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【48°】 手紙
もう、手紙と言ってもその人に贈る作品のようになってきてしまいました。
でもこんな手紙もいいよね。いろいろと書きたいことはあるけれど、1番書かなきゃいけないこと。以前わたしは官能小説を書きたいと思いました。あなたは何作かの官能小説を書いて、わたしは書くことができませんでした。書くと言ったけど。
今回この手紙を機に書きました。手紙にしてはやや長めですが、ぜひ読んでください。あまりエロく仕上がりませんでした。でも書いてみることは大事な経験。
注)以下の作品は性表現を含みます
【48°】
「はい、みんな!三角定規は持ってきましたか?はい、これが三角定規です。三つの角が、90°、60°、30°できていていろんな角度を測ることもできますよ!」
想い想いに角度を測る生徒たち。日々の成長を角度で測ればきっと急な角度でいろいろなことに芽を伸ばしてるんだろうな。わたしはそんなことを思っていました。その時、クラスの大人しめなアズサちゃんが手を挙げ、微笑を浮かべながら言いました。
「48°」
視野が狭窄し、わたしは大きな声をあげて、教室を後にした。90°と60°と30°だって言ってるのに、あの子はそんなところがある。
車に乗り込み校内から出た。マルボロに火をつけ町を抜ける。苛立つ心、生理前なのもあったかもしれない。突然教室を抜けたのだからなにかしらの処罰があるかも。それでも構わない。いずれにせよこんな日が来ることはわかっていた筈だ。日産のハンドルは今日のわたしを少しだけ大胆に走らせる。上野にでも行こうかな、そう思った。金曜日。
部屋に車を停めに戻ったついでにシャワーを浴びた。先日変えたばかりのシャワーヘッドの水量が気持ちいい。強すぎず広範囲に水が均等に降り注いでくるのでなにかのアトラクションのようでもあり、それにマイナスイオンが強く出てる気もする。体を拭いて髪を乾かしてメイクをした。昼間には見せないようなしっかりとしていて、白黒映画の女優さんみたいに夜の照明に映えるメイク。くっきりと体のラインがわかるような、それでいてあざといくらい清楚なデザインのワンピースを着て部屋を出る。きっとお酒を飲むかもしれないから電車だ。
上野駅に着き、夕方の人手の増える様子を見ながらビールを飲む。気分が良くなってきて次の一杯を頼み、スマホの電源を落としてわたしは本来のわたしを取り戻す。言ったら悪いけれどたいして美味しくもないおつまみをつまみながら夜が訪れてきて、たいして盛り上がりのない夜もやってきた。わたしはお会計を済ませて蒸し暑い路上に足を弾ませて歩く。どこか惹かれる場所に自然と足が向かうだろう、そんなことを思いながら頭の中で3曲ほど再生し終えたところでいかがわしい看板が見えた。場所はどこだろう、御徒町のハズレのあたり。そうに違いない、いくつかの知った店も見える。目の前のビルの三階あたりだろうか、店の名前の書かれた看板。ここだ。しっかりとした足取りで狭い更衣室のような階段を昇り店の扉の前に立つ。どうやらSMクラブのようだ。躊躇はない。扉を開けた。
「すいません、女性でもサービスを受けられますか?」
「いらっしゃいませ。もちろんです。お嬢は限定されますが、よろしいですか?」
今出勤している中で対応できる従業員は1人だけのようだった。綺麗な顔立ちの女性の写真。わたしはコースの内容を選んだ。『ジメジメした季節にそよ風ドボン90分』、ステキな、突き抜けるようなこのコース。ひんやりとした館内、気持ちが逆立つような高揚感。
「突き当たりを右側に、その先まっすぐ行ってもらったら【慟哭の間】と札のかかった部屋があります。そこへ入っていただいて、薄暗いですけど、少し進んだところにソファーがありますから、そこのおかけになってお待ち下さい。5分ほどで参りますので」
そう言われて部屋の前に着いた。ゆっくりと暗い部屋の中へ入り、言われたソファーではなく、その近くにあった簡素な木製の椅子に腰をかけて待った。ふと気配に気づく。おかしい、人の気配がする。オーラ?お嬢は5分ほどで参りますと言われたはずなのに、この部屋には誰かいる。
「いらっしゃい。」
部屋の奥のベッドに長い脚を組み、お嬢はいた。不敵な笑みをたたえ、お嬢はそこにいた。動くことができなかった。普段は教壇に立ち生徒たちをうまくまとめることに多くの時間を割いてきたわたしが、これだけの距離がありながらもすでに心を制圧されていた。
ワナワナとしていたかもしれない。お嬢はその様子をみて楽しんでいるようだった。プレイはすでに始まっている、でもこれはプレイなのか、それともリアルな、動物としての感覚なのか、それすらわからないままに、動くこともできないまま立ち上がりゆっくりとこっちへ向かってくるお嬢の姿から目を逸らすこともできずにいた。かなりの長身で何か不思議な、妖艶と言ってもいいかもしれない、何かを喪失しているような気配を汲み取れる。
