッパ諸国と対立してきた歴史があります。それが国民のアイデンティティでもあります。そんなオスマン帝国が18世紀以降徐々に衰退し、最終的には解体し、今のトルコ共和国に至っている。だから、昔の栄光を取り戻すにはどうすれば良いのかという問いは昔からあるんです。日本でいう明治維新に相当する動きがトルコでもかつて起こり、日本は成功したけれどトルコではうまくいかなかった。この違いはどこにあったのか、日本のやり方を学ぶべきだとする動きがありました。共和国を創った人たちはもちろん、後の人たちもそうです。その意味でも日本に対する関心はずっと高いです。
舩井 1985年のイラン・イラク戦争のときにトルコが飛行機2機を派遣してイラン在住の日本人215名全員を脱出させてくれたのも、親日の感情があってこそですね。
エミン 当時のオザル首相も日本が大好きな人でしたからね。1988年に架けられた第二ボスポラス橋は日本企業に建設を依頼しましたし、その後第一ボスポラス海峡大橋をはじめとした四つの大橋の耐震補強工事も日本に依頼しています。
舩井 第一ボスポラス海峡大橋はイギリスが造ったものだったから、イギリスからは良い顔をされなかったのですよね(笑)。
「失われた30年」は悪い時代だったのか?
舩井 トルコ側からいろいろと良い印象を持っていただいている日本ですが、確かにかつての日本は豊かでいい国であると国内外ともに思っていた人が多いと思います。でも、その後落ち目になり、30年間にもわたって経済成長がないまま今に至る、という論が今では主流です。エミンさんはそういう見方ではないのですか。
エミン 違いますね。日本人が過去30年に対して悲観的な評価を下しているのは、その30年をバブルの時代と比較しているからです。ですがバブルというものは、そもそも”普通”ではないものです。一時的な楽園みたいなもの、いわば麻薬を吸ってハイになっていた状態のようなものです。それと通常時を比較してもあまり意味がありません。きちんとした比較を行うのであれば、バブルが始まる前の1975年~82年もしくは85年までの日本と比較すべきです。それと比べると、1990年代以降の日本は、そんなに悪くないとわかる。
一時的に就職氷河期といわれて有効求人倍率が0.4まで下がっていた時期はさすがに良くないですが、そこも通常とは異なるとして取り除けば、むしろ平成は良い時代だったと言えるのではないでしょうか。平和な時代だったし、賃金は上がらないけれど実質上の生活費はデフレで下がっていたので生活水準が大幅に下がることもなかった。かつ、日本のソフトパワーがどんどん伸びた時代でもあります。さまざまなコンテンツが作られました。
世の中は、「景気は悪いけれど平和な時期」と、「景気は良いけれど荒れる時期」を繰り返すものです。例えば1970年~90年の間には中東戦争があり、オイルショックがあり、米ソの冷戦に挟まれていました。その混乱に巻き込まれている間、日本の景気は良かった。逆に冷戦が終結してからは、景気は悪くなったけれど日本はものすごく平和でした。
だから、何が良くて何が悪いかというのは単純なものではなく、今は「失われた30年」と呼ばれている平成も、のちの時代には「平成は平和で素晴らしい時代だった」といわれているかもしれない。
これからの時代は、世の中は荒れてきます。ウクライナ戦争も続いているし、台湾でも100%戦争になるでしょう。でも、これは日本経済には間違いなく追い風になります。
舩井 例えば1970年代の中東戦争から始まったインフレが日本に追い風になったように、今回のロシアの問題あるいは台湾有事の問題は、実は日本にとっては地政学的には良い影響があるということですね。
エミン そうです。ある意味、非常にシンプルな話です。日本の景気が悪くなってバブルが崩壊した時期と、冷戦の終結が同時期であったのは偶然ではありませんからね。
でもそのためには、日本はいろいろなところに地政学的なレバレッジを使ってうまく立ち回る必要がある。前回は、冷戦が終結したら日本の立場が非常に弱くなって、日本のソフトウエアも半導体もアメリカにつぶされたわけですから。
舩井 私は1992年~93年ごろ、ニューヨークにいたのですが、当時のアメリカにとって最大の問題は、旧ソ連よりも日本であるという風潮を肌で感じていました。
エミン そう、ただ日本はアメリカの覇権に対抗しようとしていたわけではないから反日感情は次第に薄れていきました。
舩井 あのときの日本と同じことがこれからの中国に起きていくというのがエミンさんの見方なんですね。
エミン 同じというか、中国はもっとひどい目に遭う可能性は大いにあります。アメリカにとって、日本は仮にも同盟国だったので日本人の動きに制限をかけたりといったことはしなかった。でも中国に対してはこれからは入国拒否なども普通に起きてくるでしょう。
この間アメリカに行ったときも、中国人観光客はほとんどいませんでした。アメリカは中国人を受け入れなくなるし、習近平も国から出したがらなくなる。
舩井 中国の場合、アメリカや先進国へ人を送って、そこでさまざまな技術を身に付けさせ、国に連れ帰り、発展させてきたわけですよね。あるいは産業スパイのようなことを半ば公然とやって、技術力を付けてきたけれど、今後はそれもできなくなっていく。
エミン さらに、習近平が毛沢東的な思想の社会を目指しているために、欧米で勉強してきた人たちは、今後は「欧米思想に汚染された」というようなネガティブなレッテルを貼られる可能性があります。共産主義の旧ソ連のような状態になっていく。「この人たちは、欧米の腐ったリベラリズムに汚染されているから駄目だ」とされ、出世できなくなる可能性も大いにある。
舩井 中国がアメリカ覇権に挑むというのは、やはり無謀だったのでしょうか。
エミン 無謀ですね。中国という国は、過去にそんな大きな覇権を握ったことはありません。民族的にも、そういう性質の人たちではないんです。
舩井 華僑は、基本的には商人ですよね。
エミン そう、彼らはビジネスパーソン(商人)であって、ウォリアー(戦士)ではないんです。ウォリアーではない人たちがウォリアー外交をしても、うまくいかないと私は思います。
それに、中国は覇権国家になるための政治的な求心力もなければ技術力も軍事力も資本力もありません。だから私は、中国の今の動きは、覇権を握ろうとしているというよりは、共産党政権の維持が優先事項であり、そのための大義名分が欲しいのではないかと思います。
舩井 中国は金融の自由化が行われていないためにアメリカに叩かれなかった面もありますが、一方で中国の会社が国際的なマーケットで自由に活躍できるかといえば、完全自由化されていないことがマイナスに働き、難しいですよね。
エミン 今までは、アメリカの企業や投資家は、利害が一致していた面もあってある意味中国に対し目をつぶっていました。でも、その考え方の背景には、中国もいずれ自由化していくだろう、民主化へ舵を切っていくだろうという楽観的な見方があったためです。しかし蓋をあけてみれば、そうはならなかった。中国は中国独特の考え方・システムがあるし、もしかしたらいずれは自由化、民主化をするかもしれないけれど、そのいつかは今すぐではない、もしかしたら今世紀中には無理かもしれないとわかってしまった。中国は長らくアメリカのリベラリズムの自由主義にタダ乗りしてきました。だから、アメリカとしては「もう降りてくれ」という流れになってきたのだと見ています。
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