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【いつかふたりで】 離れていても温めますかリライト #クリスマス金曜トワイライト
クリオネです。クリスマス金曜トワイライトという企画への参加作品です。
まずは最初に追記を。
この作品を選んだ理由について。
四作品を読み終えた後に最も明確にストーリーが浮かんだ作品を選びました。音楽も一緒に浮かびました。カワサキさんの幸せってどんなものなんだろう。そんなことを考えていると、いろんな形でパラレルワールドに存在するカワサキさんがいました。
フォーカスした箇所
カワサキさんの設定を大きく変えています。主人公も変えてあります。最初に謝っておかなければいけません。なので最初に追記を持ってきました。時代設定も変えています。パラレルワールドとしてのリライトです。
いつかふたりで
「ベーグル、温めますか?」
小柄な彼女はさらりと流れる髪を耳の下あたりまで伸ばしていて、穏やかな所作と言葉の美しい女性だった。カワサキの大きなバイクに乗って出勤している姿を何度か見たことがある。ヘルメットで抑えられているからだろうか、いつもシュッと収まった髪は凛としたものを感じさせた。
「あ、どうも。」
なにか気の利いた返事をすればよかったと思ったけれど、ベーグルを温めることに対していったいどんな気の利いた言葉があるだろう。可愛いと言うことで一時期社内でも少し噂になったことがある。いつのまにか彼女に向けられていた大衆の好奇心は違う女性へ移っていったのだが、それでも彼女が魅力的であることは変わらなかった。それに彼女のカフェでの対応はとても優しさに溢れていて、いつからか僕は彼女に恋をしていたのだと思う。そんなことを考えているうちに会議はどんどん進んでいき、急に話をふられた僕はまるで5W1Hについての英語の授業を休んでしまった中学生のように慌ててその場を取り繕い午前の仕事を終えた。
☆ ☆ ☆
この物語を進める前に、僕のいた時代について少し書こうと思う。僕、この話に登場する僕は今よりずっと若く、世の中には活気があって、僕を取り囲む多くのものはまだ形を持たずにいた。その蕾は目に見える形で日々産み落とされ、そのいくつかは今よりおおらかで、そのいくつかは今よりある意味では厳しいものであった。
広告代理店に勤めていた僕は毎日を忙しさに追われていた。時間の足らない一日。仕事が終われば酒を飲んだ。朝の目が重くとも変わらず忙しい朝がやってきた。少し早く部屋を出て出社前にカフェで目覚めのコーヒーを飲んだりすることもない日々だった。起床時間を自分で決めることもない。覚醒よりも混沌。そんな時代だ。
日常は遠く非日常は近い。街を彩っているものは個ではなく、すれ違う人は皆景色のように流れていった。今でこそSNSなんかでみられる個人の世界は決して日のあたるソーシャルなものではなく、それは本棚にならんだ何千もの書物の中の数ページにも満たないようなサイズであくまでも個人的に存在していた。全ては己の手でページをめくり、読み込まなければわからない程に。そんな時代だ。
☆ ☆ ☆
「あ、どうも。」
彼は今日もそっけなかった。そっけなかったというか、仕事前でそれどころじゃないのかも。ベーグルだって温めて美味しいものと常温のままの方が美味しいものがあって、それにすら気づいてないのかも。サーモンとクリームチーズのものを買ったとしても、温めますかって聞いたら同じ答えを言うに違いない。かわいい。
今日も仕事はお昼過ぎのピークを終えたらおしまい。静かな場所でのんびりしてから帰ろう。なんだかいい気分で朝を過ごすことができたよ。
☆ ☆ ☆
