【レモン畑でつかまえて】
とにかくレモンばかりを食べる知り合いがいる。食のスタイルなのかアレルギーでもあるのか、もしかしたらコンプライアンス的な何かでそうなっているのか僕にはわからないけど、とにかく彼は固形物はレモンしか口にしない。
以前何度か飲みに連れて行ってもらったことがあるんだ。飲み物は乾杯には生のレモンを絞ったサワーだったし、おかわりも全て同じものだった。それに彼はとにかくよく飲む男だった。
飲んでる間にあまりつまみを必要としないらしくてどんどん空いていくサワーのジョッキに僕は目を丸くしていたんだけれど、彼が三つ目の唐揚げに添えられたくし切りの三日月みたいなレモンを口にした時に聞いてみた(結局僕は唐揚げばかりを三皿食べることになった)。
「レモンの入ったハイボールじゃだめなんですか?」
すると彼は自動改札機のように器用にレモンの皮だけを口からするりと抜き出して言った。
「生搾りのレモンの方が大きいだろ。100gで30kcalしかないんだぞ」
レモンのカロリーなんて気にしたことなかったし、成人男性としてもだいぶ大柄な彼が一日に食べるレモンの量を想像するとなんだか口の中が酸っぱくなってきた。
「レモンだけ追加注文するには生搾りのサワーが一番なんだ」
そう言いながら彼は少し遠くの壁を物憂げに見やった。
*
街から街へ移動しているとつい外食やお弁当なんかが多くなる。意識してみると僕たちの生活には思っている以上のレモンが溢れている。
そんな時にふと彼を思い出して電話をかけたくなる。
そしてもし頼んだ唐揚げに付いてきたレモンがみずみずしくなかったら、そんな時の彼の気持ちを想像すると胸が苦しくなる。
*
今彼はどうしているのかって?
日本でレモンだけで生きていくには食費がかかりすぎる、そう言ってシチリア島に移住した。もう三年も前の話。
テキストはよく送り合っているけど、一度だけ手書きの手紙をもらったことがある。
そこには「こっちに来てからレモンとやっと親しくなれました」そう書かれていて、手紙に挟まれていた写真の中でレモンの木をバックに微笑む彼は少し日に焼けたようだった。
とくに話のオチとかはないんだけれど、とにかくレモンばかりを食べる知り合いの話。