法師と鬼
■「慈悲の心、救済の一心。
五芒星を描き、傘は閉じられる!!
鬼よ、魔よ!
これを持って、結界は閉じられた!」
○「はっ、大業な唱え言葉だ。
…だが、それでいい」
…………
○永い旅だ。
日ノ本の端から端までは歩いたか。
○それは、俺の寂しさを
埋めるものではなかった。
○人の醜さを見た。
人の強欲を見た。
人の悪心を見た。
○人の美しさを見た。
人の儚さを見た。
人の優しさを見た。
○鬼というものに身を落としてから
それを知った。
○憎悪や、悪意しかなかった俺が
人を知ったのだ。
○意味はあったのだろうか。
悪意なき鬼は、何者なのだろうか。
…………
■「貴様、面妖な気配がする!
何者だ!」
………
○宛のない旅路。
道中にすれ違った男が振り返り
声を荒げた。
…………
○「あぁ?」
■「斯様に面を隠しても無駄である!
拙僧にはそんなものは通じんぞ!」
○「はー、お前あれか。
わかるやつか、めんどくせぇな」
■「め、めんどくさい…!?
ええい、面を晒せ!
この外道め!」
○「外道…、まぁ間違いじゃねぇが
ちとばかり言葉を選べよ…」
■「す、すまぬ。
…じゃなくてだな!!」
○「ほれ、お望み通り」
■「そ、そ、その角!
やはり悪鬼であろうが!」
○「んー、まぁ。
鬼ではあるな。
どれ、食ってやろうか。
はーはっはっは」
■「ひ、ひぃ!
た、食べても上手くはないぞ!
じゃなくて!
せ、成敗してくれるわ!」
○「…ぶっ。
はははははははは!!
なんだ、お前。
こえぇのかよ!
それでよく俺に喧嘩売ったな!」
■「そ、そ、そんなことはないぞ!
断じてない!
拙僧は、由緒正しき陰陽師だからな!?
お前なんぞ、イチコロだ!
イチコロ!」
○「ほー、どれどれ。
ちょうど退屈していたところだ。
見せてみろよ」
■「その余裕が気に入らぬ!」
○「逆に、お前にびびるやつが見てぇよ」
■「ぐっ…!!
黙れ!」
■「人心惑わす、悪鬼羅刹っ!
この五芒の星が救済と心得よ!」
■『開け、星降る傘っ!!
我は、悪鬼を討ち果たす者也っ!』
○「はっ?
おいおい、マジかよ」
■「でりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
○「ちっ…!
大層な大技じゃねぇかよぉ!
だがなぁ!!
踏み込みは素人だっ!
クソボケがっ!」
■「ぐわぁぁぁぁぁ!!」
○「はははははははは!!
なんだ、一端の陰陽師じゃねぇか!
これは、久しぶりに喧嘩のしが…
って、おい?」
■「…か、がはっ」
○「…軽く当てただけだぞ?
お、おーい。
生きてるかー?
目を覚ませー」
…………
■深い夢の底にいた。
それは、あの日のことを見せつける。
父が、母が。
兄が、姉が。
私よりも、ずっとずっと強いはずの
家族が、蹂躙される。
■それは、悪夢だ。
私はただ物陰に隠れて震えていた。
■圧倒的な力。
最後に父が倒れる。
■悪鬼が、こちらを見た。
声が漏れる、次は私だ。
■だが、にやりと笑って鬼は何処かへ
跳んでいった。
■見逃された。
違う、歯牙にも掛けられなかったんだ。
■…声がする。
ついで、誰かが私の頬を打った。
…………
■「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
○「うおっ!?
驚いたぁ!
なんだよ、死んだかと思ったぞ」
■「…き、貴様!
なんだ、なんで拙僧を!?
く、食うのか!?
生きたまま、食おうというのか!
この、悪鬼めっ!!」
○「食わねぇよ。
あと、お前から吹っ掛けてきたんだからな?
つうか、退治される所以はないぞ?
別に俺はなんもしてねぇし」
■「戯れ言をっ!!
鬼というのは、すべからく悪である!
