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【鶏の白湯】 フィクション
大阪。日本第三の人口を誇る巨大都市。勢いと熱の入り混じる個性的なその街の一角にその店は存在する。
当記事はその店へ取材に行った際の事実を書いたものである。
店の名前は【トリのパイタン】。シンプルでありながら店主のこだわりを強く訴えてくる看板だ。店構えは老舗の風格がどこか懐かしい昭和の記憶を蘇らせる。ガラガラと音を立てて開いたドアから店の中の空気が外に漏れてくる。その空気の中にはややアルコールの匂いも混じっているようだ。おそらく酒を楽しむこともできるラーメン屋なのだろう。
「いらっしゃ〜い。」
店主と思われる男、身の丈175cmくらいの恰幅の良い男が阪神タイガースのユニホームを見に纏い三枝師匠のようなポーズでそう言った。どこかぎこちないその姿はインタビューに対する緊張の表れかもしれない。わたしは名を名乗り、さっそく店のウリである鶏の白湯ラーメンを注文した。
先程の挨拶の時とうって変わって寡黙な男である。額に玉のような汗を浮かべながら一生懸命にラーメンを作るその姿は頑なという言葉がよく似合う。顔を赤めながら集中する。直向きである。
一杯のラーメンが出来上がりそれはわたしの前に供された。立ち上がる香り、湯気すらも濃厚である。それだけでこのラーメンが尋常ではないことがわかった。一礼をしさっそくスープを頂く。やや琥珀色に近い白いスープ。濃い。濃厚で密。唇に鶏のエキスが濃厚接触してくる。
「どないでっか?」
店主がすかさず聞いてくる。まだ一口しか飲んでいないのに。ややせっかちか。
「濃厚ですやろ?濃厚摂食や言うて評判ですねん。」
質問をしておきながら喋り通しで返答をさせない。手練れ。
「麺も早よ食べんと伸びまっせ。伸びたら美味しなくなりますから。」
質問しておきながらそれを返答させず喋り続け、さらに早く食べろと要求してくる。只者ではない。
「実はね、うちのラーメン、出汁に鳥を使ってんねん。他所は豚やら牛やらいろいろですわ。でもうちは鳥だけですわ。鳥の味します?まあ鳥いうても鳥も色とりどりですけどね、うちはニワトリの鶏ですわ。」
メニューにそれは書いてある。ひたすら続く言葉をかいくぐりやっと麺を啜った。うまい。麺自体がスープと濃厚接触することによってすでに旨みを帯びている。あまりの旨味につい仕事中なのを忘れてビールを頼んでしまった。
「すんまへん、うち酒の類は置いてないんですわ。」
そんなバカな。では入店の際のあの匂いはなんだったのか。ひょっとしてスープに大量の酒を使うことでここまでの旨みを出しているのだろうか。ここでスープのとり方を可能な範囲内で教えてもらえないかと頼んでみた。
「鶏ですわ。鶏の肉をすき焼きみたいに焼いてから調味料かけて一度仕上げて、それから水入れて出汁取るんですわ。鶏の部位もいろいろ色とりどりありまっしゃろ?うちは手羽。9割手羽。」
手羽と水。ではあの酒の強烈な匂いは一体なんだったのだろうか。錯覚か。しかし手羽以外の残りの一割が気になる。
「いや〜、それは恥ずかしくてよう言いませんわ。こう見えてパイタンけっこうシャイな部分あるし。」
パイタン。この男、自分のことをパイタンと呼んだ気がしたがこれも錯覚だろうか。
「このスープ、パイタン実はねすき焼きが好きで焼いてたんよね。でもええ牛肉買い忘れてて。」
確かにパイタンと名乗っている。もしや、この店名はラーメンのことではなくこの男の名前だというのか。
「やっすい牛肉と冷蔵庫にあった鶏の手羽ですき焼き作ったんよね。そしたらなんか味気なくて、これならもう鍋にしてしまおかってなったんよね。それでね、こう見えてパイタンけっこう好奇心旺盛やんか。」
好奇心旺盛なことは初耳だ。なぜなら初対面なのだから。
「締めに焼きそばの麺入れてラーメンみたいにして食べたんよ。そしたらこれうまいわってなって。その時一緒に鍋つついてた後輩もこれいけますよってなってね。パイタン確かにシャイやけど思い切って店出したんよ。競馬で勝ったお金で店借りて。この時と同じレシピで。」
喋り通しだ。ラーメンを食べる隙を与えぬほどに。
「早よ食べや。伸びてまうで!」
話も整合性のない部分がややある。酔っているのだろうか。
「ラーメンの麺が伸び伸びた〜♪」
歌がはじまった。わたしは伸びてしまったラーメンを胃に収め会計を済ませた。
「800万円のところ初回サービスで800円です。」
思わず千円札を落としそうになったが店主の話はまだ続いた。
「あれ、インタビューしませんの?」
もう十分話してもらえたのでインタビューとして十分ですと言い、感謝を伝えて店を出た。店を10mほど離れたところで遠くから「続きますよね!」そう聞こえた。
【完】
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