【六月柿畑でつかまえて】 旅する日本語 第13話
「ま、また、や、ろくがつがきや、なんで、きのうはおわったはずや、きょうはきょうやで、なんでや、なんでろくがつがきがしんかんせんで、そんなあほな、はちがつやで、さいしゅうび、しんかんせん、とまと、なんでや」
肘掛けが震える、その肘掛けを抑え込む腕が震える
「六月柿いかがですか〜、冷たい六月柿いかがですか〜」
じっとりと汗が滲み、呼吸が浅くなる、目の両端がチカチカする、脳が中心へ向かって縮み、頭皮がそれに張り付くような錯覚をおぼえる
「六月柿いかがですか〜、冷たい六月柿いかがですか〜」
近づいてくる、たしかに聞こえる
「六月柿いかがですか〜、冷たい六月柿いかがで、あ、六月柿一つですね、ありがとうございます!」
「買ったんかい!」
浩一は立ち上がり、声をはる
トンネル内のノイズがその声をかきけす
立ち上がり、ふらつく
脚がシートにもつれ、不覚にも3人がけのシートがくるっとまわり、ろくにんがけファミリーシートとなる
後部座席には若い男性がひとり、おどろいた様子で浩一を見上げる
「ねえちゃん、こっちや、そのトマト、こっちや、」
緑はほくそ笑む、トマト、だって?おもしろい、
「お客様、こちらはトマトではありません、トマトの取り扱いはございません」
浩一が目を見開く
「トマトやで、それ、どうみてもトマトやろ、昨日からややこしいねん、その呼び名!」
「お客様、この果実は六月柿でございます!」
「しっとるわ、その呼び名、なんなら他の呼び名も言うたるぞ、それは赤茄子や、それはポモドーロや、それは愛のトマトや!」
「愛のトマト、それは違います、愛のリンゴ、それがトマトの別名です!!フランス語の名前です、ムッシュウ!!」
「やかまっしゃぁ、だれがムッシュウやねん!ムッシュ吉崎とちゃうねんぞ!」
「クリスタルキングですか!かまやつくるかって思ってましたよ!」
「どうでもええねん、その憶測!大都会でもなんでも、問題はそのなんとか柿って呼び名じゃ!昨日からなんやねん、その柿かトマトかわからん名前!」
「お客様、この柿は福岡産です!」
「福岡産がなんや、なんの関係があんねん!」
「落ち着きなさいお客様!クリスタルキングの大都会、福岡なんです!あれ、東京じゃなくて、福岡なんです!」
「福岡、トマト、柿、は?」
「じゃあ、福岡県北九州市出身の鈴鹿アンリミテッドFCに所属していたサッカー選手は?」
「柿本健太や」
「じゃあお客様、天神にあるカキもおいしいイタリアンの名前は?」
「カキジローや」
「イタリアンと言えば?」
「トマトやろ」
「じゃあ福岡で有名な種無しの果実【秋王】と言えば?」
「甘柿やろ」
「よろしい、じゃあこの果実は?」
「六月柿」
「おいくつご用意しますか?」
「ぉぅ、み、みっつ?」
「六月柿3つですね、ありがとうございます!」
ろくにんがけになったシートに座っていた若い男性が緑に目を合わせる
「僕もまた1つ貰おうかな、こないだうまかったしな、」
「あ、こないだの芸人さん、」
「どうですか、お二人とも。もし東京に着いた後お時間があれば、会っていただきたい人がいます」
ママ、私テレビに出ることになりました!どこかで観てくれるかな、ママ、元気な私を観てください。面影あるかな。そして、もしできたら、私に会いにきてほしい。本名で、ママのつけてくれた名前で、私はテレビにでます。ママ、私を見つけてください。
本日も【スナック・クリオネ】にお越しいただいき、ありがとうございます。 席料、乾き物、氷、水道水、全て有料でございます(うふふッ) またのご来店、お待ちしております。