拙僧は、父にそう教えられた!」
○「はー、まぁいいわ。
…俺は何もしねぇよ、喧嘩売られたら買うだけ。
盗みも、殺しもする意味がねぇ
そんなことをしなくても飯を食う手段は
いくらでもあるからな」
■「…お前は、本当に鬼なのか?」
○「ん?
この角が見えねぇのか?
そうなら、眼医者にいった方がいいぞ」
■「み、見えとるわ!
あまりにも拙僧の知る鬼とは
違いすぎる故…」
○「人間もいろんなやつがいるように
鬼もそうなんだろうよ。
まったく、ひと括りにされたら
たまったもんじゃねぇよ」
■「…それは
うむ、すまなかった。
なにか謝罪をせねばいけない。
なにか出来ることはないだろうが」
○「別に、旅の途中のてめぇを掴まえて
ああしろ、こうしろなんざねぇよ。
…ああ」
■「うん?
なにか、入り用か?
食料も、路銀もいくらかはある」
○「いやいや、違う。
…話を聞かせてくれねぇか?
てめぇの話を」
■「それは…、なんの意味がある?」
○「退屈してんだよ。
日ノ本は端から端まで歩いちまった。
暇潰しの相手にでもなってくれればいい」
■「…はぁ、なんとも。
お前は本当に鬼なのか?」
○「…角あるって言ってんだろ」
■「見えとるわ、馬鹿者!
まあ、そんなことでいいのなら
歩きながらでも話そうか」
…………
○法師は話をする。
自身の家柄、家族がどんなに素晴らしかったか。
○それに引き換え自身は臆病者で
周りからは嘲笑され続けていたと。
○それでも、家族は自分を見捨てなかった。
でも、自分は…。
○悔しそうに、空を睨み付けた。
後悔。
その感情が見て取れる。
○憎々しげに話をした赤目の鬼の話。
都を騒がせた、あの鬼を俺は知っていた。
……………
■すらすらと自分のことを話す。
まるで、友人のように
私たちは肩を並べていた。
■普段なら、こんな話をすることはない。
むしろ、連れ立って歩くものは
いなかったのだから。
■ひとしきり話を終えると
鬼が歩みを止める。
■思案し、そして口を開いた。
…………
○「その鬼を知っている」
…………
■雷に打たれたような衝撃。
少しの間、放心していたかもしれない。
■直ぐに気を取り直して
鬼に掴みかかる。
■ようやく、仇が。
仇に繋がる情報が聞けるかもしれないのだ。
…………
■「どこだ、どこにいる!!
私の仇はっ!!
どこにいるんだ!!」
○「おい、手を離せよ」
■「す、すまない。
だが、教えてくれまいか。
私は、そいつを討ち果たして
首を墓前に供えねばならないっ
頼む、教えてくれ!!」
○「…死んだよ」
■「…は?
なにが?」
○「その鬼は死んだ。
悪意の塊である鬼は
その悪意を発散すると消えていく」
■「ざ、戯れ言だ。
あんな強大な鬼が、そんなことで…」
○「鬼である俺が言っているんだ。
そういうものなんだよ。
…そして、俺はそれを見た」
■「…そんな、そんな」
○「…都でうるせぇくらいに話を聞いてたからな。
どんなもんかと思って見つけてみれば
体は、塵芥に崩れていくところだった。
ひどくのたうち回っていたよ」
■「あぁ…、あぁぁぁぁぁぁ!!
私は、どうすればいい?
いない仇を追って、出来もしないことを
しようとしてっ!!
私のこれまでは、無駄だったのか!?
何も、ないのか!?」
…………
○法師が俺に縋る。
何も出来ない。
○とるべき仇はもういないのだ。
………
○「なぁ、都に戻って
家を再興させるのはどうだ」
■「そんなこと…、出来るわけがない!
私はなんの実績もないのだぞ。
隠れて、鬼に見逃された臆病者だ!
誰が認める。
仇もとれなかった、何もないこの私を!!
誰が認めると言うのだ!」
○「功績がほしいのか」
■「そうだっ!