会社から少し離れた国道沿いのビルの谷間に田町八幡と呼ばれている神社があった。そこにある小さな社へたどり着くには小高い丘ひとつ分の階段を登らなければならなかったけれど、深い森に手のひらで優しく包まれるように建てられたその場所はたまの息抜きに最適であった。
息が少しきれた。それでも階段を登った先にある空気は特別なものだったし、仕事で抱える疲労とは違った心地よさがあった。少し先にある景色の良いベンチに腰をかけて休んでからお参りをしようと思ったが、そこには先客がいたので先にお参りをすることにした。パンッ、柏手をうってから引いたおみくじには『大吉』と書いてあり、『恋人・あわてず心をつかめ』とその詳細が書かれていた。思い出してみると先程のベンチにいたのはあのカフェの彼女であるような気がした。僕は何かの運命とかを信じることは少ないけれど、おみくじは大吉だと言っている。
遠くから見てもやはりそれは彼女であった。大吉だ。僕はゆっくりと、大きく円を描くように回り込んで近づいて、ゆっくりと覗き込む仕草をして会釈をした。少しだけ話をした。個人的な深い部分ではない話。そしてその後しばらく彼女をみることはなかった。毎日カフェを除いても彼女の姿はそこにはなかった。それはまるで彼女自身が世界から彼女と言うページを破り取ってたように突然に。そのあとには大吉のおみくじだけが残ったのだ。
☆ ☆ ☆
待ち人は遅れて来たる。わたしのおみくじに書かれていた言葉。待っていたわけでも待合せをしていたわけでもなく、偶然いつもの神社で彼と合った。話をした。たあいもない話だったけど、彼にも仕事以外の世界があることが新鮮だった。おかしな話。みんな仕事だけの姿だけなはずがないのに、出会った場所が職場だってだけでその人の人生の中心が職場にあるような気になってしまう。彼にも仕事以外の顔があった。それだけでもなんだか世界が広がっていく気がした。どこかで惹かれていく気持ちがあった。だからわたしはしばらくの間仕事を休もうと思った。職場以外で、たとえそれが偶然であったとしても彼と会ったことを知った誰かが余計なことを言うかもしれない。変なの。そんなことを恐れている自分がいたの。
☆ ☆ ☆
その日は朝早くからロケ撮影を何箇所も短時間で撮って廻った。バスがトイレ休憩で第三京サービスエリアに寄った時のことだった。何台も並ぶバイクの中に彼女のものと同じ緑色のカワサキのバイクがあった。僕は彼女の姿を探した。しかし彼女の姿を見つけることはできなかった。考えてみれば同じ色のバイクなんていくらでもある。でも少しの可能性でもあれば彼女とまた話がしたかった。
トイレの中は外よりも寒かった。簡素な作りの壁の構造は冬の風の入る隙間を狭めることでより強く鋭い風を作り出していた。手を洗うにもお湯が出ない。寒い。ハンドタオルに残るバスの中の暖房の余韻だけが救いだった。トイレを出てふと前を見るとそこには彼女がいた。びっくりして僕はハンドタオルを落としてしまった。会社の懇親会か何かでもらったハンドタオルとは言えないような愛想もクソもないものだ。それは風に吹かれて彼女の足元に流れていった。もごもごと言葉にならない言葉が出そうになったが、勇気を出して声をゆっくりと、緊張を気づかれないように絞り出した。もちろん細心の注意を払ったが少し震えていたかもしれない。でもそれは寒さのせいにすればよかった。
「おみくじ、またこの前引いたんです。覚えてますか?」
☆ ☆ ☆
待ち人は遅れて来たる。とつぜんだったけどうれしかった。本当に。でも彼が遅れて来てよかった。トイレの中で出会わなくてよかった。
☆ ☆ ☆
彼女はニコッと笑って頷くと、拾ったハンドタオルを手渡してくれた。
「ええ、もちろん覚えてます。で、大吉でしたか?」
