老爺の言葉を識る
「奥手は損をする」
僕が春休みに近所の公園で出会った懸垂おじいさんから言われた言葉だ。
これと同じ意味の言葉は
「若い頃の苦労は買ってでもしろ」
だと思う。
若い頃にする経験は、年老いてからするそれの何倍も価値がある、とおじいさんは言ってた。
僕がこの1年で、ベトナムとフィリピンへ2度、海外旅行に行ったことをとても良いことだと言ってくれた。
年老いたら飛行機に長時間乗る時間が苦痛だからだとかそんな浅い話ではなくて、
経験した時期が早ければ早いほど、後の人生で役に立つ時間が長くなるってことだ。
たとえば、老後に何か資格を取得しても、それが役に立つ機会も少なければ期間も短い。
だから若いうちに取れってこと。
…
……
でも、
きっと、既に僕は損をする側にいるだろう。
学生生活を準備運動、社会人生活を試合本番だとすると
経験不足は準備運動を怠ったこと、
試合本番で良いパフォーマンスを発揮できないことはそのツケで、損で、恥なんだ。
社会に出てから学ぶのでは遅い。
学生時代にいくらでも時間があったはずだ。
でも僕は積極的に経験を積まなかった。
人生の夏休みとも呼ばれる大学生活だからと、趣味に没頭することを大切にしていた。
でも何も経験していないわけではなかった。
僕は2年半コンビニでバイトをしていた。
得た経験は接客業の経験。
接客は人と言葉を交わすこと。
他者と言葉を交わすのは人間生きてりゃみんなやることだ。
貴重な経験ではなかった。
機械に取って代わられるくらいの業務だ。
どの客にも同じ言葉を発するだけなのだから。
でも見ず知らずの人と面と向かって話す経験はたくさん積むことができた。
…
……
経験不足で最も悔やまれるのは言葉にまつわるもの。
それは読書だ。
言葉を交わすには語彙や知識が必要だ。
同じ言葉を発するコンビニバイトでは培えない。
本は多くの語彙や知識を与えてくれる。
本を読まなきゃ知らないまま。
無知のまま。
…
……
ソクラテスは「無知の知」といい、自分が無知であることを知った者はそれを知らない者よりもずっとマシだとしたが結局、
無知は恥でしかないんだよ。
無知の恥なんだ。
言葉の意味が分からないこと、字が読めないこと書けないこと。
これがこの先、最も身近に恥をかく場面であると思う。
…
……
でも、買えない苦労や経験もある。
突然訪れる初めての経験。
大学3回生の時、親友が事故で亡くなった。
彼はみんなに慕われていたから、お通夜には小中高大の友人がお通夜に参列していた。
二百人以上は来ていたようだった。
最後の顔合わせの後、涙が止まらなかった。
葬式場を出てしばらくの間、久々に会った友人たちが話をしている中、
僕だけ彼らに背を向けて、道路に向かって必死に涙を堪えていたんだ。
多くの友人はわなわなと震えていた僕の背中を見ていたはずだ。
同じように僕も彼らの会話が耳に入っていた。
泣いている人はほとんどいない様子だった。
みんな、泣かないんだ。
悲しいのは特別その親友と仲が良かった僕だけなのかもしれないし、
みんな僕より一足先に涙が枯れきっていたのかもしれない。
あるいは、僕にとっては大切な人の死が初めてだったけど他のみんなは何度も死別を経験して慣れているからなのかは分からない。
でも、泣かないことが経験の結果とは思わない。
現在進行形で僕は老いているし、同じようにみんな老いていく。
だからこれから何度もこんな愛別離苦を繰り返していくだろう。
でも、その度に人との別れに対して何も感じなくなっていくのは違うと思う。
死別を経験して得たものが不動の心だなんて悲しい。
泣いてもいいんだ。
ただ、香典の書き方や弔電の送り方、焼香の作法とかを身につけていけばいい。
冠婚葬祭での礼儀作法を身につけるんだ。
…
……
僕は社会に出て、多くの恥をかくだろう。
恥をかきながら、経験を積んでいく。
もう恥をかかなくてすむように。
簡単なことなんだ。
懸垂おじいさん、あなたの言ったこと、
少しずつわかり始めたよ。
…
……
わかり始めたと言えばこの曲、
「My Revolution」
渡辺美里さんの歌です。
僕はこの歌の世代ではありませんが、とても好きな歌です。
渡辺美里さんの歌声は元気をくれます。
小さい頃はサビこそ聴いたことがありましたが、フルで聴いたことはありませんでした。
レイザーラモンのRGのネタ「あるある言いたい」で使用されていたことがきっかけで、全部聴くことになりました。
こんな風に、YouTubeで見ている芸人の漫才やコントでアーティストや歌がコロっと出てきたことがきっかけで、その元ネタを辿り世代ではないものと触れ合ってきたのです。
カルロストシキ、大江千里、T-BOLANとか。
これらは全部サンドウィッチマンのコントで知りました。
知らないことを教えてくれるのは決して本だけではないんです。
読書には遠く及ばないかもしれませんが、至る所に知識を得る機会は潜んでいます。