当然の如く、そう、衣類の着脱権はお嬢にあることを疑わせることもなくわたしの白いワンピースはするりと脱がされて、赤い下着の姿にされた。私の後頭部に刺さったツララが溶けていく感覚。
「あらあら、みだらな子だねぇ。」
声を出すことができない。制圧されている。両腕の関節になんの負荷を感じることもなく手首同士が結ばれて、それは高くあげられ、背筋がピンと伸びた。背中の筋肉の硬直にわたしは意志ある忠誠を抱いていることを自覚する。私は望んで服従している。リードされる先の世界にいる感情を淫らにする私がいることを知っている。木製の椅子は不安定にガタつき、下着がその上でサラサラと滑る。立ち上がった。私の両手首を繋ぐ輪は天井から伸びる鎖に繋がれて、私は立ち上がった。
「いいよ。」
その言葉に救われるように私は覚悟を決めた。
「いい子だね。初めてなんだろう?わかるよ、でも緊張はしなくていい。ただ、素直に心の中に描くんだ。あなたがなりたい姿を、素直に心の中に描くのさ。」
お嬢は私の背中のくぼみに何かをあてがった。鋭い感触。金属のような冷たさはない。なんだろう、ゼロだ。その何かに温度はない。
「なんでもないよ。ただ描いてごらん。」
息が荒くなるのを感じる。背中をつたう温度のないものに意識を向ける。これはなんだ。
「これはなんでもないんだよ。さあ、何が浮かんでくる?」
いつのまにか私は下着を纏っていなかった。脱がされたのか、それとも自分で脱いだのかもわからない。私の意識。教壇。私の意識は教壇にいる。
「90………90°です……」
私は小さな声を振り絞ってそう言いました。
「そうかい。90°なんだね。」
アズサちゃん、私が急に教室からいなくなって何を思っただろう。大人気なかった。何かのきっかけを探していた。煮え切らない生活の逃げ口を私はあんな小さな子に押し付けた。その時、激しい痛みが背中の一箇所を襲いました。
「もっと、もっと描くんだよ。しっかりと。」
ぐりぐりと温度のない何かが私の背中に痛みを差し込んでくる。
「いっ」
痛い、そう言おうとした時、私の精神は一瞬白くなって筋肉が強く硬直した後に脱力が襲ってきました。
「これが、60°だよ。」
半開きの目で見たそれは三角定規でした。お嬢はその手にプラスチックでできた三角定規を持っていました。体温のない、それは0℃ではない、違う位置のゼロ。
生徒たち、どんな週末を過ごすんだろう。朦朧としてきた。罪悪感は昏睡を求め、快楽が覚醒を懇願する。乳房にあてがわれた体温のない三角定規。髪を振り、喘ぐ。火のついたサーカス、30°、作用点としての絶叫、回る、三角定規。吊り下がる私。
「30……………」
振り絞った声は音になったのだろうか。お嬢に届いたのだろうか。わたしは今どんな格好をしているのだろうか。三角定規は私の身体の輪郭を描く。気を失うたびに私の地図は明確に書き足されていく。
「見えてきたかい?」
「地図………」
「なんの地図だい?」
身体が軽くなって重力を失っていく。
「ごめんなさ……い……」
目の前が真っ暗になって、ぶつりと音がした。
ベッドの上、目を覚ましました。お嬢に抱かれて私はそこにいました。お嬢はいつのまにかなにも纏わぬ姿になっていて、私に身体を見せてくれました。ゼロ。そこには毛の一本もなく、欲も感情もなかった。なかったのではない。ないことにして生きてきたのだろう、そう思いました。そして私の頭を優しく抱いて額と額をつけてゆっくりと言葉をかけてくれました。強い身体、強くあろうとして生きてきたまっさらな身体で。
「今、私たちは何°だい?」
額と額を合わせて、静かに音が伝わってきて、頬につたっていきました。
「48°」
その角度で、お嬢と私は心を通わせるように。
「よくがんばったね。これは返すよ。何°だって測れる便利な定規だよ。」
だいぶ暗くなった梅雨の晴れた日の帰り道、私は退職を決めた。電車に乗って揺れる人々、その揺れる角度、窓の外の勾配の急な坂道も見える。長い雨が止んだら夏休みが来る。下着に挟んでおいた三角定規は体温を持ったように温かく、記憶の断片をあの部屋からまだ繋いでいる。線路の継ぎ目をなぞる音が心地よくわたしは目を閉じる。眩しい。いつかみた夕日の長い影が角度を変えて伸びていく。その中を電車が通り過ぎる。それはまるで大切なプレゼントのリボンを解くように、ふわりと光が差してきた。
【おしまい】
官能小説、難しいです。まったく書けないくらい。結局なんかのコントみたいになってしまいました。なんちゅう手紙や。ごめんなちゃい。
りりかるさんへ
クリオネより愛を込めて
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