月を見上げて
○いつか並んで見た月を思い出した。
もう、俺の隣には誰もいない。
○この月を、あいつも見上げているのだろうか。
○その隣には、きっと…。
…………
✕なぁ、月。
綺麗だな。
○ん?
なんだよ、風流人の真似事か?
✕いや、単純にさ。
そう思っただけだ。
○…なぁ、お前さ。
卒業したら出てくんだろ?
✕うん、地元にいても仕方ねぇじゃん。
○…そっか。
まあ、狭いところだしな。
✕そうそう、俺みたいな男には
この町は狭すぎるってな。
○はは、なぁにいってんだか。
…寂しくなるな。
✕連絡なんていくらでも
取れるだろうよ。
○そりゃあそうだけどな。
でも、少し寂しい。
✕彼女かよ!
○うっせー。
毎日、馬鹿やって遊んでたやつが
いなくなるんだぜ?
そのくらいは思わせろよ。
✕はいはい。
でもなぁ、いつの間にやら
俺達も大人だぜ?
あっという間だったなぁ。
○ああ、たくさん思い出があるのに
一瞬だった気もする。
✕…こうやって年を重ねて
おじさんになって
じいちゃんになるんだろうな。
○飛躍しすぎだ、馬鹿。
✕でも、きっとそうだぜ。
…………
○そう言って、月を見上げる。
その横顔を眺めていた。
○見知った顔が
まるで、大人になっていて…。
綺麗だと思ってしまった。
○…ずっと隠している言葉を
飲み込んだ。
○だって俺たちは、親友だから。
…………
✕よぉ、久しぶり。
○…え、おい。
まじかよ、帰ってきてたのか!?
何年ぶりだよ!
✕そうそう、昨日帰ってきた。
帰ってくるのは5年ぶりか?
あれだ、連絡しなくても
どうせいるだろうって思ってさ。
○いや、そりゃあそうだけどよ。
一言くらいくれてもいいだろ。
✕はは、わりぃ、わりぃ。
…どうだ、調子は。
○おかげさまで、元気だよ。
お前は?
✕ん、見りゃわかんだろ。
元気、元気ってね。
なぁ。
…俺さ、結婚するんだ。
んで、その挨拶で帰ってきた。
○…あー、おめでとう。
✕リアクション薄すぎるだろ!
もっと、反応しろよな!?
○いや、すまん。
単純にめちゃくちゃ驚いてて。
…そうか、もうそんな年かー。
✕親戚のおじさんかよ。
そうだぜ、もうそんな年。
お前だって周りが
どんどん結婚してるの知ってるだろ。
○そうだなー。
案内は来るけど、なかなか行けなくてなー。
…改めて、おめでとう。
✕おう、ありがとう。
んでさー、今夜呑みにでも行かないか?
○おいおい、いいのかよ。
彼女と一緒に来てんだろ?
✕それがな、仕事で1日ずれちまってさー。
んで、今日の夜だけは
暇あんだよ。
○そうなのか。
んじゃあ、良いところあるから連れてくわ。
✕おう、頼んだ。
じゃあ、19時くらいか?
○そうだな、そのくらいにここきてくれ。
✕はいよー。
それじゃ、またあとで。
…………
○高校を卒業してから何年たったんだろうか。
連絡の頻度も減っていた。
そんななかで、久しぶりに顔を合わせる。
○不思議な気持ちだ。
何年も顔を見ていなくても
あいつは、あいつで。
俺は、あの頃の俺のままだ。
○あいつが結婚。
そうか、結婚かぁ。
○嬉しいという気持ちと
やるせない気持ちが
ごちゃ混ぜになっていた。
○こんな思いがまだ自分のなかにあったことに
動揺していた。
………
✕いやー、呑んだ、呑んだ。
こんなに楽しい酒は久しぶりだ。
○はは、いいことだ。
✕…なぁ、そこの公園。
ちょっと寄っていかねぇか?
○なんだよ、気持ちわりぃのか?
水買ってくるぞ?
✕いや、そうじゃなくてよ。
ほら、ここあれだろ。
あの日、月見たところ。
○…ああ。
そうだったな。
夜中に抜け出して
2人でくっちゃべったな。
✕そうそう、なんか懐かしくてさ。
よっしゃ、ブランコやろうぜ!
○おい、やめとけ。
酔ったあとのブランコは効くぞ!?
…………
✕あの日。
それだけで通じるくらいには
思い出深いところだと
お互いが認識しているのが
少し嬉しかった。
✕本当に懐かしいと思った。
だけれど、それ以外にも
ひとつの決着をつけたいと思ったんだ。
…………
○コーヒー、ブラックでいいか?
✕おう、ありがとう。
○月、出てんだな。
✕なぁ、「月が綺麗ですね」
○…おいおい、また風流人の真似かよ。
✕…おう。
○「あなたと見るから月が綺麗なのです」
✕…はは。
その返し、懐かしいな。
○そうそう。
現国の先生に教えてもらったやつ。
…お前さ、なんで
月が綺麗なんて言い出したんだ。
✕俺さ、ずっと思ってる人がいた。
でも、それは報われちゃいけない
そんな恋だったんだ。
○ロマンチストだな。
…だが、俺もだ。
初恋だったんだ。
でも、それは報われちゃいけない。
隠して、誤魔化して生きてきた。
…長い時間が過ぎた。
だから、そんな思いも消えたと思っていたんだ。
✕…なんだよ、お互いに片思いかよ。
○そうなるな。
…なぁ、結婚おめでとう。
✕…おう。
ありがとう。
俺、もう行くわ。
○ああ。
✕さよなら。
○おう、さよなら。
お幸せにな。
………
○1人分空いたベンチ。
俺は、空を見上げる。
○「月が綺麗ですね」
○誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。
隣には、もう誰もいない。
○「…幸せにな」
○さっき、あいつにかけた言葉を繰り返す。
あいつの隣にいるの
俺が知らない、誰かなのだろうから。
「月を見上げて」