三日月の夜に釣り上げる
夜の街、空は何処までも濃い青色。
その中に三日月が裂けるように浮かぶ。
現実ではない何処かの町で
私は不思議なものを見たんだ。
電柱の一番上に座って
白黒のバクが釣糸を垂らしている。
私は、ただその針を見つめていた。
やることもないから、ぼうっと。
しばらくすると、川を流れる木の葉のように
1枚のハガキが道の先からやってきた。
それはまるで、吸い込まれるように
バクの垂らす針に刺さる。
それを、ひょいと釣り上げて
バクはハガキを食べ始めた。
「ねぇ、おじょうさん。
あなたもこちらに来てみないかい?」
急に話しかけられた。
バクはこちらに手を振りながら笑っている。
そんな高いところには行けないよ。
私はそう言ったけれど
バクは簡単に言うんだ。
「ここは夢の端っこ。
なんでも好きなことができるんだよ。
だから、やってごらん?」
私は妙に納得して、軽くその場で跳ねる。
その跳躍は、ふわりと何処までも高く。
星座にも届きそうなほどだった。
私、そのまま羽のように宙返りをしながら
落ちていく。
バクの近く、屋根の上に腰を降ろす。
それを当然という顔で見ていたバクは
今日、6枚目のハガキを飲み込んだ。
「このハガキは、涙の味。
さっきのハガキは、痛みの味」
ポツリポツリ、バクが言う。
彼が食べてるハガキは
だれかの夢からこぼれ落ちた要らないものらしい。
それを、釣り上げるのがバクの仕事なのだと。
夢の中まで仕事とは大変だ。
そういうと、バクは
「これは趣味も兼ねてるからね」
そう言って笑うのだった。
ふと、空の色が変わったのに気がついた。
紫色が赤にグラデーションしていく。
朝陽が昇り始めるような、そんな空。
「おやおや、いけないね。
君はもう行く時間だろう」
「さぁ、ここから飛んで。
地面に足が着いたら帰れるよ」
バクに促される。
私は屋根の上に立って、夜空を見据えた。
ふわり。
星座を撫でるように跳び上がる。
ぐるりとゆっくり回って落ちていく。
さぁ、朝が近づく。
私は、夢から起き上がるのだ。
最後にバクの声がする。
「おはよう、名も知らぬ君。
どうか、良い日を過ごしなさい」
……………
黎明に目を覚ます。
空が眩しくて
今日の1日が
とても、良いものになるのではないか。
そんな予感がした。
「三日月の夜に釣り上げる」