青いデニムに革のジャケット。その姿の彼女はあまり出会ったことのないような特別な魅力があった。夜間はデザインの勉強をしていると言っていたのでやはり何か秀でたものがあるのだろう。僕はコレからロケで大変なんだと話すと、彼女は事故で少し入院していたと話してくれた。彼女はペロッと小さく舌を出すと首をすくめて顔をくしゃくしゃにした。もっと話そうと話題を探そうと焦ったが、心の中でおみくじに書かれていた言葉が繰り返された。『恋人・あわてず心をつかめ』。
そうこうしているうちに『あー先輩!こんなとこにいたんだぁ。もう出ますよ!』と彼女の後輩らしき男が声をかけて彼女を連れ去ろうとしていた。
「あの、また会えますか?」僕は聞いた。
「はい。来週からいますよ。今日はリハビリrideなんです。ロケ頑張ってくださいね。」彼女は言った。
☆ ☆ ☆
でも本当に驚いた。まさかあんなところで会うなんて。自分で仕事休んでおいてこんなことを言うのもあれだけど、久々に会えてなんだか嬉しかった。来週からまた仕事だ。それにしてもいつもわたしを下の名前で呼ぶあいつがたまたま先輩だなんて呼んでくれて助かった。いつまでもこんなふうにいれたらいいな。ひょっとしたらうまくいくかもしれない、そう思い始めた自分がいた。いや、ダメだ、希望を持ってはいけない、そんなことを言い聞かせながらわたしは帰り道を走って、タイヤごしに乾いたアスファルトの小石の弾かれる音が聞こえた。
☆ ☆ ☆
コンサート、居酒屋、大江戸温泉。僕たちはいろんな場所へ一緒に行った。しかしそこには決して埋めることのできない距離が存在した。僕たちは結ばれる運命にないのかもしれない。そんなことを考えた。そして時々暗い気持ちにもなった。
思い出してみると、一度だけ手を握ったことがあった。大江戸温泉に行った時のことだった。男女別の温泉に入るので待ち合わせ時間を決めておいて、時間ちょうどくらいに着替えを済ませて僕は決めておいた休憩所へ戻った。彼女はきちんとお化粧をして髪を整えて、まるで温泉に入る前と同じような姿でそこにいた。浴衣姿の彼女はまるで季節外れの桜のように儚い美しさ。なのに僕は洗いざらいの髪をボサボサにしたままだ。僕は急に申し訳なくなった。約束の時間の何十分も前に彼女は温泉を出たのだろう。もっと長く時間を取ればよかったのだ。でも僕たちにはまだ次がある。その時は今日の反省を活かせるはずだ。そんなことを考えながら、夕食をとりつつビールを一緒に飲むためにレストランへ向けて板の間を歩いた。途中彼女が足を滑らせて転びそうになったところを、僕は人生で最高の反射神経を持って彼女の手を取った。冷たい手。それは体温の高い僕とは違うものだった。それっきりだ。彼女はありがとう、そう言ってにこりと笑うと再び歩き始めた。
僕らは一定の距離がありつつも時々会話をして、思い立ったように少しの時間を過ごしたりしながら一年が経ちまた次の冬が来た。カフェで朝のコーヒーを受け取った時だった。
「ちょっと待っててくださいね。これオマケです。」
透明の袋に入った小さな焼き菓子を手渡された。きつね色に香ばしく焼かれ焼き菓子。その瞬間の彼女はセサミストリートのキャラクターのようにチャーミングで、内面から鮮やかな色で彩られているかのような笑顔で。
「うわ。嬉しいです。このあとのミーティングの間に食べます。もう疲れて死にそうだから。ありがとう!」
「きっと効きますよ。特製ですから。」
彼女はいつも通りニコッと笑った。それから二度と彼女に会うことはなかった。
☆ ☆ ☆
