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結婚式の話
僕は大抵のことは気にしないしズボラだけど、こだわることにはとことんこだわる性格だ
やるからには中途半端にではなく徹底的にやる、ということがたまにある
結婚式もまさにそうだ
やるからにはとことん作り込んで感動の渦を巻き起こす、参列者全員に泣いてもらい、「こんなに感動する結婚式は初めてだ」と言わせる
それくらいやらなければやる意味がない
入籍直前に病気になり、結婚式はおろか新婚旅行もできずにいた
治療が終わって徐々に日常が戻って、さぁこれからだという時に病気が再発した
それでも妻は諦めずに明るい未来のために前を向いて辛い治療に励んだ
そんな強かった妻の心が折れて、また僕が妻の死を覚悟したのが2度目の再発の電話を受けた時だ
2019年の5月だった
あの日妻は外出していた
外出先で病院からの電話を取れなかった妻に代わって僕の携帯に電話があった
妻より少し早く、最悪の事態を知ることになった
病気の性質上この電話は、死の宣告に等しかった
残酷過ぎる現実に絶望して放心して、それでも帰宅してくる妻になんて言ってどう励ますか、を考えなければいけなかった
妻が帰宅した
「病院から電話なかった?」
「あーなんか来てたかも、、、って、なんで知ってるの?」
「こっちにも来たから話聞いといた」
「そうなんだ…なんの話?病気の話?」
「そうだねー、少し詳しく言うと…」
「いい、自分で聞くから」
いつもにこやかな妻の笑顔が一瞬で消え去った
一通り話を聞いて電話を切った妻は一呼吸置いた後、「もう嫌だ」と泣き叫んで暴れて、嗚咽してトイレに駆け込んだ
いつも強かった妻の初めて見る姿で、見ていられなかった
その場から消え去りたかった
前向きな言葉など何も思いつかなかったが、トイレで背中をさすり抱きしめて
「ずっと側にいるから、大丈夫だから」とただひたすらかけられる言葉をかけるしかなかった
放心した妻は、死ぬ準備がどうだとか、今からでも入れる保険がどうだとか、そんなことを言っていた
この日からあの瞬間までの約10ヶ月間
頭では、「この病気はどうしたって治せない、妻に残された時間は長くない」
心では、「きっと奇跡が起きる、妻のいない世界なんて到底受け入れられない」
頭と心で思考が乖離する奇妙な状態が続いた
頭で妻の死を覚悟した時に浮かんだのは、結婚式のことだった
妻の長年の夢の一つを叶えてあげられるのは今しかないのかもしれない
叶えてあげられなかったら絶対に後悔する
結婚式ができるとしても、現実的に次の治療が始まる前の少しの時間しかない
2週間か…せいぜい3週間か
こだわりの強い性格の僕は、ただの準備期間の短いだけの結婚式にはしたくなかった
オリジナリティを出したい、ということで花嫁には内緒でサプライズで行うことに決めた
そしてもう一つ、オリジナルソングを作りたかったが、これは間に合わなかった、あまりにも時間がなかった
僕は嘘をつくのが上手い
妻にわからないように上手に嘘をついて準備を始めた
妻には「ウェディングフォトを撮るから」という嘘をついた
妻は「結婚式に呼びたい人リスト」を作っていたから勝手に拝借させてもらって、SNSを駆使して取れる限り連絡をした
皆さんが協力してくださり、1ミリも疑われることなく当日を迎えた
サプライズは大成功だった
扉を開けた瞬間に目を丸くして驚いてその後に声を出して泣く妻の姿から始まり、挙式、集合写真、披露宴での余興にビデオメッセージ、その全てのシーンを動画に収めた
そして披露宴の締めは、新郎から新婦への手紙だ
僕の狙いは、参列者全員を泣かせることだった
そのためにはこの手紙が最も重要なのは言うまでもない
そしてもう一つのこだわりは、「自分は絶対に泣かない」ということ
僕が人前で泣くのは、大切な人が亡くなった時と娘の結婚式の時だけだと決めていた(まだ娘はいないが…)
それ以外では泣かない、特に自分のことでは絶対に泣かない
男の涙は安くないのだ
本番で泣かないためにどうすればいいか作戦を考えた
作戦の内容は「事前に何度もイメトレをして一人であらかじめ泣いておくこと」
この作戦は見事的中し、本番では一滴の涙も流すことなく整然と手紙を読み上げることができたが、そのために人知れず何度もイメトレをしていたことは誰も知らない、そんなことは知らなくていい
新婦のために書いた渾身の手紙は、新婦はもちろんのこと、全員かはわからないが見渡す限り皆を泣かせることができていたように思えた
が、後日聞いた話で、披露宴のフィナーレで渾身の手紙を読み上げている時、僕の父親は寝ていたようだ
まさかこんな身内に僕の狙いを阻まれるとは…まぁ父親に聞かせるために書いた手紙ではないから別にいい
大成功で結婚式は終わり、その2日後の外来で入院が決まった
ここしかない、という完璧なタイミングで結婚式を挙げられた
再発を知らされてからの妻は目に見えて元気がなくなっていた
治療を受けるかどうか迷うほどに生きることに後ろ向きだった
結婚式を企画したのはただ純粋に、「妻の長年の夢を叶えてあげたい」という想いからだったが、結果として、結婚式の後からの妻はかつての強い妻に戻ったように、いや今まで以上に、強く懸命に、必死に生きようとした
もっと生きたい、と強く思ってもらえた
同時に、生きなきゃいけないというプレッシャーを与えてしまい無理もさせたように思う
結婚式の後からは、僕に対しても一切弱音を吐かなくなった
本当はもっと弱音を吐いたりしたい時もあったんじゃないかな、とか
本当はもう諦めてしまいたくなることもあったんじゃないかな、とか
今でもそんなことを考えてしまう