そうしなければ、何も出来ない!」
○「…ちょうどいい。
俺の首をやろうか」
■「…は?」
○「だから、首をとれ。
どうせ、飽きたところだ。
見たいものは見た。
やりたいこともなにもない。
なら、お前の手柄にでもしろ。
なぁに、俺はお尋ね者だ。
首が欲しい連中も多いだろうよ」
■「…本気で言っているのか。
死ぬのだぞ?
なぜ、こんな馬鹿な男のために
知り合ったばかりの男のために
そんなことをする!?」
○「別に。
てめぇ、困ってんだろ?
生きようが、死のうが関係ねぇだけだ。
なら、有用に使えばいい」
■「鬼というのは…
本当にわからんな」
○「いろんなやつがいるんだよ」
■「…殺したくない」
○「は?」
■「さっき知り合ったばかりだ。
でも、お前はまるで友のように接してくれた。
私の生涯に、こんな気軽に話せるものは
いなかった。
だから、殺したくないのだ」
○「じゃあ、縛って連れてくか?」
■「それも同じではないか!
…私はっ、友を殺すような真似をしたくない!」
○「はー、めんどくさいやつだな。
…お前の術、俺は知っていた」
■「はっ?」
○「都で喧嘩したことあんだよ。
お前の親父と。
手強かったぞ、とんでもねぇやつだった」
■「父と、戦ったのか!?
そうだろ、そうだろ!
父は、強かった!
私なんて目じゃない…」
○「術はお前の方が強ぇよ」
■「は?」
○「さっきの術。
お前の親父も使っていたが
それが比にならないほどだ」
■「私が、父を…越えている?
なんだ、そんなことあるわけ…」
○「…修行したんだろ、ぼろぼろになるまで。
あれを見たらわかる。
お前は強い、そして親父との違いは
…覚悟だ」
■「…覚悟」
○「誰かを死ぬ気で守ろうとする。
それは、人間のなかで一番強い感情だ。
だから、お前の親父は強かった。
…誰かを守るためなら戦えよ。
お前にはその才能がある。
なら、家を再興して人々を守ればいい」
■「…だが、お前を殺すのは」
○「甘いっつってんだよ。
覚悟が足りねぇんだよ」
■「友を手に掛けてまで、そんなことは…」
■「…いや、1つ手がある」
○「なに?」
■「封印術式だ。
ただ、強力なものだから
しばらくは外に出ることは叶わん」
○「…ほう、ちょうどいい。
疲れたからねぐらが欲しかったところだ」
■「なぁ、約束させてくれ」
○「…あん?なにをだよ」
■「私は、必ず家を再興させる。
そして、末代まで人を守り続ける。
だから、安心してほしい」
○「そうかい、そうかい。
…平和な世の中を造れよ?
じゃねぇと、頭からばりばり食ってやるからな」
■「ああ、約束する」
○「じゃあ、とっととやってくれ」
■「なぁ、ありがとう」
○「おう、頑張れよ」
………………
■懐にいれていた巻物。
それを取り出した空に投げる。
■術式の要、五芒星の傘を開いた。
法力を込めて唱え言葉を叫ぶ。
…………
■「慈悲の心、救済の一心。
五芒星を描きし、傘は閉じられる!!
鬼よ、魔よ!
これを持って、結界は閉じられた!」
○「はっ、大業な唱え言葉だ。
だが、それでいい」
■「…もしも、また会えたなら」
○「未来永劫、輪廻の果てにか?」
■「ああ、その時は俺と友になってくれ」
○「…ばーか、腹割って話したんだ。
もう友達だろうが」
…………
■光の粒が舞う。
鬼は、いや。
私の友が、その中に消えていく。
■豪快な笑顔。
私は、ただ涙を流していた。
…………
○ん?
あぁ、なんだ。
目が覚めちまった。
○どのくらいの時間が過ぎたんだ。
…まぁ、いい。
○封印も弱っているみてぇだし
抜け出せそうじゃねぇか。
…なにしてんだ、あいつは。
「おーにさん、こちら
てーのなるほうへー」
○声が聞こえた。
○それは、ひどく寂しい子供の声。
…鬼を呼んだな。
○「ああ、出ていってやろうじゃねぇか」
○カビ臭い、暗い場所。
○そこに座る、一人の少女と出会った。
「法師と鬼」