手紙を書いた。そしてそれを誰にも気付かれない場所に残した。誰にも読まれない手紙を残すのはせめて自分の中で救われるものを見つけたかったからかもしれない。これ以上なにかを望むのならきっと傷つくことにも傷つけることにもなるから。だから、わたしは今までと同じようにこの距離を崩すことはできない。そのことがまた私たちを傷つけていく。それがわかっているから、さようなら、わたしの愛おしい人。どうか、あなたの大吉がわたし以外の誰かとのものでありますように。少しだけでも繋がることができた。そのことはわたしの人生でとても大切なものでした。それは過去になってどんどん離れていくだろうけど、何時でも、いつまでも繋がっているのだと。あなたが幸せでありますように。わたしも、いつかこの先の人生のどこかできっと幸せに。
☆ ☆ ☆
その日の夕陽はいつもより色が霞んでいるように感じた。長い一日の終わりの窓に映る夕陽。鮮やかなのに、それはそこには存在しないかのような夕陽だった。僕はここでなにをしているんだろう、そんな自問のような浮遊感を味わいながらどこかで大事な何かを忘れているような気がした。そうだ、思い出してすぐに貰った焼き菓子をポケットから出すと、裏側に小さなシールが貼ってあるのに気がついた。そのシールは小さな手紙のようになっていて、封をはがすと中にはメッセージが小さな字で丁寧に書かれていた。
「しばらくバイク旅に出ます。つづきは、おみくじを引いてください。」
そのメモを見ていると同僚が僕に話しかけてきた。それは彼女についてのことだった。会議室の前、昼間よりも明るく灯ったLEDがチカチカした。彼女はきっとあの場所にいるに違いない、そう思い会議を無視して飛び出した。
それでも田町八幡へ向かう頃には日が暮れていた。急いで階段を登り休むことなく以前の偶然のベンチへ向かうもそこには彼女の姿はなかった。境内のどこにも彼女の姿はなかった。当然だ、彼女はここに住んでいるわけではないのだ。それでも探さずにはいられなかった。僕は今、彼女に会わなくてはいけない。二年だ。知り合って二年にもなるのに僕たちの間に共通の場所なんてここ以外にはなかった。同じ場所に二度いくことがなかった。まるで彼女がそれを避けているかのように。なによりも僕はもらった焼き菓子以外にも気づいてあげられなかったことばかりだった。それなのに僕は自分の感情を恋だとか愛だとか運命だとか大吉だとかと。自分の感情を、自分のことばかりを。これじゃ大江戸温泉の時と同じじゃないか。
いるはずのない彼女を探しているとおみくじを結く場所があり、バイクの絵が描いてある一枚が目に入った。
「理由があってバイクの旅をしてきます。もし私のことを覚えていてくれたら、来年の大晦日にここで会いたいです。そして除夜の鐘を一緒に鳴らしましょう。」
涙が出た、そう書くと軽率に聞こえるかもしれない。でも確かに涙は止めどなく流れ、同時に僕たちがどこかで繋がっていたことを確信した。その繋がり方は肉体を伴うことのない繋がりだった。それがピュアであったとかそんな話ではなく、それが僕たちの今までの繋がりであった。それでも僕は彼女のことを大切に思っていた。恋をしていたのだ。
「ベーグル、温めますか?」
彼女の声が聞こえた気がした。彼女はあの日温泉に入らなかった。どうしてもっと早く言ってくれなかったのかなんて僕には言うことはできない。彼女は彼女なりに考えてそうした。それだけのことなのだ。
「遠く離れていても、温めます。」
僕は空を見上げて呟いた。彼女を思うと空に浮かぶ全ての星が輝いているように思えた。僕はポケットからボールペンを出して絵馬に書き足した。
『信じるチカラをください。』
僕の言葉として、彼女の言葉として、僕はそこに書き足した。そして僕の答えはひとつだ。
深い森の匂いと冷たい空気が不思議と気持ち良かった。冬の空はどこまでも澄んでいた。その空はどこまでも繋がっているように感じた。何時でも、いつまでも繋がっているのだと。そして信じていれば、きっと幸せになれるのだと。
【おしまい】
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